午前九時。天狗の頭領にアポを取りに行った文が戻ってくる。彼女は戻るや否や自分のボスが「すぐにでもお話ししたい」と語っていたと伝える。阿求は右京に交渉へ赴くと告げ、魔理沙を伴って交渉場所である妖怪の山へと向かった。
阿求を送り出すと、今度は霊夢が酷く眠そうなレミリアと咲夜を伴って永遠亭にやってきた。玄関付近にいた右京を発見したレミリアと咲夜が挨拶してから、遅れたことへの謝罪をした。
右京は「眠い中、ありがとうございます」と頭を下げ、彼女らを永遠亭へと招き入れる。
紅魔館勢が会議場へ入ると尊が手書きの議事録を手渡す。内容は普通の議事録なのだが、彼女の受け取った議事録は全文が英語で書かれており、漢字が苦手なレミリアでも理解できるように作られていた。
細かい配慮に感心しながら議事録にひと通り目を通したレミリアは右京と少し会話したのち、
「咲夜の力が必要なのね。わかったわ」
特に不満も見せずに自身の側近を貸し与えた。
右京は咲夜にいくつか質問する。
「十六夜さんの能力は空間拡張と静止空間内の移動――という認識で問題ありませんか?」
「自分自身でもよくわかってないのですが、空間を拡張する能力は持っていますね。とはいえ空間を広く使えるだけで戦闘や諜報には向きません。静止空間内の移動というのはちょっと違うかも……。時間の流れを緩めて動いたり、光より早く動けるといったほうが正しいですかね」
咲夜自身、自らの能力を把握しておらず首を傾げて、あれやこれはと考えるも結論は出せないようだ。
参謀の右京は能力の詳細を訊ねることを諦める。
「ほうほう。だから一瞬で移動したように見える、と。その仕組み――非常に気になるところですが、それはまた今度改めて聞かせて頂くとして……能力の持続時間はどれくらいでしょうか?」
「数えたことはありませんが……。十分くらいなら平気です。二~三十分を過ぎると身体が疲れてくるので、それくらいでしょうか……」
「能力を再使用する際のお時間は?」
「お嬢様から能力はあまり使うなと言われていますので、今まで連続使用は控えるようにしてきましたが。経験上、止めた時間に比例した休憩を取れば問題なく使用できます。無理すれば数回程度でしたら連続使用可能かと」
「なるほど。本当にすごい力をお持ちなのですねえ。羨ましい限りです。その力、是非とも里を救うため、ご活用させて頂きたい」
「わかりました。その役目、紅魔館のメイド長たるこの十六夜咲夜が務めさせて頂きますわ」
そう言って咲夜はスカートの両端を摘まんで丁寧なお辞儀をしてみせた。紅魔館勢力として里に貢献したいとする主の意思を汲み取った、彼女の誠意である。これには傍から見ていたレミリアも周囲へ格の高さを示せたとご満悦な様子だった。
これで偵察の問題はひとまず解消された。後は咲夜に突入と制圧に必要な情報を収集してもらうだけである。
「ありがとうございます。我々が必要なのはメンバーの人数、アジト、見張りの配置箇所、人質となっている火口と風下両家の現状、里人の様子などです。十六夜さんにはこれらの情報を収集して貰います」
右京は咲夜に三十分ほどかけて必要な情報の詳細と収拾理由、諜報の際の注意点などを説明した。
説明を受けた本人は「覚えられるかな……」と不安がるも、すかさず要点をまとめたメモを手渡される。
A4用紙一枚に綺麗に纏められているので、本格的な諜報に取り組む彼女を「わからなくなったらこのメモを見れば安心ですね」と安心させた。
後は保険としてマミの変身術で咲夜を里人に変装させれば問題なく潜入させられるだろう。
マミが帰ってくるまでの間、右京は休憩を挟むことにした。
台所で入れたと思われる湯呑に入った紅茶を片手に広間から出てすぐの縁側で竹林を眺める右京は数日ぶりの茶色い液体に唸った。
「やはり紅茶はいいですねえ~。疲れがたちまち吹き飛んで行きます」
紅茶は杉下右京の栄養源。これがなければ始まらない。
これもしくは長期の間、花の里が欠けると不治の病である〝推理力減退症候群〟を患ってしまい、彼の能力は大幅に落ちてしまう。尊が特命にいたころ、初めてこの病気感染して体調を崩す。
花の里が復活してから本調子を取り戻し、本人は同じ病には二度とかからないと思っているが、実際のところはどうかわからない。
リラックスする彼の隣へ片手に緑茶を持った尊がやってきた。
「こういう日本屋敷に来てまで紅茶とは。杉下さんの紅茶好きには驚かされます」
「そういう君は和服がお似合いですね」
「フフ、どうも」
右京は当然のことながら、尊も和装で身を包んでいる。
いつものダークスーツ一式は特命部屋に置きっぱなしで、今着用しているものは以前、里で購入した麻色の着物だ。これといった特徴はないが、温泉旅館くらいでしか和装しない尊にとってどこか新鮮さがあった。
相棒の右京はこげ茶色の着物で優雅に紅茶を嗜んでは眼前に広がる竹林を楽しげに眺めている。目覚めたばかりの病み上がりの身体で大役を押しつけられたにも関わらず呑気だな、と彼は思った。
「僕の顔に何かついてますか?」
「いやただ、いつも通りだなぁ、と感心していたところです。そういえば、さっきの霊夢さんの話ですけど、犯人が妖怪かどうかは別にして――狙撃を含め、全て結社側の自作自演だった。杉下さんはそう考えているんですよね?」
「はい」
「つまり連中は自分たちのリーダーを自分たちの手で殺害した」
「現状、それが一番しっくりきます」
断言する右京に尊は口元に手をやった。
「里人の夜明けの内情は知りませんけど、組織内で反発とかなかったんですかね? 自分たちのトップを殺害するんですし」
「それはわかりませんが、手際のよさから見ればほぼ確実でしょう。もちろん、彼女の言う通り、妖怪の仕業である可能性も否定できませんが」
「里を取り戻して彼らに事情を吐かせる以外ない、か」
「そういうことですねえ」
現時点では推測の域を出ず、真実とは言い難い。
尊が手をやったまま唸る。
「にしても、誰が結社に情報を流したのかーープロパガンダのやり方、スマホに証拠写真と動画……。彼らだけじゃ集められませんよね」
「協力者がいるのかもしれません」
「それは一体、どこの誰なのか……」
「いずれにせよ、里を奪還してからです。先に戻りますね」
右京はずいっと紅茶を飲み干してから湯呑を片づけるべく踵を翻した。
尊も後に続こうとお茶を口に含むが、熱すぎて断念する。ふーふーと息を吹きかけ冷ましながら、もう少し休息を取ることにした。
台所に湯呑を置いた右京は月とウサギが描かれた襖が立ち並ぶ廊下を歩く。
和と中華が調和した外観といい、可愛げのある内装といい、永遠亭は独特な世界観を持っている。本来は色々見て回りたいのだが、そこをグッと堪えて、右京は目的の場所へと急ぐ。
玄関付近に差しかかったあたりで来客を担当する輝夜の声が耳に入ってくる。
「アンタ、今日は何の用? まさか私と戦いたいとか――」
「私がそんな戦闘馬鹿に見えるのか!?」
「見えるから言ってるんじゃない。今、忙しいんだから」
「知ってる。だから来てやったのさ」
輝夜の話し相手は声のトーンからして彼女と同年代くらいの少女と思われ、顔が伺えなくても親しい間柄のように感じられた。
気になった右京は玄関に顔を出す。
輝夜と会話していたのは白髪の少女だった。
地面スレスレまで伸びた長い髪に紅白のリボン。キリッとした目元と不釣り合いな童顔。袖がギザギザになったノースリーブの女性物のシャツに赤いサスペンダーでとめられた同色かつ多数のお札が貼りつけられたズボン。
右京は確信する。
「おやおや、
少女の正体は藤原妹紅。竹林に住む不老不死の人間である。
普段は竹林のパトロールや永遠亭までの護衛などをこなして生計を立てており、ぶっきらぼうなところは多々あるが根は優しく、子供好きで面倒見のよい一面を持つ。
また困っている人間を見かけると放っておけず救助活動を行っている。尊を里まで連れてきたのも彼女である。
声をかけられた妹紅は一瞬、戸惑うもすぐに右京の顔を思い出した。
「ん? おぉ。里にいた表の人間か!? 数日前に狸の旦那から稗田の御子を庇って撃たれたと聞いたが。……元気そうだな」
「えぇ、お陰様で。本調子とはまでは行きませんが、無事歩けるようになりました」
「ん、よかったな。っと、雑談のひとつやふたつはしたいところだが、私はこれから有志とやらに加わって里を救わないといかん。悪いことは言わない、騒ぎが収まるまではじっとしてな」
「はぁ? 何言ってるのよ」
コイツ何も知らないんだな、と呆れる輝夜。
妹紅は輝夜のほうを向いて当然のように言った。
「これから結社とかいう不届き者どもをしばくんだろ? その算段を整えるために皆、ここに集まっているはずだ。これ以上、首を突っ込むと今度は本当に命を落とすかもしれない。そう言いたいだけだ――」
と、妹紅は腕を組んで頷く。
そんなカッコをつけている友人に輝夜はクスクスと悪い顔をしながら、
「参加してもいいけど、参謀に許可を貰わないとねぇ~」
「参謀だと? そういえば慧音がそんなこと言ってた気がするが……。よく聞いてなかったんだよなぁ」
妹紅はキョトンとしたように訊ね、輝夜は裾で口元を覆いながら右京へ目配せする。
彼女の意図を察した右京は、ニコニコと頷いてふたりのやり取りを静かに見守ることにした。
「いるわよ、その筋の
「ほー、それは面白そうだ。で、どんなヤツなんだ、そのプロフェッショナル? ってのは? 期待させておいてスキマ妖怪でしたなんて言ったら承知しないぞ?」
「安心して。妖怪じゃないわ」
「じゃあ人間か。もしかして最近やってきた胡散臭い為政者か? だったら私は降りるぞ?」
「人間だけど、胡散臭くは……ないわ。どこまでも真面目な方よ? まぁ……幻想郷には中々いないタイプだとは思うけど」
「ほう――そいつは気になるなぁ。面くらい拝んでやるか。とっとと会わせな」
「何言っているのよ? もう会ってるじゃない」
妹紅は眉を顰めながら首を傾げた。
「あぁ? なんだよ。どこにいるんだよ? まさか、透明人間とかってオチなのか?」
「ぷっ――」
辺りをキョロキョロ見回しながら人の気配を探す妹紅に輝夜は瞼を閉じながら笑いを堪えていた。
それでも妹紅は気づかない。
「んだよ、急に笑い出して。あ、あれか、ワライダケでも食べたのか? 私も昨日まで毒キノコの腹痛で死にかけてたからなぁ。その、お大事にな」
「ぶっ、アンタと一緒にしないでよ! あははっ」
ついに我慢の限界を越え、膝を叩きながら笑い出す。傍から見ていた右京も釣られるようの笑みを零す。
未だに状況が呑み込めない妹紅は「なんだってんだよ……」と肩を竦めてお手上げ状態となる。
そのタイミングで廊下の奥から尊が「杉下さん、そろそろ会議を再開しましょう。まだ決めることが多いんですから。あなたがいないと始まらない」と告げた。
直後、妹紅は疑問符を浮かべた。
「会議? いないと始まらない?」
「ええ一応、僕が参謀ですから」
「はぁ……?」
ここまで言われても妹紅は理解できず、ポカンとする。輝夜は「どんだけ鈍いのよ!」と腹を抱えて蹲った。
参謀は笑顔で自己紹介した。
「申し遅れました。僕は今回の一件の
「なん、だと」
妹紅は開いた口が塞がらなかったが、彼女は右京に招かれるまま素直に靴を脱いで会議場へと入って行った。