相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第107話 潜入

 十一時半。

 マミと里人の変装を施した咲夜が人里から離れた林の中から結社の様子を窺っていた。

 

「東と西の入り口だけではなく、里の周辺にも見張り役を配置しているのぅ」

 

「警戒しているのですね。上手くやれるかしら……」

 

「バレたら里人が危険に晒される。失敗は許されんぞ?」

 

「わかってます」

 

 失敗すれば有志だけでなく紅魔館の評判も地に落ちる。メイド長として責任を背負う咲夜の表情は真剣そのもの。

 敵が自分たちに気がついていないと確認した彼女は、マミのほうに顔を向けた。

 

「行って参ります――」

 

 瞬時に目の前から姿を消す。

 音もなく消え去った咲夜をマミは「やはり凄い能力じゃ。儂ならきっと悪用して回る」と褒め、自身も同様に姿を眩ました。

 昼近くとあって反乱分子の動きが活発化し、人里内は殺伐としていた。

 大通りのど真ん中で『妖怪消えろ』と叫んで踊る大男たちとデモ参加者の若者たちに稗田邸や鈴奈庵、火口家、寺子屋、雑貨屋といった場所を監視する武装した結社メンバーと、風下家を見張る土田家一派。

 そのせいでデモに参加しなかった善良な里人は出歩くことすらままならない。

 里人に扮して潜入した咲夜は能力を駆使しながら誰にも気づかれることなく情報収集を行う。

 

「まずは稗田家と鈴奈庵の様子からね」

 

 里の様子に心を痛めながら大通りを歩き、鈴奈庵の正面に着いた彼女は入口の見張りを観察する。

 

「武装は火縄銃と日本刀くらいかしら?」

 

 時間の止まった世界において、彼女の存在を感知できる人間はいない。

 人形のように動かない人間に咲夜は可能な限り接触を控えつつ、手短に調べ上げる。

 本当なら入念に調べたいが時間停止にも限界がある。体感にして三十分以上の持続は困難だ。

 途中で休憩を挟むにしてもここは敵地のど真ん中。気軽に休む訳にもいかない。

 十分以上、活動する際は、必ず隠れられるポイントを発見してから臨むように参謀から指示されている。

 潜入とは気の抜けない作業なのだ。

 見張りの情報をメモに書き写した彼女は鈴奈庵の内部へ潜入しようと試みるが、戸締りが施された上、窓も中が見えないように貼り紙やカーテンで閉ざされている。

 裏口も見張りが塞いでいるため、退かさないと中に入れない。

 敵がこちら側の能力をどこまで把握しているか不明であるが故に極力、能力を使った形跡を残したくないのだが、やむを得ず見張りを退かして内部へ潜入する。

 貸し本屋と自宅が一体化した室内はいたるところが荒らされており、数人の結社メンバーが書籍を漁っていた。少しでも情報を手に入れようとしているのだろう。

 咲夜は敵の厄介に呆れながらも室内を探索する。小鈴の家族が一階の居間に軟禁されていることを突き止めたが、必要な情報だけを集め続けた。

 見張りを元の位置に戻してから咲夜は足早に鈴奈庵を出る。

 親しい者の家族を背にして、見捨てるような罪悪感を覚えるも、諦めた表情で次のポイントに向かう。

 

 

 大通りの端にある豆腐屋。そのすぐ近くにひとり用の貸家がある。佐藤淳也は緊張感が漂う人里の空気に委縮して家に閉じこもっていた。

 勤め先の店主から貰った売りものにならない木綿豆腐に刻んだネギを乗せ、醤油をかけた冷奴を食しながら淳也はぼやく。

 

「昨日に引き続いて今日も仕事できないなぁ」

 

 いつもなら豆腐を作って常連さんのところに持って行く時間帯である。彼は冷たい水に両手を震わせながらも一所懸命作った豆腐を食べて貰えることへ喜びを感じていた。

 一時は小田原信介によって危うい状況に陥るも、右京がものの数時間で真犯人を発見したことで淳也は閉鎖社会内で自身の信用を落とさずに済んだ。

 今の生活があるのも右京の推理力によるものである。

 

「まさかデモが起きるなんて。里の外に出なければ安全だと思ったんだけど……」

 

 ここには警察官もいなければ、個人を守ってくれる組織も存在しない。日本よりもはるかに危険な世界である。

 誰も止めないデモ隊の奇声をBGMにして引き籠るしかない淳也は残した冷奴を片づけてから布団の上で横になった。

 

 外に出られないのは同じ外来人の裕美も同様だった。

 寺子屋近くにある自宅正面を武装した男たちが行きかうため、周辺は常に張りつめた空気が漂っている。

 裕美は外を歩く結社メンバーが『稗田や白沢を里から追い出した』と誇らしげに語っているのを聞いてしまい、恐怖で家から一歩も動けずにいた。

 

「慧音先生、大丈夫かな――」

 

 そう呟いたのも、つかの間。

 

 ――勝った 勝った 俺たち勝った 稗田に勝った!

 

 ――妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ! 妖怪・消えろ!

 

 呪文のようにデモ参加者の奇声が室内まで響く。裕美は耳を塞ぎながら彼らが立ち去るのを待つが、場所が場所とあって一向に静まる気配がない。

 

「早く終わって元通りになって欲しい……」

 

 まだデモが始まって三日目。

 気が滅入った彼女は両手で耳を塞ぎながら布団の中に籠る。

 

 

 彼らが悩んでいる間にも咲夜は黙々と偵察を続けた。

 能力使用から二十五分経つか経たないかのところで彼女は身体に不快感を覚えたので、誰も使っていないと空き家の中へ身を隠した。

 気怠くなった身体で壁にもたれかかった咲夜は持っていたハンカチで額の汗を拭う。

 

「もう少し休憩を挟むべきだったわ」

 

 己の力を過信していた節もあったが、それ以上に苦しんでいる里人を助けたいとする心意気が休憩を阻んでしまったのだ。

 しかしながら、その甲斐あって現時点で寺子屋、稗田邸、雑貨屋、風下家、外来人の状況や監視が置かれている地点など突入に必要な情報の七割近くを収集するに至った。

 撤退可能ラインであるが、能力の過剰使用を躊躇う彼女はしばらく身を潜める選択を取る。

 

「寺子屋や雑貨屋の見張りは少ないけど稗田、火口、風下邸は見張りの数が多い。各地点に十人以上はいるわね。稗田邸はもっとかも……。後、結社は里の劇場に本陣を構えている。そっちも潜入したいわね……」

 

 敵地で得られた情報を小声で口に出しながら次に行うべき行動を考え、実行に移そうとするが、立ちくらみのような感覚に襲われて額を押さえてしまう。

 

「はぁ……。今は休憩しましょうか――」

 

 そのとき。運悪く、外から人の足音が近づいてきた。

 

 ――この辺に使われてない空き家があったよな。

 

 声の主は窓の隙間から室内を覗いては戸に手をかける行為を繰り返す。

 慌てた咲夜が姿を隠せる場所を探すもひと一人が完全に隠れられる物陰はない。

 あるのは縄や鍬、籠といった用具と大き目の木箱だけ。天井に登ろうにも音を立てれば怪しまれる。かといって能力も使いたくない。

 彼女は焦りに焦った。

 そして、男がついに咲夜の隠れる空き家の取っ手に手をかけ――。

 

「お、空いてるな」

 

 ズカズカと中へ入ってきた。

 男の正体は小田原信介であった。

 

「なんだ、何にもないな。ここはハズレか」

 

 なんと彼はこの混乱に乗じて火事場泥棒を働いていたのだ。右京がこの場を目撃すれば「恥知らずにもほどがある」と一喝するだろうが、ここには信介しかいない。

 

「贅沢言わないから使えそうな道具とかできれば、保存食辺りが欲しいんだけどなー。もし何かあれば妖怪のせいにすればいいしな」

 

 結社には妖怪が潜んでいないか確認していたと言い逃れすれば問題ない。それで逃れられそうにないのなら、いっそ妖怪のせいにすればいい。

 そんなふてぶてしい態度の下、信介は盗みに手を染めていた。

 この緊張状態の中、妖怪の仕業だと騒ぎ立てることの意味を理解しているのか、いないのか――いずれにせよ、小田原信介は右京が指摘したような人物だったのである。

 棚や麻袋の中を物色して回り、鍬や縄を手にとっては「つかえねー」と愚痴を零す信介の視線の先に埃をかぶった木箱が映る。

 

「せっかくだし開けるか」

 

 信介は木箱を開けようとするが何かがつっかえて蓋が開かない。

 

「ちっ、古い木箱の蓋は固ってえなぁー」

 

 舌打ちするも開く気配はない。

 諦めて立ち去ろうとするが、偶然にも蓋の縁に自分のつけた覚えのない指の跡がついているのを発見する。

 

「んんっ、なんか怪しいなー。この跡……最近つけられたヤツか? ってことは何か入っているかもしれん!! ふははは! この程度、クリスQを超える大文豪(自称)である信介さまにかかれば造作もない! 洞察力が違うんだよ、洞察力がぁ!」

 

 ひとり盛り上がる信介は中身を確かめるべく、腰を入れて蓋を外しにかかる。

 ギシギシと軋む木箱。箱は想像以上に重く、細見な彼の身体を疲労させるが、興奮している信介には関係なかった。

 

「この重さ、もしかしたら金属か? もしくは人間? えーい、もうどっちでもいい――中身を確かめてやる!」

 

 ただがむしゃらに蓋を開けようと足掻く信介。次第に箱の蓋が開いていき、彼のテンションが最高潮に達する。

 

「さあ、御開帳といこうじゃあないか!」

 

 独特のイントネーションから繰り出される不気味な笑みは女性からの拒絶される変顔そのもの。貧乏だった暮らしがより貧乏になったせいで気が触れてしまったのだ。

 今の彼を止められるものはあまりない。

 信介の努力により、ついに箱が開く――が。

 

 ――ドタンッ。

 

「え?」

 

 箱は()()()だった。

 おまけに信介は天井を見ていた。

 

「あれ……!?」

 

 木箱を開けていたはずなのに何が起きたのかわからず、

 

「中にいたのは俺だった……?」

 

 と意味不明な言葉を残した。

 すぐに物音を聞いた結社の見張りが空き家に駆けつける。

 

「そこにいるのは誰だ!! 名乗らなければ撃つぞ!!」

 

「待て待て、俺だ! 火口家攻略の功労者、小田原信介だ。だから撃たないでくれっ!!」

 

 木箱からビックリ箱の中身のような速度で飛び出した信介が両手を突き出して懇願する。

 彼の顔を知っていた見張りは呆れ気味に銃を降ろす。

 

「あぁ、なんだアンタか……。何してたんです?」

 

「し、失礼なヤツだな! 俺は敵がいないか探していたんだよ!」

 

 息を吐くように嘘を吐くが、聞き流される。

 

「あーそうですか。で、いたんですか?」

 

「いた……かもしれん。ここに俺以外の指の跡が――」

 

「はいはい。わかりました。後で調べておきます」

 

 やる気のない返事をされたことで信介が憤慨する。

 

「後でとはなんだ、後でとはっ!」

 

 見張りは顔をしかめて言った。

 

「劇場で討論会があるんですよ。聞いてないんですか?」

 

「あ、そういえばそうだったな……」

 

「俺はそっちの警備に参加するんで、他の奴に頼んで下さい。それじゃ」

 

「お、おい俺も行く――」

 

 足早に立ち去ろうとする見張りの背中を追うように信介も空き家を飛び出して行った。

 ふたりが去る姿を空き家の裏から人影が覗いていた。

 

「何とか、バレずに済んだ……」

 

 咲夜である。彼女は木箱の中に隠れて信介をやり過ごそうとしたが叶わず、疲れた身体で能力を発動し、信介を木箱に押し込んで痕跡を残さないように脱出したのだった。

 そのせいか顔色が一層、悪くなった。

 気怠さに加えて頭痛にも苛まれてその場に蹲る。

 

「これは身体を休めないとマズイかも」

 

 普段、窮地に陥ろうとも顔に出さない完璧なメイドも自らの限界を知った。

 けれど、これも作戦成功のために、もっといえば敬愛する主君のためだ。彼女は任務を途中で放棄することはなく、

 

「体調が回復したら劇場の討論会とやらを覗いてきましょうか」

 

 冷や汗を掻きながら不敵に笑うのであった。

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