相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第108話 討論会 その1

 午後十三時。劇場の入り口に十五人ほどの集まりができていた。

 彼らの表情はとても強張っており、結社への不満や恐怖が渦巻いているように見て取れる。

 男たちが息巻いているところに結社のメンバーがやってきて、討論参加者は劇場内部に案内される。

 咲夜はその様子を遠くから観察し、限られた能力を行うタイミングを見計らう。

 討論会場に指定されたのはプリズムリバーがライブした場所だ。

 メンバーたちは参加者に対して持ち物検査を行い、さらに博麗神社のお札を肌へ擦りつけ、身体を入念に調べ上げる。

 十分近くに及ぶ検査を終えた参加者たちは会場に通され、用意された椅子に座る。

 会場の入り口、場内には多くの見張りの姿が確認でき、物々しい雰囲気となっている。

 ほどなくして檀上に田端が姿を現した。

 

「今日はお集まり頂きありがとうございます。私が《里の夜明け》代表、田端です」

 

 田端は周囲をぐるっと見渡し、参加者の顔や表情を軽くチェックした。

 

「皆さま、ずいぶん顔色が悪いようですが、あまり眠れてませんか?」

 

 開始早々、配慮のない発言に聴衆から不満が巻き起こる。

 

「当たり前だ!!」

 

「お前らのせいで満足に飯も食えないんだぞ!!」

 

「外歩けねぇだろ!」

 

「商売あがったりなんだよ!」

 

「うるさくて気が休まらん、もう馬鹿な真似はよせ!」

 

 討論に参加した者の大半は討論の意味を理解しておらず、心の底から湧き出る怒りを間欠泉のようにぶちまける。

 数分後、田端は彼らを嘲笑するように肩を竦めた。

 

「皆さま、何か勘違いしていませんか? ここは議論しあう場所であって子供のように騒ぎ立てる場所ではありません」

 

「なんだとー!」「どういうことだよー!」「馬鹿にしているのか!?」

 

「叫ばないで下さい。苦労をおかけしているのは十分、承知してます。ですが、人里を妖怪の支配から解放するための行動ですので、そこのところはご理解してもらえると――」

 

「何が妖怪の支配だよ、バカバカしい!」「俺たちは今まで通りの生活でいいんだよ!」「攻撃的な妖怪ばかりじゃないだろうに」

 

 参加者の言葉に目元をピクリと動かしながらも田端は、丁寧な口調で言い返す。

 

「お忘れですか? 前リーダーの奥村は妖怪の攻撃で死亡したのですよ?」

 

「俺はその瞬間に立ち会ってないからわからんよ!」「そうだそうだ、若いのばかりが集まって騒いでいただけだろう!」「何でもかんでも妖怪のせいにするな!」

 

「チッ、こっちが黙っていれば――」

 

 見張りのひとりが腰にぶら下げた日本刀に手をかけようとする。

 それを田端が視線で制止して、すかさず正面で騒ぐ参加者へ向かって、

 

「……我々は里のためを想って行動を起こしました。それにより奥村は倒れた。彼が倒れたことでもっとも得をしたのは稗田阿求とその背後にいる妖怪勢力です。少し考えればわかるでしょう? だから我々は稗田家と戦って里から追い出したのです。これ以上、騒ぐならあなたがたも〝妖怪側〟と見なしますよ?」

 

 田端の顔は一切、笑っておらず周囲を見渡せば、薄ら笑うメンバーたちが拳を打ち鳴らす。この瞬間、里人は結社が自分たちを脅していると察して息を飲んだ。

 沈黙する参加者を確認した田端はワザとらしく、

 

「ようやく静かになってくれましたね」

 

 と笑顔を作ってから話を進める。

 

「我々の行動はどこまでも里のためを想うものです。多少の苦しみは我慢して欲しい」

 

「そんなこと言ったって……」

 

 参加者たちにとって受け入れがたい内容ではあるが、いつ何をされるかわからない恐怖からか、発せられる声も小さい。

 

「全ては稗田家の責任です。恨むべきは妖怪とつるんで里を売り払ったあの女です」

 

「稗田さんが妖怪と仲よくするだなんて――」

 

 ひとりの里人が発言した。田端はその人物へ鋭い視線を向ける。

 

「そう考えるのが妥当でしょう? じゃなきゃ、奥村は殺されたりしません。それにあの演説で稗田の肩を持った者は全て妖怪だったんですよ? 繋がってなきゃおかしいじゃないですか」

 

「だ、だからって――」

 

「これだけ証拠が揃っているのですから、疑うなという方がおかしいというもの。ひょっとして……あなたも妖怪側ですか?」

 

「お、俺は、人間だよ!?」

 

 発言した里人が慌てふためきながら両手を正面に出して振った。

 

「でしたら、こちらの意見が正しいと理解していただけますね?」

 

「え、それは……」

 

 言葉を詰まらる彼に向かって田端はこう言い放った。

 

「ほう、まだ妖怪の肩を持ちますか? では、あなたを拘束します」

 

 会場に動揺が走る。

 発言者は声を荒げながら言った。

 

「はぁ!? なんで!?」

 

「だって、妖怪の息がかかっているかもしれない人間なんて里の敵以外の何者でもないでしょ? 里人の里人による里人のための政治に妖怪の回し者は不要です。徹底的に調べ上げ、もし疑いが晴れたら正常な里人へ戻して差し上げます」

 

「正常な里人!?」

 

「そう『妖怪は人間の敵である』という基本的な考えを持った人間にね。それでもダメなようでしたら里から追放します」

 

 田端はメンバーに里人を拘束させるべく合図を送り、部下たちが里人を複数で取り囲み、両脇や背中に腕を通し、どこかへ連れて行こうとする。

 

「や、やめてくれっ!! 俺は妖怪の肩なんて持ってない!!」

 

「駄目です。疑いが生じてしまった以上、それを晴らさなくては里人とは言えません。『妖怪の肩を持つ者もまた妖怪』なのですから」

 

 とんでもない持論をさも当然のように展開する田端に堪忍袋の尾が切れた里人が怒鳴り出す。

 

「な、なんだよそれ!? 言いがかりじゃないか!!」

 

「田端さんに対してその態度はなんだ!! ――もしかしてお前、本当に妖怪なんじゃないのか!?」

 

 メンバーが問い詰め、拳を振り上げる。

 

「違う、俺は妖怪じゃない! 信じてくれよ! 謝るからっ」

 

 里人は腰砕けになりながら懇願する。その情けない姿に何を思ったのか、田端は部下を呼びつけてあるものを用意させ、彼の正面手前に投げ捨てた。

 それは白い刺繍が施された布で、里人であれば誰でも一度は見たことがあった。

 

「稗田家の家紋――」

 

 そのタイミング。

 

「これを踏んでください。思いっきりね」

 

「は、はぁ!?」

 

「『はぁ』じゃありませんよ。妖怪側じゃないと言うのならこのくらい簡単ですよね」

 

「いやいや、待って――」

 

「あぁ? 踏めないのか? だったらお前の顔を踏んでやろうか、この妖怪野郎がぁ!」

 

 メンバーが胸ぐらを掴んで脅す。

 

「ヒィィィ、許してくれぇ!」

 

「なら早く踏めよ! 『妖怪・消えろ!』って叫びながらなぁ!」

 

 格の高い稗田家の家紋を足で踏みつける。それが稗田家への侮辱行為であることは誰の目から見ても明らかだった。

 里人は心底躊躇ったが、連中はそれを踏まねば許さず、妖怪と断定して乱暴な行為を働く気でいる。

 里人は苦悶の表情を浮かべながら太ももを上げて、ゆっくり家紋の真上へ持って行く。後はそのまま力を抜けばいいだけ――。

 歯をガチガチと鳴らす里人だったが、長年、稗田家と共に歩んできた歴史に背けず。

 

「駄目だ、俺にはできない!!」

 

 咄嗟に足を引いたのだ。その行動がメンバーの逆鱗に触れた。

 

「てめえ、やっぱり妖怪側か!!」

 

「ヒェェェェェ、違うんだ、違うんだよ」

 

「田端さん、こいつぁ妖怪の疑いアリです。すぐにゲロさせましょう!」

 

「ふむ、そうだな……。外部に漏れないよう、劇場の地下倉庫でやれ」

 

「はい!」

 

 彼の態度からして怯えているだけの里人なのは田端にも判断できた。

 しかし結社は反乱分子に容赦せず、言うことを聞くようになるまで教育する算段でいる。

 もちろん外に漏らさずに。

 

「いやだー助けてくれぇぇぇ!!」

 

 泣き叫ぶ里人をメンバーたちが強引に引きずり、倉庫へ連れて行こうとしている。誰もが逆らえば自分も同じ目に遭う、と怯えて口を閉ざした。

 このままでは里人が危ない。

 天井に身を潜めていた咲夜はその一部始終を目撃していた。

 

「(どうしよう、このままだとあの里人が……)」

 

 理不尽な暴力を受けるのは明白だった。

 本来なら助けるべき状況だが、作戦優先であるが故、動くことはできない。ここで動けば結社との全面対決に発展する。

 反乱側の戦力は結社のみならず水瀬、土田の屈強な荒くれ者たちも含まれる。全戦力は六十を下らない。

 疲労した咲夜ひとりでは到底相手にしきれない。大勢の人々を無事に救い出すには少ない犠牲に目を瞑る必要がある。良心の呵責に苛まれる彼女だったが、そこにここまで沈黙を貫いていたひとりの漢が――。

 

「ふん、それが秘密結社のやり方か――まるで()()だな!」

 

 異議を唱えた。

 里人、結社、間者――全ての視線が男に集中する。

 全身黒一色の服装にひげを生やしたアラサー男。

 人里名物おじさんランキング堂々第一位。親父ギャグマスターにして陰謀論者、そして言論人としての側面を持つ抗うつ薬おじさんその人であった。彼もこの討論会に参加していたのだ。

 おじさんは横暴な田端を睨みつける。

 

「そんなくだらないことよりも先にやるべきことがあるだろう」

 

「くだらないこと……?」

 

 取り巻きが不機嫌そうに訊き返す。おじさんは怯むことなく言った。

 

「あぁ、くだらないさ。力なき里人を暴力で押さえつけるのだからな。その踏絵じみた行為も実に野蛮だ。……どこか間違っていたか?」

 

「こいつ、調子に――」

 

「よせ」

 

 田端が部下を制止する。

 

「よく見たら、抗うつ薬おじさんじゃありませんか。まさか有名人が参加していたとは。挨拶のひとつくらいしたほうがよろしかったですかね」

 

「いらん。私は討論をしにきたのだからな」

 

「……」

 

 いつになく真剣な瞳で相手を威圧するおじさんに田端は目を細め、警戒を強めた。彼もまた、この男が知識人であると知っているのだ。

 

「さあ、秘密結社諸君――聞かせてもらうか。これからの人里について、な」

 

 今、冴えない中年男が若いテロリストに食らいつく。

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