相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第109話 討論会 その2

 意外すぎる人物が名乗りを上げたことで会場の空気が一変した。

 討論会と銘打ったのは田端自身であり、ここでおじさんの申し出を拒否するのは格好がつかない。

 テロリストのリーダーは応戦する姿勢を取った。

 

「いいでしょう。これからの人里について。我々がどうしていくのか、お答えしましょう」

 

 田端は語る。

 

「我々の目的は里の独立です。妖怪の支配から脱却し、里人の権利を守る。そのために必要なことをやっていくのです」

 

 すかさず、おじさんが切り込む。

 

「具体的には?」

 

「里の方々にこの行動の意味を理解してもらったのち、妖怪たちへ我々が本気であることを証明し、連中が干渉してこないようにします」

 

「どうやって?」

 

「里周辺を大人数で行進します」

 

「行進?」

 

「はい。里人の意思を示すための行進です。数十人単位のではなく何百――可能ならば千人前後まで投入したいところです」

 

「千人!? 里人の大半じゃないか!?」

 

「そうですね。ですが、そこまでの人数が集まれば、妖怪も無視できません。そこから妖怪の勢力と交渉して、独立を認めさせます」

 

 無謀だ。里にいながらも日常的に幻想郷や妖怪について調査するおじさんにとって、彼らの話は()()()でしかなかった。

 反論したい気持ちに駆られるが我慢する。

 

「……どの勢力と?」

 

「まずは古参勢力最大規模の妖怪の山と交渉します」

 

「天狗は気難しいことで有名だ。まともに取り合うと思うのか?」

 

「最近、外から妖怪の山へ引っ越してきた神さまは里人の集客に力を入れており、ロープウェイなる物を作ってまで信者を集めようとしています。ここを引き合いに出せば向こうも動くはずです」

 

「里人を参拝させるから自分たちの言い分を受け入れろ、と?」

 

「悪い話ではないでしょう? 交渉次第では信者を手に入れられるのですから」

 

 妖怪を遠ざけようとしている人間が妖怪の神さまとして鎮座する者へ信者を献上しようとしている。矛盾しているではないか。

 おじさんは頭を悩ませた。

 

「妖怪の山の実権はな、天狗の頭領が握っているんだぞ? そのバックには鬼がいる。片や頑固、片や気分屋。この二勢力を説得しない限り、神さまとて動けんと思うが」

 

「そこをうまくやってもらうんですよ」

 

「神様が応じなかった場合は?」

 

「その時は別の勢力に話を持ちかけます」

 

「別の勢力とは?」

 

「第二候補は紅魔館ですね。紅魔館は古参とは言いにくいですが、影響力も大きく、妖怪にも顔が利く。吸血鬼の主は好奇心旺盛だと言われています。耳を傾けてもらえる可能性は十分にある」

 

「紅魔館は人間に対する有効度が高いとは言えないぞ」

 

「少し前に表の人間が遊びに行ったじゃないですか。意外と友好的なんじゃないかと思いますがね」

 

「あの御仁は特別なのだ。雰囲気からして只者ではなかった。そこに興味を持っただけで我々里人にはそこまで甘くない」

 

「しかし、交渉する価値はある。仮に駄目なら他の勢力を探します」

 

「それでも駄目だったら?」

 

「話を聞いてくれる勢力が現れるまで粘るだけです」

 

「粘る? どうやって? 経済がストップしているんだぞ」

 

「動かせばいいではありませんか」

 

「この状況でか!? 皆、結社と荒くれ者たちに怯えているというのに!?」

 

「誤解はすぐに解けますよ。というか、活動を再開しないと里人も生きてはいけない訳ですから、数日後には元通りとなるはずです」

 

「今の状況を見てよくそんなことが言えるな!」

 

「食糧がなくなれば自然と外へ出てくる。人間ってそういうものでしょう? その前に誤解が解けるといいんですがね」

 

 悪びれもなく語る田端に、おじさんは激しい怒りを感じるもギリギリで持ちこたえる。

 

「話を、まとめようか……。君たちは大勢の里人を使ってデモを行い、妖怪を交渉の場に引きずり出して、里の独立を認めさせる。ということでいいか?」

 

「はい」

 

「ふむ……」

 

「納得して頂けましたか? でしたら、我々にご協力を――」

 

「ここからは私の意見を言わせてもらう。構わんな? これは討論なのだから」

 

「……」

 

 話を切り上げようとした田端を遮り、おじさんは自らの意見を口にする。

 

「私も広場で君たちの演説を拝聴していた。そのときから君らの主張には耳が痛くなったものだ」

 

「聴衆の声がうるさかったからですか?」

 

「違う。あまりに自己中心的だったからだ」

 

「自己中心的? あはは。あれのどこが自己中心的だったのでしょうか? 奥村は真実を言い当てた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というね。なのに、我々を否定するのですか?」

 

「そこだけだろ、君たちが証明できたのは」

 

「……と言うと?」

 

「他の部分は証明できておらず、憶測の域を出ていない。言ってしまえば、自分たちが証明できた部分だけで自分たちの行いを正当化している。力技もいいところだ。これは紛れもなくテロだよ」

 

「テロ……?」

 

「『暴力や恐怖で政治的主張を押し通そうとする行為』だ。今の君らにぴったりだろう?」

 

「へえ、そんな言葉があるなんて……勉強になります。ま、我々とは関係ありませんが」

 

 痛いところを突かれた田端は顔を引きつらかせながら誤魔化すも、おじさんの追撃は止まらない。

 

「演説後の狙撃をきっかけに君たちは暴動を起こした」

 

「あれは暴動ではありません。人々に爆弾を投げ込んだ稗田家と妖怪への抗議ですよ」

 

「彼女らが投げたという証拠はあるのか!?」

 

「あの状況で爆弾を投げる者が他にいるんですか? 客観的に考えて、それ以外あり得ないでしょ」

 

「それにしても被害が少なかったな。妖怪が本気になればもっと規模の大きい警告を行うと思うのだが……。あれでは火に油を注ぐだけ。稗田家とそれに近しい妖怪たちがそんな軽率な真似をするとは思えん」

 

「バレないと高を括って演説の最前列にしゃしゃり出てきた間抜けが二体ほどいましたが?」

 

 そう言って田端はおじさんの意見を笑い飛ばした。

 妖怪側が嘘を吐いて聴衆に紛れ込んでいた。それは隠しようのない事実。

 その点においてはおじさんも認めるほかない。

 

「……あれは奥村君の作戦勝ちだったな。相手を怒らせて隙を作り、弱みを突く。彼女らの仲間意識を上手く利用した作戦だった」

 

「奥村は優れたリーダーだった。それを殺したのは稗田家と妖怪です。私たちは戦うしかなかった」

 

「まだ奥村君を殺害した犯人は見つかっていないだろ。断定するのは早すぎる」

 

「早いも何もそれしかないでしょう?」

 

「ならば撃った犯人はどこの誰だ?」

 

「だから妖怪だと言っています」

 

「そういったことは犯人を捕まえてから言うべきだ。君たちは犯人を探しているのか?」

 

 田端は一瞬、考えるそぶりを見せてから、

 

「……誠意捜索中です。見つけたら処刑します」

 

「処刑? 妖怪をか?」

 

「もちろんです。相手が誰であれ罪は償ってしかるべき――里のど真ん中で火あぶりの刑に処します」

 

「おいおい、何を言っている!? 残虐すぎるではないか!」

 

「人を殺したのですから、妖怪であろうと命を以て償うべきです。独立とはそういうことなのですよ。妖怪から押しつけられた決まりではなく、里人が考えた決まり――つまりは法で裁く。実に民主的な行いだ」

 

 理想の押しつけを民主的な行いと称する田端におじさんは、頭を抱えずにはいられない。

 

「どれほど、妖怪へ喧嘩を売れば気が済むのだ……」

 

「里が妖怪から干渉を受けなくなるまでです」

 

「本気……なのか……?」

 

「本気です。じゃなきゃ、こんなことしませんよ」

 

 彼の目は真剣そのものだった。

 妖怪からの干渉、支配、その一切の束縛を認めない。要求が受け入れられるまでこの男は止まらないだろう。

 例えようのない寒気がおじさんの背筋を這う。

 

「田端君、悪いことは言わない。考え直せ」

 

「考え直す? あり得ませんね。このチャンスを逃したら里は民主化する機会を失う」

 

「誰もが平等で、誰もが自由に生きられる世界だったな。君の言う民主主義と言うのは」

 

「そうですとも。素晴らしい概念だ。権力者の独裁を防ぎ、民に意見する権利を与える。いやはや、表の国々は進んでいますね。こちらもそれに習い、民主化すればきっとよりよき明日が待っている」

 

「私はそうとは思わんぞ」

 

 おじさんは彼の考えをはっきりと否定した。

 田端が目を見開き、鼻の穴を膨らませながら睨む。

 

「はぁ……?」

 

 おじさんは怯まない。

 

「私は外来人――主に表の日本人だな。彼らと何度か話をする機会があったのだが、彼らが語ってくれた世界は君らが思い描くような綺麗な世界ではなかったぞ。小さいころから過酷な勉強を義務づけられる競争社会に貧富の格差、表向きは平等だが裏で存在する特権階級や自由の代償としてつきまとう自己責任論、生まれへの差別に理不尽――確かに個人の権利は人里よりも保障されている。だがな……ここのほうがいいと語る外来人もいるのだ。里に住む外来人は皆、表の社会に爪弾きされた存在。苦悩も多かったと聞く。本当に皆が平等で自由ならば、彼らのような存在は生まれないのではないか?」

 

 おじさんの意見に対して田端はばつが悪そうにコメントする。

 

「……どんな世界にもあぶれ者はいます。彼らの言い分だけで表の社会を決めつけるのはよくありません」

 

「少数の意見は聞き入れないと?」

 

「そうではありません。ただ、彼らの意見は信憑性に欠けると言っているのです」

 

「何故だ?」

 

「表の人間で、こんな妖怪に囲まれた集落に定住したがる連中にまともなヤツはいない。大体の外来人は表に帰りたがるのですからね。きっと頭がおかしいのです。そんな人間は例え、民主主義であっても救いようがないんですよ」

 

「つくづく決めつけがすぎるな、君は」

 

「事実を言ったまでですよ。あなたこそ、我々の足を引っ張って楽しいですか?」

 

「足を引っ張るだと!? 議論しているだけではないか!」

 

「民主主義を妨げる意見はいりません。私も忙しいのでこれ以上、無意味なお話に耳を傾けてはいられないのです」

 

「無意味な意見――本当に自分勝手な男だな。こちらも()()()()君らの話につき合ってやっているというのに」

 

 ため息交じりに漏らした一言が田端の癇に障った。

 

「仕方なく? 聞き捨てなりませんね? 里の自由を目指す我々の話を仕方なくと言いますか、そうですか――」

 

 田端は部下に目配せして、おじさんの周りに取り囲ませた上で自身も檀上を降り、その正面に立った。

 

「謝罪するなら今のうちですよ?」

 

「こんなやり方は民主主義な訳があるか! これは……ただの独裁だ!!」

 

「必要な痛みですよ。里を変革するためのね」

 

「つくづく愚かだな。お前たちは」

 

 ――バキッ!

 

 田端は何のためらいもなく、右拳でおじさんの左頬を殴った。

 口の中が裂け、唇から一筋の血が流れる。

 

「よく聞こえませんでしたので、もう一度言ってください」

 

「とことん……愚かだ――」

 

 ――バキッッ!

 

 今度は右ストレートで顔面に放り込んだ。その衝撃は結構なモノでおじさんは椅子から吹き飛ばされ、床へ叩きつけられる。

 

「うがぁぁ――」

 

 鼻から出血を起こし、痛みで蹲っているところを他のメンバーが「早く起きろよ」と笑いながら足で蹴って急かす。

 ヨロヨロと起き上がるのと同時に田端が彼の胸ぐらを掴んだ。

 

「最後のチャンスです。きちんと謝罪してください」

 

「その、前に……聞きたいことが、ある」

 

「ほうー、なんです?」

 

「仮に――仮にだぞ……。幻想賢者、八雲紫が出てきたら、お前たちはどうするつもりだ?」

 

「あぁ?」

 

 その名前に田端の顔が歪む。

 おじさんはニヤリと笑いながら、

 

「知らない訳ないよな? 寺子屋で嫌でも学ぶからな! 博麗大結界の発案者にして結界の管理者、八雲紫。絶対的な力を持つ妖怪の中の妖怪――縁起と新聞記事の情報だが、その能力はデタラメの一言に尽きる。彼女の逆鱗に触れれば交渉などと言っていられなくなるぞ?」

 

「……」

 

 胸ぐらを掴む力がより一層、強くなる。動揺している証拠だ。

 

「ははっ、さすがのテロリストもあの妖怪のことは怖いようだな。精々、その怒りに触れないよう、気をつけることだな。まぁ、幻想郷のルールを変えようとした時点で、すでに手遅れだろうがな」

 

「言いたいことはそれだけか?」

 

 口調を変えながら拳を振り上げる田端。それでもなお、この言論人は暴力に屈しない。

 おじさんは最後に忠告を出す。

 

「俺はいいが、他の者には手を出さないほうがいい。妖怪はどこで見ているかわからないからな。里人へ危害を加えたのがバレたら、痺れを切らした妖怪たちが里へ乗り込みかねないぞ? 里は妖怪にとっても大事な場所のはずだ。それと稗田どのは頭がいい。いつまでも手をこまねいたりしないだろう。どっちみち、お前たちは負けるよ――必ずな!!!!」

 

「ッ――。ご忠告、どうもッッ!」

 

 ――ドカッッッ!

 

 再々度、田端は右拳をおじさんの顔面にねじ込ませ、彼をメンバーたちへ押しつけた。

 

「やれ。ただし殺すな」

 

 その後、抗うつ薬おじさんは約一分間に渡り、複数人からリンチされ、気絶した。身体を縛られた彼は地下倉庫へ運ばれて行った。

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