相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第110話 脱出

 同時刻。

 永遠亭では会議から戻った阿求らが右京たちに報告を行っていた。

 

「天狗の頭領との話し合った末、こちらの活動を理解していただき『少しの間だけ待つ』と約束してくださいました」

 

「それはよかった」と右京が喜ぶも、本人は疲れたように、

 

「いやぁ、初めは大層、ご立腹でどうなるかと思いましたが、途中から話に入って来た守矢神社の神さまたちのおかげで何とか折れてもらいましたよ……。あそこまで顔を真っ赤にした天狗は初めてです」

 

「ほんと被りものそっくりだったぜ……」

 

 護衛として同行した魔理沙があの真っ赤な風貌を思い出して呆れ笑う。

 

「ちょっと、そういうこと言うのはやめてくださいよ」

 

 上司を馬鹿にされている気がしてか、文は口を慎むように促す。

 本当は()()()()()()()()()()()だが、そんな無礼なことは口が裂けても言えない。

 ふたりのやり取りを眺めつつ、右京と阿求は会話を続ける。

 

「守矢神社の方々が協力してくださったのですか」

 

「はい。私たちの行動に理解を示してくれたようで。後でそちらに巫女を派遣するとも仰ってくださいました」

 

「ということは東風谷さんも有志に加わって頂ける訳ですか。頼もしいですねえ」

 

「やっぱり彼女も強いんですか?」

 

 尊が訊ねると阿求は「並の人間よりは遥かに強いですよ」と回答する。近くにいた霊夢も「まぁ、私よりは一歩劣りますけど」と概ね同意した。

 同席中のアリスが「スペルカードなら同じくらいじゃないの?」と思うも言えば絡まれるので発言を控えた。

 戦力的な意味合いでは大所帯となりつつある有志連合に妖怪の山の勢力が追加され、更なる強化が図られた。しかも皆、人間への理解度が高く、行動を乱そうとしない。

 これならば上手く行く。後は諜報員の帰りを待つだけ。

 右京はそう思った。

 

 

 おじさんが退場すると残された参加者たちは恐怖で震えあがり、一言も発さなくなった。

 それをよいことに田端は彼らの正面に立って、

 

「ここで起こったことを漏らさないと誓うのであれば解放しますが――如何でしょうか?」

 

 皆、一様に頷いて田端の要求を飲んだ。

 

「もし、ここであったことをバラしたら、ご自身だけではなくご家族もタダでは済みませんからね? 特に奥さんや娘のいる人々はよ~く心してください。彼女らが苦しむさまを見たくなければね」

 

 とんでもない発言をする田端に皆、血の気が引いて行く。

 

「ひぇぇぇ。絶対に言わないから、勘弁してくれよぉ……」

 

 所帯持ちの参加者が多かったのか皆、年下のテロリスト相手に一心に頭を下げた。

 その光景を結社の面々は気持ちよさそうに眺め「へへ、戦った甲斐があったぜ」と囁く。

 構成員の半数が出来損ないのレッテルを貼られ、バカにされてきた連中であった。

 彼らは自身を見下げる側の者たちを支配下に置くのが楽しくて仕方なかった。

 さらに田端と約束を交わした人々が会場を去る間際、足元に稗田の家紋が入った布を投げ捨て「踏まないと帰れないぞ」と勝手に脅して踏絵を強要させ、苦しむ人間たちを散々、嘲笑った。

 それでも彼らが漏らさない保障はないので田端が「アイツらが変な動きをしないように他の連中に見張らせろ」と指示を出し、監視と人質を兼ねた徹底的な統制を敷くつもりでいる。

 田端のすぐ後ろで参加者がいたぶられる光景を見ていた信介は「くくく、最高の眺めだぜ」とご満悦な様子だ。しかし、メンバーの中には信介をよく思わない者も多く「たまたま役に立ったくらいで仲間ズラしやがって」との愚痴もチラホラ聞こえてくる。

 信介は文句を言った相手へ食ってかかろうとするが、自分以外の連中は武装していて、生まれて一度も喧嘩で勝ったことがない自称大文豪では返り討ちに遭うだけ。

 自分が場違いであると察したのか、

 

「じ、じゃあ、俺、見回りに行ってくるわ」

 

 逃げようとする。そこに田端が声をかける。

 

「小田原」

 

「ん、うん? どうかしたのか……」

 

 真顔でこちらへ向かってくる田端に信介は身の危険を感じ、

 

「な、何かき、気にぃ、障ることでも!?」

 

「……」

 

 しばし、無言の時間が続く。その間、信介は生きた心地がしなかった。

 

「あ、あの――」

 

「いや、お前に追加報酬を渡そうと思ってな……。ちょうどいいのがあったから、会場で待っていてくれ」

 

「へ?」

 

 誰もが粛清されるかと思ったが、田端が切り出したのは報酬の話だった。

 

「ほ、報酬……」

 

「追加報酬を出す。そういう約束だったろ。嫌だったか?」

 

「い、いや――そんなことはないぞぉ! そういうことなら喜んでもらうぜ!」

 

 報酬を貰えるとなった瞬間、信介の表情がパッと晴れ、そのままのテンションで会場へ戻って行く。

 誰もが「アイツばかり、不公平だ」と不満を抱えたが、田端は意にかえさず、幹部と思われるメンバーを手招きした。

 

「火口家から運んだブツにアレがあったよな?」

 

「アレ?」

 

「ねずみ捕りのアレだ」

 

「まぁ、あったが……」

 

「材料のほうだぞ?」

 

「あぁ未使用のモノがいくつか――」

 

 直後、田端はどす黒い表情を浮かべ、

 

「それを持ってこい」

 

 冷たく言い放った。

 幹部は田端が何を考えているのか理解し、絶句するもプレッシャーを放つ田端の命令に逆らえず「わかった……」と答え、指定された品を用意すべく部下に指示を出した。

 十分後、信介のいるところにテーブルが準備され、そこへ腰を掛けるように促された。

 

「おうおう、そんなに報酬があるのか!」

 

 信介がはしゃいでいると田端が現れて、向かい合うようにテーブルに着き、紅茶を振る舞った。

 人里には珍しい白いティーカップに入った紅茶の液体。信介は「おぉ」と心を奪われる。

 田端が言った。

 

「この紅茶は火口家当主が飲んでいた高級品の紅茶だ」

 

「へー、あの当主は緑茶しか飲まないと語ってたが、紅茶も飲むのか!」

 

「そ、そうだ……。ヤツの側近から聞いたから間違いない。だから是非、小田原に飲んで欲しくな。できれば、ずいっとな」

 

 珍しく声をうわずらせる田端に信介は何の疑問を持つこともなく、

 

「そういうことなら頂くことにするよ。お前には感謝しているからな!」

 

 言われた通り、紅茶を流し込む。その味は中々のモノで貧乏舌の信介を大いに感動させた。

 

「いい香りだな! しかも美味い――火口のヤツ、こんな代物を口にしていたとは。いやぁ、勿体ないなー」

 

「……」

 

 田端はジッと信介を見つめて、こう訊ねた。

 

「そうか。その紅茶はそんなに美味しいのか……」

 

「あぁ、美味いぞ! お前は飲まないのか?」

 

「俺はいい――それよりも少し雑談でもしないか。報酬の準備に手間取っていてな」

 

「おぉ、いいぜ」

 

 田端と信介は会話を始める。

 大半は信介の自慢話や愚痴が中心で、

 

「自分は凄い文才がある」「恋愛小説ならクリスQにも勝てる」「俺を追い詰めた三人と杉下右京に冷遇した稗田阿求は絶対に許せない」「火口家の連中も俺を下に見ていた。だから仕返してやった」「この革命が終わったら俺が田端を主人公にした小説を書く」

 

 などなど。言いたいことをぶちまけた。

 その間、約十五分。田端を含めた結社メンバーはめんどくさそうな態度で信介を睨んでいるのだが、話に夢中な信介は気がついていない。

 

「でさ、タイトルは何がいい? 革命の音とか理想の体現者とか、人類の王とか――」

 

 無邪気に未来の小説を屈託のない笑顔で語り聞かせる信介。彼は間違いなく幸福感を得ていた。しかし、そんな時間は長くは続かないものだ。

 

「う、あぁ……。は、腹が――痛い。少し厠へ行って、う゛げぇ゛ぇ゛ぇ゛――」

 

 席を立とうした信介だったが、あまりの激痛に膝を突き、それでも耐え切れず両腕で腹部を抱えたまま、地べたに横たわり、激しい嘔吐を繰り返す。

 

「な゛――ん゛だ、よ゛ぉ゛ぉ゛。こ゛れ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛は゛ぁ゛――」

 

 異常なほどもがく信介に対し、田端は冷めたトーンで告げる。

 

「亜ヒ酸を入れたんだ。毒餌に換算して五個分くらいだったかな? いや、それ以上か」

 

 亜ヒ酸とは硫砒鉄鉱(りゅうひてっこう)などから作られる猛毒で、古来より暗殺に用いられた。幻想郷でも一部の鉱山にて硫砒鉄鉱が産出される。それをどこからか買い取り、火口家などの信頼の厚い組織が亜ヒ酸に分離させて毒餌の調合に使用していた。

 田端は火口家が毒餌を作っていると知っていて、武器を運ぶ際、部下に指示して持ってこさせたのだ。

 毒が回っているのか、信介の容態が悪化する。

 

「ふ゛は゛ぁ゛――あ゛ひ゛さ゛ん゛――な゛、ん゛て゛え゛え゛」

 

「お前はいつ裏切るかわからんからな。ここで死んでもらうことにした。ついでに部下たちの不満も晴れる。一石二鳥だな」

 

「う゛ぅ゛ぞ、た゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

 

「事実だよ。勝手に入団したかと思えば見回りと称して、空き家を狙って盗みを働き、女の身体を触る。部下から聞いたが、さすがの俺も呆れたぞ」

 

「う゛ぅ゛ぅ゛」

 

 唐突に入団した信介を信用しなかった田端は部下に彼を探らせていたのだ。

 報告によるとたった一日で窃盗以外にも難癖をつけて女性宅へ上がり込み、セクハラまがいの行為まで行ったそうだ。

 そこで田端は彼を妖怪の手先ではなく、ただの小者と判断。実験を兼ねて毒を盛ったのである。

 

「誰からも必要とされず、心配する家族も友もいない――こんなクズを生かしておく意味はないんだよ。実験台となって消えていくのがちょうどいいのさ」

 

「い゛――ぅ゛ぐ。や゛た゛ぁ゛ぁ゛し゛に゛だく゛な゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛」

 

「――うるせーよ。とっとと死ね」

 

 と、周りで見ていたメンバーのひとりが苦しむ信介の身体を蹴って転がした。すると、転がったほうにいた別のメンバーが「汚ねぇよ!」と蹴り返す。それを面白がり、その場にいた数人の部下がまるでサッカーでもするように信介を蹴りあったのだ。

 残酷すぎる所業に中には引く者もいたが、田端は動じず。

 

「これじゃ正確な死亡時間は測れないかもな……」

 

 ボヤくだけ。

 さらに十分。打撲によるものか毒のよるものなのか不明だが、信介はピクリとも動かなくなり、絶命した。

 彼が転がった場所は吐しゃ物と赤い血でぐちゃくちゃに汚れ、異臭を放つ。

 田端は「人間を殺すのにこれだけ時間がかかるんじゃ、妖怪相手にはまず使えない」と語ったのち「綺麗に片づけろよ。それと死体は妖怪どもにバレないよう袋詰めして床下にでも埋めておけ」と言い残し、この場を離れる。

 全てを天井裏から覗いた咲夜はあまりの残虐行為に絶句し、これ以上の諜報を断念して帰還を選択する。

 疲労が抜けない身体を奮い立たせた彼女は力を振り絞って能力を発動させ、里を脱出。マミとの合流地点まで急いだ。

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