医務室を訪ねると永琳が机に向かって薬の調合をしていた。
右京が咲夜について質問した。彼女の症状は能力の使い過ぎによる過労だそうで、適切な薬を飲ませれば明日には治るだろうとのことだった。永琳にお礼を述べた右京は咲夜のいる病室に足を運ぶ。
襖を開けると座敷で横になる咲夜と見守るレミリアの姿があった。
右京はレミリアに頭を下げてから隣に座る。
「心配ですか?」
「そうね……。こんなこと初めてだから」
レミリアにとって咲夜は、自らの世話から異変解決まで卒なくこなす側近中の側近である。多少抜けているところはあるも、そこを含めて信頼していた。
今回の任務も無事こなしてくると思っていただけに軽いショックを受けている。
「いつも通りに戻ってくると思ったんだけどねぇ。眠る前に本人から聞いたけど、里人が可哀想でつい力が入って休憩を疎かにしたらしいの」
「そうですか……。彼女ひとりに辛い役を頼んだ僕の責任です。その辺りも考慮すべきでした」
いくら優れた能力を持つとはいえ、初の本格的な諜報活動だ。精神的負担は計り知れない。彼女の能力に頼り過ぎた感は否めなかった。
「仕方ないわ。できる者が少ないのだし。それに時間的制約もある。咲夜が適任だった」
「そう言って頂けると助かります」
スヤスヤと眠っている咲夜を眺めながらレミリアが右京に訊ねる。
「今後、どうするの?」
「十六夜さんが手に入れた情報を基に突入する際のプランを練ります。ただ今、稗田さんに地図を書いてもらっていますので、それまで皆さんは待機ということになりますが」
「ふーん。突入ね……。交渉はいいの?」
「そちらも考えています。本当は話し合いでの解決が望ましいのですが……」
「そうも言っていられない、と?」
「不安要素が多すぎて、いつどうなるかわかりません。ならば――先に突入の手順を整えるのがよいと思いました」
その方針にレミリアは納得する。
「異論はないわ。けれど、人数的に間に合うの? こっちは精々、二十人よ? 相手は結社とヤクザを合わせて六十人くらい、いるんでしょ? 人質を救出しつつ結社どもを制圧するなんて、いくら私たちでも難しいわ。おまけに妖怪は本気を出せないし、不用意に里の中へ入って行動するのも他勢力から顰蹙を買う」
「困ったものですね」
「あなたも大変でしょ? 色々と制約があって」
「表も似たようなものですから」
それぞれの利権が絡み合い、決断が遅れる。組織にはつきものだ。
そういった縛りの中で右京は数々の事件を解決してきた。今回は普段よりも協力的な面子が多いのが救いである。
ふたりが話している最中、咲夜が目を覚ます。
「う……。お嬢さま、杉下さん……。ご心配を、おかけしました」
「いいのよ、あなたはよくやったのだから」
「こちらこそ無理をさせてしまい、申し訳ない」
「……本当はもう少し情報を手に入れたかったのですが――」
「あれだけの情報があれば十分です。作戦は立てられます」
「本当ですか……?」
「もちろんです。ただ……追加でお聞きしたいことがあります。よろしいですか?」
右京が訊ねると咲夜は身体を寝かせたまま頷いた。右京の質問が始まる。
「水瀬家と土田家の勢力は結社と協力関係にありますが、仲はよいと思われましたか?」
「私が物陰で休んでいた時ですけど、結社の面子とガタイのよい男たちが言い争いをしていましたわ。『俺たちに乗っかっておいしいところを持ってった癖に』とか『エラそうにすんなや! お前らだって俺たち水龍会の力がなければ稗田家を追い出せなかっただろうが!』とか。殴り合う寸前で仲間に止められていましたが。……なので、あまり仲はよくないかと」
「そうですか。では偵察中、結社と二家が一緒に行動しているところを見かけましたか? また、各代表が表に姿を現して指揮を取っているところなど」
「はい。何度か目撃しました――ですが、両勢力とも距離を取って行動していましたわ。代表の水瀬は自宅に引き籠って威張り散らしていましたし。土田家代表も風下家から出ず、他のことは全て部下に任せっきりで、自分は風下さんの宝物を漁っていました。なんだか白い鞘に収まった刀を振るって喜んでいましたね。『こんないい刀があるとは!』って」
「火事場泥棒は他にもいたようね……」
レミリアが呆れながらに言った。腐っているのは小田原だけで十分であるが、土田家当主に似たり寄ったりだったようだ。
「その刀がどのような代物か非常に気になるところですが、今はさておき――話を聞く限り結社と水瀬、土田勢力は仲がよいとは言いにくいですね」
「二家の親玉は子分たちに仕事させて踏ん反り返ってるって感じよね。私とは大違いね!」
「はは……」
レミリアが発した言葉に咲夜はどこか苦笑い気味だが、本人はまるで気にかけない。
くすっと笑ってから右京がおだてる。
「レミリアさんは高貴なお方ですからねえ」
「その通り!」
「何がその通り、よ。お世辞なんかで浮かれちゃって」
後ろからやってきた幽々子がちゃちゃを入れた。
「あん、なんだって!?」
余計なことを言うな、と勢いよく幽々子へ食ってかかろうとするが相手にされず、そっと横に避けられた。
幽々子は右京を視線を向ける。
「妖怪の山の巫女が見えているわよ」
「ほう、それはそれは。挨拶に行かねばなりませんね。十六夜さん、どうかゆっくりとお休みになられてください」
右京は早苗に会うべく広間に戻った。
広間の中では阿求が筆を駆使して畳四畳分にも及ぶ大きな地図を作製している最中だった。
袖をまくり、病み上がりの身体を押して真剣に取り組む彼女の姿に誰も声をかけられず、ただ黙って書き終わりを待っていた。
早苗もその集団に混じって見学していたのだが、入口から顔を覗かせる右京に気づいて、広間を抜ける。
そこから少し離れた廊下まで早苗を連れ出した右京は感謝を述べた。
「参加して頂き感謝申し上げます」
「当然ですよ。里がピンチなんですし」
里に信者を持つ守矢神社からしても結社の反乱は無視できない問題だ。
巫女たる彼女がこちらに加勢するのは必然だった。
右京は反乱後の妖怪の山の雰囲気について訊ねる。
「妖怪の山はどのような状況でしょうか?」
「皆、ピリピリしてますね。一部の天狗は会談後も『仲間がミスした責任をとって我々が解決に動くべきだ』と頭領に進言し続けているみたいですし。河童は河童で『対人武器作って一儲けだ』とあちこちから材料をかき集めていますし、周辺の妖怪は反乱自体、知名度を上げるチャンスと捉えて『俺たちで里の反乱分子を一掃するぞ』とか言ってるんですよ。一応、知り合いの仙人が説得(物理)して回ってくれているので、今のところ大丈夫そうですけど……」
妖怪の山の内部、周辺共に荒れているようで、まとめ役の頭領や守矢神社の神さまはかなりの苦労を強いられるのだろう。早苗のため息がそれを物語っていた。
話をどこで耳にしたのか。聞きつけた文が雑談に入ってくる。
「その……。やっぱり、私ってよく言われてないですよ……ね?」
「えっと、その……」
余程のことを言われているのか、口を閉ざす早苗を見て、文はがっくりと項垂れた。
「トホホ、このままじゃ戻れませんよ……」
強気な突撃系ジャーナリストが見る影もない。
かつてやり合った者同士とはいえ、駆け引きを繰り広げた相手の弱った姿に右京が同情を示す。
「人里が無事解放されれば、きっと戻れますよ」
幻想郷の住民にはない優しい言葉に文は気力を取り戻し、ぐいっと拳に力を込めた。
「そ、そうですよね! 頑張らねば!」
奮起する文。ここから一気に巻き返してやると意気込み、ふたりを笑わせた。
和やかムードの三人のところに尊がやってきた。どうやら地図が完成したようだった。
「わかりました。すぐ行きます」
早苗と文を連れて広間に入ると畳四つ分の大きさの地図ができあがっていた。細い筆で細かい路地なども丁寧に描かれ、突入経路や人質解放の手順を模索するのに十分な代物だった。
「この短時間でここまでの地図を書き上げるとは。御見それいたしました」
「些か雑な部分もありますが……」
阿求本人はもっと丁寧に描きたかったらしく、納得がいっていない様子だが、周りからすれば立派な地図である。
「必要な情報は集まりました。これで……計画を立てられます。神戸君、皆さんをここへ呼んできてください」
「了解です」
二十分後、作業を終えた永琳や偵察から戻ってきたマミを加えて作戦会議が始まった。休養中の咲夜を除き、全てのメンバーが集まったことで広間はいつも以上に窮屈だ。
重苦しい空気であっても右京は相変わらずの口調で、
「それでは作戦会議を始めます。里の状況は東入口、西入口が封鎖。稗田邸、火口邸、風下邸、寺子屋、鈴奈庵、劇団が占拠されており、結社は劇団をアジトとして活用しています」
続けて尊が発言する。
「敵の総数は確認できるだけで六十四名。配置は以下の通りです」
永遠亭の物置にあった将棋の駒を順番に配置していく。
『歩兵』が結社の子分で『と』が二家の子分を表す。
東口と西口に歩兵が二個ずつ置かれ、鈴奈庵が三個。寺子屋、雑貨屋が二個。稗田邸は十個。火口邸は五個。
風下邸は『と』が十四個に飛車が一個。水瀬邸は八個と角が一個。劇団は歩兵が十個と『金』と『銀』『王』がひとつずつだ。
飛車が土田で角が水瀬、金銀が結社幹部で王が田端といったところか。
駒の振り分けを見た魔理沙は苦笑を禁じえない。
「田端や幹部が王と金銀ってのはわかるが、二家の代表が『飛車』と『角』ってのもなぁ」
もっとも働かない連中がもっとも働かなければならない駒とは。
誰もが皮肉だと思ったが、右京は否定する。
「彼らが飛車と角なのは決して嫌味ではありませんよ? 彼らを取ってしまえば、戦力の半数を削ぐことになるのですから」
「半数? それは言い過ぎじゃない? 二家のトップを取ったって子分たちが降伏するとは思えないのだけれど……」と、幽々子がつっこむ。
「さぁ、どうでしょうかねえ~? 彼らはワンマンですから……。いくらでもやりようはありますよ。うふふ」
クスクスと笑う右京。何かえげつないことを考えているな、と誰もが勘繰った。
次は永琳が手を挙げる。
「策があるならよいのだけど、交渉のほうはどうなったの? 私は薬を作っていたから何も聞いてないの」
「私らも聞いてない。どうするんだ? このまま突入か?」
魔理沙も同じく質問し、皆の視線が集まる中、右京が見解を述べた。
「交渉を行おうにも彼らは僕たち有志の話に耳を貸さないと思われます。ですので、僕たち主体で交渉を行うこと自体、最初から無理があるのです」
「あ、言われてみれば」
阿求は自分たちが結社の面々から相当、嫌われていることを思い出した。霊夢や魔理沙、小鈴、慧音、文、マミに特命係を加えたチームが交渉相手と知れれば、即報復される可能性も捨てきれない。
「ですが、手はあります。射命丸さん、天狗の頭領さまに手紙を書いて貰うことはできますか?」
「て、手紙? ……それって交渉の意志を示したものですか?」
「ええ、まぁ」
「無理ですって!!」
文が両手を振って否定すると阿求も続いて。
「それは無理です。あの方は私と守矢の神々で交渉してようやく『少し待つ』と、折れてくれたのです。それ以上の協力は望めません」
天狗は元々、プライドが高く、人間を見下す傾向にある。その頭領ともなれば頑固さは文の比ではない。もしも人間が自分たちを侮辱するような態度を取ろうものなら確実に報復を考える。
ふたりの態度から頭領の協力は絶望的と判断できる。
「つまり、天狗は里人相手に一歩も譲らない。そう解釈してもよろしいですか?」
「間違いありません」
文が断言した。右京は繰り返し彼女に訊く。
「仮に結社が里外――それも妖怪の山周辺で大規模な『妖怪・消えろ』行進などを決行した場合、どうなりますか?」
「たぶん、力ずくで押さえにかかる、かと」
「となれば、大規模行進が決行される前に里を解放しなければなりませんね」
「大規模行進までどれくらいの猶予があるのか……」尊が呟く。
「数日以内でしょうね。早ければ明日」
「明日だと!?」
魔理沙が声を荒げるが、右京は至って冷静だ。
「武力を行使すれば可能です。田端は八雲さんが出てくる前に決着をつけたいでしょうからね。強引な手段に打って出てもおかしくありません」
抗うつ薬おじさんが紫の名前を出して田端が口をつぐんだと聞かされた右京は、彼が紫を恐れ、早期決着を狙うべく計画を前倒しする可能性があると指摘した。周囲も同意する。
「行進が始まれば里人は外へ出されて盾にされ、野良妖怪は襲いかかり、天狗は武力行使に出る。こりゃあ、マズイねぇ」
レミリアが零すと妹紅も続けて、
「けが人を出したくないなら突入しかないな。上手く行けばいいが……」
失敗すれば死傷者多数の大惨事。有志参加者の評価が著しく落ちることを意味する。しばらくの間、尾を引くのは目に見えていた。
責任重大なこの局面で右京はどのような采配を下すのか。今、その真価が問われている。
普通の人間であれば、安全に短期決戦へ持ち込む策など思いつかない。だが、ここに集まるのは人知を超越した人外と人間たち。不可能をこじ開けられるだけの力があった。
右京はお決まりのポーズを取る。
「ひとつ、考えがあります」
☆
午後十八時半。
あれから信介を劇場の床に埋めた田端は本邸にいる水瀬、風下家を占拠する土田たちと立て続けに面会する。田端の要求は人員確保のために部下をもっと貸して欲しいという内容だった。
里の警備を行おうにも結社の正規メンバーだけでは足りず、見回りなどを子分たちに頼んでも「お前らは俺たちの上司じゃない」と、反抗的な態度を取られることもしばしば。仕方なくデモ参加者から人員をかき集めているのが実情である。
こうした事態を解決するために二家を回っているのだが、現実はそう甘くはない。
相談を受けた水瀬は「若い衆には言うことを聞くように言いつけておく。それでいいだろ? これ以上、部下を貸したら、言い訳が立たん」と、返答して「俺はお前らに脅されているって設定なんだからさぁー。もうこないでくれよ。そういう約束だろうが!」。田端を強引に追い出す。
土田に至っても「名目上、儂はお前らに息子を人質に取られて渋々、火口家襲撃と風下家占拠に加担したんだぞ。これ以上は手を貸したらいざというとき、言い訳できんじゃろが! お前らだって『反乱の後はこっちで何とかする』っつって同意したんだ。しばらく頑張ってくれ。妖怪とちゃんとした交渉ができたら、そのときは喜んで力を貸そう」と、水瀬と同じように断った。
水瀬は子分たちが勝手に暴走、土田は人質を取られ反乱に加担した。それぞれ言い訳できるように振る舞うつもりでいたのだ。田端が何も言わないところを見ると彼らの言い分は正しいようだ。
夕日が落ちて行く閑散とした大通りを歩く田端は「漁夫の利ばかりを求めるクズどもが……」と愚痴を吐きながら劇場に戻る。
拠点に着いた田端は「ひとりになりたい」。そう言って、人避けしてから控室に入り、地べたに腰を下ろす。
「……」
無言のまま、どこにも焦点を合わせることなく、田端はただボーとしていた。
疲労によるものか、重圧によるものか、それとも恐怖によるものか、あるいは別の何かか。それは本人のみぞしる。
十五分が経過したころ、田端は誰かに語りかけるように言った。
「いるのか……?」
静寂の空間に声が響く。それに釣られるように物陰から人の気配が漂い始める。
――……。
それは静かに表れた。
麻で包まれた細長い何かを肩に背負い、同様のフードを深く被り、さらに顔を包帯で隠した種族性別共に不明な生き物。唯一わかるのは
その者の姿を確認した田端は特に驚いたりはせず、淡々と語りかけた。
「……どこの誰だか知らないが、お前がくれた情報と表の利器のおかげで辛うじて戦えている」
――……。
「奥村を撃ったのはお前ーーだよな?」
肩に背負った物体に目をやって訊ねると、その者はコクンと頷いた。
「そうか……」
彼の散り際が脳裏に焼きついて離れない。瞳孔が開きながら倒れる亡骸が瞳を閉じれば自身を見つめている。
「言葉じゃ、何も変えられん。最後に物を言うのは恐怖と暴力だ。正直、民主主義なんてどうでもいい。この世は結果が全てだ」
コクン。その者は無言で同意する。
「ふふっ、嘘でもありがたい」
そのとき、恐怖で敵味方問わず支配する冷血漢が優しく笑った。
わずかながら、理解者への敬意が見えた瞬間だった。
気恥ずかしさからか田端はスッと立ちあがる。
「部下たちの様子を見てくる」
コクン。
「バレないように出て行けるのか?」
コンコン。
その者は床を足で叩いた。床板を外して入ってきた、と言っているのだろう。
「心配無用か」
自分が案ずるまでもない。
扉に手をかけようとした田端だったが、最後にこのような質問した。
「名前、なんて言うんだ?」
一呼吸間をおいてから低い声で答えがやってくる。
――聖なる狩人。
「違う。本当の名前だよ」
――……。
その者は答えようとはしなかった。諦めた田端が部屋を出ようとする。そのときだった。
「悪かったな。じゃ――」
――エレン……。
「ん?」
――エレン・イェーガー。狩人だ。
直後、床板を外して消えるように控え室を去った。
「エレン・イェーガー……。ふふっ、狩人か……。ははっ、そうか、そうか!」
田端は大層、愉快そうな表情と共に部屋を出て仲間のところへ戻った。