相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第113話 それぞれの夜

 十九時。

 会議は終わりを見ず、右京たちは広間で作戦を練り続けていた。

 突入ルートの選定、救出と制圧の方法説明、計略の下準備、物資の調達などなど。考えることは山積みである。

 すでに物資調達や資料集め、協力要請などで半数近くのメンバーが永遠亭を出払った。

 残ったメンバーである優曇華に右京が質問する。

 

「優曇華さん、あなたの能力は狂気、すなわち波長を操ることでしたね。波長を操つられた者はどうなるのでしょう?」

 

 白い耳をピンと立て、右京の質問を聞き取った彼女が自身の能力を説明した。

 

「簡単に言うと気分があがったり、さがったりしますね。波長を長くすれば気分はあがりますけど、やりすぎるとやる気を喪失します。波長を短くすれば短気になり情緒不安定します。さらに短くすると会話困難になります」

 

 それ以外にもふり幅を増やすと存在が過剰になり、離れた場所での意思疎通が可能かつ減らせば声が通らなくなる。位相をずらせば干渉が起きず、その反対なら姿を完全になくせる。

 とても自由度の高い能力だ。彼女の能力も諜報活動に非常に有効なのだが、彼女は妖怪であり、波長はコントロールミスをすると人々に多大な悪影響を及ぼすので潜入は見送られた。

 師匠である永琳が「この娘、かなり臆病だから諜報には向かないわ」と進言したのも大きかった。

 

「そうですか。ちなみにその能力の効果範囲は?」

 

「人間ひとりから町全体まで使い分け可能ですけど」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 地図と睨めっこしながら右京は作戦を組み立てて行く。

 その内容は非常に大胆なもので妹紅が「これさ、本当に上手くいくのか!?」と、不安を零すほどだった。右京は真顔で言い切る。

 

「幻想郷の事情を考慮しつつ早期決着を望むのであれば、これが一番かと」

 

 断言する参謀。

 皆、不安感が拭えなかったが、どちらにしろタイムリミットが近いので「ここまできたら信じるしかない」と、覚悟を決めた。

 

 

「ふむ――」

 

 香霖堂の店主、森近霖之助は緑茶片手に曇った夜空を窓から眺める。

 里が反乱分子に占拠されてから客足が途絶え、売上が伸びない。

 

「霧雨の親父さん、無事だろうか……」

 

 かつて、お世話になった魔理沙の父の無事を案じているが、戦闘力の低い自分が首を突っ込むと、かえって迷惑になる。霖之助が支援を申し出るにとどめた理由がそれだ。

 店主は味気ない夜空を仰いだ。

 

「魔理沙のヤツも父親が気がかりで仕方ないだろうなぁ。泣いてなきゃいいけど」

 

 反目しているとはいえ親に変わりない。

 胸の内は辛いだろう。霖之助はそう考えていた。すると視界の下から聞き覚えのある声が。

 

「誰が泣いてるって?」

 

「ま、魔理沙!?」

 

 視界を下げれば、窓越しに顔を顰める本人の姿があった。

 驚く霖之助を余所に入口から店内へ入った彼女が文句を言いに詰め寄る。

 

「私が泣いているように見えるか?」

 

「見えない……な。たぶん」

 

「だろ? そういうことだ」

 

 父親の件になると普段の十倍は頑固になる魔理沙だが今回は比較的おとなしいように見える。彼女とつき合いの長い霖之助はその心を見透かすも、黙って頷く。

 気を使わせた。魔理沙は顔を背けつつ「仕事のついでに寄った。何か使えそうなものを貸してくれ」と、言った。

 霖之助が意地悪く、

 

()()()()()とは言わないんだな?」

 

「有志へ協力を申し出たお前から物資を貸してもらう。何か間違っているか?」

 

 不機嫌を上まで表され、霖之助が仰け反る。

 

「い、いや、間違ってはいない。どれでもって訳じゃないが、貸せるものは貸すつもりだ」

 

「へ! 古道具屋に使えそうな物があればだけどな!」

 

 憎まれ口を叩きながらも彼女はここにきて笑顔を見せた。

 それから、ふたりは道具を選別しながら里の現状と有志について話し合う。

 阿求狙撃から咲夜の情報の内容までが魔理沙によって詳細に伝えられる。霖之助は例えようのない不安に駆られた。

 

「本当に里の人々は大丈夫なのだろうか」

 

 経済活動もできず、食糧も買いにいけない。彼らが感じるストレスは多大である。このままいけば必ず悲劇が起こる。

 

「加担者以外の里人は外出を控えているらしいが、各家庭の食糧なんて微々たるもんだ。そう長くは持たん」

 

「なくなった場合は……?」

 

「わからん。けど、おっさんは行進に参加する者だけに食糧を配給するかもしれないって考察してたな」

 

 食べるものがなければ飢えるだけ。そこを突かれると右京は考えていた。

 霖之助も同感のようで、

 

「あり得る。そうすれば参加者が増えるからな」

 

「でもって外に出れば血に飢えた妖怪と頭の固い妖怪が襲いかかる」

 

「そして盾にされる。だったな……。正直、それは信じたくない」

 

「私も信じたくはないが、何が起こっても不思議じゃないんだ。最悪のケースってヤツを嫌でも考えなきゃならんよ」

 

 そう言って、黙々と手を動かす魔理沙に霖之助は驚きを隠せない。

 

「(ちょっとばかり見ないうちにずいぶん思慮深くなったな。これも杉下右京の影響か? やっぱり只者じゃなかったか、あの人間)」

 

 幻想郷にやってきた直後にも関わらず、ハーフの自分を出し抜いた男だと一目置いてはいたが、たった一か月足らずの間に表からやってきた部外者から里の行く末を左右する参謀になるとは予想できなかった。

 そんな男の近くで活動を共にしていたのだから、何かしら吸収するのもまた必然である。

 思わぬ変化に手を止めて彼女を凝視する霖之助。

 魔理沙に「手が動いてないぜ?」と注意され、ぎこちなく作業を再開させるも古道具屋には大して突入に役立つアイテムはなかった。

 やはり彼女の愚痴が飛ぶ。

 

「骨董品と古本ばっかりで作戦に使えそうなもんがないな」

 

「ここは武器屋じゃないからな。物騒なものは扱ってないよ」

 

「あっても天球儀とか箱の式神とかだもんなー。おっさんたちのスマホのが便利だぜ」

 

「うぐ……」

 

 右京のような外来人が入店した際、何度か触らせてもらうのだが、大きさと釣り合わないスマホの性能を羨ましく思っている。

 ネットが通じず、性能を最大限発揮にできないが杉下右京はカメラ、動画、ボイスレコーダーなど限られた機能を駆使して短時間のうちに敦殺人事件を解決した。

 そうした活用例を聞いてしまうと欲求がくすぐられるものだ。

 

「僕にもスマホがあればな……」

 

「お前じゃ、事件は解決できないだろうよ」

 

「――ッ。探偵になる気はないさ」

 

 ほんの少し芽生えた憧れを魔理沙に看破されて動揺を隠せない。それでは心理戦に発展しやすい探偵業は務まらない。今のやり取りで彼は自分に適性がないと悟った。

 

 ――カランカラン。

 

 入口のベルが鳴った。

 ふたりが目をやるとそこにいたのは風呂敷を抱えた霊夢だった。

 彼女は魔理沙を見るなり、

 

「ん? アンタ、ここで遊んでていいの? 仕事は?」

 

「私は足が速いからな。もう済んだよ。後は待つだけだ。で、お前はのほうは?」

 

「こっちも同じよ。アイツら、ちゃんとやってくれるといいんだけどね」

 

「何の話だ……?」

 

 霖之助が訊ねても「今は言えない」と説明を断られる。

 何かしらの作戦か、と訝るも右京の思考を読めずに頭を悩ます。

 数分の立ち話ののち、霊夢も選別に参加。魔理沙と手分けして店内と倉庫を掻き分ける。

 いざとなると渋り出すケチな霖之助から使えそうな雑貨や武器などを借りて永遠亭へと運んでいった。

 彼女らが去って静かになった店内で霖之助はひとり「あぁ……僕の刀が」と落胆した。

 

 

 時刻は二十三時を回る。

 稗田邸では結社メンバーが阿求の書斎や蔵などから資料を漁っている。

 

「なぁ、見つかったか?」

 

「見つからないな。田端さんが言っていた資料は」

 

 書斎の中、眼鏡をかけた如何にもガリ勉そうな男たちが膨大な量の文献に目を通し、自分たちの求める情報を探している。

 日本語で書かれているものもあれば英語のような海外の文献、さらには解読不能な文字で執筆された書物まで、様々な資料を山のように積み上がっていく。読んでも、読んでも次々に運び込まれる故、数が一向に減らない。彼らは根気のいる作業を不眠不休で続けていた。

 

「どうするんだよ。見つからないと田端さんに叱られるぜ」

 

「怖いからな。あの人」

 

「しっ、口に出すな! 聞かれたらマズイだろ」

 

 愚痴を零したメンバーを別のメンバーが諌める。

 しかし、そのタイミングだった。

 

「何が聞かれたらマズイって?」

 

「「田端さん!?」」

 

 運悪く進捗状況を確認すべく書斎を訪れた田端本人に聞かれてしまったのだ。

 ふたりは顔を真っ青にしながら謝罪する。

 

「すみません。まだ資料は見つかっていません!」

 

「どうか、許してくださ――」

 

「そういうのはいい」

 

 直後、田端が手を出して制止する。

 

「資料は膨大だからな。時間がかかるのはわかっていた。妖怪との交渉に使えそうなやつはあったか?」

 

「いえ、どれも公式に発表されているものと大差なくて……」

 

 思わしくない結果を申し訳なさげに報告する両名。彼らは自身の身を案じた。

 田端はそれを察したのか、

 

「そうか、ご苦労。続けてくれ」

 

 と言うだけにとどめた。

 ふたりは大きな声で返事をする。

 

「「は、はい!」」

 

「それと急げとは言ったが、休むなとは言ってない。少しは休憩しろ」

 

 そう言って、田端は書斎を後にした。

 廊下を歩く傍ら、彼はため息を吐く。

 

「そう簡単に見つかるとは思ってなかったが。想像以上に資料が多い。ここに不都合な真実が眠っていれば、活用できるのだが」

 

 妖怪との交渉を有利に進めるには自分たちの正当性をより確実なものにする必要がある。

 そこで必要なのが『阿求と妖怪の繋がり』『資料や妖怪からの支配や干渉を暗示』『統治に不都合な歴史』などが記された資料である。

 田端が稗田邸に大量の人員を割いたのはこれが理由であった。

 けれど、相手はあの天才稗田阿求。右京以上の記憶力を持つ人外級の人物である。

 不都合な資料などはとうに廃棄された可能性も否定できない。

 

「見つかれば儲けもの。そう考えるしかないか」

 

 田端もそれを考えているようだ。

 次に彼は女中やけが人が拘束されている広間へ入る。

 二十人はいる人質たちが田端を見た途端、震えあがった。

 皆、顔色が悪く、大した食事を与えられていないのか衰弱しているのが見て取れる。

 監視役に田端が問う。

 

「食事は与えているのか?」

 

「はい。水と白米を」

 

「量は?」

 

「水筒一杯分と茶碗半分を一日二回ずつです」

 

「ずいぶん、少ないな」

 

「思ったよりも食糧がなくて……」

 

「食糧庫には十分な備蓄があったはずだが?」

 

「そうなんですが、見張りを手伝っていた水瀬や土田の子分どもがどさくさに紛れてくすねて行ったんですよ」

 

「チッ、あのクズどもが――参加者からかき集めるように手配する。それでも足りなければ他から調達させる」

 

「わかりました」

 

 監視との話を終えた田端は広間を出て、邸宅前で待機している部下を引き連れ、劇場へ戻る。

 彼は建物に入るや否や、部下へ食糧確保の指示を出す。

 その他もろもろの命令も与え、最後はこのように締めくくった。

 

「行進の予定を早める。最低でも明後日には里の外を歩く。準備しろ」

 

「「「はい!!」」」

 

 大行進の日は確実に迫っていた。

 

 

 深夜零時。

 大地を覆う雲のさらに上。

 星々が照らす闇夜の中を泳ぐふたつの影があった。

 

 ――全くとんでもないことになったわね。こっちもやることあるのに。

 

 ――この状況、如何するおつもりなのですか?

 

 ――そうねぇ……。アイツの話だけだとちょっと不安だし。少し様子でも見てこようかしら。

 

 ――大丈夫ですか?

 

 ――私が見つかると思って?

 

 ――それは……。

 

 ――私ならいくらでも誤魔化せる。

 

 ――なるほど……。

 

 ――ねぇ? この状況。そこまで悪いことばかりじゃないと思わない?

 

 ――はい? それはどういう……。

 

 ――わからないならそれでいい。

 

 ――す、すみません……。ですが、危険な状況には変わりないですよね……?

 

 ――一歩間違えば、幻想郷は崩壊の危機に瀕するわね。でも、そうはならないわ。

 

 ――何故でしょうか?

 

 ――さぁ、何故かしらね? じゃ、行ってくるわ。後はよろしく。

 

 ――わ、わかりました。

 

 影のひとつは音もなく消え去り、もう片方の影も常闇の中へと姿を消した。

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