相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

115 / 181
第114話 幻想狂想曲 その1

 早朝四時。まだ日が差さすまで時間がある。

 寝ている有志たちが多い中、右京と文は足音を立てないように庭先に出た。

 カバンを持った文が確認を取る。

 

「本当にいいんですね?」

 

 これを行えばもう後戻りはできない。文は不安が拭えなかった。

 その心情を理解するも右京は、

 

「よろしくお願いします」

 

 依頼した。

 彼女はゴクリと唾を飲み、頷いてから大空へと飛び立った。

 右京は明けない空を眺めつつ、成功を祈る。

 そこへ尊が現れた。

 

「杉下さんの予想が外れたら大惨事確定ですね」

 

「でしょうね」

 

 参謀補佐の言葉に同意した。

 

「しかし、成功すれば無事、条件をクリアできます」

 

「ドラマみたいな話ですけどね……」

 

「不可能ではありません」

 

「魔理沙のヤツなんか、この作戦が成功したら杉下さんを〝諸葛孔明〟って呼ぶと言ってましたよ」

 

「僕は稀代の天才軍師ではないですがねえ~」

 

 諸葛亮の姿をした右京の姿を想像した尊が思わず吹いてしまう。

 

「アハハ! 確かに! 杉下さんにヒゲは似合いませんよね」

 

「君、失礼ですね」

 

 何が可笑しいのか。内心イラッとした右京が、

 

「僕が孔明なら君は馬謖(ばしょく)でしょうか。師匠を泣かせるような真似はしないでくださいね」

 

 皮肉を送った。

 

「ちょ、ちょ、切られるのは嫌ですよ!」

 

 慌てた尊を見やる右京の顔はとてもニンマリしていた。

 

「さ、僕たちも準備を始めましょう」

 

 軍師は弟子と共に亭内へ戻り、支度を始めるのであった。

 

 

 早朝五時半。

 朝日が昇ってきたと同時に結社のメンバーたちが里の見回りを始める。

 人員を割き、デモ隊から人手をかき集め、辛うじて体制を維持しているが、こういった経験のない者にとっては肉体、精神共に辛いものだ。

 交代時間に合わせてメンバーふたりが東口へ向かうべく大通りを歩く。

 

「はぁ……眠いわ」

 

「俺だってそうだよ。稗田阿求を追い出してからほとんど寝ていない」

 

「いつまで続くんだろうな~」

 

「妖怪に勝つまでだろ? 田端さんを信じるしかないって」

 

「だよな――ん?」

 

 見張りのひとりがふいに地面へ目をやるとその先に〝白い何か〟を発見する。

 

「なんだ、コレ」

 

「危ないから不用意に触るなって」

 

 制止を聞かず、白い何かを拾った。よく近づけて見るとそれは秘密結社宛ての封書であった。傾ける度にカサカサを紙が擦れる音がする。

 

「これ、どうするよ……?」

 

「どうするって言ったって」

 

 結社宛ての手紙を拾う。初めての経験にただその場に立ち尽くす。このまま、田端のところへ持って行っていいものか。

 見張りが悩んでいるところに他の仲間が駆け寄ってきた。

 ちょうどよいと考えて訊ねた。

 

「おう今、手紙を拾ったんだが、どうすればいい?」

 

 帰ってきた返答は、

 

「え!? お前もか!?」

 

 見張りと同じくその右手には手紙が握られていた。

 それからというもの、里の道路やポスト、劇団、稗田邸、火口邸、風下邸などなど様々な場所から手紙が見つかった。

 結社が拾った手紙はすぐにアジトにいる田端のところへ届けられる。

 田端はその量に目を点にした。

 

「なんだ、この枚数は。二十枚近くあるぞ」

 

 大半が結社宛ての手紙。それが二十枚近くにのぼった。

 何が起きているのかわからない田端は恐る恐る一枚の封書を手に取って手紙を開ける。

 果たしてその中身とは。

 

「命蓮寺代表 聖白蓮。……最近できた寺の和尚か」

 

 聖の書いた直筆の手紙。もっといえば、

 

「『我々はあなた方の非道な行為、その一切を認めない。信者は元より今すぐ里人を解放せよ』。……抗議文か」

 

 A4用紙一枚分に相当する文章量で書かれた()()()であった。田端は重なった手紙の内容を何となく察した。

 

「まさか、これ全部、妖怪勢力からの……」

 

 息を飲み、何度か深呼吸で緊張を誤魔化す。

 

「開けるしかない」

 

 田端は劇団にいた信頼のおけるメンバーを三人ほど呼び寄せて手紙を開封するように指示した。

 二十分ほどかけて、全ての手紙の封が切られ、中身が明らかとなった。

 

「これ全部、抗議と警告の手紙です」

 

 思わずメンバーの声が震える。

 差出人は以下の通りだ。

 

 

  命蓮寺代表:聖白蓮

  道教勢代表:豊聡耳神子

  冥界白玉楼代表:西行寺幽々子

  魔法の森一同代表:アリス・マーガトロイド

  騒霊三姉妹代表:ルナサ・プリズムリバー

  永遠亭代表:八意永琳

  竹林兎組合理事:因幡てゐ

  竹林警備隊隊長:藤原妹紅

  太陽の畑管理人:風見幽香

  鬼の四天王代表:伊吹萃香

  天界代表代理:比那名居天子

  妖怪の山頭領:大天狗

  守矢神社代表:八坂神奈子

  山の仙人:茨木華扇

  地霊殿代表:古明地さとり

  輝針城城主:少名針妙丸

  付喪神同盟代表:堀川雷鼓

  魔界創造神:神綺

  妖精大連合代表:サニーミルク

 

 

「どうするんですか、これ……」

 

 妖怪の山を筆頭とした幻想郷に存在する各妖怪勢力が、一斉に書面で結社への不快感を顕わにした。その総合戦力は里を何度も壊滅できる。

 名だたる面子の数々に田端は椅子へ腰をかけ、腕を組み、深い深いため息を吐いた。

 

「まさか手紙を寄越すとはな……。しかもこんなにも多く」

 

 額を押さえながら瞳を閉じ、早まる鼓動を落ち着かせて再び手紙を手に取る。

 

「お前の言う通り、どれもこれも抗議と警告だな。それもかなり、強い言い回しでだ」

 

 どの文章もかなりパンチが効いた内容だった。

 許さない。認めない。ルール違反。遺憾の意を表明する。いつも監視している、などは序の口。

 排除する。攻撃も辞さない。容赦しない。徹底抗戦だ。のような攻撃を示唆する言葉。

 他にも、

 

「『貴様らは破ってはならないルールを破った』『お前らは惨たらしい最期を遂げる』『地獄の底で待っているぞ』『転生できると思うな』『神の裁きを下そう』。よくもこんなに書けるものだな。正直、気が滅入る。だが、一番なのは――」

 

 重なった手紙から差出人が大天狗の手紙を読み返す。

 

「『三日以内に里を解放せよ。さもなくば約定を破棄してでも里へ強行突撃する。どれほどの犠牲が出ようともな』。あの陰謀論者の言う通り、ずいぶん融通の利かないんだな。天狗ってのは」

 

 第一候補の交渉相手に人質無視の強行突撃を行うと文面で脅された。

 田端のショックは計り知れなかった。それを知った他の者たちも同様で、

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃ殺されるっ――」

 

 開封を手伝ったメンバーのひとりが震えあがったように身震いして蹲った。他のふたりも立っているのがやっとな状況だ。

 

「三日後に天狗どもが攻めてくる! どうしよう、俺たち勝てるのか!?」

 

「絶対に殺されるっ。うああああああああ!!」

 

「落ち着けお前ら!!!!」

 

 田端は騒ぎ立てるメンバーを制止しようと試みるも、怯えていて話にならない。

 奥歯を噛み締め、腹を立てた彼は、

 

 パンッ――!

 

 混乱するメンバーたちの顔面を次々に引っぱたいた。

 田端は断言する。

 

「これは――罠だ! 狼狽えれば敵の思うツボだ!!」

 

「「「罠!?」」」」

 

「あぁ!」

 

 自分に言い聞かせるように発したその言葉。震える手を沈めながら、呼吸を整える。

 

「まず、昨日の今日でこれどほど手紙が大量に送られて行くこと自体、不自然だ。連中にとって人間は必要な存在。可能な限り、無傷で里人を解放したいと考えている。だからこんな真似をした」

 

「真似?」

 

「恐怖を煽って内部崩壊を狙っているんだよ。ハハッ……。わかりやすい作戦だな」

 

 今日の早朝になって大量の手紙が里のあちこちに散見される。

 こんな状況、罠以外にあり得ない。田端はそう思った。しかし、一方で妖怪たちの間で投書しようという流れになった可能性も捨てきれず、心は奥底では震えているのだが、部下たちに弱い態度を見せたら体制が崩壊するとの懸念があり、彼は結社にとって都合のよいことだけを告げた。

 相手の策を看破したことで三人のテンションが回復する。

 

「そ、そうっすよね!?」

 

「大量の手紙なんてただの脅しだ。よ、妖怪も大したことない!」

 

「よ、弱腰なヤツらだぜぇ」

 

 彼らも不安を捨てきれないようで、声のトーンが安定しない。

 それでも田端が相手の策を看破したという事実に希望を見出したのだ。

 ひとりがこのように問うた。

 

「で、どうします。やり返しますか!?」

 

「そうですよ。馬鹿にされたんだ。何かしないと! そうだ、昨日、倉庫へブチ込んだアイツを処刑しましょうよ」

 

「どうせ陰謀論が好きなだけで役に立たないんだ。死んだって問題ないっすよね」

 

 部下たちが見せしめにテロリストを処刑しろと言い出した。

 田端は首を横に振る。

 

「やったところで大した意味はない。ヤツでは連中を黙らせる材料に成り得ないからな」

 

「じゃ、じゃあ、稗田阿求の近いヤツの家族はどうですか? 鈴奈庵の店主に雑貨屋の親父、寺子屋のガキどもに外来人。誰かひとりくらい」

 

「…………そう、だな。考えてみる。少し……。ひとりになりたい」

 

「あ……はい」

 

「それと手紙の内容は誰にも口外するな。いいな、誰にもだぞ?」

 

「「「わかりました」」」

 

 部下が了承すると田端は全ての手紙を麻袋に詰めて足早に控室へと向かった。

 室内に誰もいないことを確認した彼は、手紙の入った麻袋を壁に叩きつけた。

 

「クソがぁぁぁ!!」

 

 怒りを抑えきれず、声に出してしまう。妖怪たちからの抗議文は彼の心を抉ったのだ。

 頭を抱えながら、地べたに座り込む。

 

「どの勢力もこちらとの交渉の意思がない。人間は大事なんじゃないのか!? それとも多少残っていればいいってのか。パワーバランスなんて本当は存在しないんじゃ……。いや、だとしたら妖怪世界で人間の存在意義なんて無いに等しい。俺たちが里で暮らせるのも理由があってのこと……。そうだ――これは〝稗田の罠〟だ……。落ち着けよ、俺――必ずよい選択肢が残っているっ!」

 

 人間は大事な存在のはず。その認識を持っていた田端にとってこの事態は想定外だった。どこかの勢力は譲歩する姿勢を見せるはずだとの目論みがあったが、人間に近い勢力までもが強気の態度かつ攻撃を匂わせる文章を綴っているのだ。

 妖怪は力で物事を測る連中だが多少は交渉の余地がある。手紙が嘘であれ本当であれ、そう踏んでいた田端の精神にダメージを与えたのだ。

 ここまでの態度で出られると動揺するなというのが無理な話だった。

 

「とはいえ、どうする。文書を見る限り、天狗は三日後に攻めてくる。嘘だと思いたいが……」

 

 天狗が高圧的で人を見下しているのは里の中でも有名な話だ。連中に武力で対抗しても天狗・河童・神様の勢力に勝てるはずもない。

 処刑でもしようものなら『里人に危害を加えることは許さない』などと送ってよこした連中を刺激しかねない。

 そもそも残虐行為はこちらの主張を妨げる行為に他ならない。阿求を人質として取らず、追放して話し合いの余地があると思わせている手前、表だった見せしめは突入を誘発しかねない。

 

「こちらも同じく文書をしたためる必要が……。だが、どこに、どうやって届けるんだ?」

 

 天狗は交戦の構えを見せている。何とか説得しようにも里が陸の孤島と化している事実を思い出す。

 

「普段なら稗田家もしくはあの魔法使いや巫女に仕事を依頼する」

 

 里人と妖怪を繋ぐ存在である魔理沙、霊夢、阿求、慧音。全てを排してしまった。やったのは自分である。手紙を出すのも一苦労なのだ。

 部下に行かせようにも里を外れれば妖怪が出る。ここにどれほどの人員を割かなければならないのか。確実に届けられるのは信用のおける自分の部下しかおらず、二家の荒くれ者やデモ参加者は途中で仕事を投げ出す可能性があった。

 それ以前に妖怪へ向けて手紙を送ったなんて知られたら『妖怪・消えろ』と、煽って味方にした連中からバッシングを受けて体制が崩壊する。

 人員が少ない中、部下を使いに出すなど、デメリットが大きい。

 

「無視して様子を窺うのが得策か……。しかし山の連中が本気なら……」

 

 ハッタリだと信じたい自分と連中が本気だと思う自分。

 その二つの思考の狭間で田端は酷く苦しみ、ひとり控室で問答を続ける。

 

 

 里から数キロ離れた林を抜けたところにある切り立った岩陰。

 そこの一部を覆うように皮製の布が張られ、運動会でよく見かけるテントのような物が設置されていた。中には長い机と数脚の椅子が用意され、特命係のふたりに護衛の妹紅が座っている。

 一羽の鴉が真っ直ぐに降り立った。鴉はテーブルに着地すると、人間たちに向かってカーカーと鳴いて、細長い紙が巻きついた前足を出す。

 尊が引っかかれないように紙を外して中身を読んだ。

 

「文さんの鴉から連絡です」

 

「内容は?」

 

「『全員の配置、完了しました』とのことです」

 

「さすが皆さん。お早いですねえ」

 

 協調性はないが、個々の能力は表の人間を遥かに凌ぐ。指示に従うならこれほど心強い存在はない。

 右京は細長い紙を取り出して『わかりました。続いて監視をお願いします』と、ペンで書いてから紙を脚に撒きつけて鴉を飛ばす。伝書鳩ならぬ伝書鴉であった。

 さらに周囲には待機する狸や兎の姿もある。連絡を取る手段を複数用意しているのだ。

 その手慣れたやり方に妹紅は呆れながらコメントする。

 

「表の警察官は軍師みたいな真似ができるんだな」

 

「大したことではありませんよ」

 

「だけど、いきなりできるもんじゃないだろうよ。普段からこういうことやっているのか?」

 

「いえ、普段やることは雑用くらいです。ですよね? 神戸君」

 

「まぁ……そんなところでしたね。色々と呼ばれてもない事件に首突っ込んでましたけど……」

 

 気まずそうに語る尊。右京は笑顔で、

 

「たまにはそういうこともありますが、基本は雑用です」

 

 こんな切れ者が雑用な訳あるか。真相を知らない妹紅はジト目で投げかけるも上手にはぐらかされる。

 彼女が肩を竦めていると幽々子がやってきた。

 

「幽霊の配置、終わったわよ」

 

「ありがとうございます。こちらへ座りますか?」

 

 右京が自身の席を譲ろうとするが、幽々子は首を横に振った。

 

「参謀が立ちっぱなしなんて恰好がつかないわよ?」

 

「では、ぼくの椅子をお使いください」

 

 次は尊が椅子を譲る。すると幽々子は扇子で顔を隠しながら微笑んで見せた。

 

「あら、いいの? 優しいわねー。アナタ、モテるでしょ?」

 

「いやいや、それほど」

 

 謙遜する尊。ニヤついた右京が一言。

 

「とは言いながらも結構モテますよねえ。君」

 

「昔はそこそこでしたけど、もう五十近くですよ? さすがに限界です」

 

「アナタ、五十近くなの!? てっきり三十代だと思ってたわよ」

 

「五十だと!? その容姿でか!?」

 

 年齢の話が出た途端、幽々子と妹紅が驚いたように尊をジロジロと観察――五十には見えないと評した。彼も「皆さんも年齢に比べて大概」と思ったのだが、色々考えて口には出さなかった。

 盛り上がっているふたりに絡まれている尊を尻目に右京は空を見上げて、

 

「(さぁ田端君。どう動きますか?)」

 

 自慢の眼鏡を光らせた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。