相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第115話 幻想狂想曲 その2

 午前八時半。

 依然、田端は控室に引き籠っていた。

 

「くっ――どっちなんだ……。ハッタリか、それとも本気なのか」

 

 独裁者を貫いていた田端の顔が歪みに歪んでいる。

 頭を抱えながら「どうしたらいいんだ」と嘆くように繰り返す。

 

「ハッタリだったら無視もしくは大行進。本気なら親書を送って譲歩させるか他勢力に上手く助けを求める。だが、どこに求める!? 助けてくれそうな連中は皆、文書を送ってきている。どこかにないのか――」

 

 投げつけた手紙を拾い集めて一語一句熟読しながら突破口を探すが、何一つ見当たらない。

 

「ここまで妖怪が強気とはな……。あの仮説は外れていたのか……? いや、まだだ! まだやれる」

 

 混乱する頭を何度も叩きながら田端は考え続けた。

 そして十分後。手紙を送った数ある相手の中に〝とある勢力〟がないことに気づく。

 

「紅魔館がない。古参から新参、近隣から端までの妖怪たちが送ってきているが連中の手紙はない。この前、稗田阿求を館に招待して持て成したアイツらが……?」

 

 燦々たる面子の中に紅魔館がない。阿求や右京を呼び寄せた勢力が抗議すらしないのはおかしい。

 そこに気がついた田端は慌てて部下を呼びつけて「手紙はこれで全てか? よく探せ」と、指示を出した。

 部下は田端の形相に怖れをなし、弓矢のような速さで劇団を飛び出した。

 彼らは周りの仲間を巻き込んで「お前ら、手紙を探せ!」と、声を荒げて里のいたるところを探索する。

 大通りや稗田邸の主要地点はもちろん、裏路地や各家庭の投書箱、里の外周を調べに調べる。

 その様子を静かに見守っていた人影が嗤いながら、

 

 ――ふむ、想定通りじゃな。

 

 見張りの注意が逸れたのを見計らい、人影は里の奥へと侵入する。

 

 

 里の東側から離れた林にて。

 

「アイツ、ちゃんと潜入できたのかしら?」

 

「それなりにうまくやるだろ」

 

 霊夢と魔理沙のふたりは右京の指示で里の動向を探っている。

 目立たないように地味な外套を纏い、木々の中や幹の裏側に身を潜め、発見されないように努めている。

 

「幻想郷の勢力中に色々、書かせたのはいいけど、あんな手紙ばら撒いてよかったの? 結社の連中を刺激したら、人質殺すかもしれないのよ」

 

 寝不足なのか、霊夢たちは目に隈を作っていた。

 それもそのはず、ふたりを含めたメンバーは右京の指示で幻想郷中の勢力にかけ合って抗議文や警告文を書かせて回ったのだから。

 最初は文書を送るメリットを理解せず皆、難色を示すも『抗議や警告を示す内容であれば好きに書いてよい』と、告げた途端、喜々として不満をぶちまけた怒りの文を書いてくれたのだ。組織名や代表名は本人たちが決め、存在しない組織名もあったりする。

 まともな文書を書いたことがない妖精勢には魔理沙が代筆して威厳があるように演出したり、雑多な新興勢力相手には霊夢が無理やり言う事を聞かせ、天界や地獄には幽々子、魔界にはアリス、騒霊と付喪神勢力には妖夢、山の仙人や太陽の畑には早苗、道教と仏教勢力にはマミが説得してわずか半日で書かせたのである。

 筆が遅い者もいたのでなんやかんや収集作業は深夜まで及び、ひとの身体にはキツイ作業だった。

 眠い眼を擦りながら魔理沙が質問に答える。

 

「私も賭けだと思うぜ……。 でもさ、どっちにしろ短期決戦は避けられないんだ。だったら策があったほうがいいだろうよ」

 

 いつになく冷静な魔理沙を霊夢が訝んだ。

 

「……アンタ、いつからあの人の部下になったの?」

 

「なった覚えはない。警察官なんぞ好かんからな」魔理沙はきっぱり否定する。

 

「へー。それにしてはずいぶん素直だと思うけど?」

 

「別に素直じゃねぇよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「最小限の被害で里を救える案を出したのがあのおっさんだった。それだけだ」

 

「……そう」

 

 魔理沙には家族がいるものね。納得した霊夢は口を閉じた。

 

 

 里の西側の林にて。

 早苗とアリスが身を潜めていた。

 

「見張りに動きがありましたね。何かあったのでしょうか?」

 

「あんまり覗いちゃダメよ? 見張りやスナイパーに見つかるわ」

 

 霊夢たちと同程度の距離を取っているので騒ぐ声は聞こえるが、言葉までは聞き取れない。

 見たところ、何か暴動が起きている訳でもないので動く必要性はないとアリスは判断する。

 

「何かあれば鴉や狸を使って報せると参謀が言っていたからこのまま待機で問題ないでしょ」

 

「そうですよね。虫が多いのが気になりますが……」

 

 茂みの中に身を隠すというのは虫の住処に足を踏み入れることと同じである。虫たちは草木や人間、関係なく蠢いては消えて行く。しかし、不思議なことにふたりには近づこうとせず、通り過ぎては違う場所へ向かう。

 

「大丈夫よ、虫よけの魔法を茂み内にかけたから。ここから動かなければ虫はよってこないわ」そう語るアリスのグリモワールは薄っすらと光を帯びていた。

 

「ありがとうございます。虫は得意じゃなくて」

 

「好きな女子なんていないわよ。もし私と逸れる場合は月の民の粉を使うのよ? あれも虫よけ効果があるみたいだし」

 

「月の民の薬って信用できるのかなぁ……」

 

 永琳は茂みに隠れる少女たちのために虫よけの薬まで調合していた。

 気持ちはありがたいのだが、月の賢者は打算的な一面を持つので信用できない部分が多い。粉薬が実験途中の薬品である可能性を疑う早苗は安全を疑問視しているのだ。

 

「何考えているかわからない連中だけど、今回は真面目にやるんじゃない? 薬売りで生計を立てているのだから、里が被害を被ればアイツらも死活問題のはずよ」

 

「私も信者の皆さんが心配です。乱暴な目に遭っていなければ……」

 

「私だっていつも人形劇を見てくれる子供たち心配よ。親御さん共々、早く安心させてあげたいわ」

 

 それぞれ信者とファンを抱える立場である。彼らに危害が及ばないように救出したいと考えている。

 

「杉下さんの作戦……。上手く行くのでしょうか?」

 

「わからない。まぁ、信じるしかないでしょ。参謀の判断を」

 

 

 里の南側、こちらの林には妖夢と体調が回復した咲夜が潜んでいる。

 

「身体は大丈夫です?」

 

「月の民の薬である程度回復したわ。何が入っているか知らないけど、すごい技術よね。月の技術って」

 

 地上に幻想郷があるように月にもまた幻想郷に似た世界がある。月の技術力は幻想郷の遥か上を行き、表の世界でさえ太刀打ちできない。八意永琳は超技術国の大賢者なのだ。

 その気になれば作れないものはなく、薬から兵器まで幅広く作成可能だ。諸事情により輝夜共々表舞台へ姿を晒すことはないが、その技術力は敵味方問わず一目置かれ、尊敬と畏怖を集める。

 以前、彼女らの引き起こした異変で苦戦を強いられたふたりもそれは承知している。だからこそ「胡散臭い」と、感じてしまうのだが。

 

「あまり信用はしないほうがいいですね。虫よけは使いますけど」

 

「同感ね。虫にまとわりつかれるなんて嫌だわ」

 

 ゴーストハーフもレミリアの側近も中身は少女。

 虫にまとわりつかれるのは不快なので虫よけはありがたく使わせてもらっている。

 

「ところで、お嬢さまから昨日の会議内容を聞かせてもらったのだけど、結社を刺激してよかったの? アイツら相当過激なのよ?」

 

「私も聞いた時は驚きましたよ。けど、杉下さんは抗うつ薬さんとの話を聞く限り田端は人質を簡単に殺さないだろうって」

 

「あの会話で判断を!? 私には脅しているようにしか見えなかったけどね……」

 

「幽々子さまも杉下さんの考察に『そうかもしれないわね』と、納得していたので私は大丈夫かなって思います。ほんのちょっとだけ不安ですけど」

 

「なんか余計、不安になってきたわ……。この話は一旦、保留にしましょうか。考えるだけで疲れてしまう」

 

「ですね。皆さんの判断に任せましょう」

 

 考えれば考えるほど、頭が痛くなる。

 従者には上司や参謀の常識外の思考など理解できるはずもない。

 そう弁えた彼女たちは自身の仕事だけに集中する。

 

 

 里の北側の茂みにて隠れる優曇華と文。

 参謀の言いつけ通り、優曇華は息をひそめて里を監視している。

 対照的に相方の文は半ば放心状態だ。

 

「あー、本当によかったのかなぁ……。大天狗さまの文書を偽造したなんて怒られるどころじゃ済まないのに。これで失敗なんかしたら天狗の山にいられなくなる。あー」

 

 三日以内に返答しなければ強制突撃させるなど、さすがの大天狗も即決できるはずがない。そこで右京は文に大天狗の文書を()()させたのである。

 彼女は最後まで渋ったのだが「用が済んだら廃棄しても頂いて結構ですので」と、説得されて折れたのだ。

 隣で、呪文のように呟かれるので優曇華的には迷惑極まりない。

 

「(うるさいなー)」

 

 心の中で腹を立てつつも優曇華は昨日のことを思い出す。

 

 ――結社に大量の抗議・警告文を送りつけます。

 

 結社に抗議・警告文を送りつける。誰もが危険だと思った。

 真っ先に魔理沙が反応する。

 

 ――いやいや、そんなことしたら連中、人質殺しまくるだろ!?

 

 ――危険な人物に変わりはありませんが、田端はそこまで馬鹿ではありませんよ。

 

 ――どうしてそう思われるんですか?

 

 霊夢の問いに右京がお決まりのポーズで答える。

 

 ――田端は何をするかわからない独裁者のように見えますが、本当は慎重かつ臆病な人間だと思います。

 

 ――臆病だと……。まぁ、紫の話にビビっていたようだから間違いではないんだろうが……。

 

 ――それもありますが、注目するべきは彼の行動と言動です。

 

 ――行動と言動?

 

 ――彼は稗田さんと上白沢さんを解放しました。普通、妖怪を脅すのであれば人質に取るべきです。

 

 ――けど、それをしなかった。確かにおかしいですよね。

 

 尊が相槌を入れる。

 

 ――妖怪との繋がりのある人間を人質に取れば妖怪が本気で乗り込んでくる。そう考えたのでしょうね。ここはよい判断でした。おかげで里の詳しい状況が妖怪たちに伝わり、迂闊に手が出せない状況になったのですから。もしかするとそこも狙ったのかもしれませんね。稗田さんが妖怪たちを制止してくれると期待して。

 

 ――考えたくありませんが、それならば私を追放した理由がしっくりきますね。

 

 聡明な阿求の御子は右京の意見に頷いた。

 妖怪たちに話し合いの余地があると思わせるとの同時に阿求を使って妖怪を攻め込ませないようにする。稗田家と妖怪が繋がりがあると踏んでなければ実行できない策だ。

 腑に落ちない魔理沙が催促する。

 

 ――行動はわかった。言動のほうは?

 

 ――抗うつ薬さんとの討論で彼は終始、強い言葉と嘘を使って話を進めていました。ですが、本人が述べた通り、目指すところは交渉なのです。交渉相手を無駄に逆上させると思いますか? 僕ならしませんねえ。そのための大行進なのですから。それと言葉選びも引っかかりました。神さまの話になると『うまく進めてもらう』、紅魔館の話になると『耳を傾けて貰えるかもしれない』。強い口調の中に弱気な本音がポロポロと隠れていた。そこを突きます。

 

 相手が交渉を目的としているならば相手を不用意に刺激できない。それに加えて言葉選びに弱腰な点が見受けられた。その二つを根拠に右京はこの作戦を思いついたのである。

 心の中では納得しているが、不安感から魔理沙が違う質問をする。

 

 ――そこはわかったよ。だけど、アイツらは阿求を妖怪側だと思ってんだろ? 結託して攻めてくるとは思わなかったんだろうか?

 

 ――だからこそ無数の里人を人質に取ったのでしょうね。数が減ってもいいのか、と脅すために。

 

 ――事情を理解してるってことか……。頭の回るヤツは奥村以外にもいたってこったな。

 

 皆、黙って頷いた。

 右京は静かに続ける。

 

 ――田端も中々できる男です。人質を利用して独立を目指しているのがその証拠です。そんな相手が一斉に抗議・警告文を受け取り、かつ攻撃を示唆されたらどうなるでしょうかね? それも……もっとも交渉したい相手から具体的な期限が書かれた脅迫文など届いた場合、さぞ取り乱すことでしょう。そして、続く策が僕の思い通りに運んだのなら、彼はきっと――――――絶望する。

 

 淡々と喋りながらも最後の『絶望』というワードだけは氷の如く冷気を放っていた。その言葉は味方すら凍りつかせたほどだ。

 もちろん、あの場にいた優曇華も例外ではなく、

 

「(あの人間――ほんの一瞬だけ()()()()()()に似ていた。もっとも敵に回しちゃいけないタイプよね。警戒しなくっちゃ)」

 

 指示には従うが右京への警戒も怠らない。

 心に誓いながら彼女は里の監視を続けた。

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