相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第116話 幻想狂想曲 その3

 三十分後、部下たちが田端の下へ戻った。その手には二枚の手紙が握られていた。

 

「手紙か?」

 

「そうです。両方とも物陰に落ちていました」

 

「そうか……。下がってくれ」

 

「わ、わかりました」

 

 控室から部下を追い出して封書の裏側を確認する。

 直後、田端は目を疑った。

 

「八雲紫だと!?」

 

 差出人は紫だった。奥歯をガタガタ揺らし、稗田邸から拝借した幻想郷縁起のページを捲る。震える手で紫の本人が書いたと思われる文字と手紙の名前の書かれた文字を見比べる。

 

「かなり似ている。ほ、本物だ……」

 

 筆跡がほとんど一致していた。田端はこれを本人の物だと判断した。恐る恐る封を切って中身を確認する。内容はA4サイズの紙が一枚。しかし、そこに書かれていたのはたったの四文字。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶ  っ  殺  す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紙一枚分にデカデカと赤文字で殴り書かれた脅迫文だった。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 田端は恐怖の余り、手紙を投げ捨てて大きく仰け反り。背中を壁に強打してしまう。

 

「ハァ――ハァ――ハァ――ハァ――」

 

 押し寄せる吐き気のせいでまともに喋ることもできず、呼吸困難寸前だ。胸を叩いて必死に抑えるも今度は寒気に襲われる。

 折れそうな心を支えるべく田端が呪文の言葉を唱えた。

 

「落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け、これは――ハッタリだ、まやかしだ、稗田の罠だ! 妖怪が本気ならとうに俺を殺しにきているはず……。手紙なんて送らない。絶対的な力の持ち主だからな! そうに決まっている。決まっているんだ! うげぇぇ……」

 

 強がってみせるが、心理的ダメージは計り知れずに嘔吐する。

 

「ゲホォ、ゲホ――クソがぁぁぁぁ。俺はこんなことで、こんなことで――」

 

 床に蹲りながら右腕を何度も叩き付ける。悔しくてたまらなかった。妖怪から里を取り戻す。虚言の多い田端だが、そこだけは本心であるように思えた。

 五分ほど取り乱した彼は汚れた手を拭き、痙攣の如き揺れる指で次の手紙の封を切る。

 手紙を広げると、そこにはあの人物の名前がカタカナで書かれていた。

 

「レミリア・スカーレット……」

 

 差出人は紅魔館の主レミリア・スカーレットだった。代筆と記された欄にはパチュリー・ノーレッジの名前があった。

 田端は全文日本語の文章に目を通す。

 

『やぁ、秘密結社の諸君。元気にしているか? 私はレミリア・スカーレット。紅魔館の主にして幻想郷のパワーバランスの一角を担う者だ。今回の件、稗田阿求から全て聞かせてもらった。中々、面白いことを仕出かしてくれるじゃないか。弱い立場でありながら強き者に反旗を翻し、見事追い払う。まるで全盛期のブラド三世のようだよ。次は妖怪避けと称して()()()()()()でも配置するのかい? ははっ、冗談さ。それにしても、あの稗田家当主が異端勢力である我々を頼る姿は目に焼き付いているよ。まぁ、知り合いとはいえ、敗軍の将を匿うほどお人よしじゃないから断ったがね。

 

 それはさておき、本題に移ろうか。私は君たちの行動に一定の理解を示している。ここ数年、妖怪勢力は内外問わず、里へちょっかいを出す流れにあった。簡単に言えば勢力争いだ。そんなことをやれば頭のよい人間は勘づくってもんだ。私はその流れがどうも気に入らなかったのだよ。妖怪と人間は敵同士であり、必要以上の干渉は控えるべきなのさ。そのバランスを崩したのは間違いなく妖怪側だ。いずれ何かしらの事件が起こるだろうと予測していた。全ては運命だったのだよ。

 

 ところで君たちはこれからどうする気なのだ? 里人を人質にして立てこもるのも限度があるはず。妖怪は人間の言う事なんて聞かないからそのうち里は襲撃される。実際、私のところにも近々、結社を攻撃するという情報が入っている。それなりに死人が出るだろうな。それもそれでよいのだが正直、里でいざこざが起こることは好ましくない。幻想郷はな、その性質上、常に外部勢力が入ってくる。ソイツらに対して隙を作ることは望ましくないのだ。外来勢力は舐めた真似をしてくるからな。それはわかるだろう? 幻想郷全体を思えばほんの少しの妥協がよい結果を生むことだってある。私が他の妖怪にそれを指摘しても頭の固い連中は聞く耳を持たない。困ったものさ。おっと失礼、愚痴になってしまった。

 

 そこでなのだが、この私と密会しないか? この機会に君たちの意見を聞いておきたい。そうすれば古参共に私の主張を通しやすくなるからな。時間が惜しいから今日までに返答がない場合、明日の日没後、こっそりと里の劇場を訪ねさせてもらう。間違っても騒がないでくれたまえよ? レミリア・スカーレット』

 

「ば、馬鹿に……しやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 田端は手紙を右手で思いっきり振り払った。

 

「なんだよ、どいつもこいつも俺たちを下に見やがって!! チクショーがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 何度も拳を叩きつけながら騒ぎ立てる田端。奇声を聞きつけた連中が室内になだれ込んだ。

 

「お、落ち着いてください!」

 

 部下たちに宥められてもその怒りは収まらず、手紙を手にとっては壁に叩きつけるという八つ当たりを何度も繰り返す。

 三人がかり抑え込まれることでようやく大人しくなるも今後は酸欠に陥って倒れ込んでしまった。田端は控室で横になり薄い毛布を被せられる。

 

「ハァ――ハァ、俺は、大丈夫だ……」

 

 強がっては見せるもその消沈具合は相当で、部下たちが「こんな田端さん見たことない」と、零す。

 気遣いから散乱した手紙を片づける部下が意図せずその内容に目を通してしまう。

 

「なんですか、この手紙ーー俺たちに対して攻撃を仕かけるとか容赦しないとか、どれも脅迫文じゃないですか!?」

 

 ひとりが騒げば皆が群がり、何時の間にか近くにいたメンバー全員に手紙の内容が行き渡る。

 メンバーたちは激しく怒った。

 

「ふざけんなよ、妖怪どもが!」

 

「自分たちが強いからって、俺たちをコケにしてぇぇぇ!」

 

「こうなったらこっちもやってやりましょうよ! 人質を殺しましょうぜ!」

 

 手紙への報復として人質を殺すとまで言い放つメンバーたち。

 田端は絞り出すように「やめろ!!」と一喝した。

 

「お前ら……レミリア・スカーレットの文書……読まなかったのか? あそこに、書いてあっただろ? 劇場を訪ねる、とな。ここをアジトにしたのは稗田一派を追い出してからだ……。つまり、あの吸血鬼は俺たちの動きを察知しているんだよ……。他の妖怪連中も同様かもしれない。不用意に動けば攻められる。適当なことやったら俺たちは終わりなんだ……」

 

 田端は頭の悪くない男だ。レミリアの文書にあった劇場という文字を見逃さなかった。阿求を追い出して妖怪勢力を排除したはずにも関わらず、結社が劇団をアジトにしていると理解した書き方だ。それも彼が怒った原因だった。

 

「稗田一派を追い出しても内部の動きは筒抜けだった。恐らく、昨日の討論も見られた。それがヤツらを本気にさせたんだ」

 

 慎重な性格であることが災いして相手の意図を察してしまった。

 考察すればするほど彼の顔から血の気が引いていく。

 

「そ、そんなぁ……」

 

「せっかく稗田を追い出してもバレバレなんすか……」

 

「もしかして、奥村さんを撃ったヤツの仕業か!? 早く見つけ出して処刑しましょうよ!」

 

「そうだ……。それが一番ですよ代表!」

 

「お前ら、まだわからないのか……?」

 

「「「え?」」」

 

「人質を取ってる俺たちへ一日でこの量の投書だぞ? おまけに情報も把握されている――ヤツらは攻撃準備ができてるんだよ。間違いない。多少の犠牲は止む無しってか……」

 

 田端は妖怪が本気であると思った。

 大半の勢力がノーを突きつけた上に最重要勢力の妖怪の山も三日以内の攻撃を予告した。

 抗議の声が届くのは織り込み済みだったが、まさか大半の妖怪勢力が一斉に手紙を寄越すとは思わなかった。行進を行う前にこの結果では大した成果は出ない。

 終わりだ。田端は自身の負けを悟りつつあった。抗議もダメ、持久戦もダメ、成す術なし。ただ一つを除いて。

 

「レミリア・スカーレットとの話し合い。申し出を受けるしかないのか」

 

 紅魔館は唯一、結社に理解を示した組織だ。そこ以外に交渉のアテはない。

 が、部下たちは否定的だった。

 

「こんな調子に乗ったことを書くヤツなんか信用できませんよ!」

 

「俺たちのところに来るって、里の中に妖怪を入れるってことじゃないですか!? 反対ですよ、俺は!」

 

「そうですよ! こうなったら処刑でも行進でも、できることなんでもやってやりましょうぜ!」

 

「そう……だよな……。罠かもしれないからな……」

 

 部下の後押しで踏みとどまる田端。

 こうなったら、無駄でも里人を使った大行進を敢行してやろう。

 

「可能な限りの里人を集めろ。今日中に里の外を歩――」

 

 話の最中、部下が控室の扉を開けて駆け込んできた。

 

「大変です。二家の連中が手紙の件に勘づいたようで!! リーダーを出せと騒いでいます!」

 

「なんだと! 今は追い返せ!」

 

「それが、結構な数で――」

 

 ――おい田端、出てきて説明せいやぁ!!

 

 ――妖怪から手紙がくるなんて聞いてねぇぞ!!

 

 ――代表がカンカンだぞ! どうしてくれんだよ!

 

 控室越しでも聞こえる罵声の数々。子分どもは劇団の入り口付近で騒いでいるのだ。

 声の張り具合からいって相当怒っている。このままでは乱闘になるだろう。

 田端は布を端に避けてから立ち上がる。

 

「俺が行く。お前らもついてこい」

 

 部下を引き連れ、入口へ向かうと十人近くの両家の子分が見張りに食ってかかっている。田端はため息を吐きつつ、見張りの前に立った。

 

「どうしたんだ?」

 

「おう田端ぁ! お前の部下が話してるのを聞いたぜ? 妖怪たち大量の抗議文が届いたってなぁ!! しかも天狗どもは三日以内に攻めてくるんだろ!? どーしてくれんだよ!!!!」

 

「何!?」

 

 漏らすなと言った情報が二家に漏れた。自分が騒いだ際、部下に聞かれて、それが何かの拍子で二家へ伝わったってしまったのか? と焦る。

 田端はポーカーフェイスを装うもその裏側で怒りの炎を燃やすが、予想外なのはそれだけではなかった。

 

「それと、土龍会のところに閻魔さまから手紙が届いたんだよ! 『改心しなければ死後、地獄へと堕ちる。その寿命が尽きるまで震え続けるがよい!』ってなぁ!! 代表が『なんでバレた!?』ってビビッてんだよ!!」

 

「水龍会のところにも厄神さまから警告文が届いたぞ! 『代表のお前が関わっていることはお見通しだ。これ以上、愚かな行為に加担するならお前たちの使う運河に我がため込んだ厄災を流し込んで使用不可能にしてやる。覚悟せよ!』ってさぁ! 代表が反乱に関わったことがバレて、怒鳴り散らしてんだよ! なんとかしろよ!!」

 

「閻魔に疫病神までもか……」

 

 そう、各代表にも手紙が届いていたのだ。土田には閻魔さま、水瀬には疫病神の文書が。二家の()()()()()()()()()()()()()()()()()は通用しなかったのだ。彼らの怒気も頷ける。

 閻魔までこちらを悪く言うのか……。

 幻想郷には本当の意味で、人間の味方はいない。

 田端は絶句するしかなかった。

 

「どーすんだ! 話が違うじゃねぇか! 妖怪とやりあうとは聞いていたが、閻魔さまとまでやりあうなんて聞いてねぇぞ!!」

 

「それは……偽物だ」

 

「なんだと!?」

 

「疫病神はともかく良識ある閻魔が今の妖怪の肩を持つ訳がない。これは妖怪側の策略なんだ」

 

 部下ならその言い訳でなんとかなるが、子分たちはそうはいかない。

 

「これが妖怪の策略? 嘘が上手いお前らの言い分を信じろってか!? はっ、笑わせるぜ!」

 

「お前、言わせておけば!」

 

 部下の一人が突っかかっていく。

 

「なんだやんのか、もやしどもがコラァァ!!」

 

「んだと、筋肉だるまどもが!!」

 

 双方、相手への不満があり、いつ殴り合いになってもおかしくない状況だ。

 

「やめろ、お前ら!」田端が止めに入る。

 

「ですが――」

 

「いいから! ここで乱闘騒ぎを起こせば、妖怪たちの思うつぼだ。俺たちの足並みを乱して、内部崩壊を誘っているんだろうしな」

 

 確証は持てなかったが、田端は周りを鎮めるためにあえてこの仮説を語った。

 それでも子分たちは信じようとはせず、

 

「ふん、また都合のよいことを――」

 

「だったら、このまま戦うか? 天狗が攻めてくるって騒いでいる癖にか? ヤツらの話が本当だとしたら成す術なく蹂躙されるんだぞ? 俺たちも、お前らも」

 

「そ、それは……」

 

「だから……。少し時間をくれ。こちらも対策を考えてみる」

 

「時間だぁ!? んな悠長なことを――」

 

「頼む。この通りだ」

 

 彼は必死に頭を下げた。

 周りの部下は当然だが、見ていた子分たちもなりふり構わない田端の姿に大層驚いて、最後は折れた。

 

「チッ。わかったよ。だがな、今のやり取りは代表にしっかり話すからな!」

 

「かまわん」

 

 不満ながらも子分どもは引き上げて行った。一時しのぎだが、時間を稼げた。

 田端は片膝を突いて頭を抑える。

 

「クソ、アイツらに手紙の内容がバレたなんて」

 

「だ、誰が漏らしたんだよ!! お前か!?」部下のひとりが近くいた者に突っかかった。

 

「違うっての!!」

 

「じゃあ、誰なんだよ!!」

 

「もういい!! 取り乱した俺にも非がある。今は対策を考える」

 

 妖怪たちの攻撃と二家の問題。

 ふたつの難題を抱えた田端は部下に抱えられて、ヨロヨロと控室に戻る。

 そこに物陰から様子を覗き見る人影がひとつ。

 

 ――ふぉっふぉっ、苦しんでおるのぅ。さぁて、次はどう動く? 田端よ、全てはお主の肩にかかっておるぞ。

 

 優雅に眼鏡を上下させた人影はそのまま路地へと溶け込んで消えた。

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