時刻は正午を回る。
右京が構える即席司令部に来客の姿があった。
「まさか四季さまが一筆、書いてくださるとは思わなんだ」
くせ毛のかかったミドルヘアーの赤髪に白い球模様があしらわれたロングスカートが特徴的な着物を着こなす女性が右京たちへ語りかけている。その表情は驚きに満ちており、未だに信じられない、といった様子であった。
依頼した幽々子がクスクスと笑う。
「ね? 言ってみるものでしょ、死神さん?」
「今回ばかりはそうだったねぇ~」
彼女の名は
幻想郷の閻魔大王こと
寿命に抗う術を持たない普通の人間相手にはただの饒舌なお姉さんだ。
それを知っている右京は小町へ気さくに話しかける。
「小野塚さん。ご協力、深く感謝します」
「ん? あぁ、気にしないでくれ。たぶん、アンタへの礼だからさ」
「僕へのお礼ですか?」
「そうそう。稗田の御子を命懸けで庇ってくれた礼だよ、きっと。じゃなきゃ書かんよ。あの方は」
「なるほど、そうでしたか」
「身体を張った甲斐があったってものねぇ。閻魔さまが認めてくださるなんて滅多にないことよ? 死神が人前に姿を現すこともだけど」
「私は性懲りもなくちょっかいを出しにきたのかと思ったんだがなぁ」
話についていけない妹紅がぼやく。
小町は肩を竦めながら、
「いつもいつもお前さんらに構うほど私も仲間の死神も暇じゃないんだよ。今日のところは一時休戦だ」
「そいつはよかった。私も殺し合いするほど暇じゃないからな」
「何が『暇じゃないからな』よ。一番、暇そうにしてる癖に」
永遠亭から司令部を訪れた輝夜がカッコをつける妹紅にちゃちゃを入れる。
彼女は両手に布で包んだ一メートル程度の長物を抱え、その後ろにゾロゾロと背中に風呂敷を背負ったやけに清潔そうな兎たちをつき従えて登場した。
意味がわからない小町はキョトンとする。
「なんだ、この兎たちは?」
右京が答える。
「補給担当の兎さんですよ」
「補給だと!? まさか、人間相手にか!?」
獣臭くなるだろ。ダニとかどーするんだい、と小町は困惑した。
「いえ、連絡担当の野良鴉さんと野良狸さんところへ食糧を運んでもらうのです」
「そういうこと。じゃあ皆、いってらっしゃい」
輝夜が指示を出すと兎たちは一斉に草むらへ飛び込み、目的の場所に向かう。
「中身は簡易水筒、数匹分の食糧などです。作戦成功のためには連絡係との連携が必要不可欠。そこで兎さんのリーダー因幡さんに協力して頂いたのです」
右京は文の鴉とマミの狸を監視兼連絡係、因幡てゐの兎を連絡中継ぎ兼連絡班用物資搬送係として使い分けて運用していた。ダニ対策も万全。八意特製シャンプーで全匹洗浄済みであり、万が一、人間が触っても大丈夫なように配慮されている。噛まれたら即お医者さんへGOすれば問題ない。
また野良妖怪と野生動物に襲われないように顔が利くてゐが、口利きしているので物資が横取りされる心配もない。さらにいえば物資を運ぶ兎たちを手の空いている狸が護衛し、安全の確保に努めている。ちなみに人間たちへの補給は文が行う手筈となっている。
内容を知った小町が呆れたように語る。
「連絡担当の補給たぁ。よくもまぁ、そんな細かいとこまで考えるねぇ……。あたしにゃ、絶対無理だわ」
「永琳が感心してたわ。『兵站の重要性を理解しているわね』って」と輝夜が言った。
「普通は考えないわよねぇ」死神同様、呆れ笑う幽々子。
「全くだ。表の警察官は奇想天外だねぇ」妹紅は両腕を頭の後ろで組んだ。
「いや、動物をあれこれ利用しようと考えるのは杉下さんだけかと……」苦笑いする尊。
「全て幻想郷の皆さんのおかげですよ」
これだけ言われても飄々としている。右京の人間性がよく表れていた。
会話が途切れ、無言の時間が生まれた瞬間、輝夜は思い出したように両手に持った長物を布から取り出す。
「杉下さん、これをお渡しします」
「これは……刀ですか」
「魔理沙たちが香霖堂から貸してもらった品だそうです」
彼の視線の先にあったもの。それは霊夢たちが香霖堂から借りてきた黒い鞘に収まる古びた日本刀であった。
「この刀。状態はよくないけどかなりの名刀です。この辺りは妖怪も出没しますから一応、武装したほうがいいかと」
「なるほど」
本来、右京は武装を好まない。しかしながら、永遠亭の姫さま――もっと言えば伝説のかぐや姫から手渡されるとあっては断るわけにもいかない。
「わかりました。拝借致します」
品よく輝夜から刀を受け取った右京は皆から少し離れたところで刀を抜いた。
刀身に刃こぼれと黒ずみ、些細な窪みが見受けられるが見た目以上に軽く、どこか太古の息吹を感じさせる。
色々な角度から観察すると右京は、この刀が薄っすらと白いオーラを纏っていると理解できた。
一分後、彼はウンウンと頷いて、
「この刀――間違いなく名刀ですねえ」
「わかります?」と、訊ねる輝夜。
「えぇ、オーラがあります。ちゃんと手入れをするように霖之助君へ伝えなくては」
「確かによい刀だわ」
「ぼくも刀に詳しいってわけじゃないですけど、凡作とは違う何かを感じる、かな」
幽々子と尊も概ね同意する。
傍から刀を眺める妹紅と小町は「どのあたりが名刀なのか全然わからん」と、言った。
そのやり取りののち、一行の周囲にほんの少しだけにわか雨が降った。
☆
同時刻。
田端は悩んだ末、行進だけでもやってみようと考え、部下たちに指示を出すのだが、またしても二家の子分たちが立ちはだかる。
――おい、妖怪を刺激してどうするんだよ!
――お前らだけでやれよ。俺らは被害者なんだからさ!
稗田家を追い出した時の威勢のよさはどこへやら。妖怪が攻撃を表明した途端、この有様である。結社の構成員は三十人も満たず、人手不足に悩んでいた。おまけに主戦力の半分以上が二家の子分であり、彼らの協力が得られないというのは非常にマズイ状況だった。
水瀬、土田両家当主に部下たちを手伝わせるように依頼するも水瀬は自分が妖怪勢力に関わったのが明るみになり、土田は閻魔大王の警告文に恐れ戦き、互い自宅に引き籠って田端と話をしようとはしなかった。
「本当に口先だけで使えない連中だ」
田端は悪態を吐きながら劇団に戻った。
「部下たちだけで行進を行うのは無理だ……」
元々、子分どもを信用していない彼は部下たちだけで外を歩かせたら隙が生まれ、反乱が起こると予測していた。
大行進の際、妖怪から攻撃を受けやすい危険なポジションに子分どもを割当てようとしていたくらいだ。
「子分たちが使えないんじゃ、行進も満足にできない」
当然、結社の人員が減ればチャンス到来といわんばかりに妖怪勢力が攻めてくるだろう。
デモ参加者だけでは数が足りず、里人を抑えられない。里人の数を減らせば行進の効果が薄くなる上、中途半端な行為は妖怪の反感を買って突入まで期間が短くなるだけ。
今後の方針を立てられない田端は控室にて再び籠った。
☆
水瀬邸では相変わらず当主が怒鳴り散らしている。
「なんで俺が加担したことがバレてんだよ!! 漏らしたのはお前か!? あぁ!?」
「お、俺じゃないっすよ!?」
「じゃあ、てめぇかぁ!!」
「や、やめてくださいよ、代表!!」
「落ち着いてください!!」
くず入れを蹴飛ばし、近くに居た部下の胸ぐらを掴んでは殴りつける水瀬を子分たちが複数人で押さえつけ、必死に落ち着かせる。それでも水瀬の怒りは収まらず、
「どけやボケ! 殺すぞゴラァ!! オラァァァ!!」
抵抗し続けるが水道業で鍛えられた屈強な身体に踏ん反り返っているだけの水瀬では太刀打ちできず、数分後には身体が疲れて抵抗力が弱まる。
子分どもに屈したと思われたくない彼は「もういい! わかった――わかったから! お前ら一旦、出てけぇ!」と、叫んで他の連中を書斎から追い出す。
静かになった書斎で水瀬は頭を抱えて蹲る。
「なんで俺まで妖怪に敵扱いされてんだよ。俺は反乱が起こってから一度も外に出てないんだぞ!? どうしてなんだよ、どうしてなんだよ!!」
水瀬は妖怪勢力と稗田阿求――さらに言えば杉下右京を侮りすぎたのだ。もはや蜥蜴の尻尾切りで済む話ではない。
「厄神さまに厄を流されたら、その周辺は使えなくなる。食糧も捕れない」
水道業は終わったも同然。
こんなはずじゃなかった、と後悔しても遅い。完全に敵扱いなのだから。
「何か、いい方法はないのか!? 何か!?」
悪知恵だけの男が真っ当な策を考えても簡単に答えが出るはずもなく、彼は書斎で頭を悩ませることになる。
水瀬家の外。書斎側近くの物陰で彼の様子を探っていた人影は不気味な笑みを浮かべつつ、
――そろそろ頃合いかのぉ?
懐に入れた手紙をそっと邸内へ投げ込んだ。
☆
「あー、儂はどうすればいいんだ」
風下家を部下に任せ、土田家当主は自宅の書斎で怯える。
閻魔さまの説教がよほど堪えたようだ。不義理な男にも若干の信仰心は残っているらしい。
「仮に言い訳して稗田家の追求を逃れても死後は地獄逝き。ガキ共の誘いに乗らなきゃよかった……」
水瀬同様、今更後悔しても遅い。もちろん手紙が偽物の可能性もあるが、達筆かつ威厳を感じさせる文書を偽物だと断言できる勇気もなかった。
ため息を吐くと彼は自身の近くに置いた刀を手に取って白鞘から引き抜く。
刀身の反りが少なく、裏表の刃文が揃った見事な打刀である。
「しっかし、この刀――本当にすばらしいなぁ。風下のババアなんかには勿体ない。後がなくなればこれで――」
自決でもするか。
などと一瞬、考えるも怒られるのは死後なので思いとどまる。
その後、阿求や閻魔さまへの言い訳選びに悪知恵を働かせるも途中で疲れ果ててそのまま寝落ちするのであった。
あまりの能天気っぷりに土田を見張っていた人影が苦言を呈する。
――まったく、どうしようもないヤツじゃのぅ。阿求を裏切ったあげく人様の刀を盗んで反省の一つもないとは。閻魔大王じゃなくとも死んだら地獄と言いたくなるわい。
人影はため息を吐いてから邸宅に手紙を投げ込んで姿を消した。