相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第118話 幻想狂想曲 その5

 永遠亭では薬を作る永琳を含めて阿求と小鈴、慧音の四名が待機していた。

 

「上手くいっているといいんだけど」

 

 阿求は来客用の部屋で横になっている。その近くには小鈴もおり、同じく布団で熟睡している。鈴の少女は復帰してからすぐに作業へ参加していた。ずっと働いていたのが原因だろう。

 

 ――コンコン。

 

「入っていいかしら?」

 

 阿求が返事をすると襖が開かれ、水瓶とコップが乗ったお盆を持った永琳が入ってきた。

 

「喉乾いてるんじゃないかと思ってね」

 

「ありがとうございます」

 

 上半身を起こして阿求は水を頂いた。永遠亭の水は浄化されているのか、里の水よりも滑らかで美味しい。渇いた喉を潤し、一息吐いた阿求が永琳を見やる。

 

「作戦はどうなっているのですか?」

 

「無事、第二段階まで進んだと新聞天狗が言っていたわ」

 

「第二段階――ということは、手紙はばら撒き終えたのですね」

 

「らしいわ。効果はてきめん――見事に足並みが崩れたそうよ。飛車と角の動きを封じた。後は取るだけね」

 

「両翼を落とせても駒は残っています。油断はできません。それに……」

 

「まだ狩人がいるものね。それがどう動くか」

 

「人間か妖怪か、里人か外来者か。わからないことだらけです」

 

 現状、狙撃以来、目立った動きを見せないイレギュラーたるバルバトスが一番の障害である。その点のみが不安要素といえる。

 

「皆を信じるしかないわ」

 

「そうですね。私も頑張らねば――」

 

 立ちあがろうとする阿求を永琳が制止する。

 

「ちょっと、あなたも病み上がりなのよ? 出番がやってきたら、私が呼ぶからそれまでは寝てなさい」

 

「いえ、しかし……」

 

「医者の指示です。従ってください」

 

 名医に休めと言われれば、阿求も従うほかない。

 

「わかりました。もう少し休息を取ります」

 

「よろしい。私は薬を作っているから、何かあったら私の部屋を訪ねてちょうだい」

 

 そう言い残して永琳は部屋を後にした。

 再び室内は静かになった。阿求はスヤスヤと寝息を立てる小鈴を眺めた。

 

「この娘も両親が心配のはずよね……」

 

 自分には家族はいないが小鈴には家族がいる。

 その精神的負担は計り知れないが、それでも自分の役割をこなしている。

 手紙の準備を終え、魔理沙たちが持ってきた物資を仕訳した後はお米を炊いてはおにぎりを作り続ける作業をひたすらこなし、寝たのは朝の三時。最後は気絶するように床に就いた。

 

「はやくこの娘の負担を軽くしてあげたいわ」

 

 すると小鈴が呻き声を上げた。

 

「うぅ……。こっちこないで――」

 

「何!? 何!? 小鈴、どうかしたの!?」

 

 まさか夢の中で悪夢でも見ているのか。心配になった阿求がバサッと、自らの布団を剥いで近寄るが。

 

「おにぎり――もう……食べられない」

 

「おい」

 

 内容からは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()夢だろうか。

 どんだけ食うねん。阿求はひとりツッコミを入れて布団の中に戻った。

 

 

 午後十二時半。紅魔館では天狗から報せを受け取ったパチュリーがレミリアの寝室を訪れて、中央にドカンと置かれた棺桶へ話しかける。

 

「レミィ、作戦が第二段階に入った」

 

 少し遅れて棺桶がカタカタと動き、聞き覚えのある声がこもったように室内に響く。

 

「ん……。そうかい――ところで……今何時だい?」

 

「十二時半」

 

「昼か……」

 

「もう少し寝る?」

 

「寝る。出番がきたら起こしてくれ」

 

「わかった」

 

 棺桶の中身はレミリア本人である。彼女はいつも棺桶の中で寝ているそうだ。

 長い付き合いのパチュリーは気にすることはないが、初見では結構、引かれるらしい。

 寝室を後にした彼女は書斎たる大図書館へ戻る。図書館中央の自席に着いて英語で書かれた紙を手に取る。そこには人里奪還作戦の全容が記されていた。書いたのは右京本人だと思われる。

 

「レミィが漢字を読めなくても私は読めるんだけどね」

 

 そこまで気遣わなくてもいいのに。彼女は作戦内容に目を通す。

 

「ペンで相手を殺す、か。面白い。杉下右京はホームズだと思っていたが、名将でもあったとは。この作戦が成功したら和製ハンニバルとでも呼ぼうか」

 

 名将ハンニバルの名前を出しながら愉快げに手紙を伏せ、パチュリーは読書にふける。

 

 

 午後十四時の人里。劇団の控室。

 田端は悩んだ末、とある決断を下すべく部下を呼び出す。

 

「レミリア・スカーレットに手紙を出す」

 

 控室に呼んだのは結社メンバーの中で幹部を除き、信頼のおける者たちである。

 彼らは息を飲みつつ、質問をする

 

「妖怪と密会ですか?」

 

「あぁ」

 

「危険では……?」

 

「わかっている」

 

「じゃあ、妖怪を里に入れるってことですか!? 絶対ダメですよ!」

 

「入れるつもりはない」

 

「「「え?」」」

 

 動揺する三人を前に彼は直筆の親書を手渡す。

 

「ここに『里ではなく里外れに位置する共同墓地で話し合おう。吸血鬼には打ってつけだろ?』と書いた。里の中に妖怪を入れるのは危険極まりない。俺たちが招いたとでも思われたら妖怪に恐れをなす二家が離反する。そうなれば終わりだ」

 

「だったら、交渉なんて……」

 

「それ以外に天狗の攻撃を回避する方法があるか? どっちにしろ手紙を出さねばアイツがここへやってくる。それを避けて交渉するには場所を変えるしかない。共同墓地周辺の木々に身を隠せば狙撃できる。何かあればこちらが有利だ。そういう訳で、お前らには霧の湖経由で紅魔館を目指してもらう。妖怪たちが待ち伏せしてる可能性もあるから直接、湖へ続く街道を通らず、野山の中を進んで欲しい。……妖怪の出没するルートになるが――やってくれるか?」

 

 三人はしばらくの間、無言となるも、やがて観念したように「わかりました」と了承した。

 

「ありがとう。健闘を祈る。無事、帰還してくれ」

 

「「「はい!!」」」

 

 三人は十五分程度で支度を済ませて秘密裡に里を後にする。

 田端の使者たちは紅魔館へと続く街道に向かった。

 それを物陰から確認するふたりの東側担当者。

 魔理沙はコソコソと相方に告げる。

 

「おっさんの予想通りになったな……。おい霊夢。『結社三人、銃刀武装済み、紅魔館方面の野山へ進む』って書いて狸に持たせろ」

 

「わかったわ」

 

 言われた通りの内容を紙に書いた霊夢はその紙を布に包んで細長く丸め、待機中の狸に首輪のように巻きつけた。

 

「眼鏡のおじさんのところまで届けて。落しちゃダメよ?」

 

 ――たぬっ!

 

 マミが調教した狸だからか人語が理解できるようだ。巫女に返事をしてから右京のところへ向かうべく茂みの中に姿を消す。

 一連の流れを見た魔理沙が呆れ気味に言った。

 

「狸って便利なんだな」

 

「そうね。私も子分が欲しいわ。たくさん」

 

 タダで掃除してもらえそうだし。

 楽したいお年頃の巫女はとても羨ましそうに狸が消えた場所を眺めていた。

 

 

 そのころ、司令部。

 四季映姫が手紙を出した手前『その結末を見届けて報告せよ』と、本人から指示を受け、観察者として司令部に居座る小町に右京が協力を依頼する。

 彼女は考えた末「どうせ見張るんだからなぁ」と承諾し、立場上、非公式の形となるが協力を約束する。

 

「まだ、動きはないようだねぇ~」

 

 仕事道具である木船を司令部の隣に出現させ、その中で胡坐をかくてくつろぐ。

 

「まったくだ」

 

 椅子が足りないので妹紅が船のスペースを借りて座る。その様を見た輝夜が、

 

「アンタ、ついにあの世へ行く決心をしたの?」

 

「そんな訳あるか。ちょうどいい腰かけがあったから腰を下ろしただけだ」

 

「舐められてるわねー。死神さん」幽々子が面白おかしく言う。

 

「本当だねぇ……。今回限りだぞ?」

 

 いかに船頭役の死神とはいえ、不老不死の不届き者にここまで舐められるのは格好がつかない。

 しかしながら今回は里解放が先決であるが故、小町は目を瞑る。

 幽々子に席を譲り、右京の側に立つ尊は思わず苦笑してしまう。

 

「なんだか賑やかになりましたね」

 

「そうですねえ」

 

 お嬢さまふたりがいるとあってかどこか緊張感がない。

 それでも通常時よりもテンションが低いので、よしとしなければならない。

 右京は特に諌める訳でもなく、結社と二家の動きを予想しながら連絡を待った。

 そして例の狸がやってきた。

 

 ――たぬっ!

 

「おや、布がついてますね」

 

 右京はテーブルを離れ、狸から布を回収し、中から文字の書かれた紙を取り出す。

 

「『結社三人 銃刀武装済み 紅魔館方面の野山へ進む』。……どうやら、読みが当たりましたねえ」

 

「流れからして使者ですよね?」尊が訊ねる。

 

「恐らく」

 

「使者?」小町が首を傾げた。

 

「ええ。きっと交渉についてでしょうねえ。中身は交渉する意志や場所を変えたいなどの申し出」

 

「そこまでわかるのかい? 密会拒否かもしれないよ」

 

「密偵によれば田端は行進準備を進めるも二家の子分たちが命令を聞かず、人員が集まらなかったようです。代表が取り乱して話し合いを拒否していますからねえ。元々、子分たちは結社をよく思っていないようですし、当然でしょうか。ですが、三日後に天狗がやってくる。この局面を打開するにはレミリアさんを味方につけて天狗に話をつけてもらう必要があります。しかし、里の中で密談など怖くてできない。ならば場所だけでも変えよう。候補は里の外からさほど離れておらず、武装したメンバーを伏せて置ける場所――共同墓地あたりですかね。あそこは野山の中腹を切り開いて作っていますから、周囲は木々に囲まれています。その裏側に隠れて狙撃しやすい。選ぶならそこが無難。田端の性格を考慮するならこんなところですかね」

 

「アンタ、そこまで計算してんのかい!?」

 

「やらしい人ねー。だけど、当っているとは限らないわよ?」幽々子がクスクスと笑う。

 

「できれば当たっていて欲しいものですがねえ」

 

「だったら、確かめにいこうか」妹紅が反動をつけて立ち上がるも輝夜に「アンタは護衛でしょ?」と制止される。右京は言った。

 

「えぇ是非、確かめましょう。西行寺さん、霧の湖に先回りしたのち、彼らを捕まえてください。可能な限り音を立たせず穏便に」

 

 どこか含みのある言い方に幽々子が扇子で口元を隠す。

 

「了解よ。縛ってここへ持ってくればいいのかしら?」

 

「何かあれは紅魔館を貸して頂ける手筈になっていますので、そちらへ運んでください」

 

「だったら、紅魔館までおびき寄せればいいんじゃなくて?」

 

「湖周辺は視界が悪い上に妖精も多いですから。ところ構わず発砲されても迷惑です」

 

「発砲音は里にも伝わるものね。里の反抗勢力を下手に刺激すると暴動を起こすかもしれないか――わかりました。撃たれる前に捕縛してきます」

 

「お願いします」

 

 右京の依頼を受けた幽々子はそっと立ち上がり、船でくつろぐ小町へ向けて「暇でしょ? つき合って」と同行させようとする。

 

「はい? なんでだ!?」

 

「この場所と霧の湖の距離をゼロにすれば一瞬で到着できる。アナタならできるでしょ?」

 

「あぁ……まぁ、できるけどさ」

 

「なら送って行ってくれるわよね?」

 

「いやでも、私も監視という仕事が――」

 

「お借りしてもよろしくて?」幽々子が右京に問うと、彼はニッコリしながら。

 

「この件は西行寺さんにお任せします」

 

「ということだから。よろしくね、運び屋さん」

 

「……私は船頭だ」

 

 このお嬢さまときたら。不満げに立ち上がった小町が木船に乗っている妹紅を退かすと、手をかざして木船を一瞬のうちに消し去った。

 小町は幽々子を手招きして近くに引き寄せる。

 

「じゃあ、ちょっくら行ってくるよ」

 

 そのセリフののち、ふたりがこの場から忽然と姿を消した。

 何が起こったのかわからない尊は言葉を失う。

 

「へ……? 一体、何が……」

 

「これが小野塚さんの距離を操る能力ですか――」

 

「距離? 操る?」

 

 戸惑う尊に妹紅が説明を行う。

 

「船頭役の死神特有の能力さ。距離を操って到達まで時間を意図的に変化させんだよ。0でも100でもな。それを使えば瞬間移動も可能って話さ」

 

「瞬間移動!? 十六夜さんだけじゃなかったのか……」

 

「私も擬似的になら使えるわよ?」輝夜が笑いながら言う。

 

「擬似的にだったら博麗の巫女にも使えるぞ?」

 

「あれは距離が短いわ。修行が足りないからね」

 

「ふん、同感だな」

 

「な、なるほど……」

 

 妹紅の言う通り、小町は自身と目的地の距離を操る力――通称、〝距離を操る程度の能力〟の使い手である。死神として与えられたものか、本人の能力かは不明だが、いずれにせよ常人を凌ぐ力であることに変わりない。

 右京が彼女に協力を打診したのもその力を見込んでのことだ。

 上司と自分の知識量の差を実感した尊は「勉強になりました」と妹紅たちに感謝する。

 彼らが話をしている間にも霧の湖へ到着した幽々子と小町は白い霧に身を隠しつつ、捕獲の準備に取りかかった。

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