相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第119話 幻想狂想曲 その6

 時刻は十四時半。

 紅魔館に親書を届けるために野山を歩く結社メンバー三人は辺りを警戒しながらゆっくり進んでいた。

 

「この先に霧の湖があるんだよな?」

 

「地図を見る限りはな」

 

「街道なら余計なことを考えなくていいんだがなぁ……。水瀬の連中ならこの辺りの地形にも詳しかったり――」

 

「あんなクズどもの話なんか出すな。思い出すだけで胸糞悪くなる」

 

「厄神の手紙ごときでビビッてんだもな」

 

「おまけに土田も閻魔からの手紙で引き籠ってる。組む相手、間違えたか?」

 

「他の誰が俺らに手を貸してくれんだよ? 普通の里人は稗田に逆らったりしないぞ」

 

「そうだよな。はぁ、田端さんも大変だよな。なんか思い詰めているみたいだし」

 

「わかる。手紙が届いてから顔色悪くなったよな」

 

「勝つために戦っているのはいいけど、ちょっと弱腰すぎる気がする」

 

「おいお前、それはないだろ?」

 

「だってさ、人質とっても処刑しないし、狙撃犯確保よりも行進を優先するし」

 

「確かになぁ……。ここらでドンっとやったほうが俺らの本気を示せるのに」

 

「やったら終わりだからだろ? 妖怪の攻撃準備が整っているって言うし」

 

「見張りが里の周囲を見て回ったらしいが、それらしい連中は見当たらなかったらしいぞ?」

 

「考え過ぎってやつか……?」

 

「例えそうだとしても、田端さんの前で言うなよ。小田原みてぇになるからな」

 

「アレはねぇ。ちょっとやり過ぎな気がしたな」

 

「田端さんって基本的に俺らには優しいけど気に入らない相手に対して容赦ないからなぁ」

 

「わかる、わかる。実際、奥村さんとも仲がよくないんじゃないかって言われたしなぁ」

 

「裏で口論とか普通にあったし……」

 

「もしかして奥村さんが狙撃されたのって田端さんの――」

 

「馬鹿! そんな訳ないだろ! それ以上、適当なこと言ったら殴り飛ばすぞ」

 

「声がデカい。ここは妖怪のテリトリーだぞ」

 

「「あ……」」

 

 熱くなっているふたりをひとりが諌めたことで意識が仕事へ集中する。

 その後、一時間、彼らは必要以上の会話を慎みながら野山を越えるべく、歩みを進める。

 

「そろそろ、霧の湖が見えてくるか?」

 

「いや、まだ一時間以上はかかるぞ。野山を歩いているんだからさ」

 

「足が痛ぇ……木の枝先が草鞋を貫通したわ」

 

「俺だって虫に食われて痒くてたまらん」

 

「やめろよ、俺だってつらいんだよ」

 

 野山とはいえ、人が通れる道は限られている。そのまま通れば、妖怪の餌食となる可能性がある。ときに獣道を進み、ときに茂みの中を、身を隠して移動するのはとにかく大変である。

 先頭を行くメンバーが草木を掻き分けていく。一体、後何時間かかるんだ。

 弱音を吐きながらも歩き続け、野山を二か所ほど越えた。

 

「後少しで霧の湖周辺だ。心なしか視界が曇ってきたな」

 

「妖精とかいるんだろうか」

 

「いるだろうよ。視界が悪いから遭遇しないようにな」

 

 霧の湖周辺はその名の通り、濃い霧が発生する。時期によってマチマチだが、今日は野山の麓まで届いており、いつも以上に視界が悪い。

 山を降いて平らな大地を踏みしめたメンバーたちが一斉に武器を構える。

 前のふたりが日本刀で後ろが火縄銃だ。

 火縄銃は、威力こそ高いものの、連射性に乏しく、妖精などの小さい的には当てづらい。本来、この銃は猟師が妖怪や大型動物への威嚇目的のために使用されるものだ。対妖怪用武器とは言いづらいのが実情である。

 この銃で自由に獲物を狩れるのは鍛錬を積んだ猟師だけ。といっても鉛は身体に悪影響を及ぼすので、これで仕留めた動物は基本的に食べられないが。

 そうこうしていると一行の最後尾につくメンバーがふわっとした寒気を感じて身体を震わせる。

 

「おい誰だ、今、俺の背中に触ったヤツは?」

 

「は? お前の後ろに誰がいるってんだよ?」

 

「い、言われてみれば……」

 

 後ろを振り返っても誰もいない。おまけに濃い霧のせいで五メートル先が見えず、少し離れてしまえば姿を見失ってしまう。

 

「待ってくれよ、おい」

 

 先へ行くなよ、といわんばかりに白い靄を掻き分けるが、仲間の姿がない。

 掻き分けれど掻き分けれど白い靄。おまけに方向までわからない。

 

「そんな俺……逸れてしまったのか」

 

 現実を理解して動揺し始める彼の後方から、

 

 ――若人よ、そんなに急いでどこへ行く?

 

 女の声がこだまする。

 

「だ、誰――ごもぉッ」

 

 口を開けた途端、白い何かが口内に入り込んで発声を阻害された。直後、ボディに何が突き刺さったような衝撃を受け、悶絶してその場に倒れ込んだ。

 それから少しして並んで歩いていたふたりは仲間がいないことに気がつく。

 

「おい、アイツはどこだ!?」

 

「はぐれてしまったのか! おーい、どこだ!?」

 

「よせ、妖怪や妖精にバレるだろ――」

 

 ――もう遅いわよ。

 

「「え!? うごぉッ――」」

 

 先ほどのメンバー同様、突然、何かが口内に入り込んで喋れなくなる。

 そして――。

 

 ――ドコ、ドカン!

 

 同じくボディに強い衝撃を受けて仲よく意識を失った。

 

「終わった?」

 

「終わったよ」

 

 靄の中から現れたのは幽々子と小町だった。

 彼女ら後方には大量の幽霊にズルズルと引きずられるメンバーたちの姿があった。

 

「捕獲に成功したわねぇ~」

 

「大して苦労しなかったな」

 

 生命エネルギーを感知できる亡霊と死神のふたりに濃い霧など意味なく、幽々子が幽霊を嗾けて口と目を塞いだ後、ガラ空きとなったボディに小町が拳をめり込ませる。その作業を三回繰り返した。だたそれだけである。

 

「普通の人間だからね。巫女や魔法使いとは違うわ」

 

「だろうね。とりあえず、武装解除してから何かで縛ってこいつらを紅魔館へ運ぼうか。こんなジメジメしたところはゴメンだ」

 

「冥界もこんな感じじゃない?」

 

「たまには仕事を忘れたい」

 

「しょっちゅう忘れているような気がするけど」

 

「それは、気のせいさ……」

 

 小町は身に着けている三人の武装を解除後、彼らの上着で両手をきつく縛り上げ、そのまま紅魔館へ瞬間移動した。

 暇過ぎて眠っている中国門番を飛び越えて物音一つ立てず、玄関正面に着地。幽々子が大扉に近づいてノックする。

 

「吸血鬼さん、いるかしら? 吸血鬼さーん」

 

 一分後、パチュリーが部下に扉を開けさせて、用件を聞いた後、小町と捕虜三人を連れて入館する。

 気絶した三人を見てパチュリーは「縛りが甘い」と、言いながらホフゴブリンたちに縄を用意させ、グルグルに縛り上げてどこかへ連行した。

 

「あれらはどこで捕まえた?」

 

「霧の湖。参謀のご命令なの。紅魔館へ親書を渡しに行った使者たちが騒ぎを起こす前に黙らせろというね」

 

「それはご親切にどうも」

 

「火縄銃も侮れないからね。それに里まで音が聞こえると刺激してしまうわ」

 

「ずいぶん、ナーバスになっているのね。結社の連中は」

 

「妖怪たちの手紙攻撃によって、すでに瀕死の状態。王手は近い」

 

「ふっ、順調らしいわね」

 

「そのようね。さて、この中身を拝見させてもらってもいいかしら?」

 

 彼女はポケットから親書を取り出してパチュリーの正面にヒラヒラとかざす。

 

「それはレミィ宛ての親書のはず。どうして見たがる?」

 

「参謀が言っていたのよ。この親書にはきっと『密談の場所を共同墓地に変更したい』とする旨が書かれていると」

 

「予測か……。面白い」

 

 ニヒルな笑みと共に幽々子と小町についてくるように促す。

 地下への階段を降りて図書館の書斎まで直行したパチュリーが主への許可を取らずに封を切った。レミリアが寝ている際はパチュリーが紅魔館代理を務めているので、その行為になんら問題はない。

 そこに書かれた内容はレミリアを真似たような高圧的な文章だった。そして、下から見て三行あたりに『密会場所を〝共同墓地〟に変更しないか』と書かれた記述を発見する。

 

「「「当たった」」」

 

 三人は同時に言葉を発し、おかしくなったのか別々の方向を向きながらクスクスと笑った。

 

 

「ということでアナタの予想通りだったわ」

 

「そうでしたか」

 

 用を済ませて紅魔館を後にした幽々子たちは一瞬で司令部へ帰還した。

 開口一番、右京に手紙の内容を話して周囲を驚かせる。

 

「よく当てられたもんだ。やるな」

 

「さすがだわ」

 

「お見事です」

 

 妹紅、輝夜、相棒の尊が世辞を送った。

 右京は「彼の性格と行動を分析すればそう難しくはありません」と語って皆を笑わせた。

 

「捕虜は紅魔館に置いてきたけど、目覚めたら無理のない範囲で尋問してみると図書館の管理人が言ってたわ」

 

「無理のない範囲。人間レベルでならよいのですが」

 

「当然、人間レベルで、だそうよ」

 

「それはよかった」

 

 薬や魔法で精神を破壊してまで情報を聞き出すなど、幻想郷の妖怪は容易にやってのける。その点を危惧していたが、パチュリーは上手く計らうとのことだ。色々と気を遣っているようだ。

 ふいに尊が手を挙げる。

 

「杉下さん、今更ですけど。あの三人、本当に捕虜にしてよかったんですか? 田端だって帰ってこなければ妖怪の仕業を疑うはずです。ヤケになる可能性も……」

 

「可能性がないとは言えませんね。ですが、彼は最後まで諦めないと思います。独立への執念。それだけは確かな人物ですから」

 

「だけどさ、部下が暴動を起こさないとも限らんぞ?」妹紅が指摘する。

 

「はい。仰る通り」

 

「大丈夫なのか……?」

 

「田端のリーダーシップが本物なら……少なくとも明日までは持ちこたえるかと」

 

「リーダーシップが本物なら……か」

 

 右京の言葉の意味を理解した尊は口元を押さえながら「どんだけ冷酷なんだろう、この人」と、田端を憐れんだ。幽々子も同様ように、

 

「相手が悪かったわね」

 

 ポツリと零した。

 その様子に他の三人は顔を見合わせて肩を竦めるだけだった。

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