相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第120話 幻想狂想曲 その7

 時刻十七時。日が落ちて夜がくる時間帯。

 水瀬は部下が邸内で拾った手紙を食い入るように一語一句逃さず確認していた。

 

「俺はーー助かるかもしれんぞ」

 

 それは稗田阿求の名前が書かれた手紙だった。定期的に阿求と会議を開く水瀬は手紙が本人の直筆で書かれたものだとすぐにわかった。

 

「『結社に軟禁されていると聞きました。大変でしょうが、どうか耐えてください。必ず救出しますから』。ふふふふふふっ。ご当主は完全に俺を被害者だと信じている。ここを耐えれば、今まで通りの生活が送れる。あはははははぁ!! 稗田が勝とうが田端が勝とうが、どっちに転んでも儲けもの!」

 

 自己中心的な物の見方しかできない水瀬らしいリアクションだ。

 

「えーと他には……『近々、妖怪が結社へ大規模攻撃を行うかもしれないと仙人さまから通達されました。今の私ではどうにもできないので、不要不急の外出を控えるように部下の皆さんへ徹底してください』っか。ま、それくらいなら」

 

 阿求の要望を聞いてやろう。そうすれば自分の評価が上がるはずだ。

 打算的な水瀬はすぐに部下たちに『里の外を出歩くな』『自宅か水瀬邸のどちらかにいろ』『結社の言うことは適当に流していい』とする指示を出した。

 

 一方の土田も阿求からの手紙を読んでいた。

 阿求からの手紙であることに間違いないが、水瀬とは少々内容が異なった。

 

「『現在、土田さんがどのような状況かわかりませんが、とにかく妖怪から結社の一員と間違われないように作業員を含め、自宅から一歩も出ないでください。よろしくお願いします』っか。ほうほう、ご当主はこちらの状況を知らないか……。これはなら結社に息子を人質に取られたって泣きつけば許してもらえるかもな。うんうん、そうだそうだ」

 

 能天気なじいさんはそう考え、風下家を部下に任せて引き籠ることを選択した。

 

 

 同時刻。司令部にて。

 

「そろそろ、あのふたりも手紙を見ているころじゃろう。あー、疲れたわい」

 

「お疲れさまです。マミさん」

 

 潜入を担当していたマミが本日の仕事を終え、参謀の右京に報告していた。

 

「メイドどのと違って儂は時間を止めれんからのぅ。変身してやりすごすのはちときつかった。それにしても特定の施設以外、あまりお札が張られておらんかったのが意外じゃったな」

 

「数が不足しているのでしょうねえ」

 

「さすがに里全体をカバーするだけの量はないか」

 

 妖怪対策の札は劇団や稗田家の主要施設に回されており、水瀬や土田の邸宅はほぼノーガードだった。故にマミは警備の浅いポイントならば活動し放題。里の情報がより詳しく把握できた。

 

「そちらも収穫があったそうじゃな?」

 

「結社側の使者を三名ほど捕えました。その情報から田端がレミリアさんとの密会を望んでいると確証を得られました」

 

「捕まえた連中は紅魔館にて尋問か。どのような内容なのか」

 

「後で様子を見にいきます」

 

「仕事熱心なのはよいがあまり無理をするでないぞ? お主とて病み上がり。過労で倒れる可能性もある。立案者がいない状況では作戦は実行できん」

 

「ご配慮感謝します」

 

 右京はいつも通りの表情で礼を言うが、年長者のマミには本心が筒抜けだった。

 

「その表情……。無理する気満々じゃな。冥界のときとよい、少しは自らの身体を労わったほうがよいぞ。資本なのだからのぅ」

 

「わかっているつもりなのですがねえ。ついつい無茶ばかりしてしまう。僕の悪い癖」

 

「世間一般ではそれをわかっていないと言う。ま、説教なぞするつもりはない。ほどほどにの」

 

 そう言い残して、マミは夜間偵察に備えて休息を取るべく一足先に永遠亭に戻った。

 夜間は人間を代わりに視力のよい妖怪勢力が中心となって監視を行う。

 その間、人間たちは休息を取る形となる。

 右京たちも同様で、妹紅と小町、尊が撤収作業に取りかかっていた。輝夜と幽々子も人の足跡などの痕跡を箒で消して回る。

 五分後、作業を終えた一行は小町の能力で永遠亭までワープを使って帰還を果たす。

 永琳たちに挨拶した右京は休憩を取るメンバーと別れて広間でひとり、明日の作戦内容をまとめる。

 借りた座卓の上で白紙と睨めっこしつつ、目的達成の道筋を立てる。

 紙に書いては捨て、また捨てる。そんな作業を一時間以上も繰り返した。

 

「はぁ……」

 

 筆を置いて右腕で額を押さえる。病み上がりの身体には堪えるのだろう。

 すると、座卓に緑茶の入った湯呑が置かれた。

 

「無理しすぎよ。少し休んだら?」

 

 永琳である。

 

「もう少しだけ書いたら横になります」

 

「少しってどれくらい?」

 

「少しは……少しです」

 

「ひと通り、書き終わるまでやるつもりね? 困った患者さまだわ」

 

 医者泣かせの患者とはこのことだ。

 

「一応、参謀ですから」

 

 自分には責任がある。故に最善を尽くす。

 右京は覚悟を以て挑んでいる、と理解した永琳は。

 

「……より疲労回復効果のあるお薬を用意しておきます。後で服用してくださいね」

 

 そう言い残して広間を出ていった。

 

 

 時刻は二十三時を回る。周囲が暗闇に包まれ、静寂が訪れる。

 控室で使者の帰りを待っていた田端だったが、彼らは出発から七時間以上経っても戻ってこない。

 次第に彼は自分が迂闊だったと実感する。

 

「この時間になっても帰ってこないところを見ると道に迷ったか、もしくは妖怪に襲われたか……。あるいはレミリア・スカーレットを怒らせたか――クソッ!」

 

 道中、妖怪に捕まるケースは予測していた。街道は危ないと野山を通らせた上に武装もさせた。成功する確率は決して低くなかったが、妖怪勢力に包囲されているかもしれないとの疑念がある中で不用意に使者を出すのは浅はかだったと言わざるを得ない。

 

「妖怪に食われていれば手紙は届いていない。吸血鬼に手紙が届いていたなら、こちらの使者もしくは自らの使者に返事を寄越させるはず。となると前者か……」

 

 妖怪に襲われて死んだ。田端はがっくりと肩を落とした。

 

「俺の判断ミスか……」

 

 部下三人を失い、罪悪感を覚える。けれど諦めたら夢が終わる。

 

「アイツらの死は無駄にしない。里は必ず独立させる。妖怪の干渉を受けつけず、人間の安全圏を広げるために」

 

 理想は捨てない。何があっても。

 彼は決意を胸にペンを持つ。

 

「吸血鬼は明日の夕暮れ時にこの劇場を訪れる。何か、何かよい策はないか……何か」

 

 もはやレミリア襲来は避けられない。天狗の攻撃も迫っている状況を鑑みるに明日の密談で協力を取りつけねばならない。例え、罠の可能性が拭えなくとも。

 必死に策を講じる田端の苦悩を控室の床下から窺っていたエレンはため息を吐きながら、

 

 ――田端はここまでだな。

 

 姿を消した。

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