相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第121話 幻想狂想曲 その8

 深夜三時。

 月の光が差し込む静寂の永遠亭で右京が目を覚ます。

 

「眠ってしまいましたか……」

 

 あれから見張り役の有志たちが続々と帰宅した。皆と打ち合わせを通して指示を出し続ける作業を二十三時辺りまで続け、一段落したところで睡魔に襲われて机に突っ伏してしまったのだ。

 身体に被さる毛布を隣に避けながら、

 

「捕虜の様子を見に行かなくてならないというのに」

 

「そっちはあのにーさんが代わりに行ったよ。『強い言葉で脅してみたが口を割らなかったので何も聞けなかった』そうだ」

 

 入口側の壁を背にしてくつろぐ妹紅が教えた。

 

「そうでしたか」

 

「霊夢、魔理沙などの人間組は皆、部屋で寝てる。亡霊と死神は一旦、帰宅した。四時までには戻るそうだ。見張りは狸の旦那と新聞記者が中心となって継続中だ。そういう私は休憩中さ」

 

「なるほど」

 

 皆、自分の仕事を理解してこなしていた。右京はホッとしたように、

 

「頼りになりますねえ」

 

「今回ばかりは皆、やる気だな。こんなことは滅多にない。幻想郷始まって以来かもな」

 

 スタンドプレイを好む幻想郷勢が里を救うために一丸となって行動を共にしている。非常に珍しい光景だ。

 

「後は成功を祈るだけだな。アンタももう少し寝ときな。今日が本番なんだからさ」

 

「そうですね」

 

 妹紅にすすめられ、右京はもうひと眠りして、夜が明けると同時に目を覚ました。

 縁側で背伸びをしていると後ろから尊が声をかけてきた。

 

「よく眠れましたか?」

 

「おかげさまで」

 

「杉下さんが寝落ちする姿、ぼく初めて見ましたよ」

 

「誰だって寝落ちくらいしますよ」

 

「やっぱり、まだ身体が回復しきってないんですね」

 

「かもしれません。ですが里を取り戻し、バルバトスの正体を暴くまではうかうか寝てもいられない」

 

「ハハッ、相変わらずですね。安心しました」

 

「君もそういうところは特命時代から変わりませんね」

 

「前にも言いましたよね。人間なんてそう簡単に変わらないって」

 

「そうでしたね」

 

 幻想の朝日が差し込む大空を眺めながらしばしの無言の後、尊が言った。

 

「この作戦――成功させましょうね」

 

「もちろん」

 

 

 同時刻、劇場にて田端は会場に幹部を含めた初期メンバー十人を呼び出した。

 欠伸する者もいるなか、田端は低いトーンで告げる。

 

「本日、レミリア・スカーレットとこの場所で密会する」

 

 どれもが驚いて言葉を失う。何で妖怪を里に呼ぶのだと。

 

「いやいや、それはないでしょ!?」

 

「妖怪を否定したのに妖怪を呼ぶなんて認められませんよ!」

 

「さすがにダメですって!!」

 

 結社は性質上、反妖怪思想を持った者が多い。稗田家を追放したのも妖怪と組んでいるからだ。妖怪とズブズブな稗田を追い出して隠された真の歴史を取り戻す。そのために自治を確立する。だからこそ田端の考えは認められないのだ。

 

「それ以外に方法がないんだ……。昨日、送った使者が帰ってこなかった。タイムリミットはすぎてしまった。今日の夕暮れにヤツが来る。これは覆らない事実だ」

 

「だったら、戦いましょうよ! 銃だって、刀だって、爆薬だって、札だってある。ダメージを与えられますよ!」

 

「無理だ。お前らだって知っているだろ? 上空を自在に飛んで撃ち合う妖怪と里外の人間の強さを」

 

 里の中で飛行する妖怪勢力や人間たちの姿は結社のメンバーも目撃している。不公平だとここに誰もが感じた。自分たちにこの力があれば『こんな奴らに好き勝手騒がせたりしないのに』と。

 

「正直に言ってくれ。連中相手に武器を持った俺らが勝てると思うか? もちろん、手加減なしの本気で攻めてきて、だ」

 

 不満を漏らしていたメンバーが一斉に黙った。

 メンバーは阿求から信用されておらず火器を貸し与えてもらえなかった。いかに使いやすいとはいえ練度不足からして、飛翔する者に銃弾を浴びせられる射撃能力を持つ者はいない。

 接近戦の刀や手投げ爆弾もあるが、敵遠距離攻撃の餌食になるだけ。まともに戦って勝てるビジョンなど存在しない。

 が、ひとりのメンバーが手を挙げた。

 

「稗田家に近い人間を人質に取れば戦えるのでは?」

 

「天狗どもが配慮すると思うのか?」

 

「稗田の罠っていう可能性もありますよ!」

 

「そうだ、稗田が妖怪に泣きついて書かせたに違いない!」

 

「あらゆる勢力にか……? いくらヤツでもこの短期間でこの量の手紙を書かせるほどの人脈があるのか?」

 

「それは……」

 

「偽造した可能性だってありますよ。紅魔館とか仲のよい勢力もあるでしょうし」

 

「レミリアの親書には追い出したと書かれてあったが……」

 

「うそっぱちですよ! 卑怯な連中なんですから!」

 

「……」

 

 唸りながら、部下たちの意見に耳を傾ける田端。

 いつもの高圧的な一面が鳴りを潜めている。その姿に一部のメンバーが物申す。

 

「田端さん、らしくないですよ! 稗田を追放した時の勢いはどこにいったんですか!?」

 

「小田原を殺ったときの勢い、すごかったですよ!」

 

「奥村さんが撃たれたときだって、真っ先に行動を起こしたじゃないですか!? あんときの決断力はどこにいったんですか!」

 

「……」

 

 正直、勢い任せな部分があった。敵であれ味方であれ、舐められないように行動していただけ。などは口が裂けてもいえない。根は臆病でも独裁者は最後まで独裁者であり続けるしかないのだ。

 弱いリーダーなんぞに過激派は抑えられない。

 このままでは結社が崩壊する。

 察しのいい何人かがこの状況に危機感を覚えた。

 後がなくなった独裁者は最後のカードを切る。

 

「俺の母親は()()に殺された――知っているヤツもいるだろうがな」

 

 田端の唐突な自分語りに皆の注目が集まるも。

 

「だったら、なおさら妖怪に屈しちゃダメでしょ!!」

 

「母親の仇にすがるんですか!?」

 

「見せしめに稗田関係者の家族を処刑しましょう。裏切り者の家族も裏切り者ですよ!!」

 

「そうだ、そうだ!」

 

「殺せ! 殺せ! 殺せ!」

 

 過激派の中の過激派メンバーたちが手をかざして殺せコールを連呼する。

 幹部たちが引いている中、田端だけは目を細めて冷静に問う。

 

「――それで妖怪に勝てるのか? もし本気になった妖怪に勝てるならいくらでも里人を殺してやるよ。知り合いでも親戚でも赤子でも。例え、仲間でもな」

 

 勝てるなら仲間でも殺す。小田原の死を目の当りにしたメンバーたちに戦慄が走った。

 

「お、俺らも殺す……」

 

「じょ、じょ、冗談ですよね――」

 

「本気だ」

 

「「「……」」」

 

 血の気が引いていくメンバーたち。それを見た田端は真顔で続ける。

 

「だが、殺しても勝てない。だろ?」

 

「「「で、ですよね……」」」

 

 彼の目は小田原を殺したときのようにドス黒く、視界に映る者を圧倒する力があった。

 弱腰だと批判した自分らが馬鹿であった。部下たちは心の底から怯える。

 凍りついた空気に嫌気がさしたのか、田端は顔を背ける。

 

「俺は勝ちたいんだよ。強者面して威張り腐っているアイツらに――そのために戦っている。だから、吸血鬼と密会したい。ヤツを……言い伏せてみせる」

 

「で、でも……失敗したら――」と子分が零す。

 

「そのときはお前らの言う通りする。代表を降りろと言われれば降りるし、人質を処刑したいなら好きなだけ処刑する。どうだ?」

 

 部下たちは一言も喋らず、ただ互いに顔を見合わせるだけ。一つ一つの発言が極端な田端に戸惑うなというほうが無理があった。

 

「返事をくれ」

 

 催促されても皆、口を閉ざしたままだ。

 

「頼む」

 

 このリーダーの要求は無視できない。部下たちはついに折れた。

 

「「「わかりました……」」」

 

「ありがとう。密会の話はこのメンバーだけの秘密だ。日が暮れてきたらここに集合してくれ。以上だ。持ち場に戻ってくれ」

 

「「「はい!」」」

 

 逃げるように散っていく部下たちの背中を眺めながら「最後まで諦めない」と呟き、田端は控室へと戻った。

 

 

 午前六時。右京たちは司令部設置を終え、いつでも指示が出せる状況を整えていた。

 見張りメンバーも交代を完了し、昨日と同じ布陣を敷いた。

 尊が報告する。

 

「準備完了です。後は彼らの出方次第です」

 

「わかりました」

 

 参謀、参謀補佐の右京と尊に加えて護衛役が妹紅、予備戦力に幽々子と小町が置かれ、司令部は幻想郷でもトップクラスの実力者によって保護されていた。

 ここに手を出せば並みの妖怪では瞬殺されること間違いない。

 大空を仰ぐ妹紅が言う。

 

「果たして夕暮れまで持つか……」

 

「大丈夫でしょう」幽々子が答える。

 

「『妖怪が出た』と大騒ぎになったら大混乱だぞ?」

 

「そうなれば、強行突撃よね……」

 

「騒ぎ具合によってはそうなりますねえ」右京が頷いた

「全ては吸血鬼の手腕次第か……。里の命運を握るのが吸血鬼とは。変な話だねぇ」

 

「レミリアさんならきっとやってくれますよ。その運命を引き寄せて」

 

「過信しすぎよ? あれはただの我儘吸血鬼なんだから」

 

「だとしても。今はあの方を信じます」

 

「ま、参謀がそう言うんだから、いいんじゃないのかい?」

 

 今更騒いでもどうにもならん。小町は呑気に木船の上でくつろぎながら髪の毛をいじっている。呆れた幽々子が目を細めた。

 

「おサボり死神さん? 閻魔さまに言いつけるわよ?」

 

「サボってはいない。行く末を見守っているだけさ」

 

「一応、有志メンバーなんだから、しっかり働くのよ?」

 

「わかってる、わかってる」

 

 尊が内心、そのマイペースっぷりに困惑する。

 

「一応、今日が決戦の日なんですけど……」

 

「まぁ、よいではありませんか。緊張しすぎるの考えものなのですから」

 

 緊張感がないのも問題だ、と思うも右京に見抜かれ首を横に振られる。

 人には人のペースがある。同じように人外にも人外のペースがある。彼女たちは仕事をしっかりこなし、簡単に失敗しない。右京はそこを信用しているのだろう。

 無理やり納得した尊は「わかりました」とこれ以上の発言を控え、結社の動向に注視する。

 

 

「いよいよ、今日か……」

 

 東の茂みに身を隠す魔理沙は緊張により顔が引きつっている。

 今日に入ってから心ここにあらずの状態が続いている。

 相棒の霊夢が彼女の肩を叩く。

 

「アンタ、しっかりなさいよ。お父さんを助けるんでしょ?」

 

「助けるのは小鈴の両親だ」

 

「はぁ……ホント、いじっぱり……」

 

「文句あるか?」

 

「別に」

 

 魔理沙の頑固は死んでも治らない。巫女はさじを投げた。

 

 

 西の茂みのアリスと早苗もそわそわしていた。

 

「人形の準備は万全――後は夕暮れを待つ。心配は吸血鬼のヤツが敵の挑発に乗ってヘマしないかどうか」

 

「一番心配ですよね……」

 

 気取っていても根っこはお子さま。本質を知っているふたりは不安が拭えずにいる。

 

「けど、杉下さんの指示ですし。何とかなりそうですよね……」

 

「そうね」

 

 使者の件もそうだが、手紙の内容も的中させた参謀の実力は本物である。

 そこは認めているようで、その後の私語は慎んだ。

 

 

 時刻は正午を回る。

 本来なら見回りに協力するはずの子分たちは結社の言うことを聞かず、仕事をサボっている。

 仕事しろよ、と結社の連中が注意すればお前らは俺の上司じゃない、と反発されて家や邸宅から出てこないし、代表は代表で取り合おうとはしない。

 報告を聞いた田端は拳を机に叩きつけた。

 

「ふざけやがって!」

 

「どうします? 力ずくでやらせましょうか?」

 

「そうなったら子分どもとやり合うことになるだろ。夕暮れには吸血鬼が来るんだぞ? ごたついている場合じゃない」

 

「じゃあ、どうするんですか?」

 

「密会が終わるまでは放置していい。その後は――結果次第だ」

 

「わかりました」

 

「報告ありがとう。持ち場に戻ってくれ」

 

 部下を下がらせた彼は近くにあった小物を蹴飛ばす。

 

「これだから肉体労働者は!」

 

 上の言うことしか聞かず、自分では物事を判断できない。権力者にとって都合のよい労働力。インテリ気質の田端がもっとも嫌う存在だ。反乱を起こすためとはいえ、二家を頼った結社側のミスといえる。

 

「……今は、密会のほうが大事だ。少しでもあの吸血鬼にこちらの言い分を理解して貰わねば」

 

 怒りを鎮め、再び机に座ってペンを走らせる。

 全ては密談を成功させるために。

 

 

 同時刻。紅魔館。

 大図書館でレミリアとパチュリーが打ち合わせをしていた。

 

「結社がこう言ってきたら、ここに書いてある通りに反論するのよ?」

 

「え、えぇ……わかっているわ」

 

「次はここで、その次はここよ」

 

「ん? あぁ――そう、ね」

 

 パチュリーの書いたマニュアルを確認しながら内容を暗記するレミリア。

 覚えることが多すぎるせいか、いつもの余裕はなく、尋ねられた話に「うんうん」と返すので精一杯だ。

 

「本当に覚えてる?」

 

「当たり前でしょ!?」

 

「結社の連中が紅魔館に独立を認めて欲しいと訴えたら?」

 

「『それはできない』と言うのでしょ?」

 

「その理由を問われたら?」

 

「えーと……。『人間ごときが生意気だ』」

 

「それじゃダメ。少なくとも『現状でも里の自治は約束されており、独立を果たしているのと同義である。妖怪が紛れ込んでしまうのは里が妖怪の生活圏の中にあるからだ。演説時に現れた妖怪は君たちに危害を加えていないとの報告を受けている。つまり、彼らは約束を守っているのだ。どこにも違反していない。そもそも、妖怪の干渉を受けたくないと言うならそれは不可能である。何故なら、歴史的にも幻想郷は妖怪が先に住んでおり、そこに人間がやってきたという事実がある。とすれば決定権は先住民である妖怪側にあることになる。里が妖怪の勢力圏に位置いるのが不満ならば、後から住み着いた狩人である君たちのご先祖さまの判断――もっといえば里人の歴史そのものを否定することになるのでは?』これくらい言えないと」

 

「長い。それとちょっと辛辣過ぎるわよ」

 

「……自分でもそう思った」

 

 吸血鬼を以てしても手加減がないと思わせるパチュリーの弁論。味方としては心強いが、相手はテロリスト。逆上させすぎるのはマズイ。

 

「それにもうちょっと吸血鬼っぽい言い回しがいいわ」

 

「例えば?」

 

「『全ては運命なのだよ』とか」

 

「かえって逆上する。会談中は極力、控えて」

 

「ダメかぁ……」

 

「ダメです」

 

「むう……。パチェがついてきてくれればねぇ~」

 

「ひとりで行くとカッコつけたのはレミィよ」

 

「そうだったわね……」

 

「じゃあ、次ね。相手に馬鹿にされても?」

 

「腹を立てない」

 

「褒められても?」

 

「図に乗らない」

 

「そうそう、次は――」

 

「私は子供か!?」

 

「……念のため。ふっ」

 

 パチュリーは視線を逸らしながら小さく笑った。

 こうしたやり取りが出発直前まで続くのであった。

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