相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第129話 ホームズ&ワトソンの挑戦 その1

 人里解放から一夜が明け、時刻は早朝の五時半。ほんの少しだけ明るくなってきたかどうかの時間帯にも関わらず、静寂が訪れることはなかった。

 

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 解放された稗田邸内部では永琳が中心となって、けが人や衰弱した人々の手当を、庭では顔を隠した優曇華や早苗が炊き出しを行っており、治療と食事を求める人々でごった返していた。

 極度のストレスと栄養失調で倒れる者が想像以上に多いようだ。霊夢たち人間組と顔を隠した一部の人外、妖怪組は里人がバルバトスに襲われないように常に里周辺と内部を監視している。

 騒がしい里の大通りを、優曇華が暇を縫って穴を塞いだスーツ一式を着た右京と特命部屋に置きっぱなしだったダークスーツ一式に着替えて帯刀する尊たち特命係をかき分けるように進んでいく。

 

「まさか結社の誰も狙撃犯の正体を知らなかったなんて思いもよりませんでしたね」

 

「ええ」

 

 阿求たちと別れたのち、特命係は午前零時を過ぎるまで取り調べに参加した。結社のメンバー二家の子分たちに詳しく事情を聞いて回るも皆、バルバトスや協力者の正体を知らなかったのだ。

 

「さらにスマホや画像の出所も不明。唯一、情報を持ってそうな田端ら幹部は揃って自決。おまけに持っていたスマホも破損して中身は開けられず、か……。それに昨日、十六夜さんが話していた村正が見当たらないってのも気になるな」

 

 結社の反乱こそ治めたものの肝心の黒幕は野放しのまま。そこに繋がる手がかりさえ残っていないが、嘆いても始まらない。

 右京は気持ちを切り替え、最初の犯行現場――すなわち鈴奈庵へ向かう。

 現着した特命係は本日休業と貼り紙がされた鈴奈庵を背に狙撃時の状況を再現する。

 

「この位置で僕は狙撃されて扉に叩きつけられました。すぐに霊夢さんが駆けつけて犯人を追いかけましたが撒かれてしまい、君が診療所へ僕を運んで八意先生の手術が始まるまでつき添った」

 

「その通りです」

 

「先生が到着するまでの時間は狙撃から約二十分。そこから君の捜査が始まった。君はまず現場保存を促して証拠を収集し、スマホで撮影した」

 

「はい」

 

「銃弾が飛んできたのはあの建物の屋根上。ちょうど銃に光が反射したことで僕は狙撃を察知できた。民家に行ってみましょう」

 

 鈴奈庵を離れ、狙撃場所の民家に足を運んだ右京は家に入らず外壁付近から説明を再開する。

 

「位置的に見て僕はこの屋根の物陰から狙撃された。これは間違いないでしょう。そこに薬莢が落ちていた」

 

「これです。ついでにこちらが弾丸です」

 

 尊がビニール袋に入った薬莢と弾丸を確認する。全体が錆びていて薬莢のほうは製造番号すらわからない。しかし右京には心当たりがあった。

 

「この銃弾、形と大きさ、錆び具合からして第一次・第二次世界大戦辺りで使われたものじゃありませんかねえ?」

 

「ぼくもそれは疑いましたけど、特定までには至りませんでした」

 

 すると右京はカバンから持ってきた簡易メジャーで弾丸と薬莢の長さを測った。

 

「推測するに7.7mm弾が該当するでしょうか……。第一次、第二次でこの実弾を使った狙撃銃は有名どころだと、イギリスではP14エンフィールドにリー・エンフィールド、日本だと有坂銃。その中で狙撃銃は三八式改狙撃銃に九七式狙撃銃、九九式狙撃銃が当てはまるでしょうかね」

 

「よく覚えていますね。結構、マニアックな内容ですよ?」

 

「警察官ですから」

 

「いやいや、それはないから――」

 

「それはさておき」

 

「流すのかよ」

 

 いつも通りのやり取りで尊の会話が流される。

 

「ここは幻想郷。幻想入りしたモノが流れ着く。幻想入りとは皆に忘れ去られたものです。ですが、古くなって捨てられたものが辿り着くこともある」

 

「蓄音機とかは表の博物館にもありますしね」

 

「しかし、漂着物は日本に関連もしくは手に入る品が多いようです」

 

「幻想郷ってほぼ日本の中にありますからね。証明できませんけど」

 

「そう。ということは今回の狙撃銃も」

 

「日本製である可能性が高い、か……」

 

「他の銃に比べればずっと。今のところ確証はありませんがね」

 

「もしかすると狙撃銃じゃないって可能性もありますが、如何です?」

 

 相棒の意地悪な質問に右京は笑顔で返す。

 

「僕は光の反射を見た際、うっすらとですがスコープらしき物体も目撃しました。照準器つきの狙撃銃でほぼ間違いないかと」

 

 断言する右京に尊は納得するもこの事実を本人から教えてもらっていないことに気がついた。

 

「なるほどスコープつきか――ってスコープがついているって初耳なんですけど!?」

 

「おや、僕としたことが言い忘れていましたねえ」

 

「そういうことは早く言ってくださいよ!」

 

「今後、気をつけます。次は広場へ向かいましょう」

 

 ムッとする相棒を引き連れて右京は次の狙撃現場に急行する。

 数分後、広場に着いた右京は奥村が演説した場所に自らも立った。

 

「ここ! ここで奥村は民主主義を叫んで狙撃された」

 

 両手を振って演技まで再現する右京を尻目に尊が状況の補足を行う。

 

「結社のメンバーたちは奥村が狙撃されるとは知らなかったようです。煙幕を投げ込んだ関係者は四人。話を聞いたところ皆『銃声がなったら煙玉投げてかく乱しろ。その後、人のいないスペースに向かって爆弾を投げろ、と奥村さんに命令された』と証言しました。それと『ちょうどよいから爆弾は妖怪へ投げてやろうと思った』との発言もありました。」

 

「やはり奥村の指示でしたね」

 

「里人を扇動するための仕かけだったみたいですね。聴衆の中にも『他人のフリをして議論に参加しろ』って命令を受けたメンバーもいたみたいですし。そっちは死亡した幹部ふたりが中心となって誘導したみたいですけど」

 

「となれば奥村は強引な手段を使ってまで民主主義を取り得ようとした革命家だった。と仮定できます。ですが、彼は射殺された」

 

 右京は足早に通路の狙撃現場へと戻り、下から観察する。

 

「薬莢は?」

 

「落ちていませんでしたね。足跡は残っていました。これがその時の画像です。埃が舞っていてよく見えませんけど、ぼくには同じように見えます」

 

「僕にもそう見えます。使われた銃弾は?」

 

 元部下が答える。

 

「奥村の遺体は診療所に運ばれましたが、すぐに結社の反乱が起きたのでそのまま暗所に放置されていたそうです。ですから、腐敗が凄くて先生が手をつけたがらないんだそうです。うぅ、想像しただけで吐き気が……」

 

「念のため後で確認しますが、おそらく使われた銃弾と同じものでしょうね」

 

「銃声もほぼ同じでしたから間違いないと思います」

 

「ここから広場まで約七十メートルですか。スコープありとはいえ、ずいぶんいい腕をしていますねえ」

 

「そう思います。ですが位置取りが素人そのものです。プロとは思えない」

 

「今わかるのは犯人が狙撃に長けた人物であるということだけですね。それと右指でトリガーを引いたこと」

 

「つまり、犯人は右利きの狙撃手ってことですよね? 狙撃の上手い右利きの人物。そんな人間って里人にいますか?」

 

「おまけに表の狙撃銃を扱えるとなると今のところ思いつきませんねえ」

 

「ここでも手がかりなしか……」

 

 犯人は妖怪かはたまた内外含む人間か。結論はでない。

 

「神戸君、まだまだ勝負は始まったばかりですよ? さぁ、次です」

 

「どちらへ?」

 

「奥村の自宅です。犯人に繋がる証拠が残されているかもしれません」

 

「可能性はありますね」

 

 

 時刻は朝の七時半。

 大通りへと引き返した右京たちは奥村の家に向かう途中で大きな籠を持った舞花と出会った。彼女は右京のことを気にかけており、彼の顔を見かけるや用事そっちのけで、すっ飛んできた。

 

「杉下さん、もう動けるの!?」

 

「皆さんのおかげですっかり元気になりました」

 

「よかったー。私、心配で……」

 

「ご心配をおかけしました」

 

「でも、病み上がりなんでしょ? どうしてこんな朝から大通りを歩いているの?」

 

「事件を解決するためです」

 

「未だ、狙撃犯は捕まっていません。舞花さんも危ないから極力、出歩かないほうがいいですよ」

 

 尊が親切に忠告する。

 

「わかってはいるんだけど、作った料理をおすそ分けしたくて。腐らせたら勿体ないから近所に配っていたの。まだ治安が安定してないから外に出たがらない人が多いし、ご年配の人もいるから若い私が何とかしないとって思っちゃって」

 

 目を逸らす舞花を眺めながら尊はあなたも危険には変わりない、と思ったのだが、人のよさが舞花のよいところなので、あははっと笑うだけにとどめた。

 反対に右京は言うべきところは押さえる。

 

「相変わらずですねえ。人として非常に尊敬できますが、神戸君の言う通り、極力外出は控えて欲しく思います。僕のように弾丸が急所を外れてくれる保証などないのですから」

 

「あはは……そうですよね。気をつけます」

 

「僕たちのほうからも稗田さんへ食糧や水を各家庭に配給できないかどうか相談してみます。きっと検討してくれると思います」

 

「それは嬉しいわ! 杉下さんって本当に気が利くわよねぇ~。モテるでしょ?」

 

「んふふ、普通ですよ」

 

「本当のところは?」

 

 舞花は本人ではなく相棒に訊ねる。

 

「ぼくよりモテるかも(人、人外問わず)」

 

「冗談はさておき。神戸君、そろそろ八百屋へ向かいましょうか」

 

「あ、だったら私もご一緒してもいい? 八百屋のおばさん、皆が色々言うからあれからずっと顔を出してないのよ。私は職業柄、しょっちゅう顔を出すから結構、可愛がってもらっているの。駄目?」

 

 最愛の息子が撃たれて死んでしまった。そのショックは計り知れないだろう。食事もとらず、ずっと泣いているのかもしれない。舞花が心配するのも頷ける。

 本来ならば家に帰るべきだと言いたいが、自分たちだけだと失意のどん底にいる母親から事情を聞きにくくなると判断した右京が「僕たちから離れないように」と念を押して同行させることにした。

 

 三人組が八百屋の正面まで到着すると、舞花が前に出てドンドンっと木戸を叩いた。

 

「奥村のおばさん、いる? いたら返事して欲しいんだけど! おばさん! おばさんってば!」

 

 何回叩いても返事がない。気になった右京が舞花を尊に任せて自身は裏口へ回る。

 裏口も同じく木製タイプの扉だが、こちらは西洋式の錠前が採用されており、当然、鍵がかけられていて中へは入れない。

 そこで彼はしゃがんでから地面に転がる石などを隈なく見て回る。人差し指でこれでもないあれでもないと指さしていると、わずかに濃い茶色の土が付着した石を発見する。大きさは漬物石の半分くらいだが、小物を隠すには十分だ。

 右京は石をひっくり返す。裏側にはダンゴ虫などの虫がぎっしりと身を寄せ集めているが、その下では金属が光っていた。

 

「どうやら当たりようですねえ」

 

 それは鍵だった。しかも錠前とぴったりと合う。だめもとで探していたら思わぬ収穫だ、とほくそ笑む右京に後ろからついてきた尊と舞花が声をかける。

 

「それ、鍵ですよね?」

 

「まさか、入るつもりなの!?」

 

「……もしかすると動けない状況にあるかもしれませんから」

 

 そう言って、右京は鍵を使ってロックを解除した。扉を開けて「安全確認のため入らせて頂きます」と大きな声で告げて台所から室内へお邪魔する。

 行動力の塊というか何というか。相棒は呆れ果てるもここで突っ立っているのもどうかと思い「中に入るけど、いい?」と舞花へ訊ね、同意が取れたので一緒に室内にあがる。

 先行する右京は台所の扉を開け、すぐに奇妙な臭いが漂っているのを察知する。

 

「この鼻をつく臭い……」

 

 臭いは居間と思われる方向から漂っていた。右京は一旦、引き返して尊と舞花の前に戻る。

 

「神戸君、この先から異臭がします。舞花さんを連れて外に出ていてください」

 

「え? それって……」

 

「後、可能なら人手を呼んできてください。できれば医療従事者と体力のある若者」

 

「は? 医療従事者、若者……。ま、まさかーー」

 

「そうと決まったわけではありません。念のためです。いいですね?」

 

 とはいいつつも、顔は強張ったままだ。こういう時は大抵当たるんだよなこの人。彼とつき合いの長い尊は、その意図を察して指示に従って素直に応援を呼ぶことにした。

 

「は、はい。……舞花さん、戻りましょう」

 

「う、うん……。おばさん――だ、大丈夫だよね……? ね?」

 

 まさかそんなことあるわけない。不安を抱きつつも舞花は尊と共に外に出た。

 右京は臭いのする場所へと機敏な動きで進んでいき、居間と思われる扉を開けた。

 するとーー。

 

「やはり、そうでしたか」

 

 梁に縄を結んで首を吊った女性の死体が力なくぶら下がっていた。

 臭いの原因は腐臭と失禁によるものだった。

 右京はため息と共に仏を憐れんだ。

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