尊が応援を呼んでくるまでの間、右京は現場の観察と記録を行う。
部屋の間取りは約十二畳で床は木板が敷かれている。窓はガラス製ではなく、小さな木戸が一つ。その真ん中の梁に垂らされたロープで首を吊っている。
遺体のすぐ側には小型の台座が転がっていて、遺体正面の部屋には三人用と思われる座卓が置かれ、食事を取った際にできたシミが残っている。渇き具合からして日は浅い。
遺体は四十代後半の身長150センチ前後の細身の女性だ。赤を基調とした花柄の着物を着用しており、足袋もはいている。状況からして八百屋のおばさん本人と思われる。
ハンカチで鼻を押さえた右京が遺体の周囲をグルッと回りながら観察すると、首元にロープが食い込んだ部分よりも下にかけて青アザができていた。特に右首側面が強く残っている。また右小指の爪先に細い繊維が付着していた。
五分後、舞花を自宅へ戻してから慧音を含む応援を連れてきた尊が奥村宅へ乗り込むと予想通りの光景が広がっていた。
「う゛ぅぅぅ――」
血と死体を大の苦手する彼にとって死体が放置された密閉空間は地獄の中の地獄。
口元をハンカチで押さえながら死体と目を合わせることもできず、居間の外で苦しむ。今回、応援で駆けつけてきた若者たちも遺体慣れしておらず、その悲惨さに目を背けて嗚咽する。
仕方ないので右京と慧音が中心となって遺体を布が敷かれた床へ降ろした。間を開けず彼は死斑から死亡時刻を推測する。
「死亡してから死後二日から三日は経っていますね。死因は首の骨が折れたことによる頚椎骨折。一見、普通の遺体に見えますが……」
喋るのと同時に手際よくスマホで死体と現場の映像を撮影していく右京。彼との臨場が二回目の慧音でもその動きに着いていけず、ただ眺めているだけだ。黙々と仕事をこなす右京に悪いと思ったのか、尊が死体と目を合わせないように注意を払いながら、居間にカムバックする。
「す、すみません……。ぼく、まだ死体慣れしてなくて――うぅ……」
「無理は禁物です。君は先に奥村の部屋を調べていてください。こちらは僕がやりますから」
「りょ、了解です……」
「上白沢さんたちも無理はなさらずに。疲れたら外で休んでいてください。遺体を運び出す際にお呼びしますから」
言葉に甘えるように若い助っ人たちは外へ避難したが、慧音だけはこの場にとどまって右京を手伝った。遺体の写真をあらかた取り終わり、彼女が若い衆に遺体を診療所へ運ぶように指示を出す。
ふたりは居間周辺を始め、玄関、台所、厠、野菜の販売スペースを捜索したが、これといって犯人に繋がる証拠は発見されなかった。
途中から奥村の部屋を捜索し終えた尊も合流するがそちらの収穫もゼロ。犯人や自殺に繋がる手がかりはなかった。
三人は台所へ集まった。八百屋というだけあって広めのキッチンスペースが確保され、洗い物置場には使われた食器が重なり、隣の生ごみスペースからツンとした臭いが漂う。換気を行って幾分かマシになるも相変わらずくさいままだ。
臭いに弱い尊はゲホゲホと咳き込みながらも上司に詳細な報告を行う。
「奥村の部屋を探しましたけど、事件に関連のありそうなものはありませんでしたね。一応、写真は取りましたけど、見ます?」
「いえ、後で結構。念のため、僕も帰り際に確認します」
「それで、どうでした? 遺体のほうは」
右京は即答する。
「ほぼ
「ええ!?」
慧音は驚きを隠せず、言葉が出せない。尊がその根拠を訊ねる。
「他殺とする根拠は?」
右京はスマホのロックを解除して撮ったばかりの画像を二本指でスワイプして遺体の首元をアップにした画像を表示。気になる部分にふたりの視線を誘導する。
「ここ、不自然なんですよ」
「ふ、不自然……?」
吐き気を我慢しながら尊が訊き返す。
「首を吊って自殺する場合、首に縄が食い込むことで、その部分に縄の跡がつきます。ですが、ご遺体にはそれ以外の場所にもアザが見られました」
その画像には喉仏下部や首右側面などにアザが見られる。このようなアザは簡単につくものではない。強い力で絞められでもしない限り。
「確かにロープで絞められている以外にアザができるなんて不自然ですよね」
「察するに背後から何者かに首を絞められて殺害され、その人物に首を吊って自殺したように偽装されたのでしょうねえ」
「そう考えるのが妥当ですね……。しかし、彼女を殺ったのは誰なんです? 正直、そこまで殺す必要性のある人物だと思えないのですが」
「殺害したのは奥村と自身の繋がりを示す証拠を消し去りたい人物が該当するでしょう。この場合は狙撃犯や協力者が有力です」
「証拠か……。自宅に何の手がかりがなかったところを見ると、それしかないか。ということは忍び込んだ犯人が見つかりそうになったから背後を取って絞め殺したって訳か。……不運だな」
尊がポツリと呟く。
犯人と遭遇しなければ殺されずにすんだかもしれない。慧音は無言で肩を落としながら彼女の不幸を憐れんだ。
が、右京はだけは違う見解を持っていた。
「果たしてそうでしょうか?」
そう言ってスマホから台所の洗い物置場にふたりを案内する。
広いスペースだが、使用済みの二~三人用と思われる桶と大きめの皿、ふたり分のご飯茶碗、取り皿、箸、湯呑、まな板、包丁、菜箸などが重なっているだけだ。
「これ、おかしいと思いませんか?」
「ん? どこがです?」尊は首を傾げた。
「上白沢さんは如何です?」
「と言われましても……」慧音も同じような態度だった。
「息子を亡くしてひとりしかいない家庭で果たしてこのような大きいお皿や複数の取り皿を使いますか?」
「作り置きしていた料理を乗せていたと考えれば納得できますけど……」
「私もそう思います」
「ならば、次に生ごみを見てみましょう」
右京はなんの躊躇いもなくゴミが入った箱を開けた。
中には捨てられた肉野菜炒めや白飯、沢庵、野菜、生魚、生肉などが詰められており、悪臭を放っていた。その臭いは右京以外のふたりを襲い、思わず鼻をつまんで咳き込んでしまうが、開けた本人は台所から拝借した菜箸で残飯を端へよけながら平然と解説する。
「異臭のもとは箱の奥底にあるお野菜やお魚が原因です。その証拠に料理はそれほど腐っていません。大まかですが、二~三日前に捨てられたものでしょう」
「そ、そこまでわかるもんなんですか……!?」
「そこは勘です」
「勘なんだ……」
「ですが、そう考えれば辻褄が合う」
「え? どういう意味です?」
「死亡日時と一致するからです。仮にそうだとするのなら、奥さんが手料理を振る舞って油断した隙をついて殺害することも可能です」
その仮説に尊が待ったをかけた。
「お言葉ですが、絶望のどん底にいる人間が食事を振る舞おうとはしないと思います。杉下さんは知らないでしょうけど彼女は演説が始まる前からヒステリックな態度を取ってました。息子さんへ取材にきた射命丸さんが記者だとわかった途端、大声で追い返して店を閉めるほどに。そんな人間が息子を失ったと知ったらショックで誰もとも会いたらない。絶対に鍵を開けたりしない」
「では、どこから侵入したのでしょう? この家――人が入れるのは表口と裏口しかないのですよ? 正面はつっかえ棒式の引き戸に裏口は西洋式のドアです。双方とも無理やりこじ開けられた形跡もない。犯人が妖怪なら別ですが、人間と想定するなら家主が扉を開けない限り、中へは入れないのです」
屋根裏や床下も調べたが、人が通れるスペースはどこにもなかった。妖怪の仕業ならともかく人間なら侵入はできない。
「ですが、鍵は石の下に隠してあったんですよね? それを使って鍵を開けたというのは?」
「石の下には無数のダンゴ虫がひしめいていました。そのようなところを鍵の隠し場所にするでしょうか?」
「隠していたのを忘れていたとか……」
「最近、石が退かされた跡がありましたのでそれはないかと」
「なら犯人が鍵を閉めて置いていったってことか」
尊はここで一旦、納得する。
「とすると、犯人は奥村さんもしくは息子奥村と仲のよい人物ということになります。それも鬱気味になっている彼女が自宅へ招いて料理を振る舞うような」
「一体、その人物とは……」と慧音が訊ねる。
右京は一言で返す。
「これから探します」