相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第131話 ホームズ&ワトソンの挑戦 その3

 朝の八時半。

 捜索を終え、現場の保存を慧音に依頼して別れたふたりはそのまま大通りを歩く。そのころになると奥村母の死亡事実が人から人を通して里全体へと伝わっていた。

 その反応は様々で、ある者は「里に居られないと思ったから死んじゃったのね」と嘆き、ある者は「馬鹿な息子を持って可哀想」と同情し、ある者は「息子が人さまに迷惑かけたんだからその親も死んで当然」と冷たく切り捨てる。

 閉鎖社会というだけではなく、一時的にでも自分たちから自由を奪った結社への憎しみが多少なりとも込められていた。

 決して母親が悪いわけではない。わかっていても特命係にはどうすることもできない。できるのは真実を明らかにすることだけ。右京たちはそのまま舞花の自宅へ向かった。

 

「舞花さん、いらっしゃいますか?」

 

 自宅の戸をノックすると舞花がでてきた。彼女の目は真っ赤に充血しており、奥村母の死を悲しみ、涙を流していたのが窺えた。

 

「ごめんなさい。近所の人からおばさんが首を吊ったって聞いて泣いちゃって……」

 

「仲がよろしかったのですね」

 

「いつも野菜を仕入れてたから……」

 

「そうですか……。お辛いところ申し訳ありませんが、少々お話をお聞かせ願えませんか」

 

「いいけど、何を話せばいいの?」

 

「それは何に入ってからお話します」と右京が真顔で言った。

 

「……わかったわ」

 

 ただならない事情を察した舞花は自宅の居間に特命係を案内する。

 彼女が持ってきたお茶を啜りながら三人の会話が始まった。

 右京が訊ねる。

 

「奥村さんは誰かに恨まれていましたか?」

 

「どうしてそんなことを訊くの……」

 

 何となくわかってはいたが、訊ねずにはいられない。右京は少し間を置いてから。

 

「ここだけの話――奥村さんは殺された可能性が高い」

 

「そ、そんな……」

 

 敦に続いて奥村のおばさんも殺害された。自分と親しい人たちが立て続けに亡くなった。その事実に舞花は落胆の色を隠せずに俯く。

 

「ですので、仲のよかった舞花さんからお話を伺いたいのです」

 

「……」

 

 里を占拠された負担が抜け切れないところへこの追い打ち。彼女の精神は大きく削られている。

 

「無理しなくてもいいからね。アレだったらまた後で――」

 

 直後、舞花が首をブンブン振って「大丈夫だから」と言って続ける。

 

「犯人――絶対、見つけてくれる?」

 

「尽力します」

 

「同じく」

 

 ふたりが約束すると、舞花は奥村母について語り出した。

 

「……奥村君はともかく、おばさんは人に恨まれるようなことはしてないと思う。いつも笑顔で野菜を売ってくれるし、たまに作った料理をおすそ分けしてくれたりもしたの。いい人だったわ」

 

「奥村君とはお知り合いですか?」

 

「野菜を買うとき、たまに話したりしたわ。子供のころ、寺子屋で一緒に学んでいたからその関係で」

 

「年齢的に後輩と先輩の間柄でしょうか?」

 

「そうだけど、寺子屋時代はあんまり喋らなかったわ」

 

 尊が「どうして?」と訊ねた。

 

「慧音先生や担当の先生に突っかかってばかりで、いつも怒られてた。勉強はできるんだけど、授業内容が気に入らなかったみたいで。特に幻想郷史の授業になると『それって本当なんですか?』って食ってかかって、授業が進まない日もあったわ。体格が大きくて喧嘩も強かったから生徒たちは文句を言えなかったけど」

 

「子供の時から問題児だったのですねえ」

 

「たまにいるよな、そういう子供って」

 

「最初はそこまで酷くなかったんだけど、お父さんが亡くなってから余計、拗れちゃってね。いつも言ってたのよ。『とーちゃんは妖怪に殺されたって』って」

 

「稗田さんは厠で亡くなっていたと仰っていましたが……」

 

「心臓麻痺って聞きましたね」

 

 永遠亭で阿求から聞いたのは奥村の父親は心臓麻痺で死んだという話だけだった。

 

「私も周りからそう聞かされたんだけど、本人は納得しなくてね。お父さんが大の妖怪嫌いだったみたいで、ことあるごとに妖怪を批判していたらしいの。それで信じちゃったのかな」

 

「なるほど。想像以上に複雑な人物ですね。奥村君は……」

 

 右京が唸り、尊が続ける。

 

「拗れる人間には拗れるだけの理由がある、か」

 

「私にはよくわからないけど、家族を殺されたと思ったらやっぱり、恨んじゃうよね……」

 

 結社の前リーダーの過去はその屈折を理解するに十分な内容だった。

 父を殺された奥村に母を殺された田端。反妖怪運動を展開する人間たちの動機の根っこは家族の敵討ちだ。舞花もその点だけは理解していた。尊も気持ちはわからなくはないと内心、思っている。

 その中で右京だけは真っ向から彼らを否定する。

 

「例えそうだとしてもあのような大勢の人を巻き込んだ何でもアリの演説など到底容認できるものではありません。そのせいで里の皆さんが苦しんだのですから」

 

「そう、だよね。うん……」

 

「ですね」

 

 舞花と尊は紳士の言葉に納得して頷いた。

 右京が次の質問へ移る。

 

「次に奥さんと仲のよかった人を思いつく範囲で教えてください」

 

「仲のよかった人?」

 

「ええ、家族ぐるみで付き合いがあった。常連だった――もしくは奥村君と仲がよく、その関係を知っていたであろう人物。誰か心当たりはありませんか?」

 

「うーん、そこまで詳しくはわからないかなぁ。ご近所さんとは関係も良好だったし。常連さんも普通にいたからね。奥村君の友達っていっても私は知らないし」

 

「特に仲がよかったと思う方は?」

 

「そうね……。あ、恵理子さんと仲がよかったかな。よく立ち話しとかしてたし」

 

 どこか聞き覚えのある名前だった。脳内の辞書から右京がパラパラと検索して該当する人物を思い出す。

 

「恵理子さん――もしかして小鳥遊さんでしょうか?」

 

「そうそう! ふたりとも明るいから気が合ったみたいだったわ。旦那さんも狩猟で捕った動物の肉をおすそ分けしていたし」

 

「旦那さんもですか」

 

「うんうん。幸之助さんもぶっきら棒だけど、人のいいおじさんだからね。恵理子さんの代わりに八百屋で買いものしたり、料理を作ってもっていったりすることもあるみたいで、私の店で飲んでるときなんかよく『アイツは俺を便利屋何かだと勘違いしている』って愚痴っていたわね。冗談だろうけど」

 

「アハハ、それは大変だ」と尊は笑う。

 

「仲がよいのは何よりなことですよ」

 

 離婚経験のある右京はかつての愛妻を思い出しながら意味ありげに語った。

 

「ここ最近も小鳥遊夫妻は八百屋を訪れていましたか?」

 

「あんまり見ていないかな。恵理子さん、足を悪くしてたから、狩野君が代わりに買いものを手伝ってたわ」

 

「ほう、狩野君が……」と右京はあの笑顔のよい少年を思い出す。

 

「あ、知っているの? 彼、美男子だからモテるのよね。勉強もできるし運動神経もいいのよ。小鳥遊さんの助手として狩猟に同行してたから、同年代の女子が『殺されないか心配だわ』って嘆いていた」

 

「確かに彼、モテますよね。態度も落ち着いてますし」

 

 同じくモテる男の尊も認めていた。

 

「どの時代でも紳士的な人物は人気があるというものです」

 

「杉下さんもね。それから神戸さんも」

 

「おやおや、僕は全然ですよ」

 

「ぼくも大したことないです」

 

 実際、かなりモテるが、自慢するようなことはせず、軽く否定する。

 いや、絶対モテる。舞花はそう確信しつつもそれ以上の深堀はしなかった。

 

 

 話を終えて舞花の家を後にしたふたりはその足で小鳥遊家に向かった。

 すぐ隣に死亡した敦、信介、斜め後ろには春儚の部屋がある。あまり日を置かず隣人三人が死亡するというのは不吉だ。それに加えて今回の結社騒動。半端のないストレスを抱えているだろう。

 可能な限り、慎重に話を伺おう。右京と尊は道中、そのように話し合った。

 数分で到着すると右京が小鳥遊家の引き戸を叩く。

 

「小鳥遊さん、いらっしゃいますか? 特命係の杉下です」

 

 何度かコンコンとノックをしても物音一つ立たない。

 

「留守ですかね。配給を貰いにいったとか」

 

「かもしれませんねえ」

 

 そのように答えながらもやはり気になるのか、右京は引き戸を少し引いてみた。

 案の定、つっかえ棒で開かないように戸締りされており、戸が開くことはないが少々、棒のがかり具合が甘いので、何度か引き戸をガタガタと動かしてみた。

 

「杉下さん、人さまの家ですよ!?」

 

「もしものことがあるかもしれませんから――おや、棒が外れましたねえ」

 

 かかりが緩かったのか簡単に棒が外れた。

 

「ちょっと、もう!」

 

「僕としたことが……ついついやってしまいました。あまり力を入れていないのですが。……せっかくです。申し訳ついでにお部屋を覗いていきましょう」

 

 どさくさに紛れて確認できることは確認しようと試みる右京に尊は呆れるほかなかった。

 

「怒られても知りませんからね」

 

 小言程度で右京の悪癖は止まらない。そろりそろりと引き戸を開けながら「おじゃまします」と告げた。

 古い家屋故か、戸が歪んでいた。入口が開いてにつれて外の光が居間の内側へ差し込まれる。

 暗い部分が徐々に照らされていき、囲炉裏と中身の入っている鍋が見えた。それが一定のところまで到達すると、床に頬をつけて倒れる人間の姿が飛び込んできた。

 血相を変えた右京は戸を勢いよく開けて室内に飛び込んだ。

 そこに広がっていたのは――。

 

「小鳥遊さん!! ……脈がない」

 

 倒れている小鳥遊恵理子の死体であった。そして居間の奥にも、

 

「腹を……刺している」

 

 包丁で自身の腹を突き刺して死んでいる小鳥遊幸之助が片隅に寄りかかっていた。

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