相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第132話 ホームズ&ワトソンの挑戦 その4

「へ!? また死体!?」

 

 右京に続いて自宅に入った尊がショックで口元を押さえた。

 本日二度目の御遺体発見にも関わらずまたもや狼狽えてしまう。

 背中で部下の震えを感じ取った上司は彼が役に立たないと判断し、応援を要請するように依頼した。

 

「君は人を呼んできてください。いいですね」

 

「は、はい!!」

 

 相棒に指示を出してからすぐに木戸を全開にして状況確認に入る。

 妻の恵理子は戸を開けて正面の庵、その右側に横向きで絶命していて、夫の幸之助も腹を包丁で突いて亡くなっていた。

 右京は手を合わせてから捜索に乗り出す。

 最初は妻、恵理子を調べる。手を胸の辺りに置き、身体を九の字に曲げた状態だ。首元には奥村母同様、絞められたようなアザがあった。

 

「首に絞められたようなアザがある。死因は頸椎骨折ですか。指先が紫色に変色している」

 

 遺体に死斑が残るのはよくあることだ。しかしながら恵理子の指先にはくっきりした紫色に変色していた。

 右京は鍋に残っていたスープを見やった。

 

「まさか、急性ヒ素中毒」

 

 田端は部下に硫砒鉄鉱から亜ヒ酸を精製させており、火口家や劇場から結構な量の亜ヒ酸が発見されている。その一部が使われたとしても何ら不思議ではない。

 証拠となる写真を押さえたのち、幸之助のところへ近寄る。

 血で汚れた床に尻をつき、背中は隅に寄りかかっている。両手には包丁が握られていた。左手で柄を掴み、右手で押し込むように柄の先を覆っていて、刃が腹部の少し右側、若干の斜め右気味に角度がついて刺さっていた。普通に考えれば自殺だ。

 彼は包丁を握っている手、もっといえば指に注目する。

 

「こちらも変色していますね」

 

 妻と揃って指先が変色していた。それも紫色だ。中毒症状の可能性がより高まった。

 やがて尊と応援で駆けつけた魔理沙を含む里の若い衆たちが室内へ飛び込んできた。

 

「な、なんなんだよ、これ……」

 

 魔理沙もふたつの遺体を目の当りにして言葉を失うが、右京は淡々と指示を出した。

 

「皆さん、現場の保存を行いますのでご協力を」

 

 作業員全員で現場保存を行った。夫妻の家は居間、台所、寝室の三部屋から構成される。子供がいない家庭なら特に不自由なく生活できる広さだ。死体を直視できない尊はその間、野次馬として集まった人々を掻き分けて付近の住民に事情を訊いてまわる。

 三十分も経てば居間周辺と死体の写真撮影も終わる。遺体は診療所に運ばれた。

 次に彼は居間の右奥の畳が敷かれた部屋へと進む。大きさは十畳程度だ。

 木戸側には小さな座卓と座布団が置かれ、盤上には狩猟に使うと思わしき仕かけや弓と矢が乗っていて、壁の隅には里で作られている〝火縄銃〟が立てかけられていた。

 反対側には女性ものの小物や畳まれた着物は置かれた座卓がある。

 恐らく夫妻共用の寝室なのだろう。念のために室内の捜索に取りかかる。

 座卓の引き出しやタンスを調べたが何も出てこない。残すは押し入れのみ。

 引き戸の取っ手に手をかけて中を開けると、幸之助の狩猟道具が大半を占めていた。

 投げ網や釣り具、矢じりや弦、くくり罠等のトラップなど多種多様なアイテムが綺麗にまとめられてしまわれていた。

 腕の立つ狩人という触れ込みは本当のようだ。

 捜査を続けていると背後から魔理沙がやってきた。

 

「なんか自殺の原因になるようなものは見つかったか?」

 

「今のところまだ」

 

 答えた直後、右京は麻に入った物体を発見した。その長さは一メートルを越えている。右京はゆっくり麻袋を押し入れから取り出して畳に置いた。

 感触的に鉄と木のようだ。

 もしやこれは。何か嫌な予感がする。彼が麻を外すと、スコープがついた狙撃銃が姿を現した。

 驚いた魔理沙が声を上げた。

 

「な、なんだよこの銃――見たことないぞ!」

 

「これは九九式狙撃銃。旧日本軍製の武器です。対応する銃弾は九九式普通実包」

 

 ボルトアクションで排莢を行うタイプの古い銃だった。対応する銃弾も7.7mm弾で、右京の胸を抉った物と一致している。

 

「犯行に使われたのはこの銃で間違いないでしょう」

 

「ってことはあの狩人のおっちゃんが狙撃犯なのか……?」

 

「断定するにはまだ早い。他の部屋を調べ次第、稗田さんたちを集めて緊急会議を開きます」

 

「お、おう」

 

 最後に台所へ向かい、気になる箇所の写真を取る。野菜くずや肉を調理した形跡があったが、犯人にはつながらない。シンクを調べたら今後は下に注目する。

 木目調の床を丁寧にチェックしていくと居間との境目にまたがるように何らかのシミが拭きとられた跡があった。そのシミはどこか赤みを帯びており、右京は無言でスマホを構えてシャッターを切った。

 ひと通りの作業を終えた右京は銃を麻袋に戻し、それを持って魔理沙と共に小鳥遊家を出た。

 

 

 外で尊と合流した右京は事情を話して魔理沙を伴い稗田邸にいる阿求の元へ急いだ。

 特命係の申し出を受けた彼女は仕事を一時中断して三人を自らの書斎に招き入れ、午前十一時半に緊急会議を開いた。

 右京は奥村母、小鳥遊夫妻が死亡した事実を述べてから押収した証拠品を提示する。

 

「こちらが狙撃に使われたと思われる狙撃銃、九九式狙撃銃です」

 

 固定倍率のスコープをついた狙撃銃を見せられた阿求は息を飲みつつ、右京へ質問する。

 

「その銃が私を狙った代物なのですね。それはどこで見つかったのですか?」

 

「小鳥遊家の押し入れに麻袋で包んであった状態でしまわれていました」

 

「小鳥遊って……小鳥遊幸之助さんですか!?」

 

 彼を知っていた阿求は驚きのあまり、口元を押さえる。

 

「知っておられましたか」

 

「もちろんですよ。里で有名なベテラン狩人ですから」

 

「ということは狙撃の腕も」

 

「火縄銃で夜雀の頭を討ち抜いたことがあると小耳に挟みました。相当な腕なのでしょうね」

 

「銃の貸し出しの際に審査などは致しましたか?」

 

「私が生まれる前から先代が銃を貸し与えていたので特に審査するなんてことはありませんでした。性格もざっくばらんで皆からこーさんやこーちゃんと呼ばれ親しまれていました。あの人を悪く言う人を聞いたことはありません。そんな人がどうして……」

 

 信用していた人物が狙撃犯だったかもしれない。動揺の色を隠せない阿求に右京は待ったをかける。

 

「まだそうと決まったわけではありません。気を落とさずに」

 

 彼女を励まし、彼は自身が調査した内容を皆に報告する。

 

「順を追ってご説明します。僕は最初、奥村さんに息子さんのお話を伺うべく舞花さんを伴って自宅を訪問しました。ですが何度引き戸を叩いても反応がありませんでした。そこで裏口に回り、石の下にあった合鍵を発見。室内へ入りました」

 

「そこだけ聞くとまんま泥棒だな……」

 

 魔理沙が苦言を呈するが当の本人は「安否確認は必要ですから」とさらっと流す。

 

「室内に入って少しすると異臭がしたので居間の戸を開けてみると、首を吊った奥村さんを発見しました。死斑から計算すると死後数日は経過しており、神戸君がご近所さんに話を訊ねたところ『三日前の夜までは物音がしていたが、それ以降は聞いていない』との証言がありました。死亡時刻は三日前の夜で間違いないでしょう」

 

「息子が死んじまったからな。後を追いたくなったか……」魔理沙がため息を吐いた。

 

「それはどうでしょう。彼女の首にはロープが食い込んでできた跡以外にもアザができていました。ご覧になりますか?」

 

「はい。お見せ頂けるのなら」

 

 正直、気は進まないが代表役として阿求は使命感から画像を確認する。

 

「……確かに不自然なアザがありますね」

 

「アザは右側面に強く残っており、喉仏辺りにまで及んでいます。背後を取られ、このように右腕を回されて頸椎を折られたのでしょう」

 

 そう言って尊を自身の正面に呼び寄せて軍人などが使う頸椎折りの方法を再現した。もちろん軽くだが。

 実験対象は「ちょっと絞めるのキツイすぎ!」と不満を垂らしていた。その甲斐あって実用性を証明できた。

 

「本格的な殺害方法ですね……」

 

 効率的な首の折り方に小説家の阿求は唸るようにコメントした。

 

「それなりの知識を持った人物なのは確かです。そこから犯人は奥村さんが首を吊ったように偽装して、裏口から鍵をかけて出て行った」と右京が推測する。

 

「犯人が鍵をかけたのは想像できますが、持って行かなかったのでしょうか……?」

 

「処分に困ったからだと思われます。すぐ近くの場所に隠して置けば、家主が日常的に隠し場所にしているのだと誤魔化せます」

 

「そこを普段から場所にしていたのでは?」

 

「石の下にはダンゴ虫がぎっしり集まっていました。普段から使うであろう鍵を隠す場所としては相応しくありません」

 

「んじゃ、なんで犯人はそんなところに隠したんだろうな? もっと違うところがあったような」魔理沙が疑問符を浮かべる。

 

「犯行が夜で手元が暗く見えなかったと考えれば理解できます。早く現場を去りたかったでしょうからね」

 

「けどダンゴ虫だぜ? 私だったら嫌だな」

 

 身を寄せ合ってカサカサを蠢く無数の物体。想像しただけで女子は気分を害する。

 

「手袋をはめていれば触ったことに気づきにくい。それに犯行直後の犯人には余裕がないですから、ミスをしてもおかしくない」

 

「指先まで手袋してればすぐに気が付けない、か」

 

「まだ予想ですがね。それから僕は舞花さんの自宅にお邪魔して、奥村さんが恨みを買うような人物や仲のよい人物がいないか質問させて貰いました」

 

「恨みを買う人物ならわかるが、仲のよい人物を聞いたのはどうしてだ?」そう魔理沙が問う。

 

「犯人が奥村さんと仲のよい人物だと勘繰ったからです」

 

「なんだと!? どうしてそう言い切れるんだ?」

 

「奥さんが犯人に料理を振る舞った形跡があったからです。失意のどん底にいる人物が料理を振る舞うなど普通はありえない。状況的に振る舞われた人物が殺害したと仮定するのが自然です」

 

「だから親しい者の犯行って訳か」

 

「そして小鳥遊夫妻が奥村さんと仲がよかったことを突き止め、神戸君と向かったところ、おふたりの遺体を発見しました。調べたところ妻、恵理子さんは頚椎骨折。夫の幸之助さんは出血多量が死因だと思われます。なお、両者の遺体には指先などの末端が紫色に変色しているのが確認でき、急性ヒ素中毒の疑いが浮上しました」

 

「ヒ素中毒……亜ヒ酸入りの毒餌や液体を混ぜたってことよね」と阿求が呟く。

 

「鍋の中身に毒餌が混じっていた形跡が見当たらなかったので、亜ヒ酸の原液が使われたのでしょう。無味無臭で気づかれないのが特徴ですから」

 

「狩人なら毒にも詳しいだろうしな。だけど、殺すならトリカブトのほうがいいよな。即効性あるし」

 

 その効力を目の当りにした魔理沙ならではの発言だった。職業柄、毒に詳しいはずの狩人が何故、即死させられない亜ヒ酸を使ったのか、と。右京が疑問に答える。

 

「彼はくくり罠や弓を狩猟道具とする狩人です。毒物はあまり使わないのでしょう」

 

「じゃ、どこから亜ヒ酸はどこから手に入れたんだ?」

 

「入手経路は結社からが妥当です」

 

「なるほどな。で、奥さんと心中したってことか。理由は……狙撃犯バルバトスだったからか?」

 

 小鳥遊幸之助が狙撃犯。

 狙撃技術があり、結社の前リーダー奥村との接点もある。逃げ切れないと判断して妻と一緒に死ぬ道を選んだ。流れ的にはそう仮定できなくもないが。

 

「動機はなんでしょう? 稗田さんを狙撃して奥村を殺すのです。並大抵の覚悟ではありません。長年にわたって親しまれている男性がそのような真似をするとは考えにくい」

 

「妖怪が嫌いだったとか?」魔理沙が言った。

 

「それだと奥村を殺す理由にはなりません。彼らは妖怪を嫌っているのですから。協力するはずですよ」

 

「田端の協力者だったってことはないか? 奥村と口論してたって話もあるし。依頼されて始末したって線もあるぜ?」

 

 魔理沙の意見に耳を傾けながらも右京は自分の意見を述べる。

 

「可能性がないとは言い切れませんね。ですが、僕は彼が殺されたと考えています」

 

「どうしてですか?」阿求が右京に訊ねる。

 

「遺体付近に流れ出た血の量が少ないのです。それで気になって台所も調べたのですが、ちょうど居間との境目で血痕が拭きとられたような痕跡を発見しました。これが画像です」

 

 画像は居間と台所の境目付近で撮られ、床に赤い何かが拭きとられた跡があった。

 さらにそこから遺体が発見された場所までポタポタと血痕がたれた痕跡も見受けられ、こちらも拭き取られていた。

 

「拭き取られた液体が幸之助さんのものだと仮定するなら不自然です。これから自殺する者が血痕をふき取るなどありえないのですから」

 

「じゃあ、あのおっちゃんは自殺じゃないってことか!?」

 

「そうとしか考えられません」

 

「しかし、犯人はどのように小鳥遊夫妻を殺害したのですか? 夫の犯行でないのならここまで上手く殺せないと思うのですが……」

 

 亜ヒ酸を混入させてすぐに死亡するケース少ない。非常時とはいえ助けを呼ばれることだってある。

 けれど尊が行った周辺への聞き込みでは結社が里を占領してから皆、恐怖に怯えて家から一歩も外へ出なかったそうだ。

 加えて小鳥遊家周辺には空き家が多く、隣人から犯行に繋がるような証言も得られない。つまり、犯人はスムーズに夫妻を殺害したのだ。どのようにすれば手際よく人を殺害、それも現役狩人を殺せるのか。阿求の疑問点はここにあった。右京が見解を語る。

 

「亜ヒ酸を摂取すれば急性ヒ素中毒を起こし、身体の自由が奪われます。その隙をつけば容易に殺害可能かと」

 

「殺すためではなく、弱らせるため、ですかーー」

 

 残忍な手口に阿求は寒気を覚えた。どこまで冷酷なのかと。

 

「しかし、小鳥遊家は完全な密室だったんだよな? 裏口もつっかえ棒で開かないようになっていたし、入口も同じく棒で開かないようになっていたんだろ? 木戸だって閉じられていた。この状況でどうやって脱出したんだ?」

 

 魔理沙の問いに右京が答える。

 

「いえ、木戸も内側から閉められていました」

 

「ならどこから?」

 

「入口から出て行ったのです」

 

「「「「は!?」」」」

 

 右京以外の人間たちが驚きの声を上げた。

 

「トリックがあったんですか!?」

 

「ええ。つっかえ棒の端から十センチ辺りのところにわずかですが、切れ込みが入っており、引き戸の隙間に何かが擦れたような跡がありました」

 

 彼は同時に画像を見せるが魔理沙はピンとこない。

 

「あん? どういうことだ? それで密室にしたってことなのか?」

 

「細長くて丈夫な糸を使えば可能です。予め、引き戸を半開きにしておき、切れ目をつけて糸を絡まらないように巻きつけたつっかえ棒を引き戸の内側に置いておき、引き戸の表側から歪んだ戸と戸の隙間を縫って外側へを通しておく。

 次に引き戸を完全に閉めて糸が取れないようにつっかえ棒を持ち上げて引っかける。棒が上手くはまった後は糸を引けば回収できる。このようにすれば密室のできあがり。つっかえ棒に切れ込みがありかつそのかかり具合が甘く、古くなった引き戸に線のような擦れた跡があったのも説明がつきます。必要とあらば再現を試みますが……如何でしょうか?」

 

 杉下右京にかかれば生半可なトリックなど瞬殺である。

 さすがはスタンドプレイヤーの自分たちを指揮しただけのことはあるな、魔理沙たち幻想郷勢は改めて認識した。

 

「以上を以て僕は小鳥遊夫妻は他殺であると結論づけました」

 

「理にかなっていますね」

 

 様々な点から阿求は右京の推理を支持し、他の三人も同じくそれを認めた。

 

「それじゃあ、夫婦を殺したのは……」と眉間にしわを寄せる魔理沙。

 

「狙撃犯か協力者か、そのどちらでしょうね。理由は小鳥遊幸之助さんに全ての罪を擦りつけるため、もしくは口封じ。あるいはその両方」

 

「妥当な推測ですね」阿求が頷いた。

 

「けどさ、これで捜査は振り出しに戻っちまったな。こっからどーすんだ?」

 

「幸之助さんと親しかった人物に事情を訊いてみようと思います。神戸君、行きますよ」

 

「了解です」

 

「お気につけて」

 

 阿求がペコリと頭を下げた。そのタイミングで彼は舞花との約束を思い出す。

 

「あ、忘れていました。狙撃犯が捕まっていないので外に出たくない方々もいるそうです。そういった人たちのために個別の配給を考慮して頂けないかと思うのですが」

 

「そうでしたか……。わかりました、本日中に手配致します」

 

「ありがとうございます。では後ほど」

 

 阿求の約束を取りつけたのち、特命係は幸之助の身辺を洗うべく、魔理沙を連れて稗田邸を出た。

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