相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第136話 ホームズ&ワトソンの挑戦 その8

 狩野家を敷地の外に出た瞬間、尊が右京のほうを見て言った。

 

「よくもまぁ、あんなハッタリを堂々と言えましたね。ホント、感心しますよ」

 

 現状、短期間で表の知人にものを送れる手段はない。

 マミの力を借りれば不可能ではないが、東京のど真ん中までひとりで行って米沢に鑑定させるまでの時間が数日程度ですむはずなく、犯人検挙までの時間がかかってしまう。

 この方法は現実的ではなかった。

 

「脅しをかけるのは僕たちの常套手段です」

 

「早ければ明日って宣言していましたけど、届かなかったら……」

 

「そのときのプランも考えてあります」

 

 したり顔で語る右京に尊はまた悪知恵を働かせているな、と察した。

 数分間歩いたのち、右京は物陰に潜んでいた人物に声をかけた。

 

「終わりました」

 

 正体はマミだ。

 変装して別人になっているが、眼鏡を上下させる癖は相変わらずだった。

 

「そうか。どうじゃったかな。狩野の反応は?」

 

「歳の割に冷静でしたが、まだまだ甘いように見えましたね。調べ上げれば証拠が出るはずです」

 

「しかし、このまま放っておいてよいのか? 無理やり拘束して吐かせるというのも悪くない気がするが」

 

「それも考えましたが、稗田さんが確実な証拠がない段階での拘束や取り調べに難色を示していたので。それに彼が黒幕の正体を知らない可能性もあります。結社のメンバーでさえ何の情報も持っていなかったのですから」

 

 阿求は宗次朗が犯人だとする右京の推理に一定の理解は示すも『彼には動機がない』と首を傾げていたのだ。

 もし里でアイドル的人気のある若者を強引に拘束して無実だった場合、信頼回復にさらなる時間がかかってしまう。

 現時点で稗田家の信頼度は過去最低クラスに落ち込んでいる。臆病になるのも頷ける話だ。

 そこを踏まえた右京はプレッシャーをかけて相手の出方を待つ作戦に出た。

 

「泳がせて黒幕まで案内させようって魂胆か。自殺されねばよいがな」

 

 ここのところ、春儚といい田端たちといい、自殺されてばかりだ。マミが難色を示すのは当然だろう。

 

「リスクはあります。ですが、会話を重ねていて、彼は強い意思を持っていると感じました。未だその闘志は衰えていないように思える。何らかのアクションを起こすはずです。ゲームオーバーになる前に。もし黒幕がいるならば指示を乞うかもしれない。そのタイミングで一網打尽にしましょう」

 

 田端にも仕かけたように、宗次朗にもハッタリという心理戦を仕かけた。

 冷静さを取りつくろい、必死に隠してもその反抗心と闘志までは消せていない。右京は確信していた。

 

「そこまで考えておるか」

 

 呆れ気味にマミが言った。

 

「正直、攻めすぎていると思う。じゃが、お主の分析は正確じゃからな。信じようか、儂らの参謀を」

 

「ありがとうございます。信じてもらっているようですので、ついでにお願いしたいことがあるのですが」

 

 嫌な予感しかしない。そう思いつつもマミは「なんじゃ、それは……」と返事した。

 すると右京は。

 

「古明地さとりさんを里へお呼びしては頂けないでしょうか?」

 

「あぁ!? あのさとり妖怪か!! なんでじゃ!?」予想外の名前に戸惑うマミを余所に尊が「古明地さんって確か地霊殿の主ですよね」と質問する。

 

「人、妖怪、神を問わず心が読める凄いお方です。彼女の力があれば彼からより多くの情報が引き出せるはず。事件に関わっているのはほぼ確定しているのですから」

 

 事件解決のためならば陰険なさとり妖怪も使う。彼女の厄介さを鑑みると到底、右京の考えに乗る気にはなれない。

 自らの企みや弱みまで握られてしまうのだから。が、失態を犯したマミとしては一刻も早くこの事件を解決したい。

 諦めた彼女は「他の妖怪共は各勢力への報告を行っておるからのぅ。手が空いているのは儂くらいか――わかったわい」と了承して続ける。

 

「外の妖怪どもにアヤツを呼んだことがバレると色々、厄介じゃから、変装させて連れてくるが……。よいか?」

 

「構いません。必要とするのは古明地さんの能力ですから」

 

 右京がコクンと頭を下げた。その際、彼女の本音が零れる。

 

「なんというか……お主は徹底的じゃのう。狩野がかわいそうになってくるぞ」

 

「全ては事件解決のためです」

 

 十五歳相手にも容赦はない。狂人の一面を垣間見た彼女が「はぁ……」とため息を吐いた。

 同時に空中から魔理沙と霊夢が彼らの目の前に着地する。

 

「要望通り、外来人ふたりに話を聞いてきたが、里の若者に頼まれて表のことやスマホのことを教えたらしい。特に寺子屋で働いている裕美ってのは教養も豊富だから複数回に渡って表の知識を披露したそうだ。歴史や民主主義についても教えたらしく、その中には結社のメンバーや狩野が含まれていたらしいぞ」

 

 狩野宗次朗は敦以外の外来人からも情報を得ていた。新たなる情報に右京の目つきが鋭くなる。

 

「その中にプロパガンダに関する知識はありましたか?」

 

「あぁ、ヒトラーについてちょっとだけ教えたそうだが、さらっとしか触れてなかったようだ。アンタの分析を伝えると、えらく驚いていたぜ。私が教えた範囲の知識であそこまでの演説ができる訳がないってな」と魔理沙が答えた。

 

「となれば黒幕がいると見て間違いないですね」

 

 里の外来人だけでは知識が足りず、デモは起こせなかった。その事実が悪意を持った黒幕の存在を物語っていた。相方の隣にいる霊夢は右京へ訊ねる。

 

「黒幕というのは人間ですか?」

 

 誰もがその意味の本質を理解している。普段ならばまたそれか、と呆れられるところだが、実行犯と主犯が別々の可能性が高まった以上、相手に人外がいても不思議ではない。

 

「何とも言えません。人間かもしれませんし妖怪かもしれない。いざと言う時は霊夢さん、あなたの博麗の巫女としての力が頼りです」

 

「……捕獲が前提ですよね?」

 

「それが望ましいですが――無理だと判断された場合は()()()()します」

 

 相手の勢力や戦闘力すらわからない以上、彼女が必ず勝てるという保証はどこにもない。

 いざとなれば殺るしかない状況だってあるだろう。参謀として有志の安全を考慮するならば、この指示を出すしかない。

 霊夢は一言。

 

「わかりました」

 

 頷いてから拳を打ち鳴らす。

 顔つきを険しくするもそこには以前のようなドス黒さはなく、どこまで真っ直ぐな目をしていた。

 右京は霊夢が純粋な正義感から戦うことを決意しているように思え、少しだけ嬉しくなった。

 

「あと一息です。皆さん、頑張りましょう」

 

 

 特命係が去った狩野家は静けさを取り戻していた。

 自室の中央で力なく胡坐をかく宗次朗はどこか悩んでいるように見える。

 それは諦めに近く、ため息を吐く回数が次第に増えていく。

 少年の心は静寂と同じかそれ以上に沈みきっていた。時折、天井を見上げて手をかざす。

 届かない世界に思いを馳せた彼の顔からは悲壮感が漂う。

 

「(やっぱり自分には……)」

 

 無力感に苛まれ、全てを諦めかけた。そんなときだ。

 突然、視界が夜に染まった。

 一体、何事か。焦った宗次郎だったが、数瞬後には視界に光がさした。

 その先に、彼がとある人物と会話する光景が映っていた。まるで走馬灯でも見ているような気分だった。やがて映像は消え失せ、彼の意識は室内に戻る。

 数分の沈黙ののち、彼は子供のように笑い続け、いつしか自分を取り戻す。

 彼は呪文を唱えるように呟いた。

 

「戦え――戦え――戦え――戦え――」

 

 決意と共に立ちあがった彼は、部屋の片隅に立てかけてあった物体から布を外し、中から長物を取り出す。

 姿を現したのは白鞘に収まった刀だ。刀身を鞘から引き抜き、頭上へかざすと綺麗に揃った刀文が銀色の煌めきを放っている。まごうことなき名刀、村正だった。

 

「コイツなら俺の想いに応えてくるかもしれない」

 

 この刃の光は希望かまたは絶望か。刀に願いを乗せた狩人は()()()()()を始める。

 背後で夜が蠢いているとも知らずにーー。

 

 

 参謀の指示を受けた有志たちは一斉に行動を開始した。霊夢と魔理沙にたまたま様子を見にきた早苗を加えた人間三人が狩野家周辺を見張り、マミがさとりと交渉しに地霊殿へ発つ。

 他の妖怪と人外勢は里の近隣の探索や他勢力への説明で忙しく里に顔を出せない。

 数こそ少ないが、個々の能力的から見て十分、対応可能だ。

 右京たちも三人とは別の場所で待機しながら宗次朗が動くのを待つ。

 一時間後、張り込みの退屈からか尊が口を開く。

 

「本当に動くんですかね?」

 

 挑発されただけであの宗次朗が動くのか。尊は右京の予測を疑問視していた。

 

「いずれ動くでしょう。こちらが結社相手に取った策も承知しているでしょうからねえ。捕まるのは時間の問題だと察しているはずです。それに――」

 

「動かなかったとしても古明地さんの力で心を読めばいい。ですよね?」

 

「ええ」

 

 本当に詰んでいるな。マミ同様、尊も宗次朗を憐れんだ。

 一時間半、二時間と経過していくが、動きはない。

 さすがに今すぐ動き出すような真似はしないだろう。有志たちは心のどこかでそう思っていたのだが――。

 

 ――ドカンッ!!

 

 突如として狩野家から爆炎が上がった。場所は台所のほうだ。

 

「まさか自殺!?」

 

 狼狽えながら尊が発した『自殺』という言葉に不安を過ぎらせつつも右京は彼を引き連れて狩野家の玄関へ走る。

 

「何があった!?」

 

 魔理沙を含むふたりも右京たちの行動を見て持ち場を離れて駆けつけた。

 

「わかりません。狩野君の安否を確認しましょう。皆さんはここで待っていてください」

 

 右京が庭から台所へ回り込む。木戸から灰色の煙がもくもくと噴出している。

 発火元は台所で間違いない。

 

「宗次朗君、大丈夫ですか!? 宗次朗君!! 返事をしてください!!」

 

 何度大声で叫んでも返事がない。右京の呼び声に反応しないことに焦った尊が魔理沙たちを残し、玄関の木戸を開けて、煙立ち込める室内へと飛び込む。居間に辺りにたどり着くと、より噴煙が勢いを増した。

 

「狩野君、いるかい!? くっ、煙が蔓延してやがる!」

 

 煙の量からしてハンカチで口元を覆って進むには無理があった。

 引き返した尊が魔理沙たちに消火用の水を持ってくるように促す。

 強さを増す煙に火事を疑った里人たちが続々で家から出てくる。右京は彼らから桶を借りて必死に消火活動を行った。皆でリレーを繰り返すこと約十分。煙が薄れて視界がよくなった。

 右京と尊が部屋という部屋全てを隈なく捜索して宗次朗を探すが、いつまで経っても見つからない。

 最後につっかえ棒が引っかかっていた一階の寝室を力づくでこじ開けて突入するが、そこにも彼の姿はなかった。

 

「彼、どこにいったんですか!? 自殺なら家から出ないはずですよね」

 

「そのはずですが……。神戸君、あちらの窓、開いてますね」

 

 台所から発煙を目撃した際、その他すべての窓は締め切られていたはずだ。つまり――。

 

「やられた! 彼がーー外へ逃げた!!」

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