相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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かなり刺激の強い回です。予めご了承ください。


第137話 進撃の狩人

「何とかなったな」

 

 エレン・イェーガーを名乗る狩人は口元をタオルで覆い、麻の唐笠と外套、皮手袋に弓と矢筒、無数の皮袋と装備し、左腰に村正を拵えた状態で有志たちにマークされていた自宅を脱出。

 民家の屋根や庭、路地を通ってその場を素早く離脱した。

 移動の最中、彼は里人共用の井戸の目の前で立ち止まった。

 

「時間はないが……やるしかない」

 

 ここからは一度っきりの勝負だ。

 若干、震えが残る手で丸薬のように丸まった毒々しい物体を取り出して両手でちぎり、ぽろぽろと井戸の内部へ落としたのち、立ち去ろうと踵を返す。

 その視線の先にひとりの男性がいた。

 

「お前、何しているんだ?」

 

 三十代くらいの男性だ。彼は怪しい者の顔を覗こうと首と身体を右側に傾けて膝を少し曲げた。

 エレンは何を思ったのか。村正の柄に手をかけ、

 

「試し切りはしておかないとな」

 

「は?」

 

 腕と身体の力と連動させ、刀を一瞬で抜刀する。鞘を地面に捨てて腰を入れながら、柄を両手でギュッと握り直す。そして、男性の目の前で振り上げ、露わになった首の左側面を狙うように斜めに振り落とした。

 

 ――ザシュッ!!

 

 村正の鋭い刃は男性の首を斜めに切断、右肩の肉をも骨ごと削ぎ落した。

 男性は切られたことすら気がつかず、頭が地面にボトンと落ち、遅れて断面図が顕わになった胴体がゴトンっと倒れた。即死である。

 

「凄い切れ味だ」

 

 人を殺害し、鮮血が周囲を真っ赤に穢しているにも関わらず、エレンは刀の切れ味に酔いしれ、血を落として村正を納刀した後、その場を立ち去った。

 

 

 急ぎ狩野家から外へ飛び出た右京が魔理沙たちに告げる。

 

「宗次朗君がいません!」

 

「はぁ!?」

 

 戸惑う彼女たちへ右京は畳みかけるように叫んだ。

 

「彼は外へ逃亡しました! 何を仕出かすかわからない! 一刻も早く――」

 

 ――ドォォン!!

 

 右京の声を遮るように里中で爆発音が鳴った。

 

「無差別テロかよ……」

 

 絶句したように尊が零した。同時に爆発現場からそう遠く離れていない場所で再度、爆発が起こる。

 目を大きく開けながら右京は指示を出した。

 

「彼の覚悟を見誤った――。皆さん、被害に遭われた方を救出しながら犯人を追ってください! 僕たちも彼を追います! 神戸君!!」

 

「了解です!!」

 

「お、おい!?」

 

 特命係は爆発現場へ急行した。爆発が起こったのは民家の居間や大通りだ。

 

 ――うぅ……。

 

 ――いでぇぇぇぇぇ……!!

 

 爆風を浴びた人間たちが辺りで倒れている。

 尊が被害を受けた者へ駆け寄ると、彼らの腕や腹部には無数のガラス片が食い込んでいた。

 

「まさか陶磁器製の手投げ爆弾……」

 

 爆発でガラス片を飛ばす古典的な手榴弾。その威力は現代の手榴弾ほどではないが、直撃すれば生活が困難になる、または死に至るほどの傷を負う。

 破壊力からして火口殺害に使用されたものと同じであろう。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 肩に触れながら負傷者を起こそうとするも痛みでこの場から動けそうにない。

 自分たちはこのまま犯人を追いかけるべきなのか。右京はけが人をどうするか迷っていた。

 けれどエレンは待ってはくれない。

 今度はふたりから二十メートルほど離れた先に導火線に火が点いた煙玉が投げ込まれ、紫色の煙が勢いよく噴出する。ふたりはハンカチをしながら距離を保ちつつ、近づこうとした。

 そのとき、右京の視界右端で空を飛んでいた一羽のスズメが痙攣しながら地面に落下した。

 異様さに気がついた右京が尊を呼び止めた。

 

「神戸君、毒が混じっている!! 近づいてはいけません!!」

 

「は!? 毒ッ!?」

 

「スズメが痙攣しています。間違いない。毒です。それもかなり凶悪な――」

 

 小動物を一瞬で活動不能にしてしまうほどの煙。きっと猛毒を混ぜて作られたに違いない。であれば最低でも体調不良や呼吸困難に陥る。

 そう考えた右京は早急に周辺の里人たちへ警告を出した。

 

「皆さん、危険な有毒煙がばら撒かれました。一刻も早く逃げてください!!」

 

 警告を受けた里人たちは一斉にこの場から逃げ出した。幸い、煙を吸った者はおらず、手の空いた若者にけが人を任せたふたりは煙を迂回してから犯人追跡を再開させる。

 投げ込まれた方向からして犯人がいる場所が路地だと推測した尊は、細長い路地へと足を踏み入れる。

 この先にいるに違いない。確信したその瞬間、風切り音と共に矢が彼へ向かって飛来した。

 

「危ねぇぇぇぇぇ!!」

 

 間一髪、頭を下げて弓を回避するもバランスを崩して地面に手を突いてしまう。その間にも犯人は二メートル前後の塀目がけてジャンプ。ヘリに手をかけて一気によじ登り、民家の屋根上に移動して逃走する。

 

「あの動き、間違いない」

 

 右京狙撃時に現場に残っていた痕跡から高い身体能力が窺えた。今回の犯人の動きがそれと一致している。ほぼ間違いなく同一人物だ。

 

「君、大丈夫ですか!?」

 

「杉下さん、あのテロリスト――狙撃犯です!」

 

 駆けつけた右京に真実を伝えた。和製ホームズはその目を一層、尖らせた。

 

「必ず捕まえる! これ以上の悲劇を防ぐために!」

 

 特命係は追跡を続行するが、エレンは別の路地へと着地した。

 ポケットから表で流通しているライターを取り出し、手投げ爆弾の導火線に点火して人のいる場所に投げ込む。

 爆発と同時に人々の悲鳴が巻き起こるが、エレンは顔色一つ変えることもなく、近くの共用の井戸に立ち寄り、潰した丸薬を千切っては落とす。

 人の気配があれば弓を構えて標的を射抜き、逃げ惑う住民との距離が短ければ村正を抜刀して切りかかる。

 ある者は弓矢で脳天や胴体、肩、太ももを貫かれ、ある者は刀で急所近くを切りつけられ、ある者はガラス片入りの手投げ爆弾を浴び、ある者は毒入りの煙を吸い込んで呼吸困難に陥る。

 これらの行為がエレンの通る先で何度も繰り広げられる。有志たちによって解放された里は数日にしてそれ以上の地獄へと変わっていく。

 稗田邸も同様で、体調不良者やけが人の治療にめどが立ってきた段階にも関わらず、次々に邸内へけが人が押し寄せ、地獄絵図となる。

 運ばれてくるけが人は軽傷の者から重症者まで幅広く十、十五、二十と増えていく。

 対応に追われ、永琳と優曇華はあちこち走り回り、当主の阿求はその光景に絶句しながら「どうしてこのようなことが……」と嘆き、立ち尽くしている。

 ここにきて政治的観点から妖怪勢力を里内にとどめなかったツケが回ってきた。彼らの大半は外にいて、駆けつけるまで時間を要するだろう。

 惨劇を目の当りにした霊夢と魔理沙が上空からテロリストを追う。

 

「敵はどこにいるのよ!!」

 

「あの野郎はどこだ!! ブッ飛ばしてやる!!」

 

 空を駆けるふたりは二手に分かれて捜索する。物陰や路地裏など注意深く見て回るが、毒煙と白煙、人々が逃げ回った際に巻き起こった砂埃などが原因で視界が悪く、人影を捉えることすら容易ではない。

 

「クソッ――見えねぇ」

 

 高度を下げながら毒煙を避けて進む魔理沙だったが、ふいに死角から矢が飛んでくる。

 

「あぶねぇ!!」

 

 矢は魔理沙の右脇腹を掠めて飛んで行き、民家の屋根に突き刺さる。

 破けた服の部分から少しだけ血が滲んでいた。

 

「カスッただけだぜ……!」

 

 右手で出血した箇所を押さえながら、彼女は高度を上げて場を離れる。

 上空三十メートル付近から煙を見下ろし、左手で八卦炉を構えた。

 

「どこだ――出てこい! ぶち抜いてやるッ――」

 

 強い言葉と共に狙いを定めようとするが、追撃がくる気配はない。

 逃げられた。魔理沙はやり場のない怒りを抱えながら、箒を推進させる。

 霊夢もまた立ち上る煙を避けながら、敵の姿を追う。

 

「視界が悪い。妖気も感じない。これじゃ、どこにいるのかわからないわよ!」

 

 敵から妖気は愚か霊気も感じない。対妖怪戦ならば抜群を誇る勘も今回は役に立たない。右手にお祓い棒、左手にお札を構えた彼女はゆっくり速度を落としながら下を見て回る。

 左斜め奥の煙の薄いポイントへ目が行った時、右斜め真下の死角から弓矢が霊夢目がけて放たれた。

 

「(殺気――!?)」

 

 咄嗟に殺意を感じ取った彼女は身体を捩ってギリギリのところで弓矢を回避した。

 

「そこかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 怒りの咆哮とも札を叩きつけるように投げ、煙ごと吹き飛ばす。一瞬、煙が晴れた場所に笠の一部が見えた。間違いないそこにいるな。霊夢は持っている札を手当たり次第投げつける。妖気や霊気の類を持ち合わせていない相手だからなのか、攻撃に追尾性はない。

 それでも破壊力はそれなりにあるように見受けられたが、相手も素早く対応し、攻撃を躱しながら民家の物影へ避難する。

 

「妖気も霊気もない癖に――」

 

 脅威となる能力を持っていない相手にここまで苦戦させられたのが、腹立たしかったのか、奥歯をガチンと打ち鳴らし、敵が逃げ込んだ路地へと自身も飛び込む。

 裏路地であるが故、両サイドに無数の民家が立ち並んでおり、道幅は二メートルほどしかしかない。派手に技を使用すれば民間人まで巻き込んでしまう恐れがある。彼女はスペルカードの使用を諦め、棒と札で犯人との戦闘に望むことを選択する。

 警戒しながら一分ほど進むと民家の中から左の民家から物音が聞こえた。

 振り向くと白煙を立ち上り、彼女の視線が誘導される。そのタイミングで屋根上を何かが跳んだ。

 

「人影――狩人!!」

 

 弓を構えた狩人が助走をつけて跳躍したのだ。跳躍中にも関わらず、狙いを霊夢に定め弓矢を解き放とうとする。

 

「躱せる――」

 

 一瞬、早く相手に気がついた彼女は身体ごと回避しようとするが、相手の矢に目が行き、唖然とする。

 

「二本ですって――!?」

 

 エレンは矢を二本構えていたのだ。それはつまり――。

 

「(避けられるか?)」

 

 弓矢二本が同時に放たれた。一つは彼女の自身そして、もう一つは彼女の逃げ道を塞ぐような軌道を描く。勘のよい彼女はどちらかの攻撃が当たると直感する。

 咄嗟に札で結界を作り攻撃を迎え撃った。本体を狙った矢は結界に阻まれ、もう一つの弓矢も彼女に当ることなく、民家の玄関付近へ突き刺さる。

 

 しかし、意図しない体勢で結界を張ったために彼女自身も大きくバランスを崩して転倒し、民家の敷地内まで勢いよく転がっていった。

 地面に頭を打ったのか、ヨロヨロと立ち上がった彼女は激昂する。

 

「クソッ、アイツがああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 本気でキレた彼女は相手を殺しそうな形相を浮かべながら敵を追おうとした。しかし、ふと耳を傾けると後方から子供の声が聞こえた。

 

「ゲホ、ゲホ――苦しいよぉ……助けてぇ……」

 

 玄関先には室内へ流れ込んだ煙を吸い込んで苦しくなり、助け求める幼児がいた。立ち込める臭いは異臭そのもの。ただの煙幕ではない。

 

「民家に毒煙を投げ込んだの!? なんてことしてんのよ!!」

 

 あろうことか、エレンは小さい子供がいる家屋に毒煙を投げ込んだのである。

 トリカブトなどの猛毒が混じった煙などを幼児が吸えば、死に至る可能性が高い。霊夢は「おかあさん、おとうさんは!?」と訊ねると幼児は「お水汲みにいった……」と答える。

 このままじゃ危険だと判断した彼女はすぐに幼児の手を引いて大通りへと連れ出した。

 辺りには咳き込む者や地面に蹲る者、血を流す者などの多数の負傷者の姿があった。

 早くなんとかしなくては。焦る霊夢が叫んだ。

 

「魔理沙、いる!? けが人を任せたいんだけど――」

 

「ここだぜ……」

 

 呼びかけに応じて霊夢の後ろから魔理沙が歩いてきた。

 相棒がきたからにはもう安心だ。そう思って振り向くと魔女は苦悶に満ちた表情で脇腹を押さえていた。

 

「アンタ、どうしたの!? 攻撃が当たったの!?」

 

「カスッただけだ――くぅッ」

 

「魔理沙!!」

 

 喋っている最中に膝を突いて息を切らす。その腕は痙攣しているかのように震えていた。霊夢はハッとした表情で言った。

 

「まさか毒!?」

 

「たぶんな。矢じりに毒を塗っていたんだろうぜ。小癪な真似を……」

 

 立ち上がろうとするもグラついてバランスを崩す。間違いない。これは毒の症状だ。少量とはいえ、毒物は危険だ。

 まだ若く身体の小さい魔理沙では命取りになりかねない。彼女に子供を預けて犯人を追いたいと考えていた霊夢は数秒間黙ったのち――。

 

「今すぐ、医者のところへ連れて行くわ! 踏ん張んなさいよ!」

 

 左腕で魔理沙を支え、右腕で幼児の手を引っ張りながら心底、悔しそうにこの場を離脱する。

 その間もエレンの凶行は続いた。

 先ほど同様、逃走経路上で見かけた通行人や庭に居た住民たちに対して次々と切りかかり、矢を射かける。

 その命中度は高く、一刀で急所を捉え、仮に防いでも手や顔を切り裂き、場合によっては切断される。村正の切れ味が遺憾なく発揮されていた。

 弓矢に至ってはほぼ外さず、脳天や胴体を撃ち抜いていく。急所を外れても毒矢なので後遺症レベルでのダメージを与えられる。

 まさにエレンの行為は殺人を目的とした()()()()()以外の何物でもなかった。

 血相を変えながら敵を追う右京たち特命係は里の西入口付近に到達するが、道端で呻く男を放っておけず駆け寄った。

 

「大丈夫ですか!? 毒を吸ったのですか!?」

 

「ち、違……う――水を、飲ん……だら、腹がぁぁ急に――」

 

「水……?」

 

 男が指さした方向に目を向けると何の変哲もない井戸があった。

 嫌な予感がする。尊が近寄って、井戸の底を覗き込むと、砂のような物体が浮かんでいた。

 井戸からは特に臭いを感じないが、男の痛がりは演技ではない。考えた末、一つの結論にたどり着く。

 

「杉下さん、毒です。井戸に毒物が混入されてるかもしれません!!」

 

「なんと――ッ」

 

 亜ヒ酸は無味無臭の毒だ。飲んでも気がつかない。

 きっとエレンの仕業に違いない。右京は狩人の恐ろしい考えを知る。

 

「井戸に毒を混ぜれば怪我の手当や消毒に使う。それが体内に侵入すれば中毒を起こす――犯人は、そこまで考えていた」

 

 エレンは多くの人間を確実に殺すための策を実行していた。

 時間を見つけては井戸に近寄り、磨り潰した丸薬を落としていったのもそのためだ。

 この丸薬は大量の亜ヒ酸が混入された毒丸薬で、それが含まれた水を飲んだ者は数分から数十分後には吐き気や痙攣などを引き起こす。

 けが人に水をかけたり、飲ませたりすると更なる追い打ちを与えるだけではなく、知らずに飲んだ健康な人間にまで害を及ぼせる。悪質の極みであった。

 この事実に右京が怒りを顕わにする。

 

「許せません。犯人はどこへ行ったかわかりますか?」

 

「た、たぶん、この先だ――」

 

 方角は里の外。ひと通り暴れた犯人は里から出て行ったのだろう。

 このままでは妖怪に殺されてしまう恐れがある。

 

「――神戸君。君はこの男性を八意先生のところへ連れて行ってください。僕は犯人を追います」

 

 彼の意見に対し、尊がお決まりの台詞で返す。

 

「お言葉ですが、杉下さんは病み上がりですよね。まだ右腕だって痛むはずです。犯人と戦えるんですか? 相当な強さですよ」

 

「腕なら平気です。この前のお礼も含めて――犯人は、僕が捕まえる」

 

「普通に考えたら魔理沙たちを待つべきだと思いますが……」

 

 辺りを見回しても彼女たちの姿がない。犯人を追いかけているのか救助を優先しているのかすらも不明だ。

 追える者が追うしかない。事態は一刻を争う。そんな状況なのだ。

 尊がため息交じりに問う。

 

「ひとりで挑んで勝算はありますか?」

 

「わかりません。ですが、これは僕の挑発が原因です――自らの手で決着をつけねばならない」

 

 自らの挑発がきっかけとなり、この凶行を招いたのは事実である。ならば自身の手で犯人を逮捕しなければ責任が取れない。右京は確固たる意志を秘めた目でそのように伝えた。

 本気なんだな。覚悟を理解した相棒は上司を止めることを諦め、帯刀していた刀を手に取る。

 

「相手は恐ろしく切れ味のよい刀を所持しています。おそらく村正でしょう。ーーこれを持って行ってください。丸腰では返り討ち遭います」

 

「……わかりました」

 

 武器を使うことを嫌がる右京も相手の腕と武器を考慮し、素直に刀を借りることを選んだ。

 

「ぼくもすぐに追いつきますから。死なないでくださいね」

 

「もちろん」

 

 刀を持った右京は西口を通って里の外に走り去っていった。

 その後ろ姿を不安にそうに眺めながら、男性の肩を担いだ尊は里中央に向かって一歩踏み出した。

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