相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第138話 伝説の剣

 可能な限りの破壊工作を尽くした狩人は茂みの中へ飛び込んで、そのまま野山を目指した。

 

「空間に影響はない。やはり数が足りないか」

 

 木々の隙間から流れ込む青い空を憎々しげに睨みながら彼は草木を掻き分けて進む。

 里を離れれば妖怪のテリトリーだ。妖怪と遭遇すれば命の保証はない。それでも進むのを止めようとしない。まるで自殺願望でもあるかのように。

 数分後、走り疲れたのか、少しだけ足を止めた。

 

「せめてもう少し時間があれば――」

 

 何かを悔しがるエレン。意味こそ不明だが、あれらの行為には確かな目的があった。

 そこに遅れて後方から見慣れた眼鏡の男性がやってきた。

 

「時間がどうかしましたか?」

 

「……」

 

 杉下右京である。

 

「もう止しなさい。いくら暴れても本気になった妖怪には勝てませんよ。狩野君」

 

「………………でしょうね」

 

 正体を隠すことを諦めたエレンは和服の襟を正すように何かしてから正面を向いた。

 笠を脱ぎ捨て、包帯を剥ぐと、宗次朗の顔が出現した。

 笑顔のよい少年の顔ではなく犯罪者のような険しい顔をしていた。

 右京も真顔でそっと近づく。

 

「最初、僕は君が何故あのような犯行に及んだのか。その目的がわかりませんでした。それが……ようやくわかりましたよ」

 

「へぇ。それはなんです?」

 

 一連の犯行の意味を繋げて宗次郎の真意を理解した右京は、人差し指を立てて宗次朗の顔を指さす。

 

「幻想郷の破壊、ですね?」

 

「……よくわかりましたね。さすが七瀬さんを追い詰めた警察官さんだ」

 

 宗次朗は不敵な笑みを浮かべながら敵を賞賛し、挑発的なトーンで質問する。

 

「俺がどうやってこの世界を破壊しようとしたのか説明できますか?」

 

「幻想郷は妖怪と人間の数のバランスで成り立っています。幻想郷を潰すならそのバランスを破壊すればいい。つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君はそう考えたのでしょう?」

 

 妖怪にとって幻想郷の破壊は死活問題である。彼女たちはここ以外に住める場所が限られている。自身の存続には人間の怖れを必要としているのも事実だった。

 怖れを提供する人間を殺せば妖怪たちの力は弱体化する。どれほどの影響を及ぼすかは未知数だが、妖怪側の反応からしてかなりのダメージになるのは予測できる。

 永遠亭で尊が言った疑問に妖怪たちが答えなかったこともそこに理由があるのかもしれない。

 いずれにせよ、右京は幻想郷のウィークポイントを掴んでいたのである。そして宗次朗も。

 

「当たりです。人間の俺が妖怪を倒せる可能性があるとしたらそれしか方法はありませんから。ハハッ――」

 

 子供のように無邪気な笑顔だった。その裏にどれほどおぞましいものが潜んでいるのか。彼の底を右京は測り兼ねている。

 

「しかし、よくわかりましたね。幻想郷の弱点がまさか人里そのものだなんて。どうやって知ったんですか? やっぱり妖怪に聞いたとか?」

 

「敦君殺害事件の捜査の際です。幻想縁起や色々な証言、疑問点など総合的に考えた結果、この仮説が浮かび上がりました。当初はただの仮説だったのですがねえ。ここまでくると現実味を帯びてくる」

 

 これは右京が辿り着いた幻想郷の真実、その仮説の一つだった。

 話は白玉楼で右京と幽々子の会話に遡る。桜の木の下で繰り広げられるふたりの会話。

 そこに一切の笑顔はなかった。

 

 ――幻想郷の妖怪は人々を一か所に集めて管理。自分たちの栄養補給などの目的に活用している。

 

 ――里の人間は食べてないって約束になっているはずよ?

 

 ――怖れを安定的に回収するという意味ですよ。食事は別のところですませるようになっているのでしょうから。

 

 ――やっぱり、わかっていたのね……。

 

 ――では、食事というのは×××××××××××。

 

 ――たぶん、そういうことでいいんじゃない? 私の知る限りならね。

 

 彼の回想を遮るように宗次朗が言葉を発する。

 

「俺もそれで本当に妖怪を倒せるかは知りませんけどね。ただ一番、可能性が高いから実行しているだけです。妖怪から話を聞いたのであれば答え合わせをしたかったんですが……。人がどれほどいなくなれば妖怪が消え、幻想郷がどう崩壊するのか。杉下さんは気になりませんか?」

 

 またもや笑顔でドス黒い発言をしてみせる。

 右京は眉間に皺を寄せながら答えた。

 

「気にならないといえば嘘になります」

 

「ハハッ。杉下さんも俺たちと同じで幻想郷を破壊したかったんですね! だったら協力できたのに」

 

「僕は君と違って幻想郷を破壊したいとは思いませんがね」

 

「何故ですか? この土地は元々、表のものですよね? 八雲紫は明治時代にこの土地を結界で隔離して奪った大罪人じゃありませんか。おまけにここの里人は第二次世界大戦時に徴兵を免れ、知らん顔で暮らした()()()どもの集まりです。俺も含めてね。

 本来なら表に出て行って謝罪しなければならない。自分たちはズルをしましたって。妖怪だって土地を返還して潔く消えるべきなんです。本来なら近代化の波に流されて消滅するはずだったんですから。それこそが幻想郷のあるべき結末です。違いますか?」

 

 宗次朗も幻想郷の問題点に気付いていた人間のひとりだった。

 幻想郷の人間ならこのような認識を持つことはないが、表からやってきた者を家族に持つ彼なら容易に想像できる。

 この土地は本来、日本の物で里人は行われるべき徴兵をパスした者たちであると。これらの罪はどのような手段を用いても罰せられるべきだ。

 奥村や田端の妖怪から里を解放する大義とは本質的に異なる歪な正義。それが狩野宗次朗という里人の犯行動機であった。

 真意を聞いた右京が静かに唸る。

 

「それが君の動機ですか……」

 

「そうです」

 

「なるほど、合点が行きましたよ。君が稗田さんを狙い、結社メンバーに正体と真意を明かさなかった意味が」

 

 妖怪を倒すために仲間の里人を皆殺しにしよう。なんて狂気じみた発言を聞き入れる者はさすがに結社の中にも存在しない。だからこそ彼は正体を明かさずに結社を裏から操ったのだろう。

 バラバラだった点と線を結んだ右京が再度、考察を始める。

 

「君が稗田さんを狙ったのは里人の皆殺しを阻止される恐れがあったからですね?」

 

「あの人、頭いいですから。とっとと殺してしまわないと何をされるかわかりません。結社のほうも尻尾を掴まれて壊滅の危機に瀕してましたから、急いで始末する必要がありました。まぁ、杉下さんに阻まれてしまいましたけど」

 

「稗田さん暗殺に失敗した君は次に奥村君を殺した。暴動を起こさせて田端に稗田さんを含めた妖怪側の勢力を追い出させるためですね? その間に大量殺人を行うための」

 

「ええ。奥村さんは妖怪嫌いで頭は回りますけど、民主主義にハマっていましたからね。なんだかんだで最終的には話し合いでの解決を考えていました。あれじゃ稗田さんを追い出すのに時間がかかるし、討論で彼女に勝てるはずがない。いずれ裏工作で潰される。だったらいっそ派手に死んでもらったほうがいい。聴衆が一致団結する形でね。

 それと田端さんのほうが俺にとって都合がよかったんです。あの人は力で里を変えようとしてましたからね。短時間で里人を皆殺しするにはそこそこの準備が必要ですから。……結局、死んじゃいましたけどね。フフッ」

 

 またもや彼は笑った。そのふざけた態度に更なる怒りが込み上げる。

 

「先ほどから何がおかしいのですか? 君のやったことはただの殺人――それも今まで一緒に暮らしてきた仲間たちを無差別に殺すという最悪の方法を以てこの世界を破壊しようとした。それが何を意味するかわかっているのですか?」

 

「上手くいけば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 幻想郷の崩壊――最悪のパターンが博麗大結界の破壊なのは間違いない。宗次朗の最終目標は結界の破壊を経て幻想郷を表に返還することだ。

 馬鹿げているが人間が唯一妖怪に一太刀を浴びせられる行為である。

 呆れ気味に右京が漏らす。

 

「それが君の願い……」

 

「そうです。あるべきものをあるべきところへ還したい。どこにでもある普通の願いです」

 

 無差別殺人を引き起こし、その先にある結果を普通の願いと口にする。

 我慢の限界が近いのか右京が顔をプルプルと震わせ始めた。

 

「君は……愚かだ」

 

「どうしてですか? 警察官にとって都合がよいはずでしょ? 盗まれた土地が表へ還るんですから」

 

 八雲紫によって隠された日本国の一部と思わしき土地を併合できる。

 確かに表の国民たる右京ならばメリットもある。

 しかし、この男は――。

 

「誰かを犠牲にしてまで……君にこの土地を還して欲しいなどと頼んだ覚えはありません。思い上がるのも―――――――いい加減にしろ!!!!!!!!!」

 

 罪を重ねた宗次朗への強烈な怒りを顕わにした。

 紳士的な人間の攻撃的な口調に宗次朗は身の危険を感じて咄嗟に弓を構えた。

 相手との距離は十五メートル前後。残りの矢は一本だが、俊敏な兎を仕とめた彼なら一矢で急所を射抜ける距離だ。

 

「逃げるなら今のうちですよ?」

 

 勇敢なる紳士への配慮からか宗次朗は逃げるように促す。が、右京は逃げようとはせず、左手に持った刀の柄に手をかけた。

 その瞬間。

 

「(残念です)」

 

 相手に隙を与えず、最後の毒矢を発射した。

 矢は一直線に右京の眉間目がけて飛んでいく。体勢からして避けることは無理だ。

 殺った。宗次朗が確信する。しかしながら相手はあの杉下右京――。

 

 ――ガキンッ!!

 

 宗次朗にも勝るとも劣らない速度で抜刀した右京は、そのまま迫りくる毒矢を一刀で弾き飛ばした。

 

「運動神経がいいとは思ってましたけど、これほどとは……。本当にすごいですね」

 

 再度、矢筒をチラ見して矢がないことを確認した宗次朗は弓を手放し、矢筒や皮袋など戦闘の邪魔になる装備を全て外した。残ったのは白鞘の刀だけ。

 

「土田邸から盗んだ風下さんの村正ですね?」

 

「フフ、土田の当主が自慢していたのでもらってきました。この村正、切れ味凄いんですよ? そっちの刀は――状態が悪いようですけど」

 

 こちらの刀の手入れの悪さを指摘する宗次朗に右京は平然と語り聞かせる。

 

「ご心配には及びません。この刀は伝説のかぐや姫が認めた名刀。見た目からは想像がつかないほど軽く、それでいて硬い。最高の逸品です」

 

 まるで失われた技術で鍛錬されたダマスカス鋼のような性質を持った刀を手に右京が確かな自信を見せる。

 相手の表情から単なるボロ刀ではないと察した宗次朗が唇をギュッと噛み締めた。

 

「へぇ……。この刀とどちらが上なんでしょうね」

 

「気になりますか?」

 

「はい。凄く」

 

 一瞬にして血で赤く染まった村正を引き抜いた。その腕前は素人のものではない。

 

「……剣術の経験は?」

 

「里の道場で剣道を少しだけ。コツを覚えたんで途中から行かなくなりましたけど」

 

「真剣の扱いも?」

 

「そっちはひいおじいさんから聞きました。武士の家系だったそうで剣の鍛練を積んでいたそうです。ボケ気味だからコツを聞き出すのに時間がかかってしまったんですが、一旦覚えたら使えるようになりました」

 

 コツを掴むのが早く大した苦労をせずに物事を習得できる。狩野宗次朗は天才と呼ばれる部類の人間だ、と右京は悟った。

 

「とてつもない才能ですね。その力――こんなことにさえ使わなければ」

 

 里の誰からも慕われる男になれたものを。右京は内心でため息を吐いた。

 

「この世界では俺は凡人ですよ。空も飛べない、光線も出せないんですから」

 

 空を飛び、弾幕を撃ち合う住人たちが存在する幻想郷において彼の才能は里人の域を出ない。それは宗次朗自身が一番、理解していた。

 諦めたように語った彼の姿を見て右京は宗次朗の心中を察するが、これから自身がやるべきことになんら変わりはない。

 

「気の毒に思いますが、それは殺人の言い訳にはならない」

 

「言い訳なんてするつもりはありません。ただ不公平だなって思っただけですから。小さいきっかけにすぎない」

 

 そう言って彼は刀を正面に構えた。

 

「わかりました」

 

 もはや説得は困難と判断した右京も鞘を捨て、両手で刀を構える。瞬間、ふたりの周囲を囲むように雨が降った。僅かに動揺する宗次朗を余所に一呼吸ののち、右京が素振りした。

 空を切る音と鳴ると同時に雨がピタリと止んだ。すると刀身が僅かに青白く発光する。

 まるで右京を使い手と認めたように。

 迸る気は神秘を帯びている。神気の類であろうか。右京は微かに笑った。

 

「これ――本物の名刀のようですよ?」

 

「……」

 

 右京たちは知らないが、実はこの刀――〝草薙の剣〟と呼ばれる森近霖之助秘蔵の神剣である。格の高さからか使い手を選ぶ傾向にあるが、杉下右京を気に入ったようだった。

 悪に挑む姿に共感したのか、または単なる気まぐれか。どちらにしろ、伝説の剣を味方につけたのは事実であった。

 宗次朗からしてみれば明らかに分が悪い。揺らめく蒼白のオーラにたじろでしまう。それを見た右京が左手で刀をクルッと回して背の部分を正面に持ってきた。

 手加減アピールだった。さすがの宗次朗もカッとなる。

 

「俺は相手にならないってことですか!? 冗談じゃない!!」

 

「僕は警察官なので人殺しはしません。それだけです」

 

「ッ――!!」

 

 どこまでもふざけやがって。いつも冷静な彼だが、この行為には自身のプライドを著しく傷づけられた。抑えきれない怒りと共に村正を両手に持ち替える。

 そのとき、刀身から()()()()()()()があふれ出した。目を見張る右京を相手に宗次朗はこう言い切った。

 

「必ず後悔しますよ!!」

 

 呼応するように村正から怨念じみた力が噴き出る。まるで権力者や支配者側の存在に仇名すかのように。右京はこの現象に心当たりがあった。

 

「妖刀村正伝説……」

 

 逸話が現実化する世界、幻想郷では些細な伝承でもきっかけさえあれば具現化してしまう。

 この村正も妖刀の伝説を持っている。

 天下人、徳川家康とその一族に災いもたらした刀として。それがきっかけで村正は帯刀を禁止されたが、幕末において倒幕を掲げる西郷隆盛が縁起がよいから使用したと言われている。結果は誰もが知っている。

 それらの逸話を持つ村正が大いなる敵に挑む宗次朗を主人にしたことで自らに宿る伝説を発現させたのだろう。

 村正は主人の背中を後押しするように刀身からオーラを放出させる。

 宗次朗は不敵な笑みを浮かべた。

 

「思った通りだ。この刀なら応えてくれると思った!」

 

「村正が妖刀に変化するのも計算のうちでしたか」

 

 なんと肝が据わっているのだろうか。敵ながら見どころがある。右京は僅かながらに感心した。

 これで互いに伝説の武器を所持していることになり、条件は五分と五分。

 宗次朗は叫ぶ。

 

「覚悟しろ――この偽善者が!!」

 

「君のほうこそ少々、痛い目に遭って貰います。里の人々の身体と精神を痛めつけ、僕の胸を抉ってくれたお礼を込めて」

 

 気合を入れ直し、右京が再度、刀を正面に構える。

 

「売られた喧嘩は買います。そして必ず勝ちます。どこからでもかかってきなさい!」

 

 こうしてふたりの決闘が始まった。

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