相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第13話 設立! 警視庁特命係幻想郷支部

 寺子屋の近くに用意された空き家は十六畳程度のスペースで人一人なら楽に住める場所だった。

 右京は端に寄せられていた机を中央まで持ってきて、全員を座らせた。

 

「これから、僕が何故、敦君が何者かに殺害されたと断定するに至ったのか――その根拠をお話しします。遺体の画像もあるのでそちらも交えて説明させて頂こうと思うのですが、遺体の損傷が激しいので、前以って確認を取らせて貰います。お二人は平気ですか?」

 

「私なら平気だ。何度か見たことある」

 

「私も職業柄、何度も見ているので」

 

「わかりました」

 

 同意が取れたので、刑事はスマートフォンの画像を魔理沙と霊夢に見せながら説明を始める。

 画面を覗いた二人は顔を酷く歪ませ、口元を手で隠しながら話に耳を傾ける。

 

「遺体は発見時、鴉に啄まれボロボロにされていました。損傷が激しいので一緒に居た霖之助君が悲鳴を上げていましたが、僕はその際、左掌の傷口にある物が付着しているのに気が付きました」

 

「ある物? なんだそれ?」

 

「ここをよく見て下さい」

 

 右京が魔理沙にスマホで撮った遺体の左掌を拡大した映像を見せる。

 そこには小さな黒い破片が映っていた。

 ポケットからその破片が入ったビニール袋を取り出し、右京は少女二人の間の前に置いた。

 

「これは敦君の掌から見つかった金属片です。ナイフのような小型の刃物の破片だと思われます」

 

「確かに刃物だな」

 

 魔理沙は破片の形状から刃物であると推測する。

 

「いかに幻想郷の凶暴な野犬と言えとも刃物を使うとは到底思えません。ということは知的能力のある存在――つまり、人間か妖怪の犯行になると言うわけです」

 

 三人は無言のままだったが、真剣な面持ちだった。

 

「ここで皆さんに質問です。この犯行は人間と妖怪どちらの犯行だと思われますか?」

 

 その問いを前に更なる沈黙が訪れる。

 皆、それぞれ、何かを考えながら自身の意見をまとめていた。

 最初に口を開いたのは魔理沙だった。

 

「私は人間の犯行だと思う」

 

「その理由は?」

 

「ナイフで相手を殺すなんて妖怪らしくない。アイツらならもっと派手にやるか、もしくは証拠を残さないはずだぜ」

 

「なるほど。……霊夢さんは如何でしょう?」

 

 両腕を組んで目を閉じていた巫女がその目を見開いて発言する。

 

「私は妖怪の仕業を疑います」

 

「どうしてですか?」

 

「ナイフで人を襲う妖怪がいてもおかしくない。人の仕業に見せかけて里の人間を恐怖させるのが目的の可能性もあります。連中は人を襲わないと生きて行けないので」

 

「それが幻想郷における妖怪の本質――ですね」

 

「ええ」

 

 霊夢は妖怪の仕業を疑っている。

 そこに魔理沙が待ったを掛けた。

 

「人里では人間を食ってはいけないルールになっているぜ? 少し前まで私はここで生活してたが、里中で人間が妖怪に食われたところを見たことはない」

 

「店員さんが殺されたのは正確には人里の外よ。だったら、夜中に妖怪がやって来て殺害しても不思議じゃないわ」

 

「私はそんな話、聞いたことない」

 

「私もこの里で人が人を殺したなんて聞いたことないわ」

 

 二人の意見は平行線だった。

 右京は二人の様子から少なくともこの場では意見が合致しないだろうと判断し、慧音へ話を振った。

 

「上白沢さんはどう思われますか?」

 

「私……ですか……」

 

 彼女は暗い表情を浮かべながらも、自分の意見を語った。

 

「私も……妖怪の仕業を疑っています」

 

「何故でしょう?」

 

 右京の問いに慧音は目を逸らしながら答える。

 

「それは……里で人が人を殺したとは思いたくないんです……」

 

 里を守ってきた慧音は今回の事態に強いショックを受けていた。

 ここに人を殺すような人物はいない。そう思いたいのだろう。現実から逃げているとも取られ兼ねないが、今の慧音にそれを指摘するのは酷である。

 

 右京は心情を察して「わかりました」と言った。

 視線の横では魔理沙と霊夢が言い争っていたが当然、意見はまとまらない。

 キリがないと思った魔理沙が右京に訊ねた。

 

「おじさん、アンタはどう思うんだ?」

 

「僕ですか……」

 

 右京が話を始めようとすると他二人が一斉に彼の方を向いた。

 やはり、表の刑事の意見は気になるようだ。

 一呼吸置いてから、右京は答える。

 

「僕は“人間”による殺人ではないかと疑っています」

 

 人の殺人だと淡々に語る右京の口ぶりに魔理沙や慧音は息を飲む。

 反対に霊夢は右京の目を正面から見据えながらその理由を訊ねる。

 

「どうしてですか?」

 

 右京は巫女の質問に応じる、様々な角度から撮った遺体の写真を見せながら説明する。

 画像は敦の首裏の裾が伸びている物だ。

 

「まず、敦君の上着ですが、ここに襟が後ろから引っ張られた跡があります。これは敦君が犯人から逃げる際、犯人が彼を逃がさんと背後から襟を掴んだ跡でしょう」

 

 次に右上腕が映った部分を表示して拡大。右上腕に切り傷があることを皆に確認させる。

 

「この傷は右斜め上から左斜め下へと振り降ろされるように付けられています。犯人が後方から切りつけようとした瞬間、咄嗟に右腕を出して防ごうとしたのでしょう」

 

「その時に右腕でナイフを受けてしまったって訳か」

 

 魔理沙が納得するように写真を凝視するが、霊夢は「それだけで人間の犯行だと決め付けられるの?」と呟いた。

 右京は続けるように敦の両腕と首を拡大した画像を表示する。

 

「右掌や左腕などにも切り傷がありました。これは犯人が敦君と正面を向き合って争い、負った傷だと思われます」

 

「右腕を切られただけじゃ人は死なないしな」

 

「その通りです。急所を外した犯人は襟を離してしまい、敦君と正面を向き合ったのでしょう。そこから敦君は相手の攻撃を両腕で防ぎながら応戦した。ここを見て下さい」

 

 そう言うと右京は左掌の画像を拡大した。

 そこには鋭利な刃物を掴んだように深い切り傷が付いていた。

 

「彼は迫りくるナイフを左手で咄嗟に掴んだ。そこから激しい揉み合いになる。辺りの草むらには飛沫血痕が飛び散っていましたから、かなりの格闘だったのだと推察できます」

 

 彼の発言通り、画像には草むらに血が飛び散っている物がいくつか見受けられた。

 その状況を見るに敦の健闘が伺える。三人は改めてこの血痕の主に憐れんだ。

 次に表示されたのは敦の後頭部だ。

 

「そして、何かの拍子にナイフが手から離れ、敦君は転倒。頭を地面にめり込んでいる石に強打して脳挫傷で、この世を去った。これが僕の見解です」

 

「なるほど……。けど、これだけだと――」

 

「ええ、霊夢さん。あなたの言う通り、妖怪の線も捨てきれません。ですが、僕はどうにも引っ掛かりを覚える」

 

「どういうことですか?」

 

 首を傾げる霊夢に右京が問う。

 

「霊夢さん、妖怪は人間を襲うことで生きていくのですよね?」

「はい」

 

「それは食べることも含まれていますね?」

 

「そうです」

 

「犯人は敦君を食べていません。これはどうお考えですか?」

 

「人間を襲う行為を目的として活動する妖怪もいます。その過程で殺したのかも知れません」

 

「どういった理由で襲うのでしょうか?」

 

「人間の感情を糧にする妖怪は人を襲い、驚かせて養分を得ます。それが目的かと」

 

「ですが、これは驚かすにしては、やりすぎな気がします。明らかに殺意がある」

 

「妖怪ですから。加減を知らない奴なんて沢山います」

 

「なるほど。とすると――人間を驚かしたい妖怪が敦君を襲ったとしましょう。その妖怪がナイフを持って敦君を襲った。その際、敦君が逃げようとしたので襟を掴んでナイフを放った。その後、揉み合いとなり、敦君は後頭部を石に打ち付け帰らぬ人となった。ということでしょうか」

 

「私はそう思います」

 

「ちょっと待った」

 

 刑事の推測に引っ掛かりを覚えた魔理沙が口を挟んだ。

 

「私も人を驚かす妖怪を見たことがある。具体的には唐笠やろくろ首、三馬鹿妖精共など色々だ。連中は自分の特技で人を驚かしていた。ナイフを振り回し、人を傷つけて驚かそうとする奴など知らん」

 

「その唐笠やろくろ首はともかく、三馬鹿妖精共は特技でも何でもない爆発物を使ってきたことがあったと思うけど?」

 

「それはだな……」

 

 霊夢の意見にタジタジし始めた魔理沙は右京にアイコンタクトで助けを求める。

 当の本人は軽く頷いてから。

 

「魔理沙さんの話からすると人を驚かす妖怪は自分の特技を使って犯行に及び、その恐れを糧とするわけですか」

 

「基本的にはそうです」

 

「しかし、必ずしも特技を使うとは限らない」

 

「驚かせれば何でもよいと考える奴がいてもおかしくないかと」

 

「それが行き過ぎてしまい、悲劇が起こった――ふむ、これは妖怪の線も出てきましたねえ」

 

「おい! 人間の犯行じゃなかったのかよ!?」

 

 妖怪の線を疑い始めた刑事に魔理沙が思わず突っ込む。

 霊夢はどこか勝ち誇った顔をしていた。

 右京は人間の仕業を疑った理由を語る。

 

「僕がこの犯人を人間だと思った理由の一つは敦君にトドメを刺していないからです。頭を打ち付けただけなら死んだかどうかまで判断できない。僕なら頭を打ち付けた敦君に馬乗りになり、心臓目掛けてナイフを突き立てます」

 

「それが確実だしな」

 

「なのに、犯人は敦君に明確なトドメを刺さずにその場を後にしています。慣れている者なら死体くらい隠しますし、証拠を隠滅するでしょう」

 

「だが、犯人はそうしなかった」

 

「以上の理由で僕は人間の犯行。それも素人によるものだと考えましたが、霊夢さんの話から驚かす妖怪も存在し、それらの行き過ぎた行為によるものだった可能性も否定できなくなりました」

 

「ぐぬぬ……」

 

「ふふ」

 

 悔しがる魔理沙と笑う霊夢。

 どこか緊張感のない少女二人に右京がほんの少しだけ目を細める。

 

「しかしながら、妖怪の仕業である証拠もありません」

 

「ぐ……」

 

 確かに霊夢の意見は正しいかも知れない。しかしながら、その証拠もないというのもまた事実。そこを指摘されたら霊夢も黙るしかない。魔理沙は「ふん!」と言いながら腕を組んだ。

 いかにも子供らしい態度に刑事が軽くため息を吐く。

 

「お二人とも――これは個人的な勝ち負けを競うゲームではありません。人が殺された事件なのです。真実を明らかにしてかつ犯人を捕まえるのがゴールであり、それ以上に大事なものはありません。そこをお忘れになっているのではありませんか?」

 

「「……」」

 

 もっともな意見に魔理沙と霊夢は互いに顔を合わせて沈黙する。

 そして、右京は言う。

 

「それに、この事件はお二人が思うよりもずっと深刻ではないかと僕は睨んでいます」

 

「「え?」」

 

「これを見て下さい」

 

 右京が草むらに付けられた足跡や血痕の画像を三人に見せた。

 

「この足跡や血痕は途中で途切れていますが、辿ってみると里の方へと続いているのです。これが意味すること――わかりますか?」

 

 三人は絶句した。

 そう、犯人は里の方向に進んだのだ。これは不自然な行動だった。

 

「僕が人の犯行を疑った理由には“これ”も含まれています。里の外の妖怪なら里とは反対方向に逃げるでしょう。ですが――この足跡と血痕は里の方に続いているように見えます。これは犯行後、犯人が里へ逃げ込んだという証拠なのでは、と考えられますが――如何でしょうか?」

 

 現時点では犯人が人間か妖怪かはわからないが、犯人が里の中に潜伏している可能性が浮上した。

 この場の誰もが否定する材料を持ち合わせておらず、ただただ息を飲むしかない。

 理解を得られたと判断した刑事がこのように締めくくる。

 

「皆さん、犯人はすぐ近くにいると仮定して今後の方針を立てますが――よろしいですね?」

 

 彼の打診に三人は頷くしかなかった。


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