「え、今の何!?」
尊は名刀の激突によって数メートルほど吹き飛ばされるも、すぐに立ち上がり、草木を掻き分けて進んだ。
そこには組み伏せられる狩野とそれを押さえる右京の姿があった。
全てを理解した尊が言葉を発する。
「勝ったんですね」
「ええ。何とか」
地面に転がる草薙の剣と村正を見やり「壮絶な戦いだったんだろうな」と尊が呟く。
宗次朗は「ここまで強いなんて思いませんでしたよ」と悔しそうに語った。
「君も十分、強かったですよ。もう観念なさい」
「してますよ。とっくにね」
それからまもなく霊夢と永琳の飲み薬で毒から回復した魔理沙が駆けつけた。
現場を見るや否やふたりもまた尊と同じように驚いて見せた。けれど、犯人への怒りのほうが何倍も強く、すぐさま霊夢が組み伏せられている宗次朗の正面に立った。
鬼のような形相だった。
「アナタは妖怪?」
「人間さ。妖怪になっていたらこの人に負けてないよ」
「それはわからないわね……。だけど人間だからってここまでのことをやったヤツに容赦はしない。きちんと白状してもらうわ」
「何を?」
「動機とか、黒幕の存在とか色々だぜ」
隣にやってきた魔理沙が問うと宗次朗は素直に答えた。
「動機は幻想郷の破壊。それとこの土地を表の日本に還すことさ」
「なんですって!?」
「我が物顔している妖怪たちに一矢報いたかったのさ。そして奪われた土地を表に還したかった。そうすればひいおじいさんも日本へ帰れるからね。死ぬ間際に言っていたんだよ『やっぱり日本に帰りたいって』さ。叶えてあげたかったなー」
その無神経かつ理解不能な発言に霊夢と魔理沙は激怒した。
「アンタ、何考えてんのよ!!!!」
「お前、本気で言ってんのか、そんなことを!!!!」
まだ組み伏せられているだけで拘束されていない宗次朗に少女らが怒鳴り散らす。
見かねた右京が「とりあえず、落ち着いて。どなたか拘束用のロープを持ってますか?」と話を逸らしたことで冷静さを取り戻した。
数分後、早苗が到着し、彼女の持っていた縄で宗次朗を拘束。里まで徒歩で移送する。
草薙の剣は右京が、村正も霊夢がお札を幾重にも巻いて妖力を無力化してから回収しており、妖刀は完全にその力を失った。
宗次朗は尊と魔理沙に両腕を掴まれながら歩くも右京との激闘のせいか何度も転んでしまう。
「すみませんね。脚に力が入らなくて……。妖刀化した村正を使った反動ですかね……ハハッ」
謝る彼の言葉を無視するように魔理沙が「いいから歩けッ」とグイグイ引っ張る。
前方には霊夢、後方には疲労から肩で息を吐く右京とそれを心配する早苗がいる。
もう逃げ場はどこにもない。それにも関わらず、宗次朗は笑っていた。
「
「記念だぁ? 寝言言っているんじゃねぇよ! テメェには色々と聞きたいことがあるんだよ!」
「さっき言ったことが全てだよ」
「嘘つくな。黒幕の正体、知ってんだろ? それを聞き出すまでは寝かせねぇからな!!」
「ハハ、黒幕なんていないよ」
「んわけあるか! テメェは黒幕からスマホと表の知識を貰ったんだろうが!?」
「ゲホゲホ、そうだなぁ……。ご飯食べたら思い出すかもしれないな」
咳き込みながらふざける宗次朗に魔理沙が食ってかかる。
「つまらない冗談ばかり言いやがって!! ぶちのめすぞ、テメェ!!」
「やめろ、魔理沙。彼の言葉につき合うな」
「チッ――わかってるぜ!!」
「神戸さんは真面目だなぁ。ゲホッ」
「さっきから咳が多いな……」
訝しむ尊に対して宗次朗は「た、単なる疲労です、よ……」と歯切れ悪く回答するが、彼の腕が徐々に震え始めてきた。
足が動かないといい、咳といい。さっきからおかしい。不審に思った尊が宗次朗の顔色を確認すると顔面が青ざめ、唇が変色していた。
驚いた尊が宗次朗の両肩を掴んだ。
「君、まさか何か飲んだのか!?」
「別に、飲んでなんかいません。ウグァッ――」
喋っている最中に息苦しくなった彼はその場に倒れ込んだ。身体は痙攣を起こし、今にもどうにかなりそうな雰囲気だ。
異変に気がついた右京や霊夢が慌てて駆け寄る。
「何があったのですか!?」
「わかりません、急に痙攣し始めて――俺、ちゃんとボディチェックしたはずなのに」
「フ、フフ……遅行性の、猛毒――らしいです。ようやく効いてきたようですね。ガハガハァ! ア――ア……」
「なんだと!? いつ飲んだ!!」
魔理沙が問い質す。彼はか細い声で「杉下、さん――と戦う、直、前――さ……」と満足げに回答した。
絶句する魔理沙の隣に割り込んだ右京が宗次朗に一喝する。
「君はなんてことをしたのですか!! これほどのことを仕出かしておいて罪を償わずに逝くつもりだったのですか!! 答えなさい!!」
「罪、は……地獄で……償うことに――なるで、しょうから。ハァ、ハァ、ハァ――ご心配なく――ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!」
「おいおい、ヤバいんじゃないか!? 早く医者のところへ連れてこうぜ!! 死なれたら黒幕の正体が――」
「心配……しなくても
朦朧とする意識の中で、宗次朗が小さく呟いた声を右京がその地獄耳で拾い上げる。
「どういうことですか!?」
右京の問いに宗次朗が勝ち誇ったように――。
「幻……想郷は――いつ、の日か――必ず、崩、壊……する――罪は、必ず――裁かれ、る。その、日を、楽し、みに――していて、くだ――さい、ね……」
と言ってから瞳を閉じた。
「宗次朗君!! 宗次朗君!! 起きなさい! 君は死んではいけない!! 宗次朗君――」
いくら揺すっても返事はなく、彼がその後、目を覚ますことは二度となかった。
☆
俺は幻想郷の人里――外来人のいる家庭に生まれた。
長男だが、母親が流産したので宗次朗と名づけられた。
それもあってか俺は家族に可愛がられながら育った。勉強も運動もそつなくこなせたのも大きいだろう。
特にひいおじいさんは「儂の家系によく似ている」と語ってはよく甘やかしてくれた。ボケ気味で同じことを何度も聞かれるのは面倒だったけど、悪い気はしなかった。
小さいころから大抵のことは覚えられたし、何でもできた。誰もが俺のことを優等生と呼ぶ。
年齢が近いとあって近所の人から「稗田家の婿にするならあの子がいいんじゃないか?」とまで囁かれることもあったが、家族は家督がいなくなるから駄目だと反対していた。
当然だろうな。仮に逆玉の輿だとしても稗田家の公務は多忙を極める。一般人の俺なんかでは精神的に務めらない。俺は普通の生活を望んでいた。
しかし、あるときを境に考え方が変わる。
――やめてくれぇぇ。俺は逃げた訳じゃないんだぁぁぁぁ。
ひいおじいさんの痴呆が悪化したのだ。理由は母や父などが相次いで亡くなったことによる精神的負担だったと思われる。おじいさんが亡くなったときもそうだった。
何で自分だけ生きているんだ。そう嘆いて苦しんでいた。俺は気になって何度か質問してみた。最初の内は怖い、怖いと言っていったが、「僕がひいじいちゃんを守るから」と告げたら、落ち着きを取り戻して話をしてくれた。
内容は表の生活や戦争体験などが中心だった。辛い戦いで今でもその光景が目に焼きついて離れないのだと。可哀想だと同情した。
剣術や武器の扱い方を聞いたのもその時期だ。狙撃銃が押し入れにあること、弾はしけらないように管理していることを話してもらった。
俺が十一歳の時にひいおじちゃんはこの世を去った。最期の言葉は「一度でもいいから日本に帰りたかった」だった。後ろめたさと一度出たら幻想郷に戻れないという理由から何度も断念していたからね。
里で生活していくにしても当時は理解のない連中が多くて病気などが流行る度に「アイツが持ち込んだに違いない」と白い目で見られることもしばしばで、狩り仲間以外とはあんまりつき合いがなかったのも、これが原因になっていると本人が語っていた。
里も里って感じだったね。そんな里に少なからず不満があったのか独りになると「国から盗んだ土地に住んでいる癖に」「俺がどんな想いで戦ったのかも知らん癖に」と嘆くこともあった。
それを聞いていたからだろうか「いつの日か俺がひいおじいちゃんに代わってヤツらに思い知らせてやる」という想いが心の片隅に芽生えた。
そこから二年。霧雨の雑貨屋さんの娘が魔法に手を出して勘当されたと耳にした。
最初は「馬鹿だな」と思っていたが、彼女はメキメキと実力をつけて妖怪たちと戦えるほどの戦闘力を有するまでになっていた。
博麗の巫女と双璧を成す人外級の人間と認知されるころには彼女を馬鹿にする者はいなくなっていた。力ある者には黙ってしまうのが里人の特徴だ。
しかし、彼女ができるなら自分にもできるんじゃないか? そう考えた俺はハンターとして下積みを積むべく幸之助さんのところに相談へ行った。
最初は断られていたが「ひいおじいさんの技を残したい」と告げると無理をしないことを条件に同伴させてくれることになった。
元々、寺子屋時代から剣道で身体を動かすことには慣れていたし、身体もそこそこ鍛えていた。おかげで大した苦労もなく助手をこなせた。
狩りに出るようになると妖怪の出没地帯や時間帯などが把握できるようになり、妖怪が出にくい時間帯を狙って身体を鍛え、狩りの訓練を行った。
仕事上必要な技術は幸之助さんや里の道場で磨き、ひいおじいさんから教わった技術は里周辺で試した。
一年経つころにはそこらの里人よりも強くなり、二年経てば道場の師範の動きを見ても「たぶん、勝てる」と思える程度の実力は身についた。
しかしながら、妖怪には勝てる気がしなかった。ごく稀に里中で人間や妖怪が空を舞って戦うことがあるのだが、その戦いを見た瞬間「正面からではまず勝てない」と痛感させられた。
空も飛べない、掌から攻撃も出せない。お話にならなかった。どんなに頑張っても埋められない才能の差ってヤツに絶望した瞬間でもあった。
コイツらに勝つためには自身が超常の力を手に入れるしかない。そう考えていたときだ。
俺は破門された易者こと新井勝次の話を耳にした。話を聞きに行きたかったが、村八分寸前の男と仲よくしてたら怪しまれるので様子を探るだけにした。
七瀬さんと仲がよいと知ったもそれからすぐだ。最後に見たのは新井さんから本を手渡されている光景だ。その後、新井さんは自殺した。
ほどなくして七瀬さんも劇団を辞めたと聞いた。幸之助さんの自宅に近いのでたまに聞き耳を立てていた。話し声から妖怪の研究をしていると悟った俺は次に彼女をマークした。
そこへ外来人、杉下右京がやってきた。
敦さんが死亡した事件を杉下さんはスピード解決したのは有名な話だが、七瀬さんが何故、敦さんを殺したのか、その動機を知る者は少ない。
そして、俺もその数少ない人物のひとりだ。何故ならその日、俺は幸之助さんの自宅を訪ねたからだ。
幸之助さんたちが留守で暇してるとき、杉下さんが巫女と魔女を伴って七瀬の自宅へ向かっていくのが見えた。気になって少し離れたところから様子を探っていると七瀬さんが真相を話してから自殺した。正直、同情したよ。
だけど、掲示板に貼られたのは動機は不明という内容だった。
こうやって権力者に不都合な事実は隠ぺいされていくんだな。そう思うと腹が立ってきた。だが、俺にはどうにもできない。妖怪にも巫女にも魔女にも勝てない俺には里の中にしか居場所はないのだ。だから怒りを抑えて目を瞑った。
奥村さんと田端さんが所属している秘密結社の話題も上がり始めたのもこのころだった。
就任時はお遊びグループだったが、ふたりの力によってパワーアップしていたのは落ちこぼれの若い連中の間ではよく知られていた。
どんなものかと探りを入れていると稗田の者と思われる間者を発見した。
稗田さんって基本的に女性を使いたがるからすぐにわかるんだよね。稗田邸の女中って品がよいからさ。
稗田に目をつけられたらもうお終い。秘密結社はこれまでだ。
結局、里どころか幻想郷を変えられる者はいない。
俺は諦めていつものように鈴奈庵で本を借りていた。
そこにあの人が現れた。
――この
頭皮こそ寂しいが、物腰が柔らかくそれでいて話が面白かった。
特に進撃の巨人という作品には衝撃を覚えた。壁に囲まれた世界が舞台で巨人たちが侵入してきて主人公は家と母親を奪われる。身体を鍛えても圧倒的不利な状況には変わりなく、次々に仲間が死んでいくが、主人公も真の力を発揮して仲間たちと困難を乗り越える。
ミステリーのように謎を解く要素もあれば、ハッとさせられる伏線も多い。
あの人はそう言っていたっけな。
用が済んだ俺はカウンター付近で「表の作品はいいなぁ」と呟いて外へ出て行った。構ってほしい訳ではなかったが、そう言わずにはいられなかった。
少しして、路地で休んでいるところにあの人が訪ねてきた。
最初は進撃の巨人の話だったが、徐々に身の上話になった。何故だかわからないが、俺はあの人に自分を知ってもらいたいと思い、家族の話した。するとあの人は。
――私は孤児院で生まれました。親も親戚もおらず食べる物すらなかった。辛い毎日をすごしましたが、現在はイギリスという国で暮らせています。あっちでも肌の色で差別されることが多かったので大変でした。まるで雑菌のように扱われたこともある。あの悲しみは忘れられません。ひいおじいさまも大層、苦労なされたでしょうね。
と、自らのことのように憐れんでくれた。
初めて心の底からひいおじいさんの境遇を理解してくれる人に会えたと思った。
とても嬉しかった。こちらへやってきて間もない人間に俺は共感し、尊敬の念を抱いていた。
涙腺が崩壊しかかっていた手前、そっけない態度になったが、もっと話したいと思った。
だけど、あの人は帰ってしまった。抱きしめられたとき、何故だか死んだ母親を思い出した。
父には抱きしめられた記憶はない。心がほっとした気がした。
あの人は最後にお土産を残してくれた。
その中にはスマホと携帯型バッテリー、高そうなノートとライターなるもの、それと携帯型の毒薬が入っていた。
ノートの内容は本当に衝撃的だった。
見出しはこのように始まった。
――もし君が幻想郷のあり方に耐えられないようであれば、このノートを参考にしてほしい。という物だ。
中身はスマホの使い方から人の殺し方に幻想郷の一考察など、戦いに必要な様々なことが書かれた幻想郷破壊教本だった。
さらにスマホの中にはプロパガンダのやり方や暴動の起こし方が記載されており、これを読めば権力者に一矢報いることができるほどの情報量だった。
ノートの最後にはこうある。
――このノートをどう使うかは君次第です。捨ててもよいし、誰かにあげてもよい。全て君の自由です。私は君を縛らない。そして君を忘れない。またどこかでお会いましょうね。そのとき、お互いが笑顔であることを祈っています。
普通に考えれば俺を利用したいだけだと思う。だけど、それでもよかった。ひとり身の俺には悲しむ家族はいない。死んでも迷惑をかけない。
何もなせずに死んでいくよりはずっといい。この世界に風穴を開けてやる。
そうやって俺は人間性を捨て去った。奥村さんや田端さんを脅すように説得し、稗田さんを狙って庇った杉下さんを撃ち、暴動を起こさせるために奥村さんを狙撃した。
次の日に田端さんが大規模なテロを起こし、火口家の当主を殺害した。初めて作った爆弾の威力が高くて驚き、火口さんの顔が酷い有様だったから少し引いた。可哀想だから脳天を貫いてあの世に送ってあげた。
その日の夜。俺は証拠が残っていないかチェックするために奥村のおばさんのところを訪れた。おばさんは俺の声を聞くと裏口の鍵を開けて中へ招いてくれた。
息子が死んだショックを紛らわすように俺に料理を振る舞ってくれた。結社がウロウロしているので静かな食事だったが、美味しかった。
でも同時に悲しかった。俺が殺したせいでこの人は辛い目に遭っている。責任を取ったほうがいいな。俺は疲れたおばさんの肩を揉むと言って背後を取って首をへし折った。
ノートに書いてあったやり方を初めて実戦したもんだから若干、手こずったが、そこそこ上手くやれた気がした。バレてしまったけどね。
後は首を吊ったように偽装してから奥村の部屋を探索――メモなどを押収して裏口から鍵をかけて出て行った。
皮手袋をしていたからダンゴ虫に気がつかなかったな。てか、杉下さんってよくそんなところまで見ているよね。
そんな感じでおばさんを殺害したけど特に罪悪感はなかった。奥村さんを殺した辺りからそこら辺の感情が薄れた。後は作業だなって思えたんだよね。不思議だ。
そうなってからは里や田端さんの状況を観察していた。里中の爆薬や毒だけでは里の人間を殺すには足りないし、警備が想像以上に厳重だったからどうやってバレずに盗むかを考えていた。紙と睨めっこしながらいくつかの方法を思いついたころ、里は妖怪たちの手紙で大騒ぎとなっていた。
レミリアと交渉することを決めた田端さんを見限った俺は幸之助さんのところを訪れた。
もちろん実行犯になってもらうためだ。
ふたりは俺を家族のように想ってくれたから胸が痛んたけど結局、毒を盛り、幸之助さんが厠へ立ったところで恵理子さんの首絞めて殺害し、幸之助さんが戻ってきたところを物陰から飛び出して腹を刺して殺害した。
亜ヒ酸で弱っていたから殺すのは容易だった。
しかし、思った以上に抵抗され、血が飛び散ってしまった。血痕をふき取り、押し入れに銃と弾を隠してトリックを施して去った
。時間稼ぎにでもなればいいと思ったが、小説の見すぎだったね。名探偵の前にあっけなく撃沈さ。
すぐに杉下さんは俺へと辿り着き、追い詰められたので大暴れして、最後は彼と一騎打ち。その果てに服毒死か……。虚しいな。目的を達成できず、終わっていくんだからね。
だけど最期はなんか清々しかったんだよね。訳が分からないけど。総合的に見れば悔いはないかな……。
ただ、一つだけ心残りなことがある。それは――。
――最期にもう一度、あの人に会いたかったなぁ。
こうして狩野宗次朗は十五年でその生涯を閉じた。