相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第143話 幻想という名の楽園

 翌日、早朝の幻想郷は朝から騒がしく、人々が片づけに勤しんでいる。

 深夜、遅くまで阿求や永琳の手伝いを行い、スペースを取りたくないという理由で自宅へ帰った博麗霊夢と霧雨魔理沙は、重い瞼を擦りながら朝七時に特命係幻想郷支部正面へ着地する。

 到着するなり魔理沙が戸を叩いた。

 

「おじさんいるか!? 事件について聞きたいんだけどさ。おじさん! なんだ、留守か?」

 

「もう動いているのかしら? 恐ろしい執念よね……」

 

 相変わらずの真面目さだ。自分には無理だと霊夢が呆れたところで里人がやってきた。

 

「何しているんだ? そこは()()()だぞ」

 

「あん? 知らないのかここには外来人が住んでんだよ」

 

「外来人? 豆腐屋と寺子屋以外にいたっけかな……?」

 

「いますよ。スーツを着たふたり組が」と霊夢が教えた。

 

「うーん、そうなのか……。まぁ、いいや。俺は昨日の()()の後片づけで忙しいんだ。じゃあな」

 

「「()()!?」」

 

 こんな中途半端な時期に暴風など起こる訳もない。おまけに昨日は快晴でほぼ無風だった。

 ふたりは首を傾げつつも小鈴の様子を見に鈴奈庵を訪れる。

 入口では小鈴が掃除をしている最中だった。霊夢に気がついた彼女が挨拶する。

 

「霊夢さん、おはようございます」

 

「おはよう小鈴ちゃん。気分どう?」

 

「あ、はい、大丈夫ですよ」

 

「おかあさんやおとうさんは大丈夫?」

 

「大丈夫ですよ。店内で片づけやってます。明日から貸本屋を再開できるように頑張らないと、って張り切ってます」

 

「再開って言っても、この状況だぜ? もう少し――」

 

 苦言を呈する魔理沙を小鈴が遮った。

 

「いやいや()なんかに負けてられませんよ!! 早く再開してお金を稼がないと貯蓄が尽きちゃう」

「風……」

 

 状況を呑み込めない霊夢が小鈴の正気を疑う。そこに見知った人物がやってきた。

 

「あら? ふたりとも朝から早いわね。本屋さんの片づけを手伝うの?」」

 

 作業着姿の舞花だった。掃除の手伝いでもするのかと思った魔理沙が「どっかの手伝いか?」と訊いた。舞花は「そうよ。うちはほとんど被害なかったからね。お得意さんの家を回ってみるつもりなのよ」と言った。

 若干の明るいトーンに戸惑ったがいつも舞花だ。安心した霊夢がホッと胸をなでおろす。

 しかし。

 

()()の被害に遭ってないか心配だわ。私も父親が居なくなってからずっとひとりで店を切り盛りしているからねぇ。心細いって思っちゃうのよね」

 

()()()()()……?」

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 霊夢と魔理沙は何を言っているのだ、という目で舞花を見やる。舞花もまたその視線に首を傾げる。

 

「さっきからどうかしたの?」

 

「いや、だって……。うーん、確かに昨日はあちこちで爆発とか毒矢とか刃物での殺傷とかあったけど――」

 

 魔理沙がそのように話すと。舞花はプッと笑った。

 

「はぁ? そんなのあるわけないじゃない! ねぇ、小鈴ちゃん?」

 

「そうですよ! 昨日は突然、暴風が到来して色々、吹き飛ばして行ったんですよ。原因不明の火災は起きたけど爆発はしなかったはずです」

 

「おまけに強風のせいで毒餌が井戸の中に入っちゃって使えなくなっちゃったのよね。竹林の先生が解毒薬を撒いてくれたから助かったけど、まだ怖くて飲めないわ」

 

「ですよね! それに風の勢いでガラスが割れて大けがした人も沢山いたそうですよ! 診療所の先生だけじゃどうにもならなかっただろうなー」

 

「死人が出なかったのが不幸中の幸いね」

 

「ですね!」

 

「「……」」

 

 何が起こっているのかわからず、唖然とする少女らふたり。舞花と小鈴に手をかざされながら「大丈夫?」と心配される。

 いやいや、そっちのほうだろう、魔理沙は言いたくなったが、あまりに異常なので、それ以上追及できずにいた。

 何か嫌な予感がする。霊夢がそれとなく舞花に質問した。

 

「舞花さん……。敦さんって方を覚えてますか?」

 

 少し考えてから舞花が驚くべきことを喋った。

 

「ん? ()()()()()()()? 小鈴ちゃん知っている?」

 

「知りません。新しくやってきた人ですか?」と小鈴が答える。

 

 魔理沙が「ちょっと待てよ、それはないだろ――」と問いただそうとするのを霊夢が無理やり遮った。

 

「わかりました。変な質問してすみません。さ、行くわよ魔理沙」

 

 彼女の手を強引に引っ張り、霊夢は鈴奈庵を離れる。

 納得のいかない魔理沙は「おい、何すんだよ!? あの反応はどうみてもおかしいだろ!! 敦ってヤツとあのねーちゃんは仲がよかったはずだろ!」と食い下がった。

 霊夢は正面を向いたまま叫ぶように言い放った。

 

「だから訳を知ってそうなヤツのところへ行こうってのよ!!」

 

 怒りに燃える霊夢は稗田邸の門を潜り、女中を押し退けて邸内の廊下を進む。けが人が大勢いるが、皆の表情に絶望感はなく「風にやられた」「天狗の仕業か?」などと話すが、凶行については一切、口にしなかった。あれほどの惨劇であるのも関わらずにだ。

 書斎につくと暗い表情をした阿求、慧音、永琳の三人が話し合っていた。

 三人は怒る霊夢の顔を視界に入れた途端、気まずそうに顔を逸らした。

 何か知っていると確信した霊夢が阿求に訊ねる。

 

「里のアレはどういうこと?」

 

「アレって?」

 

「とぼけんじゃないわよ、どうして暴風になっているのよ!? 昨日、起こったのは狩野宗次朗の反乱よ! それで被害が出たって言うのに――」

 

「シィー。声が大きいわ!」

 

「だって、アンタねぇ!!」

 

「まさか、白沢の力を使って皆の意識を――」魔理沙が慧音を睨んだ。

 

「私はそんなことしていない! 第一、昨日の今日でこれほどの影響力を及ぼせるわけがないだろう!?」と慧音は弁明する。

 

 そこに永琳が口を挟む。

 

「私たちが目を覚ましたときにはこうなっていたわ。いきなりの事態で戸惑っているのは私たちも同じなのよ。反乱に関わったメンバーも忽然と姿を消しているし、彼らに関連する事実もなかったことになっているの」

 

 彼女たちが起きたときにはこのような状況になっていた。誰もが驚き、様々なところへ出向いたが皆、昨日の出来事を()()()()だと思い込んでいた。

 捕縛した反乱参加者の様子を確認しに行くと、全てのメンバーが消えており、関係者に話を聞いても『そんな人間知らない』と返されるだけ。

 不都合な事実、その全てがなかったことになった。敦の件や春儚の件も同様に抹消と改ざんがなされていた。

 納得のいかない霊夢が食い下がる。

 

「そんなこと言ったって、こんな真似ができるのは――」

 

 歴史に関わる能力を持つ慧音くらいだ。霊夢はそう言わんばかりに阿求と慧音へ詰め寄って白状させようとする。だが、永琳は首を横に振った。

 

「ひとり、いるじゃない。この危機的状況の中で顔を出さなかった誰よりも幻想郷を愛する妖怪が。あなたの知人に」

 

「まさか……アイツがッ!?」

 

「心当たりあるとしたら彼女絡みでしょ? こんなデタラメなやり方で幕引きを図ろうとするのは」

 

 ()()()ならやりかねない。

 誰もが言葉を失い、しばらくの間、口を閉ざした。

 

 

 博麗神社にて八雲紫は眼前に広がる人里を眺めていた。

 

「上手くいったみたいねー。ここまで大がかりなのは久しぶりだったから疲れちゃったわ」

 

 寝不足なのか、フワァっと欠伸をする。

 彼女の後方から木製の車いすに乗った少女がやってきて声をかけた。

 

「私も眠い。そろそろ帰っていいかな」

 

 黄色を中心とした中華風の衣服に身を包み、ベージュ色に近い長髪を持つ神秘的な人物だった。紫は彼女の姿をチラッと見てから、

 

「もう少し待って頂戴、隠岐奈」

 

「ん? いいじゃない。後は稗田が何とかするでしょ? 里をまとめるのが仕事なんだからさ」

 

「何言っているのよ? 元々、アナタが静観しようなんて言い出したんだから。最後まで責任取りなさいな」

 

 車いすの少女の正体は摩多羅隠岐奈(またらおきな)。紫と並ぶ、幻想賢者のひとりにして摩多羅神である。性格は傍若無人そのもので格下をゴミのように扱うが、内心に優しさを持っているとされている。

 今回の事件、幻想郷を誰よりも想う紫が手を貸さなかったのは隠岐奈の助言があったからだ。

 

「紫は過保護すぎるんだよ。保護しすぎても自由過ぎてもダメなのよ。こうやって自分たちの行いが危機を招くきっかけになったとわからせることが大事なの。ここの最近、妖怪どもは新参、古参関係なく好き勝手、里の中で暗躍して回っていたからね。それがこんな事態を生んだとなれば誰もが里に手を出してはいけないと納得する。言うことを聞かないヤツらは今回の例を引き合いに出して私らや博麗の巫女がコテンパンにすればいい。そうなれば幻想郷の体制はより強固になる」

 

「それはわかるんだけどねぇ~」

 

「ただでさえ、外部勢力が引っ切り無しに入ってくるんだ。仲間同士での無駄な勢力争いなんて終わりにしないと」

 

 隠岐奈もまた幻想賢者とあって幻想郷のことを心より大切に思っている。ただ基本コンセプトが紫とは真逆なのだ。幻想郷のためになるなら幻想郷をギリギリまで追い込もうとする。

 今回の件もそうだ。以前から紫が気にしていた人里の反乱分子を根こそぎ炙り出し、妖怪たちの勢力争いにくさびを打ち込み、外来勢力に備えて欠点である協調性を少しでも身につけさせようとする目論見があった。

 人里こそ半壊状態に陥ったが、妖怪勢力は全くの無傷で被害を被ったのは人間側のみ。しかも表からきた警察官から捜査方法や人質救出と突入のレクチャーまで施され、住民たちの経験値として蓄積された。

 消えない傷を負ったかのように見えた人里も神に匹敵する能力を持つ紫と神である隠岐奈の力を以てすれば如何にようにもできる。里はこのふたりの賢者によっていとも簡単に操作されたのだ。

 仮に人間が減ったとしても外で活動できる紫なら補充手段の一つや二つは持っているだろう。隠岐奈も人間を洗脳するなど朝飯前である。

 この一件は里の被害を差し引いてもお釣りがくる内容だった。脳内で計算を済ませた隠岐奈が高笑った。

 しかし紫は彼女の小さなミスを指摘する。

 

「その外部勢力を逃がしちゃったのはどこの誰かしら? 気がついていたんでしょ?」

 

「さすがに幻想郷の外は範囲外よ」

 

「そこも気にして欲しかったけどね……」

 

 黒幕の正体が掴めてないなど失態である。

 ジト目で隠岐奈を凝視するも本人は「あんなの取るに足らん雑魚だよ。紫ならすぐに見つけて始末できるさ……」と苦しそうに言ってから続ける。

 

「あの外来人はどっからどう見ても能力を持たない()()()()()だったよ。妖気も霊気も神気も感じなかったからね。この私が言うのだから間違いない」

 

 自信満々の隠岐奈に紫はため息を吐きながら、結局折れた。

 

「はいはい。それは信じてますよ――じゃあ、私は里で稗田のお嬢さんとお話ししてくるから、アナタは捕まえた反乱分子を見張っていてね」

 

「それくらいならいいけど、アイツらどうするの? もう存在しない人間なんだから自由にできるよ? ここは妖怪の国だからね。例え、閻魔が文句を言いにきたって追い返してやるわ」

 

 幻想郷のルールを作る側だからこその横暴な発言だった。

 

「そうねぇ~。使い道は後々、考えてみるわ。またね、隠岐奈」

 

「またね~紫」

 

 そうしてふたりは別れ、それぞれの作業に戻った。

 人里を混乱に落としれた結社と宗次朗の反乱は妖怪賢者たちのたった数時間の働きで歴史上から葬られ、異変は緩やかに解決へと向かっていくのだった。

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