相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第144話 終わりの始まり

 同じころ。右京は夢を見ていた。客が誰もいないどこにでもある回転寿司の店内で独り寂しく座っている。状況が呑み込めず、現状を整理していると、その隣に懐かしい人物がやってきた。

 

 ――隣、いい?

 

 ――小野田官房長……。

 

 十年近く前に死んだ小野田官房長本人だった。

 突然の出来事に右京が戸惑っていると小野田は「返事がないから座るよ」と勝手に座って醤油皿に醤油を垂らし、甘エビの入った皿を取った。

 

 ――お前も食べなさいよ。奢るから。

 

 ――……。

 

 きっとこれは夢なのだろう。

 そう考え、右京は微かに笑ってからお湯を注いだ。

 小野田も茶が欲しかったのか「僕の分のお茶もいれて」と注文をつけた。右京は「それくらいご自分でやって欲しいのですがねえ」と小言を漏らしながらふたり分のお茶を入れる。

 右京もマグロやカンパチなどの魚をレーンから選んで味わった。

 数分の間、沈黙が続いて小野田が口を開く。

 

 ――杉下。お前、ずいぶんコテンパンにされたらしいねぇ。

 

 ――誰にですか?

 

 ――八雲さんとかいう、金髪の美人妖怪にだよ。全く相手になってなかったそうだね。さすがの杉下右京も本物の妖怪には勝てない。ふっ、面白いこと聞けたよ。

 

 ――悪かったですね。コテンパンにされて。

 

 ――ま、仕方ないね。人間じゃ勝てない。

 

 ――官房長は彼女や幻想郷のことご存じで?

 

 ――知るわけないでしょ? 知っていたら遺言に残すよ『幻想郷を探し出して土地を取り戻せ』ってね。

 

 ――確かに。では何故、八雲さんのことを知っているのですか?

 

 ――桃色髪の綺麗なお嬢さんから話を聞かされたんだよ。

 

 ――西行寺さんですか……。

 

 小野田に情報を与えたのは幽々子だった。

 亡霊の女王なら幽体となり、表へ出て行くことも可能なのだろう。

 

 ――しかし、幻想郷なんてオカルトじみた場所が実在するとはね。官房長の僕にもわからなかったよ。もう少しだけ生きて見たかった気がするね。

 

 ――そうですか……。僕もーーもう少しくらいならつき合ってもよかったかな、と思っていました。

 

 ――へぇ〜。お前、変わったねぇ。

 

 ――人間など……そう簡単に変わりませんよ。

 

 ――他人の口癖が移っているあたり、満更でもないね。以前のお前ならありえなかった。

 

 ――官房長は僕をどんな人間だと思っておいでで?

 

 ――頭はいいけど融通の利かない男。今は少しだけ融通の利く男ってところかしら?

 

 ――はいはい。そーですか。

 

 右京はお茶を一口含み、当時の思い出を懐かしむ。

 その様子を見た小野田が小さい声で訊ねた。

 

 ――お前……僕のこと恨んでない?

 

 ――何を今更。

 

 ――せっかくだから真面目に答えてよ。こんな機会、滅多にないんだから。

 

 ――……。

 

 一瞬だけ右京が視線を逸らすも、ここまできて話さないのもどうかと考えた末に。

 

 ――恨んでいませんよ。

 

 ――ホント?

 

 ――昔は恨んだこともありましたが、今は恨んでいない。これでよろしいですか?

 

 ――ふーん。ま、そういうことにしておきましょうか。

 

 小野田が笑いながら立ち上がると同時に足元から徐々に姿が消えていく。

 

 ――これで()()できそうだよ。

 

 ――それは……よかった。

 

 ――じゃあね、杉下。あんな妖怪に負けるんじゃありませんよ?

 

 ――もちろんです。

 

 そう言い終わった途端、小野田が露と消え、右京は病院のベッドの上で目を覚ますのであった。

 

 

 それから二日後。身体に異常が見当たらなかったのでふたりは無事退院する。

 財布と警察手帳以外の持ち物を紛失してしまった彼らは、幻想郷実在を証明する手がかりを失ってしまった。

 いつまでも気落ちする訳にもいかない。気持ちを切り替えた右京は警視庁へ、同じく目を覚ました尊は警察庁へ登庁した。

 両名ともこっぴどく叱られるが、何とかやりすごして職務復帰を果たす。

 

 復帰した右京はすぐに月本幸子が関わった事件と幻想郷以外の隠里からやってきた未来人の事件捜査に携わる。

 どちらもそれなりに手を焼いたが、幻想郷という人外の世界で戦い抜いた右京にとってこれらの真相解明はさほど難しくなかった。

 どこか心の中に敗北感とスリルを味わえない虚しさを漂わせながら、杉下右京は今日も警視庁特命係のデスクで相棒を待つ。

 

「おはようございま~す。冠城亘(かぶらぎわたる)、出勤しました!」

 

「ただ今の時刻は八時四十五分。十五分の遅刻ですねえ~。君?」

 

「わ、わかってますって!」

 

 現在の相棒相手に小さな小言を漏らしながら右京は本を片手に優雅に紅茶を啜っていた。

 読んでいる本はもちろん、シャーロック・ホームズシリーズの緋色の研究だ。

 本を見た亘が「またホームズですか!? 復帰してからずっとそればかり読んでますね。面白いんですか?」と質問するのだが、右京の答えは予め決まっている。

 

「僕にとってホームズシリーズを超える小説はありません」

 

「そういうもんなんですかねー」

 

「ですが、これと並ぶ小説を書いてみたいと思うことはあります」

 

 ホームズ作品の冒険活劇的躍動感は他の推理小説には見られない。キャラクターも非常に個性的でメリットとデメリットを持ち合わせているにも関わらず、魅力的に映る。

 どちらかが欠けても成立しない。ホームズ&ワトソンはその絶妙な加減が支持され、今でも名コンビとして語り継がれる。

 子供のころ、右京もホームズに憧れ、小説を書いたこともあった。カイトと一緒に活動していた時期は『孤独の研究』を執筆していたが、ダークナイト事件以降、執筆を止めた。

 もう書くことはないだろう、とまで考えていたが、幻想郷という世界が彼の眠っていた好奇心に火をつけた。この火はどうするべきか、右京は非常に悩んでいた。

 そんな右京に何気なく亘が助言する。

 

「だったら()()ばいいんじゃないですか? 右京さんなら書けるでしょ? 文才あるんだから」

 

「ただ書ければよいという訳ではありませんよ。内容を考えるのがもっとも難しいのです」

 

「ホームズを真似るとか?」

 

「そのような作品、山とあります」

 

「別にいいじゃないんですか。販売する訳じゃないんでしょ? 趣味は自由ですって!」

 

「ふむ。一理ありますねえ」

 

 ふたりが喋っていると入口から暇な課長が顔を出した。

 

「おい暇か!?」

 

 独特な容姿を課長の角田だ。普段から面白い顔をしているが、今日の彼はいつもよりニヤニヤしており、若干気持ち悪かった。

 亘は『こんな時は大体、女絡みなんだよな~』と勘繰る。

 案の定、角田の口から飛び出たのは。

 

「警部殿、お客さんだ。あんたに会いたいんだってさ」

 

 ニヤケ顔の角田がサッと横に避けた。その後ろにはウェーブのがかった金髪セミロングヘアーと薄っすらと紫がかった瞳を持ち、薄紫色の女性用コートを着こなす可憐な美少女の姿があった。

 容姿や雰囲気的に年齢は高校よりも少し上と予想でき、大学生一、二年程度だろう。

 潤いを忘れた角田が浮かれるのも無理はない。女性にモテる冠城でさえも「この娘、スゲー美人! どこの国出身だ!? 英語だったら喋れるんだけどなー。だけど、俺にはあの娘がーー」と誘惑に負けそうになる。

 そんな中、右京だけが固まった。

 

「(この女性。どこかで見たことがある……)」

 

 右京は彼女の瞳を見た瞬間、異様なものを感じ取って、背中にゾワッと鳥肌が立った。

 美少女は固まる右京にお辞儀してからゆっくりと歩み寄る。

 見れば見るほど、あの妖怪に似ている。右京は勘づいたように目を見開いた。

 足を止めた彼女が自己紹介する。

 

「こんにちは。和製ホームズさん。私はマイリベリー・ハーンと申します」

 

「マイリベリー・ハーンさん……。ですか」

 

 右京は椅子から立ち上がって、彼女の正面に移動した。

 

「はい。よく長いと言われるので友人からはメリーと呼ばれております。よろしくお願いしますわ♪」

 

 そう語ってからメリーが握手を求めて右手を差し出した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 可愛げのある笑顔から放たれた言葉には尖った刃物のような鋭い殺気が隠されていた。

 棘のあるセリフがきっかけとなり、右京はメリーの正体を察して握手を躊躇うが、ここまできて握手を交わさないのは失礼に値する。

 

「杉下右京です。よろしく」

 

 表面上は穏やかだが、裏では激しい警戒音が鳴り響く。この出会いは偶然かまたは必然か。

 杉下右京の戦いはまだまだ始まったばかりである。

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