相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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Season 4.5 幻想の住人
第145話 白黒魔法使いと古道具屋店主


 里で大事件が起こってから約三ヶ月。大半の妖怪たちは何ごともなかったかのように初夏の風を堪能しながら、すぐにやってくるであろう梅雨への対策を考えている。

 呑気な妖精や小妖怪の声と新緑の木々を背景に僕、森近霖之助は客足のない昼下がりの香霖堂の窓際で読書に勤しむ。

 

「そして誰もいなくなった、か。……ふむ、なるほど」

 

 鈴奈庵で借りた表の世界の作家が書いたとされる至高のミステリー『そして誰もいなくなった』。未読者のためにネタばらしはしないが、タイトル通りの作品だった。

 

「意外な伏線とその結末――正直、クリスQの伝奇小説よりも好みかな」

 

 日本語訳されたこの本に手を伸ばした際、店主から「こちらの本も如何ですか?」とクリスQ関連の本を勧められたが、こちらを選んで正解だった。

 本を閉じ、机に置いたのと同時にベルが鳴った。

 

 ――カランカラン。

 

「香霖。いるか」

 

「ん? 魔理沙か」

 

 白黒の魔女服を着込んだ普通の魔法使い、霧雨魔理沙である。

 

「邪魔するぜ」

 

 店内に入るや否や魔理沙は壁に箒を立てかけ、カウンターの上に腰を下ろす。

 本当に勝手な娘だ。昔から勝気で騒がしい奴だが、ここ最近は比較的大人しく、どこか表情に陰りがあった。あの事件のことが尾を引いているのは明らかだ。

 僕の視線から思考を察した魔理沙が、目を細めていつもの台詞を吐く。

 

「なんだよ。私の顔に何かついているのか?」

 

「いや。別に」

 

 あどけない童顔で睨まれても大した威圧感はないが、余計なことを喋って機嫌を損ねられるとグチグチうるさいので詮索はしない。

 僕は窓の外に広がる木々に視線を移し、緑が風に揺れる様を観察する。魔理沙も軽くため息を吐いて僕と同じ方向を向いた。

 数分の間、言葉を交わさなかったが、この静寂に飽きたのか。

 

「私は納得してない」

 

 ひとり、零した。

 

「何にだい?」

 

「あんな強引なやり方で事件の幕引きを図りやがって……」

 

 やはり僕の読みは当たっていたようだ。

 魔理沙は、秘密結社とそれを利用した狩野宗次朗が引き起こした人里史に残る大事件を里人の記憶の境界を弄ることで隠ぺいしたふたりの幻想賢者の決断に憤っているのだ。

 僕も里人解放の有志たちに協力する形を取っていたため、事件の顛末を複数の参加者から聞くことができた。

 

 簡潔にまとめると、杉下右京の奇策により作戦開始から数時間で里が解放され、結社を後一歩まで追いつめたのだが、結社代表と幹部たちに自殺されてしまう。

 黒幕がいると踏んだ杉下右京は里を探索。次々に自殺に見せかけられた他殺体が発見され、捜査線上に浮かび上がった狩野宗次朗を疑い、追い詰めるも彼は盗んだ村正と多数の武器を駆使して里で大規模テロを起こした。

 竹林の名医の健闘もあって死者数は十人程度に抑えられたが、人間が起こした殺人事件としては最大記録を更新してしまった。

 虐殺を引き起こした狩野は山奥で杉下右京と一騎打ちとなり、敗北。その後、予め飲んでいた猛毒で死亡した。

 それにより、狩野の背後にいるとされた黒幕への手がかりはなくなった。情報を流していたとされる表の女子高生、宇佐見菫子もただ利用されていただけで目ぼしい情報は持っておらず、幻想郷内での捜査が完全に行き詰った。

 その直後、杉下右京とその部下が姿を消し、賢者たちが大規模な記憶の改ざんを含む多数の隠ぺいを行ったものだから一時期、幻想郷は荒れた。

 納得がいかない魔理沙や霊夢が賢者たちへ決闘を挑んだり、各地の人権派の妖怪たちが抗議の声を上げたりと激しく火花を散らした。

 けれど八雲紫は「だったら、どうすればよかったのかしら? 放っておけば幻想郷がどうなったかわかるでしょ? これ以上に幻想郷を危険に晒さず、事態を鎮静化させる方法があった?」と反論し、もう一方の賢者も「元はと言えばお主らの派閥争いがきっかけで不満がたまったからこのようなことが起きたのだぞ? 私らは尻拭いをしただけにすぎぬ。感謝されることはあっても文句を言われる筋合いはない。それでも気に入らぬのであればかかってこい!」と向かってきた相手をコテンパンにして反対勢力を鎮圧した。

 おかげで一ヶ月も経たないうちに幻想郷はいつも通りの平穏を取り戻す。

 魔理沙もその戦いに負けたひとりだ。怒りを覚えないほうが無理だろう。

 

「お前はさ……どう思う?」

 

 ふいに魔理沙がそう訊ねてきた。僕の答えは決まっている。

 

「仕方がなかった。そう考えることにしている」

 

 幻想郷という強固な結界を持ちながらも脆弱な空間にとって今回の事件の悪影響は計り知れない。長引けば長引くほど綻びが広がって最後は崩壊する。

 賢者たちのやったことを正しいとは思わないが、僕がこうして何ごともなく読書ができているのも彼女らの判断のおかげだ。

 妖怪の血を引く者にそれを批判する権利はない。が、あくまでも僕の立場での話だ。生粋の里人である魔理沙は違う。

 

「そうかい……」

 

 両目を瞑り、腕を組んで顎を引く。眉間には皺が寄っていると思われるが、帽子を深く被って顔を隠した。

 

「私らがおっさんに外来人のことを伝えていれば……」

 

「それについては僕にも落ち度がある――」

 

 妖怪の山の巫女に聞いたときは心底驚いたが、僕が世話した外来人が今回の事件の首謀者である可能性が高いのだそうだ。

 あの優しそうな紳士が将来有望な若者を唆し、凶行に走らせたなどと、今考えても信じられない。

 しかしながら現状、一番有力視されているのだ。僕も探りを入れればよかったのだが……杉下右京に一本取られたショックで消極的になっていた。責任を感じている。

 魔理沙と霊夢も外来人の情報を予め聞かされており、白玉楼にいる特命係に伝えるように頼まれていたそうだが、酒を飲んでいたせいで伝えそびれてしまい、捜査が難航する原因を作ってしまった。

 僕を含む、個人主義的思考の強い妖怪とそれに肩を並べる者たちは周りに話を通さず、自分勝手に事件へ絡んでいく傾向にあり、勢力間の垣根を越えて連携しようという考えを持たない。

 今回の事件が最悪の方向へ進んだのは間違いなくそうした問題が絡んでいる。魔理沙たちだけの責任ではない。

 

「――だから気落ちするな。これは皆の責任なんだからさ」

 

 外部勢力を頼ろうとしなかった稗田家。勢力争いのために勝手な行動した天狗と妖狸――里人を侮っていた全ての知恵や力ある者たちに問題があったのだ。

 魔理沙は一呼吸置いてからこう呟いた。

 

「けど、里人の失われた記憶は戻らない。私は……どんな顔して里に顔を出せばいいんだ?」

 

 珍しく思い詰めている魔理沙に一言だけアドバイスを送る。

 

「いつも通り、生意気な顔でいいだろうさ」

 

 そう言って僕は立ち上がった。

 

「茶を入れる」

 

「……緑茶か?」

 

「ここにはそれしかない。待っていろ」

 

 仮にあったとしても里で流通している紅魔館製の紅茶くらいだ。その味は言わずもがな。杉下右京のブレンドした紅茶にはまるで敵わない。そのため香霖堂に紅茶は置かないのだ。比べてしまうからな。

 台所でお茶を入れ、魔理沙のところまで運んでいくと彼女は僕がカウンターの裏に隠していた護身用の剣を手に持ち、鞘から引き抜いた。

 

「何しているんだ?」

 

「見ればわかるだろ?」

 

 魔理沙は露わになった刀身をあらゆる角度からジロジロと観察し始める。ときに光に当てながら、ときに日陰でじっくりとワザとらしい鼻歌を混ぜつつチェックしている。

 心配されたくないからといってそこまで誤魔化そうとしなくてもよいのだが、それが彼女らしさなのだ。

 

「うーん。それなりに磨かれているようだな」

 

「失礼だな。ちゃんと言われた通りに手入れをしている」

 

 その刀が名刀であることはもはや周知の事実。事件が一段落して魔理沙が返却しにきた際「霊夢が言うにはこの刀は神気を放つ名刀らしいぜ? もっと大切に管理しな。じゃなきゃ返してもらう」と言われ、定期的に磨くようになった。

 杉下右京は犯人との一騎打ちでこの草薙の剣を使用して妖刀化した村正とその使い手を倒したそうだしな。純粋に剣としても一級品だったとわかれば、手入れを怠りはしない。

 点検を終えた彼女が鞘に剣を収め、僕の持ってきた緑茶に手を伸ばす。

 

「もう少し暑くなってきたら黒い飲みものが欲しくなるな」

 

「コーラか。確かに夏場に備えて数本は欲しいな。近いうち、無縁塚を探してくるよ」

 

「期待してる」

 

 フー、フーと息を吹きかけ、緑茶を啜る魔理沙につられるように僕も緑茶を口に含む。苦味とほのかな甘味を味わえるのが、緑茶のよいところだ。つくづく自分が東方の住人であると実感できる。

 見た目に反して和の文化を好む魔理沙も同様だ。

 

「緑茶といったら甘味だよな?」

 

「……もう少し早く言ってくれないか?」

 

「そこは気を利かせろよ。修練が足りてないぜ」

 

 修練以前に店の客じゃないヤツに菓子を出す必要があるのか?

 目を細めて睨んだものの表情に明るさが戻った魔理沙を見ていると彼女の親父さんを思い出し、

 

「わかったよ」

 

 結局、折れてしまう。こんなやり取りが数か月前にもあった気がするが、そこには触れないでおこう。

 僕はまた台所に戻り、手頃な饅頭を二つをお盆に移して運ぶ。

 彼女は饅頭を見るや「そうそう。これだよ、これ!」と掴んで頬張る。店主より先に食べるのは如何なものか……。僕が白けた表情をして見せても魔理沙は知らん顔だ。

 それから他愛もない雑談で時間を潰し、いつの間にか夕暮れ時を迎える。

 茜色に染まる空を窓から身を乗り出して眺める魔理沙の横で僕は今日の夕飯をどうするか考えていた。そのとき、彼女がポロッと零す。

 

「あのおっさん……元気にしてるかな」

 

 これも少し前に霊夢から聞いた話だが、杉下右京とその相棒は八雲紫が直々に表へ帰したらしい。

 何故、博麗神社からではなかったのかと思ったが、どんな妖怪相手にも物怖じしない彼のことだ。八雲紫相手ともやり合ったに違いない。そこで何かしらの交渉が決裂した結果だろうと僕は読んでいる。始末したのなら始末したと語るはずだ。あの彼女なら。

 

「きっと元気さ」

 

 面倒な手合いだが、豊富な教養を持ち合わせ、表の知識を惜しげもなく教えてくれる貴重な存在だったことに気がつき、色々聞いておけばよかったと今更、後悔している。皮肉な話だ。

 

「そうだよな。おっさんだしな」

 

 魔理沙も彼が滞在した約一ヶ月間、ずっと振り回されたがよい経験ができたのだろう。有志の一員となってここを訊ねてきたときは冷静さを身につけたなと感心したものだ。

 僕が笑うとすかさず、

 

「なんだ? 負かされたときのことでも思い出したのか?」

 

 と、皮肉を言ってきた。普段なら反論するが面倒になったので頷いた。

 

「かもな」

 

「ずいぶん素直だな……」

 

「僕がいつでも構ってやると思うなよ?」

 

「構ってやっているのは私だぜ」

 

 意地っ張りで皮肉屋のコイツにつき合うのもたまには悪くはない。

 

「ところで魔理沙。夕飯はどうする?」

 

「あぁ、適当にすます」

 

「里か?」

 

「いや、まだ行けん。里人の……笑顔を見るのが辛い。何となくだが」

 

 並みの妖怪以上の戦闘力を持つ彼女も中身は普通の少女か。こんなときは年長者が何とかするのが常だ。

 

「そうか。ならここで食べていけ」

 

「いいのか?」

 

「あぁ、鍋でも作ろうと思っていたからな」

 

「鍋……鳥か?」

 

「そうだが」

 

「…………頂くぜ。白みそで頼む」

 

 魔理沙は顔を綻ばせて親指を立てた。霊夢がいたら赤みそだったな。そう思いつつも、僕は日本酒を用意して鍋を作り、彼女とふたりきりで食事を楽しんだ。

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