竹林で妹紅と輝夜が決闘した次の日の真夜中。
紅魔館二階のテラスにてレミリア・スカーレットとパチュリー・ノーレッジは紅茶を片手に会話を楽しんでいた。
「昨日はやかましかったねぇ」
「竹林で月のお姫さまと警備員が喧嘩していたらしい。咲夜が言っていた」
レミリアが口を開けば、本を読むパチュリーも喋る。いつもの日常だ。
「にしても夜通しはやりすぎよね。おかげで紅茶が楽しめなかったじゃない」
「なら、どうして止めにいかなかったの? レミィなら注意できたでしょうに」
「竹林は……私の縄張りじゃない」
そう告げたレミリアだったが、ほんの一瞬だけ表情が硬くなる。
パチュリーは持参した魔道書のページを捲る手をピタリと止めた。
「本当にそれだけ……?」
「どういう意味かしら、パチェ?」
「そういう意味よ、レミィ」
「……」
古くからつき合っている友人は全てお見通しだ。
地上を照らす月を見上げながら吸血鬼が答える。
「暴れたくなる理由もわかるからよ」
「まだ引きずっているのね?」
「不老不死といっても中身は人間。青くさいわよねぇ」
魔力を帯びた月光を浴び、紅く燃え上がる不死鳥の爪と虹色に煌めく龍の牙が激突する光景を思い出しながら、緋色の主は優雅に紅茶を啜る。
一方のパチュリーは不満げな態度を見せる。
「そうじゃない」
「どういうこと?」
「引きずっているのはレミィじゃないのって意味」
瞬間、何とも言えない空気がテラスを包んだ。
さすがの吸血鬼も正面から問いかける親友相手に嘘はつけない。
「そりゃあ、ねぇ……。私があのとき田端を逃がさなければ……色々、変わったかもしれないじゃない」
子分たちから妨害にあったとはいえ、逃がしたのは事実だ。彼女が取り押さえていれば少なくとも爆弾による自殺は防げた。
残りの幹部も捕縛し、スマホから情報を引き出せれば実行犯に繋がる証拠を押さえられたかもしれない。
「そうかもね」
「ズバッと言うわね……」
嫌がるレミリアだったが、パチュリーは言葉を続ける。
「だけど、変わらなかったかもしれない。気にしすぎないほうがいい。他の有志たちみたいになる」
「でもねぇ……」
普段の彼女なら軽く割り切って次のパーティーの催しものでも考えるはず。
余程、堪えているのだと察した魔女は席を立ってレミリアの側に歩み寄る。
「全ては運命だった」
「運命……?」
「そう、運命。自分勝手に生きてきた者たちが急に連携なんて取れるはずがない。表から迷い込んだ日本のホームズとワトソンがいたから辛うじて組織の形になったけど、最後の最後で崩壊した。
個々の抱える事情、連絡不足、テロリストたちの覚悟、狩人の意地、それと得体の知れない外来人の黒幕。これだけの要素があったのよ? この結末が自然なのよ。これを運命と言わず何を運命と言うのか」
「冷静な見方ね」
「そういう訳で、責任は皆にある。レミィだけじゃない。当然、ひとりでいかせた私も配慮が足らなかった。せめて参謀へ同席できるようにかけ合うべきだった。だから必要以上に自分を責めなくていい」
「パチェ……」
ニヒルで不器用な友人が遠回しに自分を励ましてくれている。
レミリアは急に嬉しくなり、暗かった顔に笑顔が戻った。
「ありがとう。昔から頼りになったけど、今のパチェは別人かってくらい頼もしいわ」
「一応、紅魔館の頭脳だから」
ちょっと前まで毎日、図書館で魔法の研究に没頭していた彼女がこの変わりようだ。
どこか違和感を覚えたレミリアが顎に手を当てながら訊ねる。
「それにしても変わったわよね……。もしかして杉下右京の影響?」
「ないとは言えない。あの人間には二回負けている」
「チェスとレミリア・ジャッジメントね」
「そう」
頭脳戦を得意とする自分が特殊な能力を持たない人間相手に二度も敗北した。
怒るとまではいかないが、プライドを大きく揺さぶられ、思うところがあった。
それがパチュリー・ノーレッジの危機意識を強くしたのだろう。
しかしレミリアは腑に落ちない。
「けど、チェスは二戦目で勝利しているから引き分けよね? レミリア・ジャッジメントだって稗田阿求の異常なまでの観察力と機転に負けたようなものでしょ? 杉下右京はあまり関係ないと思うのだけれど」
「稗田阿求のフォローは見事だったけど、それをアシストするように彼は仕かけた」
「どういうこと?」
パチュリーが詳しく説明する。
「私と稗田阿求との会話で彼は私が占うのは彼女だと予測していた。外れることがわかっているから、この機会に私を吊らせたかった。そこで自身を疑った霊夢を退場させれば相方が上手くやれるだろうと考えた。
私が占った本居小鈴を襲撃するのも手だけど、彼女はゲームに不慣れで友人を頼っていた。終盤までいてもらったほうが都合がよい。魔理沙が私を疑うのは目に見えていたし、論理的な彼の部下も私を怪しむはず。レミィは私寄りだから安易に狙うと反撃の起点にされる可能性が出てくる。参加者の傾向を加味した上でゲーム全体を考えるなら霊夢を退場させるのが最適だった」
「あの人間、そこまで考えていたの?」
「ある程度は考えていたんじゃないかと思う。よってあのゲームは稗田阿求と杉下右京のコンビに敗北したと言って差し支えない」
「さすがは私たちを指揮した人間ね。大したものだわ」
力で劣る人間でありながら、妖怪と対等に渡り合える頭脳と胆力で幻想郷を探索するだけでなく、有事の際は指揮官として活躍した異質な存在。
やらかしたとはいえ、幻想郷側にも落ち度がある。マイナスを差し引いても杉下右京は有能であり、一部の猛者たちは未だに特別視している。
「幻想郷における《U.N.オーエン》となるのは彼だと思ったんだけどねぇ……」
「本当は里の中に隠れていた。盲点だった」
狂気は外側からやってくるのではなく内側で育っていた。
力を持たない人間如きに何ができる。こうした慢心が幻想郷を危険に晒した。
結果こそ大惨事だが、妖怪そのものは無傷。里の反乱分子も一掃できた。問題は無事、解決へ向かっている。
それでも七曜の魔女は浮かない様子だ。
「今回の事件を受けて、里の中で妖怪の活動が制限されるのは時間の問題。今後は里に出入りしづらくなり、どの勢力も政治や経済を含む、様々な活動に支障をきたすはず」
賢者は妖怪たちが人里を刺激して反乱を招いたことを口実に妖怪の活動を制限するつもりでいる。
そうなれば里は妖怪たちの手から隔離された空間となり、中立地帯として機能する。
これは妖怪の有識者たちの間で話題となっていることだ。
その頭脳であらゆるパターンが予測可能なパチュリーにとってそれは深刻な問題へと繋がりかねないとの懸念があった。
彼女が唸るのと同時にレミリアも別の問題で頭を悩ませる。
「困ったわ。せっかく《レミリア・ジャッジメント》を商品化して売ろうと思っていたのに……」
直後、パチュリーは真顔のままレミリアを見やった。
「レミィ――
「ん? そうだけど?」
「何故?」
「だって、幻想郷用にローカライズされたゲームなのよ? 里は空前のミステリーブーム。里人の間でも流行するに決まっているじゃない。上手いことルールブックを作り、役職の書かれたカードを用意して難易度を人間向けに調整、販売すれば紅魔館の知名度を上げるきっかけになる。それに――」
「経済活動に本格参入できた。ってところ?」
「その通りよ。紅茶だけじゃ足りないでしょ?」
天狗は新聞、狸は人間を装って里へ干渉したように、レミリアたちもまた商品販売で干渉を試みたのだ。表向きの理由は小遣い稼ぎ、レミリアのきまぐれなどだが。
「里で行動する理由が増えれば無理なく情報収集ができる、か……」
「おまけにゲームを流行らせれば我々のイメージをよくできるかもしれないじゃない?」
「怖れを得るという観点から言えばマイナス」
「人心を得るにはちょうどよいわ」
彼女の言葉にパチュリーが目を細める。
「レミィも……《里の支配者》に立候補するつもりだったの?」
「他の妖怪や新参どもの好きにさせたくないってだけよ。すでにメディア方面は天狗に、信仰方面は宗教家の連中に抑えられているから、こちらは常に不利だった」
「現状、向こうの情報操作に対抗する術がなかったものね」
「アイツらが調子に乗らないように立ち回りたかった」
「経済面に影響を及ぼせば、妖怪や里も紅魔館を無視できなくなるか。ふむ……」
本当の狙いは情報収集と印象操作である。
賢者と博麗の巫女がいる限り、表だって仕かけてもいずれは手を引かねばならなかったが裏から手を回すのであれば黙認されてきた。
妖怪にも生活がある。一定の怖れや収入を得る行動は致し方なかったのだ。今までは。
「結局、頓挫しそうだけどね……。そうした活動が人間にストレスを与えて暴動へと駆り立てたのだからねぇ。仕方ないか」
レミリアが肩を落とす。
「仕方ない、か……」
パチュリーは口元に手を当てながら何かを考えており、納得していない様子だ。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。ただーー」
言葉を濁そうと思ったが、相手は親友だ。必要以上に隠しごとはしたくない。
「この騒動で誰が一番、得をしたのかって考えただけ」
頭上に広がった美しい幻想の夜空の先で嗤う賢者を思い浮かべながらパチュリー・ノーレッジは、
「(全てはあの女の計算か)」
その真意にたどり着き、強い不快感を覚える。
「(あらゆる事態を考慮しておかないと)」
不安そうに自分の顔を覗くレミリアに彼女は「大丈夫よ」と告げてから再び席に着いた。
そして、幻想郷を覆う見えない結界を睨み、
「(幻想郷に依存しすぎるのは危険。万が一に備え、次の移住先を探しておこうか)」
ひそかに決意した。