相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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少し短めです。


第149話 楽園の素敵な巫女

 無数の雲が大空を覆い尽くす平日の昼前。

 今日の人里は、朝から雨が降らないうちに梅雨入り対策をすませようとする主婦たちが買いものに勤しんでいる。

 競争とまではいかないが、ときおり欲しいものを先に取られて険悪なムードを漂わせる、ごくごく普通の日常が展開されていた。

 そんな人里を遥か遠方から見下ろすように博麗神社は建っている。

 縁側で家主である巫女がひとり座って、茶が入った湯呑を手に取る。

 

「はぁ……」

 

 彼女は博麗霊夢。幻想郷のバランサーを務める妖怪退治屋の少女である。

 紅魔館を始め、数々の人外勢力と戦いを積み重ねた故、対妖怪戦においてその強さは抜きん出ており、並みの人間相手では勝負にすらならない。

 実績から見て、幻想郷最強の人間だろう。

 その能力故、霊夢は自らの力――とりわけ才能に強い自信を持っていた。

 三ヶ月前までは。

 脳裏に浮かぶのは血と悲鳴の惨劇、自殺した狩人、正体のわからない黒幕、それと。

 

「あの人たち、元気にしているのかしら?」

 

 眩しいまでの正義と矜持を持った紳士、杉下右京と同じく志を共にした神戸尊の特命係ふたり組。

 幻想郷で一緒に行動していた際はときに観光を楽しむ客人、ときに真実を暴こうとする厄介者、ときに良識ある大人、ときに味方。状況によってカメレオンの如く変化し続ける彼らにペースを乱されてばかりだったが、思い返せば憎めない連中だった。

 しかし別れは突然、訪れる。知人であり、上司のような存在である八雲紫がふたりを強制的に追放したのだ。当初、話を聞かされた霊夢は住民の記憶操作も相まって彼女の行為に酷く腹を立て、スペルカード片手に決闘を挑み、闘争心むき出しで戦った。

 決闘は数時間にも及ぶが、怒りで我を失いつつある霊夢を心配した他の妖怪や仙人に制止され、戦いは強制的に中断された。

 最後に紫から「ああ、するしかなかったのよ。結界に影響が出る前にね」と諭されて、業腹ながらも矛を収めた。

 しばらく誰とも口を利かず、神社に引き籠っていた。しかしながら()()()()()()と言われれば納得せざるを得ない。それが博麗の巫女という役割だと言い聞かせ、彼女は神社を再開した。

 刹那、曇天が僅かに揺れるのを感じた。彼女は懐に手を伸ばし、札を掴む。

 同時に見知った天狗が霊夢の前に着地した。

 

「どうも()()()()所属の射命丸です」

 

「なんだ、アンタか」

 

 文だった。

 彼女は結社騒動の後、可能な限りの言い訳を並び立てて何とか妖怪の山に戻り、記者としての活動を再開していた。

 憎たらしいスマイルにいつもの霊夢なら見かけ次第、排除を試みるのだが。

 

「なんか用?」

 

 視線を合わせず、ぼやくように返事をするにとどめた。

 空気を読まない系ジャーナリストの文もその態度に軽く引いてから「いや、その……」と言い淀んだ。

 気まずい空気のでき上がりである。

 会話が途切れたのを悪いと思ったのか霊夢が自分から「……新聞?」と問いかけた。

 返事に困りつつも文は「違います」と言って、カバンから文字が印刷された一枚の紙を取り出す。

 

「これを届けて回っているのよ」

 

「何それ」

 

「妖怪向け、里を利用する際の心得。その改訂版」

 

「改訂版?」

 

「ええ、この前の事件を受けて賢者がルールをつけ加えたのよ」

 

「なんですって!?」

 

 スイッチが入ったように驚いた霊夢は「ちょっと見せて――」と文から無理やり改定の内容が書かれた紙を奪い取った。

 ルールを食い入るように見つめ、文字をすばやく読み進めながら追加された条文にたどり着く。

 

「『年内に限り、妖怪の里への出入りを夜以降に制限する』『有事を除き、里内でのスペルカードバトルを全面禁止とする』『里で布教および経済活動をする場合、必ず幻想賢者代表:八雲紫に話を通して許可をもらうこと。これには現在、活動している内容も含まれる』」

 

 霊夢が読み終わったのを見計らって文が補足を行う。

 

「今回の事件を受けて、幻想賢者は里をスペルカード施行以前に戻すつもりのようです」

 

「ふーん……。そう」

 

 気怠そうに文へ紙を返した霊夢は再び、茶を含んだ。

 ふて腐れているのか、それとも諦めて受け入れたのか。

 文は彼女の心中を測りかねている。

 

「それだけ……? 何かコメントとか――」

 

「ダメなの?」

 

 霊夢が遮るように言った。

 

「いや、そういう訳じゃ……」

 

「ならいいでしょ? 私にだって言いたくないことの一つくらいある」

 

「……」

 

 不機嫌を上まで表した博麗の巫女の威圧は普段、癇癪を起こしているときとはわけが違う。

 これ以上、追求すれば問答無用で決闘になると直感した文は両手をパタパタと振った。

 

「わかりました。もう訊きません」

 

「ならいいわ」

 

 そう言うと彼女は何事もなかったかのように顔を上げて曇り空と向き合い、ため息を吐く作業に戻る。

 元通りになるのはしばらく時間がかかるだろう。

 この空のように曇った霊夢の心を見た文は目線を地面に落として、

 

「今日はこれで失礼します」

 

 セールストークもせずに退散していった。

 

「やけに素直ね。いつも、ああだったらいいのに」

 

 微かに鼻を鳴らした。

 

「里に妖怪が入らなくなる。よい傾向だわ。人と妖怪は必要以上に慣れ合っちゃいけない。きっと…………これでいいのよ」

 

 幻想郷は全てを受け入れる。そして巫女もまたそれを受け入れる。

 世界は変わっていくが、本質は変わらない。

 それは悲劇かそれとも幸福か。

 バランサーの博麗霊夢にとって何より重要なのは秩序を守ること。

 彼女はこれからもその本分を全うし続けるだろう。

 平和への想いを心のどこかに秘めながら。

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