相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第150話 亡霊の推理と賢者の信念

 日が落ちて、常闇に包まれる幻想郷。その一角には幽霊たちの世界が存在する。

 亡霊の女王、西行寺幽々子は白玉楼の庭先でとある人物の到着を待っていた。

 

「遅いわねぇ」

 

 相手はあまり時間を守らず、胡散臭くて何を考えているかわからないと言われる曲者だ。

 またどこかで油を売っているのだろう。月を眺めながら彼女は思った。

 数分後、正面上空が裂けるようにぱかっと開き、そこから夜の闇とは異なる黒い世界と無数の目玉が出現した。

 間髪入れず中からひとりの少女が飛び出して幽々子の目の前に着地する。

 

「ごめんね。遅くなったわ」

 

「もう待ってたわよ。紫」

 

 やってきたのは八雲紫である。

 

「色々、必要な買いものしていたら時間がすぎていてね」

 

「もしかして私へのおみやげとか?」

 

「今日は買ってきてないわ」

 

「えー、何も買ってきてないの?」

 

「その代わり、自宅からこれ持ってきたから」

 

 紫はスキマから日本酒を取り出して見せた。

 幻想郷ではお目にかかれないパッケージに幽々子はふむふむ、と口を動かす。

 

「表の日本酒?」

 

「そうよ。辛口で美味しかったから、今日はこれで一杯、やりましょう」

 

「妖夢が作った食事と合いそうね」

 

 そう言って紫を自宅に招き入れ、宴が始まる。

 従者が作った日本食が並ぶ座卓を囲み、酒を片手に会話が弾む。

 

「この料理ってちらし寿司?」

 

「そうよ、川魚を使って作らせたの。ちゃんと火は通っているから安心して。他にもかっぱ寿司とかもあるわよ」

 

「へぇー、いいじゃない。幻想郷でお寿司なんて」

 

「他にもバラ焼きなんかも作ったわよ」

 

「バラ焼きって、十勝バラ焼きのこと? 結構、マイナーよね」

 

「ま、せっかくだし食べてみて頂戴」

 

 幽々子が手を挙げると割烹着姿の妖夢が食事を運んでくる。

 お盆に乗っているのは醤油が香るバラ焼きだった。

 

「あら、美味しそう!」

 

 酒が入っているのか機嫌のよい紫は妖夢に「ありがとう」と言ってから箸を伸ばす。

 口に含んだ途端、醤油のしょっぱさとリンゴの甘さが混ざったタレがよく肉に絡み、よい味を出す。

 紫は「うん、美味しい――このお酒に良く合うわ」と満足した。

 宴が進むにつれ、スキマ妖怪の口から表の話が出てくる。

 特に政治や経済、テクノロジーの話題が多く、とりわけ世界情勢には感心があるのか、自分なりの考察を交えて解説する。

 幽々子は相槌を打ちながら「相変わらず、何を言っているのかわからないわねー」とその内容のほとんどを理解できなかったが、彼女との会話が楽しいので不満はなく、お酒を片手に笑顔を作っていた。

 

「表の話ばかりで申し訳ないわね」

 

「いつものことでしょ? 気にしないで続けて」

 

 癖が強く、内容も幻想郷の住民であれば意味不明な紫の話を幽々子は聞き続けられる。

 おまけに聞き上手で「それってどういう利点があるの?」「そういうことだったのね。意外だわ」「へー、すごいじゃない!」と紫の言った言葉に適切な反応で返す。

 少々、感覚がずれている部分もあるが他者を惹きつけて離さない才能を持っている。

 紫と仲よくできるのもこれが理由だ。

 互いの腹も膨れ、食事の終わりに差しかかる。

 空気を読んだ妖夢が座卓の食器を静かに台所へ運び入れる。

 後ろ姿を何気なく眺める紫が言った。

 

「ここで何度も食事をしてるけど、今まであんな料理出たことなかったわね」

 

「最近、教えてもらった料理なのよ」

 

「誰に?」

 

 ニヤリと笑いながら訊ねる紫に幽々子が答えた。

 

「特命係の杉下右京」

 

「へー」

 

「あの人、料理が上手かったのよ。表の西洋料理から日本料理まで色々作ってくれたわ。おかげで毎日の食事がより楽しくなったの。もう少し、あの娘に料理を教えてもらえばよかったなって思ったくらいにね」

 

 いつも通りのテンションで語る幽々子。

 一方の紫は彼女の目をジッと見つめた。

 

「あの人間が優秀な料理人でもあったなんて知らなかったわ」

 

「私も妖夢が接触するまではわからなかった。幻想郷の闇を暴こうとしているかもって、皆が警戒していたから、どんなものかと身構えていたけど、蓋を開けてみれば一風、変わっただけの紳士。有能だけど人間の域を出ない。当然、妖怪には勝てない」

 

「そうね。私たちとの差は歴然だわ」

 

「だから追放でとどめたのね。今後の方針のために」

 

「ええ」

 

 幽々子が一連の会話で何を考えているのか。紫は深い所まで理解して頷いた。

 その上でさりげなく。

 

「……怒ってる?」

 

「別に」

 

「ホント?」

 

「本当よ。大方、()()()()()()()()って予想していたからね」

 

 ポツリと零す幽々子の言葉に紫が再度、訊き返す。

 

「ちなみに、どんな予想をしてた?」

 

 紫の雰囲気に妖艶さが滲み、妖怪としての本性がチラチラと見え隠れする。

 幽々子は「何よ、怖い顔しちゃって」と気にかけないながらも彼女の意図を察し、珍しく真面目な態度に切り替えた。

 

「追放の件? それとも……事件について?」

 

「両方」

 

「わかりました」

 

 コホンと咳払いして幽々子が自らの意見――いや、推理を披露する。

 

「霊夢たちの証言によると、今回の事件は幻想入りした外来人が黒幕で、里の狩人見習いを唆したことで発生した。その黒幕は表から定期的にやってくる外来人、宇佐見菫子を誘導して情報を引き出した」

 

「そうね。中々、強かなヤツね。一応、菫子からも事情を訊いたけど、本当に何も知らなかったみたい。以前、喋るなと釘を刺しておいたのだけど『テンションが上がってつい……』って言っていたわ」

 

「想像以上に口が軽かったのね」

 

「まったくこれだから最近の女子高生は……っと、余計だったわね。続けて」

 

「でもって黒幕は工作活動をすませた後、外へ逃亡していた。一度、結界の外に出た相手を探索するのは困難。追跡手段も限られる。そこで捜査を得意とする特命係を利用して探し出したいと考え、追放処分にとどめた。でしょ?」

 

「その通りよ」

 

 紫は四人目の名探偵の推理にパチパチと拍手を送った。

 

「で、特命係の調子は?」

 

「それがねぇ。あまり進んでないみたいなのよ」

 

「あら、そうなの?」

 

 優秀な刑事の彼が手こずっている実情に首を傾げる幽々子。

 紫がその理由を語る。

 

「あっちに出向いて観察していたんだけど復帰早々、複数の事件解決に乗り出したみたいで、幻想郷から帰還して一か月で二つの事件を解決したのよ。一つは少年犯罪絡み、一つはここ以外の隠れ里からやってきた人間が起こした事件」

 

「一つ目はわかるけど、隠れ里……? ここ以外にもあったのね」

 

「といっても人間が作った結界もない小さな集落――素朴な楽園だったわ」

 

「へー、世界は広いのね」

 

 現代社会に絶望したとある人物が創り上げた新世界を紫は素朴な楽園と評し「子供の遊びにしては上出来ね」と思い出して微笑んだ。

 

「二つの事件を解決した杉下右京はイギリスへ旅行に出かけたの」

 

「イギリス? もしかして犯人を追いかけて?」

 

 幽々子が疑問を呈すると紫は肩を竦める。

 

「周囲はいつもの観光だと言っていたけど、実際はどうなのかしら」

 

「で、追ったの?」

 

 彼女が訊ねた途端、紫の目が横へそれる。

 

「追ったわよ。でも途中で見失ったわ」

 

「え、紫が?」

 

「ロンドンの街に詳しいみたいで、路地裏で撒かれたの。全く、用心深いったらありゃしないっ」

 

「あらあら、やり手じゃないの彼」

 

「何がおかしいのよ……」

 

 あの紫が尾行を撒かれたという話に対し、幽々子は膝元に置いた扇子で口元を隠して笑った。軽くため息を吐いた紫が続ける。

 

「それでね。ようやく居場所を特定したときにはすでに飛行機の中。先回りして東京に帰ってみたのだけど、到着時刻になっても帰ってこないのよ。聞けば、その足で北海道へ向かって行方不明になったのよ」

 

「行方不明……」

 

「そうそう。今度は北の孤島、天礼島ってところなんだけど、飛行機内で乗客と雑談中に事件のにおいを嗅ぎつけたらしいの。けど、そこの島の連中に一服盛られて、危うく始末されそうになった」

 

「……それで?」

 

 若干、声のトーンを落とす幽々子に紫はニヤリと口元を動かす。

 

「現在の相棒が助けに入って、杉下右京を救出。そのままふたりで犯罪者たちを捕まえて事件を解決した。噂では島の犯罪者連中はロシアに感化されたテロリストで《デーモンコア》を所持していたそうよ。一歩間違えば大惨事だったわね」

 

「よくわからないけど、お手柄だったってこと?」

 

「お手柄もお手柄よ。本来なら表彰されてもおかしくない。ま、窓際部署には関係ないのだけど」

 

「頑張っても認められない。よくもそんな環境に居続けられるわねぇ」

 

 狂人なのか変人なのか。亡霊の女王を以てしても杉下右京を完全には理解し切れないようだ。

 それは幻想賢者も同様である。

 

「シャーロック・ホームズもびっくりな変わり者よ。無事、北の孤島から帰還しても勝手に事件を追いかけて解決してるんだから。仕事の合間を縫ってちょくちょく、ひとりで抜け出しているって部下が愚痴ってたから、黒幕について調べているのだろうけどねぇ。あまり教えてくれないのよ。クレバーな元部下も同様にコソコソ活動しているから情報は得られないし」

 

「警戒されているのね」

 

「ちょっと、意地悪しすぎたかしら?」

 

「大分ね」

 

「私としては()()()()()()つもりだったのだけれど」

 

「妖怪と人間の考え方は違うわ。能力がピンからキリまでの妖怪とそこまで大差がない人間ではね」

 

「うーん、難しいわねぇ」

 

 種族によって力や容姿が大きく異なる妖怪と力も容姿もある程度、決まっている人間とでは考え方に差が出るのも当然だ。

 生まれ持った力の強さがそのまま性格と行動に直結している。紫のような強者ならなおのことだ。

 唸る彼女に微笑みながら幽々子は「話が逸れたけど、事件についての予想、聞く?」と訊ねた。

 紫は「もちろん」と言って推理に耳を傾ける。

 

「事件の内容は稗田阿求から聞かされたわ。後半まで上手くいっていたけど、最後の最後で追い詰められた狩人見習いが暴走し、死傷者多数を出す前代未聞の事件に発展した。その後、狩人は杉下右京との一騎打ちで敗北。自ら、毒で命を絶った」

 

「あのテロリストがあそこまでぶっ飛んでいたとは思わなかった。予想の上をいかれたわ」紫がクスッと笑う。

 

「結果、あなたは特命係を追放。里人の記憶は曖昧にされ、細かいところは里の有識者たちに手伝わせた。対応に納得のいかない人間や人間の肩を持つ人外勢力があなたに文句を言ってきた。するともうひとりの賢者、摩多羅隠岐奈があなたを庇うように出てきた。彼女は『私らが尻拭いした』と言って反対勢力をスペルカードで返り討ちにした。そこから約三ヶ月後、これが発行された」

 

 そう言って幽々子は配下の浮遊霊に文が持ってきたと思われるルール改定の紙を手元に寄越させ、紫に見せた。

 紫は「そうね」と相槌を打つ。

 

「追加された内容は『年内に限り、妖怪の里への出入りを夜以降に制限する』『有事の際を除き、里内でのスペルカードバトルを全面禁止とする』『里で布教および経済活動をする場合は必ず、幻想賢者代表:八雲紫に話を通して許可をもらうこと。これには現在、活動している内容も含まれる』の三つ。

 最初の一つ目は隠ぺいが済むまでの処置よね。変に記憶を意識されると面倒だから。二つ目は人々への迷惑を考えて……ではなく不満を溜めさせたくないから。第二、第三の結社を生みたくないものね。せっかく、反乱分子を一掃したのだし」

 

「察していたのね」

 

「だけど、一番大事なのは三つ目の内容。布教活動と経済活動に待ったをかける。これが目的だったのね」

 

「目的?」

 

「表向きは里の安定化を図る政策に見えるけど、本当は人外勢力の活動把握と制限が狙い。もし無許可での活動や嘘を吐いていたら、テロを引き合いに強制的に止めされることができる。ここのところ新参勢力の干渉が目立ち、焦った中堅、古参勢力が密に里への介入を始めた。一時的な怖れは得られるけど、妖怪と人間の距離が近くなるのは長期的に見ればマイナスよ。基本的に人外連中は自分勝手な行動を取る。口で言っても裏で好き放題やる。その真っ只中で起こった里人主体のテロ行為。人間側の記憶が消えたとはいえ、大惨事を引き起こした事実は消えない。つまり()()が出来上がったのよ。妖怪たちの里への干渉を制限するだけの、ね。

 これで《里の支配者問題》は実質、解決。里は中立地帯から一種の聖域としてその役割を移し、幻想郷の新体制が構築される。これがあなたたち幻想賢者のシナリオでしょ? テロを上手に利用して()()()()()()()()()()()を作るための。……違うかしら?」

 

「……………………アタリ。さすがだわ、幽々子」

 

 再び紫は拍手を送った。先程よりも大きい拍手に幽々子が笑みを浮かべた。

 

「結構、憶測も入ってのだけど、当たったみたいでよかったわ」

 

「ホント、いつの間に探偵になったのよ?」

 

「亡霊の女王ですから。これくらいはね」

 

 閻魔から冥界の管理を仰せつかう者とあって幽々子はキレのよい推理を披露した。紫は右京のときとは違って、真相へ近づいた親友を素直に賞賛する。

 敵と味方に対する態度に温度差があるのは当たり前だが、スキマ妖怪は敵にも味方にも壁を作って接しており、本心を語ることも少なければ、語っても演技のような胡散臭さを出すため、敵味方共に信用されない存在である。

 そんな彼女が腹を割って話せる数少ない友人が西行寺幽々子だ。

 幽々子の推理を賞賛したということは、この推理は大方、正しいのだろう。

 これ見よがしに亡霊の女王が紫にこのように持ちかけた。

 

「当たったついでにいくつか私の質問に答えてくれない?」

 

 愛想のよく訪ねているが、その腹の中は異なっている、と紫は気がつくが「いいわよ、内容次第だけど」と、含みのある言い方で応じる。

 一呼吸、置いて気合を入れた幽々子が質問する。

 

「聞きたいことの一つ。田端が率いた秘密結社のテロ活動は自然に起こった、それともあなたたち幻想賢者が意図的に起こした、どっち?」

 

「ふふっ、そうくるのね」

 

「せっかくだから教えて頂戴よ。楽しませてあげたんだから」

 

「あらあら、ずいぶん高くついたわねぇー」

 

 食事と余興の代金にしては少々高すぎる。不満を顔に出すも友人の笑顔に根負けした紫は肩を竦めながら「わかったわ。答えて上げる。ただし条件がある」と切り出した。

 

「それは?」

 

「杉下右京と特命係、その関係者たちに一切口外しないこと。もちろん()()も含めてね」

 

 人差し指をピンと立てて挑発じみたポーズを取る。

 どうやら幽々子が表を彷徨う幽霊にコンタクトを取り、幻想郷の情報を伝えたことを知っていたようだ。

 幽々子は「元々、そのつもりはないわ。アレは彼への未練のせいで成仏できない上司の幽霊に同情しただけだから」と述べて紫を「あらあら、そうですか」と笑わせた。

 約束に同意したと見なし、紫が回答する。

 

「お答えしましょうか。秘密結社の事件に私たち幻想賢者は関与していない。その関係者も含めてね」

 

「外来人の黒幕が自らの意思で引き起こした事件なのね。手引きしたとかは?」

 

「それもない。さすがの私でも大義名分欲しさにテロの計画なんてしない。割に合わないから」

 

「確かに。紫が幻想郷を危機に晒したがるはずないものね」

 

「その通り」

 

 紫は幻想郷を非常に大事に思っている。彼女が危険思想を持つ外来人など招く訳がないのだ。

 

「ということは定説通りなのね」

 

「そう。だから一刻も早く見つけ出そうと頑張っているの。背後関係を洗い出したいから」

 

「外部の妖怪が関わっていないとも限らないものね」

 

 黒幕の正体が単なる人間だとしても、その背後の妖怪の影があれば事件は外来人のテロから外部勢力の宣戦布告に変化する。幽々子が危惧するように紫もまた同じことを考えていた。

 

「余所の連中が売った喧嘩ならこちらも報復も検討しないと」

 

「物騒な話ね。場合によっては殺し合うハメになりそう」

 

「あり得ない話ではないわ」

 

 過去に紫は月の幻想郷にも戦争を仕かけている。その気になれば戦いも辞さない好戦的な気性を持っているのだ。

 かなりの厄介事に発展するかもしれない。察した幽々子はチクリと言った。

 

「だったら尚更、特命係と仲よくしておくべきだったわね。嫌われているところを見るにかなり厳しくあたったんでしょ?」

 

「しつこく質問されたから『ノーコメント』って言い返しただけよ」

 

「どんな質問内容だったのやら……」

 

「ものすごーく、鬱陶しい質問かしらっ」と紫は嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「あらら、やっちゃったのねぇ」

 

「な、何人か、怪しいヤツはピックアップしてるし」と苦し紛れに小声で呟いた。

 

 真実を暴くためなら多少の無茶も辞さず、どんな相手に対しても物怖じせず追求し、権力と暴力に一切屈しない。理想の警察官と幻想の賢者が合い入れるはずもなく、議論がどのように進んだのか容易に想像できる。

 もう少し互いに融通を利かせていれば落としどころもあったんじゃないのか、と幽々子は思ったが、種族は元より両者の掲げる信念の性質が()()であると理解し「水と油だものね」と納得した。

 

「それもこれも隠岐奈が黒幕を逃がすからこうなっているのよ。何が『心配ない。相手は人間だからすぐ介入しなくても大丈夫』よ。留守を頼んで失敗だったかしらー」

 

「……ま、あの賢者ではそうなるわね」と紫の愚痴に幽々子は静かに相槌を打った。

 

「あれもズレてるのよ。あえて幻想郷を危険に晒そうとするし」

 

「古典的な神さまって感じね」

 

「調子に乗ってるのよねー。そのうち痛い目にでも遭わせてやろうかしら?」

 

「返り討ちにされないようにね」

 

 最近、幻想郷でよく名前を聞くようになったが、相手も古くから住む幻想賢者のひとり。正面から戦えば互いにタダではすまない。幽々子が心配するも紫は「大丈夫、この私よ?」と豪語する。

 意外と大雑把だからね、と懸念材料はあるが幻想郷一、悪知恵が働くので上手にやるのだろう。幽々子は納得して次の質問を振った。

 

「じゃ、次の質問です」

 

「はいはい、どうぞ」

 

「テロ発生後、幻想郷に帰ってきたのはいつ?」

 

「……う~ん、いつだったかしら?」

 

 質問が耳に入った途端、紫は頭を捻って考える素振りを見せた。片や幽々子が吐息を吐き出すように。

 

「事件の()()だったんじゃないの?」

 

「…………どうだったかしら、ね?」

 

「とぼけないで頂戴ね?」

 

 笑顔で圧力を受ける。徐々に紫の口元が歪み始めた。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「幻想郷を愛するあなたが隠岐奈の話を聞いただけで納得する訳がない。自分でも調べたはずよ。里がどうなっているのか。犯人が誰なのか、人間か妖怪かってね」

 

 用心深い紫が他人の話だけで納得するはずがない。もっともらしい考えだが、それだけでは追求するにはまだ足りない。彼女が傍観していたという事実は隠岐奈と特命係しか知らないのだから。

 

「帰ってきたときには全て終わっていた。そう言ったらどうする?」

 

 紫の返答に幽々子は「それはないわね」と言って推理を披露する。

 

「さっき紫は『隠岐奈が黒幕を逃がすからこうなっているのよ』と言ったわね? 続けて『心配ない。相手は人間だからすぐ介入しなくても大丈夫』とも」

 

「そうだけど……」

 

「『黒幕を逃がすからこうなっている』というのは過去の話をしているから問題ないわ。だけど『心配ない。相手は人間だからすぐ介入しなくても大丈夫』は違う。もし、全てが終わったときに話を聞いたのなら()()()の部分が()()()()()()になるはずよね? だって留守番していたグーダラ賢者はあなたに()()()()をしているのだから。ーーつまり、あなたが隠岐奈から話を聞いたのは事件発生中だったと考えるのが自然よ」

 

「……」

 

 紫は無言で耳を傾けている。

 

「だとすると全ての辻褄が合うわ」

 

「辻褄?」

 

「心配性のあなたが何故、事件が終わってから顔を出したのかよ。仮に自分のいないところで全てが終わっていたのなら大惨事を引き起こす要因となった特命係を追放程度ですませるはずがない。私の知る八雲紫なら殺さないにしても半殺しにするはずだわ。だけど、あなたは追放にとどめ、それから問題解決と体制強化に着手した。これはどういうことか。

 答えは一つよ。事件が終わる前に隠岐奈から話を聞いていて自分で調査し、彼女の主張が正しいと理解して、都合よく利用する方法を思いついたからに他ならない。そして、これが最後の質問」

 

「最後?」

 

「紫は事件発生中に黒幕の手先が人間、いや狩野宗次朗だと突き止めていた。さぁ、答えて」

 

 ここぞとばかりに怒涛の推理ラッシュを披露する亡霊の女王。幻想のモリアーティとて自身の心の内まで知り尽くした切れ者が相手であれば分が悪い。

 しばしの無言の後、八雲紫は特大のため息を吐き、両手を肩付近まで挙げて降参のポーズを取った。

 

「全て幽々子の言う通りよ」

 

「じゃあ、犯人が狩野宗次朗だと知っていて泳がせたのね?」

 

「そうよ。あの人間が何か騒動を起こして無数の里人が殺害されれば、これ以上ない政治的効果が期待できる。そう思って黙認したのよ」

 

 真実はこうだ。里で稗田一派が追放された日の深夜。八雲紫は幻想郷に帰還し、留守を任せた隠岐奈から里のクーデターの話を聞いた。

 当初は困惑した紫だったが、隠岐奈の能力を信頼している彼女はその言い分を信用しつつも実際に自分の目で確かめるべく里に潜入した。

 博麗神社のお札など境界を操るスキマ妖怪には意味をなさない。スルスルとすり抜けて、あらゆるところを調査し、里とその周辺に妖怪が潜んでいないと確証を得る。

 その途中、自身の能力を使用してバルバトスの正体が少年である狩野宗次朗だと突き止める。相手が人間なら起こせる異変も狭い。いざとなれば自身の力でいくらでも鎮圧可能だ。

 算段をつけた紫は暴走寸前の彼を無視して傍観を決め込んだのである。

 予てよりの計画を実行に移す土台とするために。

 今回の事件の謎ーーその大部分を明らかにした名探偵、西行寺幽々子は一言添えた。

 

「酷い妖怪ね。あなたって」

 

 何とも言えない表情で幽々子は紫を見やった。

 紫は「だから幽々子には言いたくなかったのよ」と零した。

 それは看破されるから、というよりも元人間の彼女を悲しませたくないとする配慮からの発言だった。

 しかし幽々子は。

 

「真実を知れてよかったわ。自分が関わった事件だもの」

 

「怒ってないの?」

 

「何となくそんな気がしていたからね。私は冥界の管理者。本来、幻想郷の民ではない。協力こそするけど方針にいちいち口を出したりしないわ。それに今後のことを考えれば幻想郷の体制強化が必要なのは目に見えていたしね」

 

 呆れとも悲しみとも怒りとも異なり、まるで全てを理解し、受け入れたような表情だった。

 友人の姿に紫は目を見張りながら「あなた……そこまでわかっていたの?」と驚いた。

 ときがきた。名探偵は最後の推理を披露する。

 

「ここ最近、表から色々な勢力がやってくるでしょ。価値観の変化など、時代の流れもあるけど、ちょっと数が異常よ」

 

「そうね。増えたわね」

 

「それって表の世界が原因なんじゃない? 急激な技術の進歩に宗教観の変化、自然破壊、気候変動。これらの要因が表で活動する妖怪たちに危機感を持たせているような気がするの。その結果、幻想郷に集まる妖怪勢力が増えた」

 

「でしょうね」

 

「そして紫も危機を感じた」

 

「妖怪に、それとも表の世界に?」

 

「どちらかと言えば表の世界――もっと言えば()()()()()()()にじゃないかしら。表にいる時間が長いのも情報収集が主な目的でしょ? (単純に暖かい場所が好きってのもあるだろうけど)」

 

 幽々子がそう述べた瞬間、とても紫は嬉しそうな顔をした。

 

「やっぱり――わかってくれるのは幽々子だけだわ……」

 

「これも当たった?」

 

「正解よ。大正解!! すごいわ。こんな話、幻想郷できるのはあなただけよ!!」

 

 今まで見せたことがないほどの笑顔を以て、心の底から親友を絶賛するスキマ妖怪。

 亡霊の女王が信頼される所以はこの頭脳にあった。普段はフワフワした不思議ちゃん扱いされるが頭が回り、相手の心の深い所まで探れる実力を持つ。

 それは稗田阿求、パチュリー・ノーレッジ、八意永琳、八雲紫、この頭脳派四人にも決して引けを取らない。社交的で掴みどころがない分、厄介さは紫と同等かもしれない。

 探偵はバーにいるのではなく楼閣にいるのだ。

 紫は己が両手で幽々子の両手を強く握った。

 キラキラと碧眼を輝かせる友人に幽々子は戸惑った。

 

「そんなに喜ぶこと? あなたと仲よくしていれば、誰でもわかると思うけど」

 

「私の友人であなたほど私を理解してくれる存在はいない。例え私の真意を知っても皆、嫌悪感を示す。だけど、あなただけは素直に受け入れてくれる」

 

「紫が幻想郷のために行動しているって知っているからね」

 

「持つべき者は友だわ!」

 

 刹那、幽々子はニヒルな笑みと共に相手から目を逸らす。

 

「その割には私に内緒で隠岐奈と仲よくしてるような気がするのだけど?」

 

「アレとのつき合いも長いのよ……。それになんだかんだで気も合うし」

 

「へー」

 

 そのまま幽々子はジト目を向ける。

 

「あ……。拗ねた?」

 

「別に」

 

「ごめんごめん、許して~」

 

「最初から怒ってないから安心して」

 

「あら、よかったわ!」

 

「変わるの早すぎ」

 

 演技なのか本心なのか。何年つき合っても八雲紫という妖怪は底が知れない、と幽々子は心の中で漏らす。

 少しばかり視点が外れ、それを元に戻すと、紫の表情が真剣なものへと切り替わっていた。

 

「どうしたの?」

 

 思わず息を飲む幽々子だったが、紫は「少し聞いて欲しい話があるの」と告げた。

 幽々子は彼女が大事な話を打ち明けようとしていると察して無言で頷き、話を聞く体勢を整える。

 彼女から手を離した紫は自分が調べてきた表の情報について聞かせる。

 

「今現在、表の文明はテクノロジーの進歩によって急速に発展を遂げている。特に情報技術と科学の進歩は目覚ましいわ。それに伴い、人間の考えも変化している。信仰は神や仏という見えない概念よりも誰でもわかる科学に取って代わられ、宗教施設は観光スポットへと変化をしつつある。

 そうした背景から人間は旧来の道徳観さえ蔑ろにする。それに伴い科学的に根拠ない概念をオカルトと断じ、日常的に目の仇にして否定し続ける。世はまさに科学信仰を軸に据えた()()()()()へ突入した」

 

「大科学時代か――まるで大航海時代をもじったような印象を受けるけど……。今の表にはピッタリな名前ね」

 

 表の世界は幻想を捨ててリアルを追求する方向へと舵を切った。この流れは誰にも止められないだろう。

 伐採される木々、汚される水と大地と空気、変わる価値観と道徳観。全てが目まぐるしく廻っていく。

 かつての自分が愛した水の惑星はどこへいきつくのか。あまりよくない未来を想像した幽々子が嘆かわしそうに唸った。

 紫が続ける。

 

「おかげで幻想郷には次々に妖怪、人外勢力が自らの居場所を求め、または知的好奇心から訪れる。幻想郷は全ての我儘を受け入れてくれる理想郷だと信じて」

 

「そして、入ってきては好き勝手に異変を起こし、皆に迷惑をかける。それを巫女たちが武力で解決してことなきを得る。その後はルールを守らせ、監視しつつも幻想郷での生活を容認する」

 

「今まではそれでもよかったわ。それは何故か? 幻想入りする勢力の規模が対処可能な範囲だったからよ。これ以上、彼らの数が増え、対処が困難になった場合、治安悪化の長期化は避けられない。さらに怖れを生み出す人間の数を越えてしまえば妖怪たちの栄養が不足する。これは無視できない問題だわ」

 

「それで妖怪向けのルールを改正したかったのね」

 

「その通り。でもね、他にも理由がある」

 

「さっき言った、世界情勢の悪化ね」

 

「ええ。世界は常に一定じゃない。テクノロジーを中心に凄まじい勢いで変化を続ける現代社会にあらゆる仕組みや概念、人間そのものが追いついていないのよ。過剰なまでの競争社会が進歩を急かしているの。変化に対応できない者はこの巨大な波に飲み込まれて沈んでしまう」

 

「技術ばかりが先行して他が蔑ろになり、適応できない者が割を食う。よくある話じゃない」

 

 幽々子のコメントに紫は首を横に振って否定する。

 

「これまでは楽観視できたけど、よくある話程度ではすまない状況になっているわ。特に隣国、日本なんかはいい例よ。昔の栄光に引きずられ、世界のスタンダートを導入できず、経済が衰退の一途を辿っている。極めて不安定な状況にあると言わざるを得ない」

 

「お隣さんがねぇ。この前ちらっと見たけど、栄えているように見えたわよ?」

 

「先進国で一番、経済的魅力のない国よ。市場としての価値は年々下がり続けている」

 

「主な原因は?」

 

「国際競争力の低さかしら。いつの時代も内側ばかり見ているのよ」

 

「あらあら、それじゃまるで幻想郷みたいね」

 

「それは……。否定しないけど」

 

 思わぬ皮肉を受け、紫は白けながら「ちょっと身も蓋もないこと言わないでよ」と言わんばかりに目を細めた。ごめんごめん、と心の中で謝った幽々子が気の利いた言葉をつけ加える。

 

「まぁ、幻想郷は表から移住してきた妖怪たちが集まった世界だから、その大半が伝統と文化を重んじる者で固まっている。内側を重視しないほうがおかしいと言えるわね」

 

「そうそう。幻想郷はそれでいいの。表とは状況が違うのだから」

 

 友人のフォローで気を取り直した紫が続きを語る。

 

「経済が悪くなれば、国民の生活にも影響を及ぼし、ちまたは失業者で溢れかえる。現状でも若者の自殺率は高く、ただでさえ少子高齢化なのに未来を支える者が高齢者よりも先に死んでいく。対策を打とうにも政治家は支持者の老人ばかり見て、若者への政策は後回し。若い人材が減って行き、能力のある若者は外へ出ていく。

 国内に残って仕事するのは無気力な若者、威張る中年、頑固な年寄りくらい。そうこうしているうちに諸外国がより力をつけて差を広げられる。そんな国に魅力を感じて投資する外国はあるかしら?」

 

「うーん、難しいわね……」

 

「これが現状なのよ。もっと酷くなると思うけどね」

 

「今年の中ごろでこれだと来年は一体、どうなっているのかしら?」

 

 2020年の未来はどうなっているのか。予想の難しい質問に紫は右手で口元を隠しながら答える。

 

「さぁね。なって見ないとわからないけど、暗いニュースばかりなんじゃないかしら?」

 

「大変ね。そんな調子だとこっちの人里と同じで終末論が流行りそうね」

 

「終末論ですめばいいけど……。未来はわからないわね。あくまで予測の範囲は出ないわ。けれど、このまま景気の悪化が続けば、いずれ」

 

「いずれ?」

 

「立ち行かなくなって、今以上に外国に好き放題される」

 

「外国に?」

 

「ええ。市場的に価値がなくなっても地政学的な価値はあるからね」

 

 いかに隔絶された幻想郷であっても隣国の影響を受けてしまう。

 紫にすれば他人事ではないのだ。

 

「……何だか複雑な話ね」

 

 幽々子にとって国防は感心のない事柄である。ましてや他国のこととなれば尚更だ。

 友人の性格をよく知る紫は退屈させないように話の軸を修正する。

 

「で、話を戻すけど、こうした競争はあらゆる分野に進化を促すけど、同時に世界中で貧富の格差を生み出す。儲かる者は贅沢な生活ができるけど、貧乏人は飢えをしのぐだけの毎日になる。そして不満がある一定まで達するとデモが発生し、それでも改善されなければ暴動が勃発するわ。大地を焼き、血を流す、不毛な内輪揉めがね。その後は抑えが効かなくなって、最終的に崩壊を迎える」

 

「人里がそれの一歩手前だったわね。こっちは精神的抑圧――いや、もしかすると精神的貧困かしらね。妖怪たちの身勝手さに心が荒んだとすれば」

 

「そうとも言えるわね」

 

「だから強引に解決したの? 里人や私たちを利用するだけ利用して」

 

「内外の妖怪たちへのアピールも兼ねていたわよ。()()()()()()()()だってね」

 

「実例を示しておけば牽制になるものね。なるほど、なるほど、さすがは賢者さまね!」

 

「まーた、嫌味な言い方を」

 

 チクリチクリと幽々子に指摘され、紫自身もそれなりにダメージを負っている。

 杉下右京とのやり取りですらノーダメージでやりすごした彼女も亡霊の女王には押されるようだ。

 スキマ妖怪の目元がピクリと動いたのをいいことに幽々子は可愛らしく舌をべー、と出した。

 紫はぷっと吹き出しつつも「あらあら、ずいぶんお可愛いことですわね!」と皮肉った。

 話を脱線させられてばかりだが、紫は彼女を咎めようとせず、そのまま解説を続行する。

 

「こうして世界規模で格差が進めば、あちこちで崩壊が始まり、それを誤魔化すためそれぞれの指導者たちはある手段を用いる」

 

「ある手段?」

 

「国民の意識を外に向けて内側に不満が溜まらないようにするのよ。例えば『あの国が悪い』とか『敵国の陰謀だ』とかね。だけど一時的な手段でしかない。外に向かった不満が自分たちへ戻ってくる間に具体的な解決策を用意できなかった場合」

 

「できなかった場合?」

 

「敵国と戦争するようになる。それが世界規模で連鎖――それも万が一、大国同士が戦争するなんてことになれば、第三次世界大戦が始まる(もうすでに始まってるのかもしれないけどね)」

 

 瞬間、幽々子の顔から余裕が消え去った。

 

「世界大戦ーーそれってつまり、また()()が使われるの……?」

 

 脳裏の思い出されるのは幻想入りした表の人間の霊から聞き、記憶の断片を見た際に映った光景。その周辺で展開された惨劇は里のそれとは比べものにならない。

 初見時、亡霊女王でさえ心を痛めたほどだ。人類史上類を見ない惨劇である。

 紫は視線をテーブルに落とした。

 

「ないとは言い切れないわね。表の評論家の間では『この時代にそんな危ないものを落とせるはずがない』と論じられているけど。実際はなってみないとわからない」

 

「そ、そう――」

 

「でもね、なってからでは遅い。後から対応したって意味がない。なんせ手のつけようがないからね。おまけに威力も以前とは比較にならないくらい向上してる。一度、放たれたらもう終わり。戦いは止まらないわ」

 

「……」

 

 幽々子が言葉を失って俯いた。あれほどの威力を持った兵器が再び使用されるなんて考えただけでゾッとする。

 その日が訪れたとき、果たして幻想郷と住民は終末を生き残れるのか、などの考えが頭をよぎった。同じタイミングで紫が力強く語った。

 

「大丈夫よ。そのときのために私が表で情報を集めて()()を練っているのだから。もし仮に世界大戦が勃発して表の世界が神の炎で焼き尽くされようとも幻想郷には指一本触れさせない。絶対に守るわ」

 

 嘘偽りのない本心だった。

 このとき幽々子はこれまで紫が取ってきた行動の意味を完全に理解した。

 

「あなたは……起こり得る最悪の事態を想定して行動していたのね?」

 

「もう何が起こっても不思議じゃない。世界がどうしようもなく荒れれば妖怪たちが一斉に幻想入りして大混乱が起きるのは目に見えている。数が増えればそれに比例して人間の数も必要になる。足りない場合はバランスが崩れる。それだけならまだしも、外の世界が汚染されようものなら表の人間を内側に入れることすらできず幻想郷は崩壊する。

 現実は非情なの。()()()()()()でした、じゃすまない。ここは私の作った世界。誰にも汚させない、誰にも壊させない。どんなに嫌われても、どんなに憎まれても、どんなに恨まれても、ありとあらゆる手段を使って幻想郷を存続させる――この幻想賢者、八雲紫の命にかけて」

 

 スキマ妖怪はどこまでも真っ直ぐな瞳を幽々子へ向けた。

 まるで純粋に正義を貫く聖人のようである。

 この想いは本物だ。彼女の底を覗いた亡霊の女王はポツリ、ポツリと――。

 

「紫は酷い妖怪だけどーーそういうところがあるから憎めないのよね」

 

 全ては幻想郷のため。これが彼女の本質であり、信念である。

 近くで見てきた幽々子にしかわからない真実だ。

 胡散臭いと言われながらも力ある人外たちが幻想郷に身を寄せるのも心のどこかで彼女を認めているからなのかもしれない。

 

「ふふ、ありがとう」

 

 紫は嬉しそうに感謝を述べてから立ち上がり、右手でスキマを開く。

 

「帰るの?」

 

「ええ、もう丑三つ時だからね。早く寝て、活動しなくっちゃ」

 

「仕事熱心なのね」

 

「グーダラしてると思った?」

 

「思ってた」

 

「表が安定していれば、もっとゆっくりできたけど今後百年は警戒しないとダメね」

 

「長いようで短い。中途半端な期間ね」

 

「同感よ。じゃあね、幽々子。今度はお土産、買ってくるわ」

 

「楽しみにしているわ」

 

 そう言って紫はスキマの中へと消えていった。

 後ろ姿を見送った亡霊の女王はふわぁ、と大きな欠伸をしながら寝る準備を始めた。

 

 

 スキマを使い、冥界の領域を離脱した紫はそのまま大結界すらも越え、表の世界へ移動した。

 現代的な摩天楼がひしめき合う大都会。とある高層マンションの一室に到着する。

 複数の個室、大きなリビング、下界を見下ろして寛げるスペースが確保されたベランダ。超がつくほどでないが高級なマンションだった。

 紫は欠伸をしながら服を寝間着に着替え、そのままベッドに寝転がる。

 最近、流行りのウレタンマットレスに身体を支えられたスキマ妖怪は気持ちよさそうだ。

 

「あー、やっぱりこのマットレスいいわー。買ってよかったー」

 

 十畳はある寝室で一人スマホ片手にメッセージがないか確認後、電気を消して紫は眠りに就いた。

 

 

 

 杉下右京がどこまでも公平な真実を追求する《理想の正義》の体現者ならば、八雲紫はどこまでも利己的な野望を追求する《究極の正義》の体現者である。

 どんなに困難だろうと真実を明らかにする者と、どんな手段を使っても真実を隠す者。

 このふたりは互いに理解し合うことなく生涯に渡って対極の存在であり続けるだろう。

 そして和製ホームズと幻想のモリアーティ。

 ふたりの戦場は幻想から()()へと移るのであった――。

 

 season 5 に続く。




皆さまにお知らせです。

この度、真に勝手ながら、相棒~杉下右京の幻想怪奇録~シーズン5の執筆を決めました。
物語を補完する閑話を書いていて「やはりこの作品をこのまま終わらせるのは勿体ない」と思ったのが理由です。
更新時期は不明ですが、再開した際はまたよろしくお願いします。それでは!
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