相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第152話 いざ、西高見高校へ その1

 警察庁を後にした右京は警視庁の地下駐車場へ向かい、停めてある愛車フィガロに乗り込んだ。

 丸みを帯びた外見とダークグリーン色の落ち着いたボディがユーモアと気品を放っている。

 まるで主人たる杉下右京のように。

 

「出発しますよ~」

 

 子供を撫でるように優しくキーを回すと、エンジンが唸りを上げて車輪が前進する。

 休養中の相棒に代わってフィガロが和製ホームズを目的まで運んでいく。

 

 

 一時間後、高速道路を通って調布市に入る。

 調布は郊外にある場所だが自然が多く、小さい子供を持つ家族が住みやすい土地として知られている。

 

「自然が多いですねえ~。時間があれば見て回りたい」

 

 中心地は都会的だが、外れるにつれて目に入る緑の比率が高くなる。

 東京二十三区を気に入っている者たちからすれば物足りないが、イギリスのような伝統ある景観を好む右京にとっては十分楽しめる。

 魅力的な通りやお寺が目に映るも、学校で起きるオカルトの謎を解くまでは我慢だ。

 調布入りして十五分。カーナビと看板を頼りに中央道路から右折する。少し入ったところに西高見高校は建っている。校舎に塗られた白いペンキが少々黄ばんでいるが、新築にはない歴史を感じさせられる。

 

 車用の出入り口から来客用の駐車スペースに進入して愛車を止めた右京は、看板を頼りに職員室を目指す。

 途中、上をブラウン色のブレザー、男子なら灰色のスラックス、女子なら同色のスカートを穿き、コート羽織った何人かの生徒とすれ違う。

 彼らは右京に気がつくと皆「こんにちは」と挨拶する。ホームズもまた笑顔で返す。教育に力を入れていそうな学校だ。そう思いつつも歩みを進めると、職員室入口が視界に入った。

 入口正面に立てば、怪訝そうな目つきをした男性の職員が現れる。怪しい人物では、と疑いの目を向ける職員に右京は何食わぬ顔で「使いで参った杉下です。校長先生にお会いしたいのですが」と告げた。

 職員は納得したらしく、右京を内部へ招き入れた。

 教師用と思われる靴箱が存在するも、スリッパなどは不要であり、校舎内は一部を除いて土足で歩けるそうだ。

 そのまま校長室まで案内され、校長が出迎えた。

 

「ようこそ、お越しくださいました」

 

「初めまして、杉下と申します」

 

「校長の中井です。ささ、こちらへ」

 

 校長の名前は中井賢治(なかいけんじ)。六十代前半、髪をワックスで綺麗に整え、右京よりも少し若く見えるハキハキとした男性だった。

 校長に促され、右京が来客用のソファーに座る。中井も職員に茶を用意させる指示を出してから席につく。

 

「如何です。我が校は?」

 

 右京が笑みを零しながら答える。

 

「閑静で緑が溢れていますね。とても美しい学校です。先ほど、生徒さんたちとすれ違いましたが皆、挨拶を返してくれました。笑顔がよいですね」

 

「そうでしたか。いや嬉しいですね」

 

「参考までに、どのような教育?」

 

「至って普通の教育です。挨拶は基本。しっかりと行う。気をつけているのはこれくらいですな」

 

「なるほど」

 

 右京が頷くと同時に女性職員がお茶と菓子を持ってきた。

 用をすませ、職員が退室したタイミングで中井が切り出す。

 

「杉下さん、さっそくで申し訳ないのですが……」

 

「いえいえ、こちらもお力になるべく参じたのですから。気にせず話してください」

 

「そ、そうですか。では――」

 

 咳払いした中井が困り顔で語った。

 

「今、我が校で気味の悪い噂が流れております」

 

「甲斐さんから聞きました。何でも、夜な夜な人のうめき声がするとか」

 

「はい。日が落ちて辺りが真っ暗になると公舎のどこからともなくうめき声が聞こえるのだそうです」

 

「それはいつごろから?」

 

「噂自体は三十年以上前からありました。いわゆる〝学校の怪談〟ですね。私はここにきて二十年になりますが、一度もそんな声を聞いたことがない。生徒が流したくだらない噂だと思っておりました。ですが二週間で生徒から呻き声を聞いたという報告を四、五回受けました。警察に相談するほどでもないだろうと楽観視していたところ……」

 

 右京が相槌を打つ。

 

「呻き声を聞いた生徒さんが足を滑らせて骨折した」

 

「しかもその生徒は裕福な家庭のひとり娘でして……」

 

 口ごもる中井に代わって右京が言葉を継ぐ。

 

「ご家族がお怒りになっている」

 

「左様です」

 

 中井は困ったように背中を縮めた。

 裕福な家庭となれば保護者会での発言力もある。怒りを鎮めない限り、保護者たちが感化されて不満を漏らし続けるだろう。校長の彼が警察関係者の甲斐に愚痴を零すのも頷ける。

 

「何とか、調べてもらえないでしょうか?」

 

「わかりました。可能な限り、尽力させて頂きます」

 

「ありがとうございます!」

 

 喜ぶ中井を視界に捉えつつも右京の関心はもう事件へ移っていた。

 

「校長先生、事故当時の話を詳しくお訊きしたい」

 

「はい。すぐに彼女の担任を紹介します」

 

 そう言って立ち上がった中井は校長室を離れ、細身の男性を手招きした。

 

「私は用事があるので代わりに後は彼が」

 

「教頭の五味(ごみ)です」

 

 五味は頭をヘコヘコと下げながら右京に挨拶し、彼もまた「こんにちは」と返す。

 

「では、私はこれで」

 

 右京が急ぎ足で校長室を去る中井の後ろ姿を見送っていると細身の教頭が「受験の段取りとかで忙しいみたいで」と小声で告げた。

 

「もうじき受験ですからねえ」

 

「この多忙な時期にオカルト騒動なんて嫌になりますよ」

 

「大変ですねえ」

 

「大変なんてものじゃありませんよ~。もう本当に困ってしまって。関係ない私まで保護者に問い詰められて……あ、すみません。案内します」

 

 右京の顔が白けつつあったのを察した五味は黙って校内を案内する。

 白いタイルが引きつめられた公舎を歩くが、あまり生徒を見かけなかった。祝日だから当然なのだが、その中でも授業を行っている二つの教室があった。

 ガラス越しにチラっと覗くと西高見高校の制服の他に紫色を基調とした見慣れない制服の生徒が何人か混じっていた。

 気になった右京が独り言を呟く。

 

「変わった制服ですねえ。ここの生徒ではないようですが」

 

「あぁ、姉妹校の生徒ですよ。今日はITパスポートと基本情報技術者試験の対策講座をやっているので」

 

「両方とも情報技術者用の資格ですね。ITパスポートは入門用で基本情報技術者試験はそのワンランク上の資格でしたね」

 

 情報技術系の分野をかじった者ならば誰しも耳にする資格である。今、需要のあるIT系企業の就職に役立つと評判で、若い人だけでなく、IT系の会社に勤める社員がスキルアップのために受験するケースもある。

 

「資格は就職に有利ですから。高校のうちから取っておこうとしているんです」

 

「よい心がけですねえ」

 

 その言葉に五味は肩を竦めた。

 

「とは言っても合格率は決して高くないので、最初はITパスポートから取るように勧めているんですよね。しかし最前線で働くならIパスなんて何の役に立ちません。評価されるのは基本情報からです。日本は諸外国と比べてIT関係に弱いですからね~。情報弱者が多い、多い」

 

「おやおや……」

 

 教頭の辛辣な返答に飽きた右京が目を逸らすと、少人数用の教室でくせ毛がかった茶髪をした他校生の後ろ姿に目が止まった。どこかで見たような背格好に気を取られつつも教頭から離れないように右京は後をついて行く。

 階段を上り、三階フロアの3-A組の教室を訪れると小柄で若い眼鏡の女教師が手荷物を持ってこちらへ歩いてきた。

 

「あ、小島先生」

 

「へッ、ご、五味教頭ッ――キャアッ」

 

 声をかけられた途端、小島先生と呼ばれた女性はフワッした声を上げて荷物を手元からすべり落とした。

 あー、と口を開ける五味に対し、右京はすぐさま彼女に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか?」

 

「へッ、え、ええ……」

 

 戸惑う小島を余所に嫌な顔ひとつせず散らばった荷物を拾い上げて彼女に手渡す。

 優しい紳士の姿を見て彼女は「あ、すみません……どうも」と礼を述べて荷物を受け取り、立ち上がった。

 そこに五味が割って入るかのように滑り込む。

 

「あ、杉下さん、こちら小島先生――骨折した生徒の担任です」

 

「おや、そうでしたか」

 

「小島です……。あの五味先生、この方は?」

 

「〝例の件〟で校長先生が呼んだ杉下さんです」

 

「そうなんですか……探偵さん、ですか?」

 

「警視庁から参りました」

 

 右京が彼女に警察手帳を見せる。

 

「け、警視庁ッ――警察――」

 

「シー! 声が大きいですよ、小島先生ッ」

 

 驚いて再び声を出す小島を五味が制止して落ち着かせ、慌てながら右京を睨む。

 

「今、他校の生徒さんもいるんですから、ふ、不用意に正体をあ、明かさないで頂きたい! 我が校の評判にも関わりますぅ!」

 

「これは申し訳ない」

 

 例え祝日で人が少なくとも受験を控え、他校の生徒もいる中で警察だと名乗るのは感じが悪い。右京は軽く謝罪してからそれとなく小島をみやる。彼女は戸惑いながらも「私はどうすれば……」と呟き、見かねた五味が指示を出す。

 

「杉下さんに生徒さん転落時の話をしてください」

 

「は、はい……」

 

 小島は了承して、右京を四階左端の折り返し階段まで案内する。

 階段は少々、急な角度がついていて足を滑らせれば骨折しても不思議ではない。

 右京は興味深そうに踊り場の脇の学生新聞やチラシが貼られた木製掲示板に目を通し、続いて階段下を覗く。

 

「確かに急な階段ですね。ここで謎の声を聴いて動揺すれば下の踊り場まで滑り落ちてしまう」

 

「生徒は四階の自習室から教室に戻る際、この階段を利用したようで、階段に足を降ろした直後に聞こえた呻き声に驚いて転落したそうです。助けを叫んでも周囲には誰もおらず、校舎の見回りをしていた教師が発見するまで十五分ほどかかりました。現在、彼女は足の踝を骨折して入院中です」

 

「それは気の毒に。……このフロアを回ってみてもよろしいですか?」

 

「どうぞ、どうぞ」

 

 小島につき添う五味が横から許可を出す。

 許可を得た右京は四階を隈なく捜索する。四階は自習室の他に音楽室と自由室(旧視聴覚室)、複数の空き部屋が存在する。

 基本的に使われていない部屋は戸締りされ、自由に出入りできるのは自習室だけとなっている。三階のフロアから上がる階段は両端に各一つと中央に一つの計三か所だけ。

 普通に考えれば超常ではなく、人間の仕業を疑うはずだ。

 

「事故発生当時、近くに人影や物音はありましたか?」

 

「生徒によるとなかったそうです。骨を折って助けを待っている間、階段を駆け下りる音なども一切、なかったと聞きました」

 

「どのような声でしたか?」

 

「『ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛』という唸り声で声質は男だったそうです。他の生徒も『ハァ゛ァ゛ァ゛』や『オ゛ォ゛ォ゛ォ゛』などの怪奇音を聞いたと伺いました」

 

「常識的に考えて風の音とか、生徒の誰かの悪戯だと思うんですがね。保護者会で問題になったばかりに」と五味が吐き捨てる。

 

「まぁまぁ。後は僕が調査しますから」

 

「はは、助かりますよ。では私はこれで。何かおありになれば職員室までいらしてください。あ、小島先生、来週の行事について話があるので一緒にきてください」

 

「あ、あ、はい……。行き、ます。後はお願いします」

 

 律儀にお礼する小島に右京が肩付近まで手を挙げて応える。

 五味と小島がこの場を離れた確認した和製ホームズは右手で口元を覆いながら捜査を続行する。

 

「四階フロアは階段の正面が通路になっており、通路左側に教室がずらりと並び、対面には外を一望できるガラス窓が取りつけられている。

 中央通路はその逆。フロアの構造はテトリスブロックのようなZ型。端から端までの距離は約六十五m。

 左と右は約二十五mで中央が十五m。フロア左端の階段からすぐ右隣り――二教室分使われた広さ教室が音楽室。フロア中央階段の右隣りには教室一つ分の自習室があり、フロア右端階段からすぐ左隣りにも同じ広さを持つ自由室がある。残りの空き部屋は普段、使われていない。ふむ――」

 

 転落事故が起こったのは左階段で当時、骨折した生徒以外の人影はない。自習室にも人はいなかった。音楽室、自由室も鍵がかけられていた。

 現時点では紛れもない怪奇事件であって、それがオカルト大好き杉下右京の好奇心に火をつけた。

 

「この怪奇事件、僕が解決してみせましょう」

 

 和製ホームズは不敵に笑いながら校舎を探索する。

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