相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第153話 いざ、西高見高校へ その2

 ひと通り、四階の探索を終えた右京は下の階へ降り、校舎を隈なく探索する。

 校舎全体を観察すると、増築や改装を行った跡がそこらかしこに見られた。長年続く学校ならではだ。校舎を観察し終え、次は中庭だ。

 庭園と言うには少々狭いが、それなりに木々や花が整えられた場所があった。中央に小さい池あり、そのすぐ正面には三人用のベンチがある。

 池の中にはそこそこ腹の膨れた鯉が呑気に泳いでいる。鷹や鳶、鴉といった天敵がいないのだろう。

 せっかくやってきたのだから楽しんだほうがいい。右京はのんびりしている彼らの写真を取りながらご満悦そうだ。

 スマホをスリープモードにしてポケットにしまい、庭を後にしようと顔を上げた。

 その際、スーツを着た長身の女性と目があった。黒い長髪を靡かせ、片手に書類を抱えながら、モデルのように整った切れ目で右京のほうを不思議そうに眺めている。

 この時期にコートを着ない辺り、この学校の教師または関係者の可能性が高い。右京が挨拶しながら歩み寄る。

 目をギョッとさせて警戒する女性に彼はいつも手振りで接触を試みた。

 

「ここはすばらしい学校ですねえ」

 

「はぁ、どうも。……保護者の方ですか?」

 

「実は中井校長からとある依頼を受けまして」

 

 他の者に見えないように警察手帳をパッとかざして内ポケットに戻す。

 相手の正体を知った女性は納得したように頷いた。

 

「警察の方でしたか!? 例の件についてですか?」

 

「そういうことになります。ここの先生ですか?」

 

「はい。英語の教師をしております」

 

 彼女の話し声はやや低く、どこやら無機質な印象を受けた。全体的な雰囲気からして気の強いモデルのイメージそのものだ。

 軽い挨拶を終えた右京が問う。

 

「例の件についてお話を聞かせて頂けませんか?」

 

「この後、会議なのであまり時間がありませんけど……」

 

「構いません」

 

「でしたら」と英語教師は了承した。

 

 時間がないとのことで右京は余計なトークを省いて質問に移る。

 

「先生は四階付近で人のうめき声をお聞きになったことは?」

 

「ありません。ときどき生徒が『人の声を聞いた』と言ってますけどね。私にはさっぱりです」

 

「校長先生いわく、この学校には三十年ほど前から〝学校の怪談〟があるとのことですが、ご存知ですか?」

 

「はい。今、話した《人のうめき声》や《トイレの人影》、《池に映る男》とか。どうでもいいものばかりですけど」

 

「そこのところを詳しく」

 

 事件の解決と刺激。その両方の得るために右京は怪談の内容をより詳しく訊ねる。

 時間がないのか、面倒なのか、英語教師はどこかダルそうだ。

 

「《人のうめき声》は、夜の校舎をひとりで歩いていると呻き声がする。《トイレの人影》は、暗くなるとトイレ周辺で人の形をした靄みたいなのが出る。《池に映る男》は、人気のない時間にこの池を覘くと自分の顔が全く別人の顔になっている。そんな話です。それ以上のことはわかりません」

 

「ほうほう。それは、それは」

 

 目の奥を光らせながら右京は相槌を打った。

 

「……喜んでます?」

 

「いえいえ、解決しがいがあると思っただけです」

 

「はぁ……」

 

 目の前の男が本気でオカルト問題に取り組む刑事だと理解した英語教師は、首を傾げながら彼に奇異の目を向ける。和製ホームズはこのようなことには慣れっこなので構わず質問を続ける。

 

「生徒さんが転落した際、四階や校舎には誰もおらず、すぐに救助できなかったそうですね。警備員さんなどはいらっしゃらない?」

 

「ウチでは警備員は雇っていませんね。そこまで規模の大きい学校ではないので」

 

「そうですか」

 

「あの、そろそろ時間なので失礼してもよろしいでしょうか?」

 

 この場を立ち去ろうとする彼女を右京はお決まりのポーズで繋ぎ止める。

 

「最後に一つだけ。転落した生徒を救護した先生はどちらに?」

 

「国語教師の林先生です」

 

「その方はどちらに?」

 

「多分、職員室にいると思います」

 

 

 英語教師と別れた右京はその足で職員室を訪れ、近くにいた教師に「国語の林先生はどちらに?」と訊ねる。教師は「今さっき、五味教頭がどこかに連れていきましたよ」と答え、右京が礼を言ってから教頭に連れて行かれた林を探す。

 そう遠くへ行っていないはず。付近を探索すると、すぐに校舎の物陰で話すふたりの姿を発見した。

 声をかけようと思ったが、五味が中肉中背の中年男性を険しい顔で問い詰めていたので、右京は咄嗟に物陰に隠れて様子を窺うことにした。

 

「安藤先生に聞いたけど林君さ、授業の進行が他のクラスより遅れているらしいね。ちゃんと仕事やってる?」

 

「え……」

 

 すぐに答えようとしない林に五味が怒りを顕わにする。

 

「だから仕事やってんのかって聞いてんだよ!」

 

「やってますけど……」

 

「ホントなの? またいつもみたいに適当にこなしてんじゃないの? 君、のろまだからねぇー」

 

「俺は俺なりに――」

 

「あぁ?」

 

 瞬間、五味は林の頭をボンっと叩いた。

 

「そういうのいらないんだよ!! 遅れてるから怒ってんだよ!! この、のろま。グズ!! いいか、授業の速度を早くしろ!! 飛ばすところは飛ばせ! いいな!?」

 

「は、はい……」

 

「たく、ホントに使えねーな!」

 

 暴力を振るい、暴言を吐いた後、五味はこの場を立ち去った。

 林は拳をギュッと握りしめ何やらブツブツと呟き始める。

 

「……ウ……ハ…………オ……ォ……」

 

 何度かうめくように声を出す林。

 気になった右京が彼の視界の外側からそっと近づく。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 ハッとした表情で林は声がするほうを振り返った。

 

「べ、別に大丈夫です! 心配ないです。……あの、ど、どちらさまですか!?」

 

「こういう者です。校長から調査を依頼されました」

 

 警察手帳を見て正体を理解し、林が「あ、あ……そうですか」と歯切れ悪く言った。

 彼の中にナイーブさを感じ取った右京は五味とのやり取りに触れるのを避けて会話を進める。

 

「急で申し訳ないのですが。骨折直後の生徒さんの様子を聞かせて貰えませんか?」

 

「直後の様子? ……骨折して痛がってましたね」

 

 当たり前のことを平然と答える林。五味が彼を嫌うのはこの辺りに理由がありそうだ。

 

「他には?」

 

「私が駆けつけるのが遅いと文句を言われました」

 

「骨折してパニックになっていたのでしょうね」

 

「いや、いつものことですよ。彼女が騒ぐのは」

 

「ほう、気の強い生徒さんなのですねえ」

 

 右京の言葉に林が反論する。

 

「気が強いというか、常識知らずなだけですよ。勉強はできるほうだからお金持ちの親にチヤホヤされているんです! ああいうのが社会で迷惑をかけるんだ!」

 

 それを教育によって正しい方向へ導くのが教師の仕事では、と右京は思ったが、火に油を注ぐだけなので言わずにとどめる。

 

「担任の小島先生から聞いたのですが、生徒さんはうめき声を聞いて足を踏み外したそうです。『ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛』という声なのだそうですが実際に、この学校には《学校の怪談》が存在しており、その中には夜な夜な“うめき声のする怪談話があるらしいですねえ」

 

 オカルトの話題が出ると、林は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「あるとは聞きましたが……。それが何か?」

 

「今回の事件と無関係とは言いにくい気がするのですが……どう思います?」

 

「無関係ですよ! そ、そんな非科学的なこと。現実に起こるはずないでしょ。いい加減なことを言わないでください!」

 

「申し訳ない。つい気になってしまいましてね」

 

 声を荒げる林に右京が謝罪する。教師はため息を吐きながら小声で愚痴った。

 

「まさか刑事さんの口から()そんな言葉が出るなんて思わなかった」

 

 すかさず右京が突っ込む。

 

「おや? 他にも僕と同じようなことを言った方がいるのですか?」

 

「あ、えっと……眼鏡をかけた姉妹校の女子生徒が今回の事件について刑事さんと同じことを質問してきたんですよ。答えたら答えたで『これは怪奇の匂いがする』とか訳の分からないことを呟いていて気味悪かったです」

 

「姉妹校と言うと、紫柄の制服の?」

 

「はい。神奈川にある東深見高校(ひがしふしみこうこう)の生徒さんです。情報系の講座を受けにここへやって来たんでしょうけど、まともに受けているんだか」

 

「なるほど、そうですか」

 

 見覚えのある制服に眼鏡をかけたオカルト好きの女子学生。右京は何となく、その女子の正体に目星をつける。

 

「その講座は何時まででしょうか?」

 

「十七時半だったかと」

 

「わかりました」

 

 

 十七時半。林への聞き込みを終えた右京が先ほど通った基本情報技術者試験の講座が行われている教室周辺で目的の人物が出てくるのを待っていた。

 終了時間を一分ほど越えた辺りで教室内から人が立ちがある音が聞こえ始め、講座を終えた数人の生徒たちが通路へ出てくる。

 その列の最後に東深見高校の制服を着て、歩きスマホをする眼鏡の女子高生がいた。

 茶色がかったくせ毛と浮いた態度。間違いなく幻想郷で出くわした()()()だ。

 確信を得た右京が彼女に近寄り、笑顔で声をかけた。

 

「お久しぶりですね。宇佐見(うさみ)さん」

 

 急に自身の苗字を呼ばれ、顔を上げた少女が右京の顔を確認すると、その口を大きく開けて叫んだ。

 

「げ、あのときの!!」

 

 彼女は宇佐見菫子(うさみすみれこ)、本人だった。

 

「ちょっとお話いいですか?」

 

「えっと、それって……」

 

 任意ですよね、と発言しようとするも、右京に先手を打たれる。

 

「君の大好きなオカルト話ですよ」

 

「オカルト……。もしかして()()()()かな?」

 

 菫子が目線を上げて天井付近を見る。右京もコクンと頷く。

 

「そう()()()()――如何ですか、オカルト談義などは?」

 

 怪しげに光る和製ホームズの瞳。そこにオカルト女子は大好物の匂いを感じ取り、表情を緩めながら。

 

「そういうことなら――」

 

 同意するのであった。

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