相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第154話 奢侈文弱な女子高生 その1

 菫子の同意を得た右京は彼女を徒歩三分のところにある喫茶店へ連れて行く。

 道中、少女は「幻想郷のことはお話できませんので……」と断りを入れる。

 紫にきつく口止めされたのだろう。

 入店するや否や菫子は「割り勘ですか?」と右京に訊ねた。右京は笑いながら「僕が持ちますよ」と答え、彼女をホッとさせた。

 店員に案内されるままふたりは窓側の席に座ってメニューを見る。

 右京は紅茶を、菫子はオレンジジュースを注文する。その際、紳士から「他に注文したいものがあればお好きに選んでください」と促され、遠慮しながらも菫子は追加で苺のショートケーキを頼んだ。

 注文した品が届いてから会話がスタートする。

 

「西高見高校の先生から聞きましたが君、転落事故について調べているようですねえ」

 

「まぁ、せっかく講座を受けにきた訳ですし。うむぅ、美味しい!」

 

 ケーキの先端にフォークを入れて一口食べてから口元を綻ばせる。

 表情がコロコロ変わる少女だな、と思いつつも右京が続ける。

 

「どこで転落事故について知ったのですか?」

 

「西高見高校の学校裏サイトです」

 

「学校裏サイト……。君にとっては他校のサイトのはず。そこまでチェックしているのですか?」

 

「いやいや、今回はたまたまです。講座を受けるためだけに他校へ行くなんてなんか癪じゃないですか。だから面白いことが書いてないかと思って調べたら、こんなのが出てきたんです」

 

 菫子はスマホから西高見高校の裏サイトを開いて見せた。

 そこには『転落事故は謎のうめき声のせいだ』とする書き込みがあった。

 反応は様々で『まじで恐い』『何か起こると思ってた』などの不安や『デタラメ乙』『オカルトなんてある訳ない』とする否定意見もある。

 

「噂って何か理由がないと立たないじゃないですか。気になって検索したら西高見高校の《学校の怪談》にたどりついたんですよ。トイレの人影、池に映る男、そして――」

 

「夜のうめき声」右京が継いだ。

 

「そうそう! 今回の事故に関係ありそうですよね! そう思ったら居ても立ってもいられずに」

 

「空いた時間で調査して回ろうと思った」

 

「ですです!」

 

 少女は愉快そうに頷いて、またケーキを頬張る。どうやら彼女もまた生粋のオカルトマニアのようだ。

 右京も「なるほど」と納得してから紅茶を啜る。

 

「何か見つかりましたか?」

 

「いえ、全然。校舎を見回りましたけど、教員の目もあって四階には辿りつけませんでした」

 

「そうでしたか。そういえば、君は林先生という男性に話を聞きませんでしたか?」

 

「あー、あの根暗で神経質そうな先生か。転落事故の件について質問したんですよ。『生徒が謎のうめき声を聞いて階段から足を滑らせたって本当ですか?』って。そしたら『どうして他校の生徒がそれを』と言ったんです。だから、何かしら関係あるのかなって思ってワクワクしちゃって!」

 

 きっと幻想郷の人里で写真を撮っていたときのようにはしゃいだのだろう。

 林の彼女に対する嫌悪感が理解できる。

 

「林先生に変わった様子はありましたか?」

 

「ん? なんか気味悪がられたけど。特に変わった様子はなかったかな。すぐにどっか行っちゃったし」

 

「なるほど」

 

 顎に手を当てて考え込む右京を眺め、菫子が両目を見開く。

 

「でも意外だなー。警察がオカルト絡みで調査に乗り出すなんて」

 

「普段ならば足を運んだりはしません」

 

「え、じゃあ、普通じゃない()()があったってことですか!?」

 

「それを確かめるための調査でしょうかねえ~」

 

 上司に頼まれた非公式調査とはいえ、一般人に情報を漏らす訳にはいかない。ましてや口の軽い菫子相手ならなおのこと。

 

「ええーー、それってズルくないですかー! 私、情報提供しましたよね!?」

 

「特別な理由もなく、警察に情報を漏らせと言うのですか?」

 

「うぅ、それは……」

 

 駄々をこねる彼女を右京は軽くあしらうが、オカルト女子高生はこの程度では譲らない。

 

「ぐぐぐ、私も捜査協力しますから~」

 

 教えて~、と両手を合わせて懇願するも、右京は首を横に振る。

 

「ダメです」

 

「むー、ケチ!」

 

 軽い癇癪を起こす女子高生。周囲が何事かとふたりを見やるが、右京は笑顔を崩さぬまま、そっとメニュー表を差し出した。

 

「ケーキのおかわりは要りませんか?」

 

 ケーキという単語が耳に入った途端、彼女の表情から憤りが消え、右指でメニューをなぞり始めた。

 

「……じゃあ、モンブランケーキで!」

 

「飲みものはどうします?」

 

「まだ残っているんでへーきです!」

 

 右京は近くにいた店員を呼び寄せてモンブランケーキを追加注文する。

 注文を受けた店員はすぐにケーキを運び、上品そうなモンブランケーキが菫子の前に届けられる。スイーツを視界に収めた瞬間「美味しそう、頂きます!」と言って彼女は栗の山を頬張った。

 

「うー、これも美味しい! ありがとうございます!」

 

「どう致しまして」

 

 美味しいケーキを二つもご馳走になればこの少女も感謝を述べる。

 モンブランの山が半分、削られたところで右京が今までとは違う話題を振った。

 

「この前、幻想郷でお会いした際、マントを身に着けていましたね」

 

「それが何か?」

 

 右京が人差し指を立てる。

 

「あのマントの裏地に描かれた文字はルーン文字ですよね。あれはご自身の念動力強化に使用するのですか?」

 

「いやいや、あれはファッションですよ」

 

 さすがにそこまでの機能はなかったようだ。

 

「ほー。中々、奇抜な姿でしたが、どこか神秘性があって素敵でしたよ」

 

「ええ!? ホントー!? 嬉しいなー。って刑事さん、ルーン文字わかるんだ?」

 

「僕もオカルト関係の話には目がないですから」

 

「へー。じゃあこれ、わかります?」

 

 不敵な笑みと共に、彼女はポケットから縦に三本の波線が走ったような絵柄のカードをテーブル中央に置いた。

 心当たりがあるのか、右京がスッと回答する。

 

「ゼナーカードですね。EPSの実験カードの」

 

「正解です。ふふっ……結構、お詳しいようで」

 

 同族の匂いを嗅ぎつけた菫子の瞳が怪しく光り出す。

 そして、勢いよく口を開く。

 

「黄金の夜明け団!」

 

「十九世紀末のイギリスで作られた魔術結社。かのアレイスター・クロウリーも所属していたことで有名ですね」

 

「二○三六年の未来人で二○○○年にアメリカのネット掲示板に現れた男!」

 

「ジョン・タイター。彼の登場は創作界のみならず、現実世界にも大きな影響を及ぼしましたね」

 

「フィラデルフィア実験!」

 

「ニコラ・テスラが関わったとされる秘密実験のことでしょうか」

 

「アメリカが持つとされる気象兵器!」

 

「高周波発生オーロラ調査プログラム、通称《HAARP》で使われる電離層ヒーターがそれに該当するでしょうかね。一説には、その製作にニコラ・テスラの死後、持ち去った研究データを使ったとの話もありますね」

 

「いいですね……。でも、まだまだですよ!」

 

 涼しげな顔つきで答える紳士に菫子はマニア魂を滾らせる。

 

「世界征服を目指しているとされる秘密組織は?」

 

「有名どころだとフリードメイスーン、イミーナティーズですかね」

 

「資産家も含めると?」

 

「ロストチルドレン。ニューワールドオーダー実現を目指していると囁かれていますね」

 

「ならば古代宇宙飛行士説!」

 

「アナンヌキが人類を創ったと考えれば人類の成り立ちを説明できる、でしたかね」

 

「ジェームズ・チャーチワード!」

 

「イギリス人作家でムー大陸の提唱者。同時期にはアトランティス大陸も存在したそうですね。科学的な証明がなされておらず、オカルトに分類されるので、同じくイギリス人の動物学者フィリップ・スクレーターのレムリア大陸と合わせて覚える方も多いでしょう」

 

「ほーう……」

 

 中々にやりおる……。さらにマニアックなところを攻めねば。

 

「源義経は生き延びて岩手県を脱出した。その後は?」

 

「北上してモンゴルへ入り、チンギス・ハンとなった。義経=チンギス・ハン説ですね」

 

「日本三大妖怪、玉藻前の元ネタとされる女性は?」

 

「諸説ありますが、強いて挙げるならインドのカヨウ夫人。中国の妲己も同じ狐だったのではないかと語られていますね」

 

「妖怪総大将と目された妖怪は?」

 

「ぬらりひょん。最近ではそこまで強くないと論じられていますねえ。妖怪の強さ議論だと、玉藻前に加えて酒呑童子と大嶽丸が上位にランキングされる傾向にあります」

 

「く……。に、日本にあるキリストのお墓の場所は?」

 

「青森県。ちなみにモーセのお墓は石川県にありますねえ」

 

「ぐぬぬ、日本にあるとされるピラミッドは?」

 

「広島県の葦嶽山(あしたけやま)が有名ですね」

 

神倭朝(かむやまとちょう)が皇朝の名称として記載されている文書は?」

 

竹内文書(たけうちもんじょ)

 

「日本の預言書――」

 

日月神示(ひつきしんじ)

 

「六甲山に――」

 

「カタカムナ文献――ですかね?」

 

「ぐぐぐぅぅ!?」

 

 途中から早押しクイズ番組のように即答し出す右京に菫子は「思考を読まれているのか!?」と焦った。顔が歪む自分と比較して相手は笑顔のまま。只者ではない。

 本気になった菫子は思いつく限りのクイズを放り込む。

 

「カテゴリー9の惑星!」

 

「ティアウーバ星。ミシェル・デマルケ氏が宇宙人タオによって連れて行かれた惑星」

 

「地球の地下にあるとされる伝説の都市!」

 

「アガルタ。地球空洞説もロマンがありますよねえ」

 

「かつて地球上に実在した巨人族の名称!」

 

「ネフィリム。フェイク画像が多いですが、僕は好きですよ」

 

「這い寄る混沌!」

 

「ラヴクラフトのニャルラトホテプまたはナイアルラトホテップの別称。個人的には無貌の神という二つ名が好みですねえ」

 

「三人の魔女!」

 

「シェークスピアのマクベスに登場する魔女たちでしょうか?」

 

「イングランド、大憲章!」

 

「マグナ・カルタですかね」

 

「ケラウノス!」

 

「ゼウスの雷霆。ギリシャ神話ですね」

 

「楽園で土を耕す兄と羊を飼う弟」

 

「アダムとイブの息子、カインとアベル」

 

「ウィンストン君、2+2は?」

 

「5。ジョージ・オーウェルの一九八四年。近ごろ、またブームがきているようですね」

 

「アルジャーノンに?」

 

「花束を。名作ですねえ。日本語訳の文体も素晴らしくて引き込まれてしまう」

 

「二○四五年問題!」

 

「技術的特異点を迎えるとされる年。果たして人類を超えるAIは現れるのか」

 

「……こ、今回の事故とオカルトの関係性は?」

 

「お話できません」

 

「くっ、ダメだったかぁ……」

 

 最後の最後で捜査情報を聞き出そうとするも通用せず。圧倒的知識マシンの杉下右京相手にはさすがのオカルト女子高校生もお手上げである。

 

「もうこれくらいでいいですか? 皆さんが困ってますので」

 

 大声というほどではないが、白熱した一方的クイズバトルに周囲の目は冷ややかだ。

 それをやっと察した菫子は肩を縮め「ごめんなさい」と恥ずかしげに謝罪してゲームセット。この勝負、右京に軍配が上がった。

 間を空けて菫子が敗北宣言を行う。

 

「か、完敗です……。さすがは刑事さんだ……」

 

「君も若くして幻想郷に入れるだけあって様々な知識をお持ちのようですね。感心しましたよ。十代の学生がここまでオカルトへ関心を寄せているとは思ってもみませんでした」

 

「えー、あはは、何だか嬉しいなぁー。刑事さんはどこでオカルトの知識を?」

 

「学生時代は図書館や人伝。インターネットが普及してからは主にネットで情報収集しています。僕も学生時代から幽霊や擬似科学に興味がありましたねえ。今でもイギリスの心霊学会で発表される論文を読むのが楽しみだったりします」

 

 右京は小学生のころからオカルトに興味を持ち、中学生に上がると都市伝説を題材にオリジナル小説を書き上げるほどのマニアだ。菫子とは年季が違うのである。

 

「海外の論文まで見るとか……。ガチ勢じゃないですか!?」

 

「世間一般的にはそうなのかもしれませんね」笑う右京。

 

「す、すげえ……。私と同じくらいガチな人に初めて出会った……」

 

 口を開けながら固まる菫子に右京が一言コメントする。

 

「君の行動力も目を見張るものがありますよ。大したものです」

 

「え、あ。ど、ども……」

 

 オカルトが好きと言っても煙たがられるだけで賞賛されたことは今までの人生で一度もなかった。

 初めて趣味を肯定された感覚を味わった彼女は顔を赤らめさせて俯いた。

 ここまでなら美談で終わるがそこは杉下右京。

 

「ですが――イタズラに怪談の謎を暴こうと、ナーバスになっている教師の方々へ話を聞いて回るのは如何かと思います。今後は控えてください」

 

 しっかりと釘を刺して行く。

 

「え゛ぇ゛ぇ゛、そ゛ん゛な゛ぁ゛ぁ゛」

 

 予想外の一言にダメージを隠せない彼女に右京は「当然です」と一言発して紅茶を最後の一滴まで飲み干す。

 

「そろそろバスの時間では?」

 

「ん? あっ……、すぎてるぅぅぅぅ!! どうしよう、アレに乗らないと神奈川行きの電車に間に合わない! ホテルに泊まれるお金とかないよぉ!」

 

 話に熱中してバスの到着時刻を確認していかなったようだ。

 菫子は雷に打たれかのように勢いよく立ち上がって頭を抱える。

 好きなことになると周りが見えなくなるのだな、と右京は肩を竦めながらも、このように申し出た。

 

「僕が駅までお送りしますか?」

 

「いいんですか!?」

 

「もちろんです。元々、僕が呼び止めたのですから」

 

 颯爽と立ち上がり、店員へ目配せして会計を促す。

 どこか飄々としながらもさりげなく紳士の格を見せつける刑事に女子高生は「なんか、カッケェ。この人!」と感動を覚えた。

 

「じゃ、おねがいしまーす!」

 

 万遍の笑みと共に彼女は親指を立てた。

 同意を得た右京は会計を済ませて店を後にし、学校に停めてある車で菫子を駅まで送り届けた。

 帰り際、彼女は「明日も講座あるんで、時間があったら色々と語り合いましょうね!」と上機嫌に手を振って駅の中へと消えていった。

 超常の力を持つがその精神はまだまだ幼さが残る。

 車内でその後ろ姿を見守った右京は、歳相応の少女の姿に幻想郷で行動を共にした霊夢や魔理沙を思い出し、微笑んだ。

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