相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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ついにおなじみの二人が登場します。


第156話 この空の向こう側へ

 八時二十五分、コートに身を包んだ男が意気揚々と警視庁の廊下を歩いていた。

 男の名前は冠城亘。杉下右京の現相棒だ。

 

「右京さん、もういるかな。……なんだかんだ文句言われそうだなー。言い訳、考えておかないと」

 

 小言のうるさい上司の顔を思い浮かべながら、組対五課の扉を開け、デスクの脇を通って特命部屋に入室する。

 正面右斜め前方の席に目をやるとオールバック――いや、丸刈りの男が背を向けて座っていた。

 亘が一瞬、戸惑い声を上げると、男がクルッと身体を向ける。

 

「あ、角田課長」

 

 上司の席を占領していたのは角田だった。彼は空になった愛用のマグカップを手に持ちながら、嬉しそうに笑った。

 

「冠城! 風邪、治ったんだな!」

 

「はい、お陰さまで。もうすっかり!」

 

「そうか、そうか。よかったー!!」

 

「ど、どうも……」

 

 不自然なくらいまで上機嫌な角田に亘は押され気味になるも、室内に右京の姿が見えないことに気がついた。

 

「あの、右京さんは?」

 

「杉下なら出かけたよ……」

 

 彼の話が出た途端、課長はトーンを落とす。疑問符を浮かべた亘が訊き返した。

 

「出かけた? どこへ?」

 

「聞いて驚け」

 

 角田が息を溜めた。亘の脳裏に嫌な予感が走る。

 

「ま、まさか……また長野――」

 

「――調布だ」

 

「近っ!?」

 

 車で一時間とかからず行ける場所だ。目と鼻の先だろう。わざわざ、溜めるなよ。拍子抜けした亘は気を取り直してから。

 

「なんで調布に?」

 

「遺体が見つかったんだよ。そしたら一目散に出ていったんだ」

 

「もしかしてまた幽霊絡みとか……」

 

「そりゃわからんが、殺人でも疑ってんじゃないの?」

 

「なるほど。じゃ、俺もいってきま――」

 

「ちょっと待った」

 

 角田が亘の腕を掴む。

 

「これからガサ入れでさ。人手が必要なんだ」

 

「いや、俺にはいくところが――」

 

「お前がいくところは半グレのと、こ、ろ!」

 

 同時に角田の部下ふたりが亘を囲んだ。本気で連れていくつもりなのだと悟った亘が大きく口を開けた。

 

「ちょ、ちょ……マジすかっ!?」

 

「マジもマジ! 体調も万全なんだろ!?」

 

「うーん、まだ病み上がりで――」

 

 眉間にしわを寄せて考えている素振りをしても無駄である。

 

「うん、元気そうだな! よし、いくぞ!」

 

「え、えぇぇぇー! 勘弁してくださいよぉー。右京さぁぁぁぁん!!」

 

 抵抗も虚しく、亘はガサ入れに駆り出されるのであった。

 

 

 高速を通って調布入りした右京は現場近くの駐車場に車を止めて、西高見高校を正面に据える。

 現場には鑑識と捜査一課が先行しており、すでに捜査が始まっていた。

 見張りの警察官に手帳を見せて敷地内へと足を踏み入れる。人流れから発見場所が四階だと察した彼は人を潜り抜けて足早に左端の階段を駆け上がった。

 途中、複数の関係者が担架で遺体と思わしき物体をどこかへ運んでいく姿が目に映った。踊り場で端に避け、ブルーシート越しに物体の特徴を観察する。

 大きさからいって中身は痩せた人物である。

 喉の奥を鳴らしつつ、彼が四階へたどり着くと、左側の教室から捜査員たちの声と足音が引っ切り無しに聞こえてくる。どうやら遺体のあった場所は音楽室のようだ。

 急ぎ、靴をビニールで覆い、教室へ乗り込むと、細身でガラの悪い刑事とこれといった特徴のない醤油顔の刑事ふたりが中年の鑑識と話し込んでいた。

 

「遺体は六十代前半痩せ型の男性。死因は後頭部を固いもので何度も殴打されたことによる脳挫傷みたいです。死亡推定時刻は昨日の十九時から二十一時の間。相当、殴られたようっすね。大量の打撲痕ができてました。警察に通報したのは第一発見者の校長だそうです」

 

「怨恨の線かもしれねぇな。ゲソ痕、辿れば何かわかるかもーー」

 

 何気ない顔つきで右京がその前を通ると、ふたりは嫌悪感を顕わにしながら彼の前に立ちはだかる。

 

「って、警部殿、何をしているんですか!!」

 

 捜査一課の伊丹憲一(いたみけんいち)芹沢慶二(せりざわけいじ)。特命係と何かと縁のあるふたり組である。

 基本的にはいがみ合っているが、場合によっては協力し合い、手柄を横取りされ、利用するだけ利用される、またはこちらが利用する関係だ。

 相棒が冠城亘に変わってから風当りがきつくなったが、持ちつ持たれつの間柄に変わりはない。もっともこのふたり――特に伊丹は頑なに認めようとしないだろうが。

 般若のような面と狐を連想させる細く鋭い目つきで相手を威圧する伊丹の得意技も杉下右京にはまるで通じない。

 

「これはこれは、おふたりとも。おはようございます」

 

「おはようございます。じゃ、ありませんよ!」

 

「まーた、俺らの邪魔しにきたんですか!? 勘弁してくださいよー」

 

 芹沢が悲鳴にも似た声を上げるもホームズは、半ば無視するように遺体のあった場所に歩み寄る。すると今度は恰幅の良い鑑識の中年男性が待ったをかける。

 

「まだ鑑識の仕事は終わってないぞ」

 

 鑑識の益子桑栄(ましこそうえい)。こちらも特命係と関係のある人物で時折、協力的な態度を見せてくれるが、仕事中は部外者の干渉を酷く嫌う。

 目の前の右京に特大のしかめっ面を向けるのがその証拠である。が、特命係には関係ない。

 

「邪魔をするつもりはありません。離れたところから眺めますので」

 

 身体を左右に動かし、遺体が倒れていた場所を覗き見る。男性が倒れていたのは左奥にあるピアノのすぐ側で、害者の形を模したテープを見る限り、うつ伏せの状態で絶命していたことが理解できる。

 また情報を集めているな、と勘繰った益子がそれを中断させようと威嚇する。

 

「ダメだ、手間が増える!」

 

「そうですか……。では一つだけ。亡くなられた男性教頭というのは痩せ型で神経質そうな方ではありませんか?」

 

「……どうしてそう思うんだ?」

 

 益子はほんの少しだけ目元をピクんと動かした。

 瞬間、右京が確信を得たように人差し指を立てた。

 

「もしかしてその方のお名前――五味さんではありませんか?」

 

「どこから聞いた!? まだマスコミにも……」

 

「やはりそうでしたか」

 

「どういうことですか、警部殿!?」

 

 ひとり納得する右京を不審がった伊丹がふたりの間に割り込んだ。

 和製ホームズは芹沢を含めた三人を見据えた。

 

「実は校長先生の依頼でとある調査を行っていましてね。色々な方にお話を聞いて回っていたのです。その際、五味先生ともお話ししました」

 

「とある調査依頼……? それってなんです?」

 

「転落事故の真相究明です」

 

「「転落事故?」」

 

 捜査一課のふたりは首を傾げてから互いの顔を見やった。

 次は益子が口を挟む。

 

「ふーん。その転落事故ってのは、今回の事件と何か関係があるのか?」

 

「それはまだわかりません。ですが無関係とも言いづらい。そんなところです」

 

「もぉーー、勿体つけずに教えてくださいよー。どうせ、なんかわかっているんでしょ?」

 

 芹沢が縋りつくように右京へすり寄るが、彼のポーカーフェイスは崩れない。

 

「まだ予想の域を出ません。しかし――」

 

「「しかし?」」

 

 逮捕権を持たない島流し部署の人間とはいえ、杉下右京は様々な事件を解決してきた日本のリアルホームズ。決して侮れず無視できない。

 耳を傾ける捜査一課のふたりに対して彼は待っていましたと言わんばかりに。

 

「捜査に同行させて貰えれば何か結びつくかもしれません」

 

 いつものスマイルで答えた。

 

 

 特命係と捜査一課の三人は校舎を通って校長室を目指す。

 

「警部殿、学校内だけですからね!」

 

「勝手に口、挟まないでくださいよ?」

 

「わかってますよ」

 

 巧みな話術で刑事ふたりを翻弄――いや説得し、右京は校内にいる間だけ同行の許可を取りつけた。

 もちろん、彼らにも学校の事情を理解している右京を同行させたほうが都合がよいとの判断も少なからずあった。

 校長室の扉を開けると青ざめた中井が三人を出迎えた。初めて直面する事態に感覚が追いついていないのだと思われる。

 そんな腰が引けている彼を右京が「校長、お気を確かに」と励ましたことでようやくまともな返事が返ってくる。

 

「あ、す、杉下さん――そ、そう……ですね。すみません……」

 

「少々、お話をお聞きしたいのですが、大丈夫ですか?」

 

「は、はい。何とか」

 

「んんっ。警部殿。後はこちらが引き受けますので」

 

 咳払いと共に右京と中井の間へ伊丹が割って入り、中井を来客用のソファーまで誘導した。特命係に捜査の邪魔をさせないためである。

 ふたりが腰をかけたところで伊丹の隣に芹沢が座り、本格的な聞き込みがスタートする。

 まずは先輩である伊丹から質問する。

 

「遺体発見時の状況を詳しくお話し下さい」

 

「は、はい……。職員室に入るべく扉に手をかけるとすでに鍵が開いていて、泥棒が入ったのかと気になり、色々調べていると音楽室に五味先生の遺体があるのを発見しました。一応、肩を揺すってみたのですが、反応がなかったので110番して、警察がくるのを待ちました」

 

「中井さんはいつも早い時間に出勤なさるのですか?」

 

「ええ。皆を引っ張って行く立場なので、気持ち的にも早く出勤したほうがいいと思っておりまして……」

 

「なるほど。すばらしい心がけですね。学校内で何か不審な点はありましたか? 例えば荒らされた形跡とか、ものがなくなったとか」

 

「鍵が開いていたことくらいで、荒らされた形跡も、ものがなくなったとかもありませんでした」

 

 物取りの線は薄そうだな。伊丹は内心で頷いた。彼が無言になると、入れ替わるように芹沢が質問する。

 

「被害者の五味さんが殺された理由について心当たりはありますか? 誰かに恨まれていたとかでもいいんで、教えて頂けると」

 

「殺された理由になるかどうかはわかりませんけど、五味教頭は教員や生徒の間ではあまりよく思われてなかったみたいなんです」

 

「よく思われてないとは?」

 

「態度が傲慢で小言がうるさいとのことでした。私と話す際はそんなことなかったので、今までは軽く促す程度にとどめていたのですが……」

 

 相手の立場によって態度をコロコロ変える人間も存在する。五味はそういったタイプの人間だったのだろう。この真面目な校長があの五味をきつく叱らなかったのが証拠だ。

 そこにさり気無くこの男が口を挟む。

 

「ということは、校長は五味教頭が裏でやっていたことを知らなかったのですね?」

 

「杉下さん、口を挟まないで下さいって――」

 

「裏でやっていたこと……?」

 

 芹沢が制止しようとするも意味深なワードに反応した校長が右京の話に耳を傾ける。面倒くさそうな芹沢を何かが引っかかった伊丹が「とりあえず、聞いてやろう」とアイコンタクトでなだめる。

 注目が集まったところでホームズはあのシーンについて語り出す。

 

「先週の金曜日、十六時過ぎでしたかね。転落した生徒を運んだ国語教師の林先生にお話を伺うべく探していたのですがその際、校舎裏で五味先生と喋っている姿が目に入りましてね。どうやら五味先生は林先生の授業進行に不満があったようで、ちゃんとやっているのかと問いただしていました。

 そして、林先生が自分なりにやっていると答えると彼の頭をボンっと叩き、暴言で捲し立てて、去っていきました。とある先生にもさり気無く五味さんについて質問しましたが、無言で頷かれました。恐らく、ああいったやり方が日常的に行われていたのでしょうねえ」

 

「そ、そんな、私は何も聞かされて……」

 

 目を見開きながら中井は固まった。下から報告が挙がってなかったのだろう。怨恨の線を勘繰っていた刑事ふたりにとってこれは朗報だった。

 咳払いをした伊丹が右京から主導権を取り返し、中井のほうへ向きなおる。

 

「それはれっきとしたパワハラですね。その林先生というのは今、どちらに?」

 

「あれ、まだ見てないですね。おかしいな、今日は出勤日のはずなのに……」

 

「芹沢、他の先生がたに聞いてこい」

 

「了解っす」

 

 芹沢が席を立ち、隣接する職員室へ向う。

 数分後、戻ってきた彼は伊丹のところへ駆け寄り「先輩、林って言う教師はまだ出勤してないそうで、連絡も取れないそうです」と小声で告げた。

 同じく伊丹も小声で「住所は?」と訊き返す。「ここから十五分ほどの距離にあるマンションの五階です」。同僚の返答にガラの悪い刑事はほくそ笑んで「わかった」頷き、中井に視線を移す。

 

「中井校長。我々は一旦、失礼します」

 

「それならば僕も」

 

 右京が手を挙げるも即座に阻まれる。

 

「警部殿はいいですから、ここにいてください」

 

「いてください」

 

「そうですか」

 

 伊丹と芹沢は特命封じの連係プレイを見せたのち、一礼して校長室を去った。

 その姿を見送りつつ、右京は窓の外に青く広がる空を眺めた。

 

 

 林の住むマンションに着いた捜査一課のふたりは階段をのぼり、目当ての部屋のチャイムを押す。

 

「林さん。少しお時間いいですか? 林さん、林さ~ん」

 

 数回、鳴らしても返事がなく、ドアノブを回してみても鍵もかかっていて開かない。

 痺れを切らした伊丹が後輩を見やり、小さい声で、

 

「おい芹沢。管理人から鍵、借りてこい」

 

 と命令して彼を走らせた。途端、チャイムの先から男の弱弱しい声が響く。

 

 ――な、なんですか……?

 

 たく、手間かけさせやがって。軽く舌を打った伊丹が「林さん、ちょっとお話があるんですけど、ドア――開けてもらえますか?」と猫を被ったように懇願する。

 林と思わしき人物は亀のような足取りでドアのすぐ側まで近づく。彼の声や振る舞いから事件に何かしら関係があると感じ取った刑事は「逃がさねえぞぉ~」と臨戦態勢に入る。

 ところが彼は鍵を開けるどころか、ガチンと何かを動かして玄関を離れた。

 刑事である伊丹は面食らったように。

 

「お、おい! その音――U字ロックかけやがったな!!」

 

 林は耳を塞ぎながら、廊下を駆け抜けてリビングへ飛び込む。

 それから少しして芹沢が管理人と共に五階に戻ってきた。

 

「芹沢! U字ロックをかけられた!」

 

「マジっすか!? 鍵だけじゃ、どうにもならないっすよ!」

 

 嫌な空気を感じた伊丹が説得するかのように訴える。

 

「は、林さん、我々は警視庁の者です! とある事情についてお伺いにきただけです! 今すぐ開けてください、林さん――」

 

 ドンドンを鳴り響く扉を見つめながら、室内の林が自らの心臓を押さえる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 心拍数が跳ね上がり、呼吸するのも苦しくなる。

 震える手で無理やり室内用の大判カレンダーを剥がした彼は、その裏に赤インクのボールペンで何かを殴り書いた。ペン先が潰れるくらい強い筆圧で白地を汚し、狂気じみた笑みを浮かべてからそれ適当に投げ捨て、ベランダの鍵を開けた。

 冬の肌寒さが彼の肌を突き刺すが、緊張で神経が逆立っている者の動きを止めるまでには至らない。

 眼前に広がった空を視界に収め、手すりに手をやった。

 どこまでも澄み渡る群青に自身の人生を投影し、ガックリと肩を落とす。そこには悔しさや絶望が垣間見られる。黄ばんだ手すりに全身の力を込め、林は呪文を呟く。

 

「ウィィィィィィィィィィィィィン――パァティィィィィィィィィィィィ――オォォォォォォォォォォォォォォォォ!!」

 

 張り裂けんばかりに叫んで地面へ身を投げた。数秒後、鈍い衝撃が閑静な住宅を襲う。

 大声に続いて衝撃音とくれば、何が起こったのかなど刑事ふたりにとって想像は容易だ。

 血相を変えて階段を駆け下り、落下地点へ向かうと、頭から血を流し、絶命している林の姿があった。

 

「クソッ、早まった真似を――芹沢、救急車を呼べ!」

 

「は、はい!!」

 

 後輩がスマホで電話をかける最中、先輩刑事はひとり、林のすぐ側で屈んで脈を測るも結果は予想通り。特大のため息と共に、伊丹は自身の不手際を嘆いた。

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