相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第157話 殺人鬼の影

 二十分後、警察に封鎖されるマンションを右京が訪れる。付近で怯えている住民たちに声をかけ、簡単に事情を聞いたのち、立ち入り制限テープの前に移動する。

 監視役の警官に手帳を見せ、中へ入れてもらうと、落下現場周辺で肩を落とす伊丹たちふたりを発見した。

 

「災難でしたね」

 

「警部殿……」

 

 壁に背を預けたガラの悪い刑事が、右京の顔に視線を合わせて「笑いにきたんですか?」と噛みついた。

 何かしらの関与が疑われる人物がすぐそこで自殺したのだ。無理もない。

 ホームズは首を横に振って否定する。

 

「マンションの住人に聞いたのですが、林先生は奇声を上げながら、飛び降りたそうですね」

 

「ええ、なんかでっかい声で叫んでましたね。なんて言ったかな……。ウーン、パ……オ――だったかな?」と、芹沢が答える。

 

「ウーンパーオ。どこかの地名か、それとも……」

 

 別の何か。しかしながらどこか引っかかるワードだ。右京はその頭を働かせ、類似する言葉を手当たり次第、引きずり出す。ひとり推理モードのホームズに不快感を覚えた伊丹は鼻を鳴らしながら顔を背ける。

 その間も脳内検索を行い、右京は類似する言葉――それもかなりオカルト的な事件と関連があるものを探し当てる。それは、とある悪魔信仰者の口癖。

 

「まさか――」

 

 十四年前のおぞましい事件がフラッシュバックする。

 刹那、胸がざわざわと不快な音を立て、上階から黒い稲妻が走ったのを肌で感じた。いても立ってもいられない彼は刑事ふたりに「林先生の部屋の鍵は開いてますか?」と訊ね、芹沢が思い出したように「さっき同行してもらった時に借りたままだったな」と呟いて鍵をポケットから出す。

 

「貸して下さい」

 

「え、でも内側にはU字ロックが」

 

「それはこちらで何とかします」

 

 要領の悪い芹沢から半ば、鍵を奪うように手に取り、右京は近くにいた所轄の警察からビニール紐を借りて階段を駆け上がる。

 得体の知れない何かがいる。直感、いや霊感がそう告げている。

 目当ての部屋にたどり着き、鍵を開錠し、紐を器用に使い、U字ロックを外して中に入ると、刺激臭が鼻をついた。

 白い手袋を両手に嵌め、ハンカチで顔を覆ってリビングに進入すると、そこには予想した通りの闇が広がっていた。

 

「これは……」

 

 多数の悪魔崇拝グッズが散乱していたのだ。六芒星のマークが書かれた紙、大型動物の頭骨や先端にドクロがついた杖、獣の皮など常人では考えられないもので溢れていた。

 しかし異臭の発生源になるようなものは見当たらない。

 続けてもう一つの部屋の扉を開け、薄暗い室内へ飛び込むと更なるカオスが待ち受けていた。

 大量に積まれる呪いに関する専門的書物やオカルト本。蛇や虫の死体、トンカチと無数の釘、呪術用の水晶や紅い液体の入った壺などが散乱していた。だが、これらは異臭の元ではない。

 照明のスイッチを発見し、電気をつけて部屋の隅まで照らすと、部屋の右奥に黒いシートが被せられていた。大人ひとりを隠せるサイズだ。

 恐る恐る、右京がシートを外すと腐った物体が姿を現す。

 

「異臭の原因はこれですか」

 

 様々な意味から右京は顔を歪める。遅れて刑事たちが駆けつけた。

 

「な、なんすかこれ!?」

 

 狭い室内に広がる異質な世界に呆気にとられる芹沢を余所に、伊丹は右京のいる部屋に乗り込み、そして目撃してしまう。

 

「警部殿、どういうことですか――って、何だよ、これ!! ()()じゃないですか!?」

 

 腐って淀む緑色になった肉が纏わりついた人のような物体。

 目玉の部分が抜け落ちているのか、真っ黒な穴が開いており、脳天には多数の五寸釘が打ちつけられている。胸付近も同様だ。

 伊丹は場の雰囲気から、いたたまれなくなって、思わず手を合わせた。先輩の後ろに続いた芹沢も遺体を視界に入れた途端、仏を憐れんだ。

 右京だけはその物体に違和感を覚え、あらゆる角度から観察を行う。

 数十秒後、ホームズはこう告げた。

 

「おふたりとも、これは人の遺体ではありません」

 

「「へ!?」」

 

「ほら、ここ。プラスチックの音がするでしょう?」

 

 骨がむき出しになった部分を指でトントンと叩く。響く音はプラスチックを叩いた時のそれだった。おまけによく観察すると肉と骨の間に接着剤の痕まで残っている。この遺体は人工的に再現された人体だった。

 

「肉の繊維的に――使われたのは鳥肉でしょうか? 安価で手に入り、加工がしやすいからなのか。気になりますね」

 

「はぁ!? んだよ、驚かせやがってっ!!」

 

 手を合わせた俺が馬鹿みてぇじゃねぇか、と伊丹は悪態を吐き、追従するように芹沢も肩を竦めた。

 後方で悪態という不協和音が流れても手は休めない。次にホームズは肉の中に隠れる何かを発見する。

 

「写真ですねえ……」

 

 肉が崩れないようにそっと指で分け入ると、誰かの写真が埋め込まれており、そこに写る人物は五味だった。

 

「複数の五寸釘が刺さった肉の纏わりつく人体模型に五味教頭の写真。となれば藁人形の強化版でしょうか?」

 

「藁人形?」

 

 伊丹が戸惑う。

 

「林先生は五味先生を恨んでいてもおかしくありませんからね。呪い殺そうとしても不思議ではないかと」

 

 目の前の奇怪な物体を五味の人体を模した人形と定義すればオカルト的観点から呪術に使う物体と考えられる。身体のあちこちに釘が打たれているところからすると、相当な殺意があったのだろう。

 

「まぁ、この部屋ですからねー」

 

 悪趣味な室内を見渡し、芹沢が納得したような態度を取って、気分転換するべく、リビングへ引き返す。気持ち悪いグッズだけじゃなく、ものが散乱して足場の少なくなった床に歩行を阻まれる。

 邪魔だな、と思いつつ、足場を探していると無造作に投げ捨てられた紙を見つける。

 裏面に何かが書かれた痕があり、怪しんだ芹沢が手に取って、裏返した。

 そこには赤字で力強く。

 

  五味は俺が呪い殺した

  復・讐・完・了

 

 と書かれていた。インクの渇き具合から書かれてそう時間が経っておらず、ある意味で遺書とも取れる。

 気味が悪いと思いつつも芹沢はカレンダーを拾い上げ、先輩である伊丹のところへ持っていった。

 

「先輩、こんなのがありました」

 

「あぁん? なんだこれ。()()()()()だと……。どこまでもふざけてんなぁ……」

 

「ですけど、林先生は悪趣味な人形を作ってまで、被害者を殺害したかったんですよね? その気持ちを抑えきれず、実際に呼び出して殺っちゃったとか?」

 

「ありえない話じゃねぇな。呪いじゃ死なないから自らの手で殺した。それで俺たち警察が来ることを予見していて、もう無理だと思って飛び降り自殺を図った。これなら林の行動が納得できるぞ」

 

「できますね」

 

「ふん、決まりだな」

 

 事情を聞く前に死亡されたとあっては刑事ふたりの叱責は免れないが、元々死ぬ意思があったのであれば別であって、自分たちの責任は軽微なものですむ。

 予期せぬ事態だったと。伊丹はホッと胸を撫で下ろす。そこへ手を動かすホームズが口を挟む。

 

「鈍器で殴り殺したのであれば呪い殺したなどと書くでしょうか? ここまで用意するほどの手の込んだ人間の行動とは思い難いですねえ」

 

「きっと悔しかったんでしょうよ。だから最期にこの言葉を書き残した。自分が呪いで人を殺したかのように偽装するためにね。まったく、性質の悪い野郎だ」伊丹が吐き捨てる。

 

「なるほど――では、凶器はどこでしょうか?」

 

「凶器……?」

 

「先ほどから室内を探索しても見当たらないのですよ。キッチンでしょうか?」

 

 独り言のように呟きながら、わき目も振らずに台所へ突入するホームズを見て、先をこされてなるものかと対抗心を燃やした先輩刑事が後輩の背中を叩く。

 

「俺らも探すぞ」

 

「了解っす」

 

 ふたりも手分けして部屋を捜索する。

 右京が台所、伊丹が玄関、芹沢が洗面所と風呂場でものを漁るが、台所の排水溝はヨゴミで悪臭が漂い、玄関はゴミと埃が占有し、風呂場の排水溝は髪の毛が詰まってまともに機能しそうにない。ゴミ屋敷になりかけの汚部屋である。

 作業する警察官三人も眉間に皺を寄せながら作業を行った。

 鑑識の妨害をする訳にもいかないので、簡単なチェックだけで済ませたが、犯行に使われた鈍器は見当たらない。

 再びリビングに集まった彼らは結果報告を終わらせ、一課は次の行動について打ち合わせする。

 

「鑑識を入れるのは当然として、この後どうするんですか?」

 

 芹沢が伊丹に訊ねた。

 

「凶器がここにないってことは、どこかに隠したか、捨てたかってところだ。所轄の連中を動員して、付近を捜査すれば出てくんだろ」

 

「善は急げっすね」

 

「おう、早く連絡すっぞ。そういうことですので、警部殿はご自由に」

 

 独特の笑みを浮かべた般若はホームズに一礼して後輩と一緒にこの部屋を出ていった。

 もう少し室内を調べたい右京にとって彼らの退場は好都合だった。

 先ほど調べた寝室へ戻り、人差し指で書物をチェックしていく。

 縦積みされた本たちは皆、埃を被り、開かれた痕跡が見当たらない。

 散らかった机を見やると、椅子の正面だけは物が避けられている形跡があった。椅子に座って何かをしていたと思われる。据えつけられた棚から埃が被っていないものを選んで中身を拝見するが、呪術関連ばかりだった。

 気になったついでに机の中も確認する。無造作にものが詰め込まれ、学校で使う書類なども乱雑に押し込まれている。

 しかし引き出し手前側を指でなぞると、林本人の学生手帳が隠れていた。

 自身のレーダーが点滅し始めたので、右京は手帳を開いた。すると――。

 

「帝都予備高講師、村木重雄(むらきしげお)……ですか――」

 

 この男の正体は十四年前、かつての特命係と対峙した悪魔信仰者である。

 ただならぬ悪寒が背中を駆ける。息を呑んだホームズはすぐさまスマートフォンを取り出し、とある人物に協力を要請した。

 

 

 時刻は昼十二時を回る。人気の少ない埠頭の廃工場の死角に複数のワゴン車が止まっている。動き易いように薄手のジャンバーに身を包む男たちの中に混じり、ひとりだけ洒落たロングコートを着込んで張り込む亘が異質に映った。

 

「いたぞ、半グレ集団《スマイル》の構成員だ」

 

 角田がアイコンタクトで報せると、後ろの部下たちが一斉に頷いて、逃走経路を潰すべく、アジトを囲むように散らばる。

 トランシーバーで逐一連絡を取り合い、数分後には準備が完了する。

 課長の角田が目つきを鋭く保ったまま「いくぞ、突入だ」と捜査員十名を連れて正面入り口から勢いよく乗り込んだ。

 突然の事態に面食らう十数人の若者へ向けて、代表の角田が判子の押された紙を堂々と見せつける。

 

「警察だ。動くな! はい、これ令状!」

 

「あぁん? てめぇ、このメガネザルが――」

 

 いきがる半グレどもに自ら容姿を貶された彼は、怒髪天をつくような怒りを込めて叫んだ。

 

「全員、コイツらをとっ捕まえろ!! 後、今メガネザルって言ったヤツ――覚悟しろ!!」

 

 大声を合図に戦闘開始である。

 先陣を切る角田が暴言を吐いた若者へ飛びかかり、組み伏せて強烈な関節技で無力化する。他の部下たちと半グレも一斉に取っ組み合って、激しい乱戦が繰り広げられた。

 形勢は圧倒的に刑事側が有利で小悪党どもは次々に倒されていく。

 自分たちが不利と見るや裏口や人の隙間から逃げ出そうとする者が出るも、裏口は他の刑事に抑えられ、袋のネズミ状態だ。残るは正面しかない。

 ひとり、またひとりと正面を突破するために入口へ駆け寄るが、コートの男が立ちはだかった。亘だ。

 

「はいはい、逃げちゃダメよ?」

 

「んだよ、おっさん。怪我じゃすまなくなるぞ!!」

 

 相手はひとりだと調子に乗ったチンピラたちは、ふたり同時に亘へと襲いかかるが、和製ホームズの部下もまた武術の心得がある。

 反動をつけた一撃を見切ってヒラリと躱し、戻りきらない相手の腕を掴んで地面にねじ伏せ、もうひとりのほうも迫る拳を捌いて、膝蹴りをみぞおちに叩き込み、動きが止まった瞬間に投げ技で一本取る。

 うずくまるふたりにちょいワル親父はキメ顔を作りながら。

 

「怪我じゃすまなくなるのは君たちのほうだったね♪」

 

 人差し指を左右に動かしておちょくった。

 それからまもなくして半グレ集団は全員お縄につき、用を終えた亘は組対五課のワゴンに乗って撤収した。

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