警視庁に戻った亘は取り調べを行う角田と別れ、特命部屋へ向かう。
「あー、病み上がりでガサ入れの手伝いとか……」
運がないな、とぼやいて再び、細い通路を通る。
ドアの無い入口を潜ると、右京の椅子に座っている男がいた。背が低く、ショートカットヘアーで神経質そうな容姿。亘はうわー、と一歩引いた。
「青木か、どうした?」
目の前にいたのはサイバーセキュリティー課に在籍する警察官
性格は一昔前のディープなネラーのように陰険で可愛げの一つもなく、親代わりの副総監から〝できの悪い男〟と評されるほどだが、頭のキレは右京にも引けを取らない。悪知恵の働く捻くれ者だ。
亘と犬猿の仲である青木は不機嫌を上まで表す。
「どうした? か、じゃないだろ、冠城亘――僕は忙しいにも関わらず、お前の上司のために一仕事してやったんだ。感謝しろ!」
「相変わらず、うるさいヤツだな!」
「ちょ、ちょ――や、ヤメロォォー!」
口の悪い陰キャの顔を両手で塞ぎながら、得意の減らず口を封じる。これが二人の日常的なやり取りだ。ムンクが叫んでいるかのような表情で抵抗するも、ひ弱な身体ではチンピラ二人を圧倒する亘に敵うはずもなく、青木は弄ばれ、解放されるまで二十秒ほどの時間を有した。
肩で息をしながら、陰キャは右京の部下を睨む。
「そ、そんな態度でいいのかっ。お、お前にも情報を提供してやろうと思ったのにっ」
「だったら、早く言え。またお仕置きしちゃうぞ?」
「ぐっ、仕方ないね。杉下さんに免じて特別に教えてやろう。一時間ほど前、連絡があって、これを調べるように言われたんだ」
彼は右京の机の隅に避けられていたA4用紙数枚分の資料を亘の前に差し出す。
「村木重雄の経歴……。この名前、どっかで聞いたことあるな」
資料のタイトルにもなっている人物名がどこか引っかかった。
瞬間、青木がニヤリと口元を弛めて得意げに解説する。
「あらら、ご存じない? 十数年前に有名になった連続殺人鬼だよ。ソイツ」
「連続殺人鬼!? もしかして――女性ばかり襲ったっていう」
連続殺人鬼という称号を持つ者は決して多くない。脳内を辿れば情報が残っている。
「その通りだ。被害者は全員女性。しかも、遺体の片耳からはピアスが消えていたという奇怪な事件だったからな。ボクは今でも記憶に残っているよ」
「でも、その犯行って村木が若い頃の犯行だったよな?」
「そうだな。今から、約二十七年前、村木重雄は予備校の人気講師だった。その時期に女性たちを殺し回っていたのさ。当時は村木が犯人だとする十分な手がかりがなく、逮捕されなかったが、容疑をかけられたことで予備校をクビになり、その五年後に交通事故で足を悪くして不自由になる。
カウンセラーにかかりながら生活していたみたいだけど、奥さんから日常的に暴言と暴力を受けていたみたいだね。その怒りが犯行に繋がったんじゃないかと囁かれているが、実際のところは謎だ――でもって十四年前の二○○五年、三件の連続殺人が起こった。
被害者は女性で片耳からピアスが外されていた。それをかつての杉下さん率いる特命係が村木との関連性に勘づいて捜査を開始。自室で杉下さんらに追い詰められた村木は犯行を認めた直後に飛び降り自殺。事件は終わるかと思われたが、ここから事件は急展開を見せる!」
両手を開いて大げさな演技を取る青木を他所に亘が天井の一点を見つめる。
「普通に考えて、足が不自由になった村木に女性を殺すのは難しいもんな」
「そうだ。いかに男とはいえ、不自由な身体では無理がある。協力者でもいれば別だが、これまでの村木の行動からいって、それはありえない。つまりこれは――」
「模倣犯だったってところか?」
「先に言うなっ。はぁ……まぁ、そんなところだ。三件の連続殺人は村木が通っていたカウンセラーの男性助手だったんだよ。彼は村木に魅了されたんだろうね。そして、助手もまた特命係に追い詰められて自殺しようとするが当時、相棒だった亀山さんに直前で阻止されて御用となった。とりあえず、こんなところだ」
「なるほどな。で、右京さんは今更なんでそんなヤツの情報を?」
「さぁね、そこまでは聞いてない。けど、調布の事件と関係があるんだろうね。予備校時代とそれ以前の詳細な情報がご所望のようだし。さっき、調布市内で飛び降り自殺した男と繋がりでもあるんじゃないの?」
「飛び降り自殺……?」
「ふんっ、警察官ならニュース見ろ。ほら」
青木がテレビをつけると、またもや速報と書かれたテロップが流れていた。
テロップの内容は『マンションで男性が飛び降り自殺。高校教師殺害と関連が?』といういかにもなタイトルだった。
「自殺した男性、殺された教頭と同じ職場だったそうだ。何かしらの関与があると警察は睨んでいるみたいだぞ」
「ふーん。ところでその資料、右京さんに送ったのか?」
「もちろん、調べろと言われた範囲は全て調べてとっくにメールで送信済みだ。これは僕が特別に作った資料さ。どうせ、同じ事件を追う、一課にも聞かれるだろうしね。今の内から用意しておいたのさ」
「さすが、仕事が早い」
「はっ、もっと言ってもいいぞ? なんなら讃えろ!」
「はいはい、青木ちゃまは、すごいですねー」
「うごっ」
言葉とは裏腹に亘は生意気な青木へアイアンクローを放って再度、黙らせる。
気が済んだところで右手による拘束を解除し、右京の部下は自らもはせ参じるべく、特命部屋を後にした。
☆
鑑識が来る前に退散した右京は数日前、菫子とお茶した喫茶店で青木から送られてきた情報を眺めていた。
小さな式神の画面をスライドさせ、村木の予備校時代までの経歴を漁る。
すぐに林との接点がでてきた。
「二十七年前の帝都予備校時代、彼は人気の講師だった。現在、四十四歳の林先生の年齢は当時、十七歳。予備校に通っていても不思議ではなく、西高見高校に載っている彼の出身校も帝都予備校からそう離れていない」
青木が調べたデータと照合した結果、二十七年前、林と村木が出会っている可能性を突き止める。異常な空間の中で思い出の品が一つ、それも連続殺人鬼に関係するとなれば無関係なはずがなかった。
「林先生の行動も彼に影響を受けた可能性がありますねえ」
死してなおも人を誘惑し続けているのか。サイコパスの恐ろしさに改めて実感し、右京は「これ以上、あなたの犠牲者は出さない」と、負の連鎖を断ち切る決意を固める。
その際、偶然、窓ガラスの外に映った人影に目が行く。
「おや?」
厚手の茶色いジャンパーを着込んで、顔をフードで覆う人物だった。いかにも怪しい。
急いで会計を済ませた右京は不審者の目的と正体を突き止めるために後ろから尾行する。
そうとも知らずに対象者は不審な動きを繰り返しながら警察の監視の外で学校内の動向を探る。
「クソッ、絶対に見つけてやるからな!」
幼さの残る声で怒りを吐き捨てる不審者に右京は心当たりがあった。ため息を吐いてから対象者の方をポンと叩く。
「学校はどうなさったのですか、菫子さん?」
「え!? うわ、刑事さん!!」
不審者は菫子本人だった。
焦りに焦った彼女は言い訳を探すので精一杯で刑事の質問に答えられずにいる。
「感心しませんね。学校をサボってまで怪奇を追いかけるなど」
「いや、違うんです!」
弁明とばかりに彼女は西深見高校の学校裏サイトが表示されたスマホ画面を右京へかざす。先に黒いページ画面に目が行くが、瞬く間に違う画像へ移る。目元が黒い線で塗りつぶされているが、目の前の少女の姿そのものだった。
画像は、転落現場に上がる階段の一階部分で熱心に写真を撮っているシーンだ。
「これはどういうことですか?」
「よくわからないけど、晒されたんですよ、私!!」
怒気を交えながら、スライドされた画面は『この女が今回の怪奇事件&殺人事件の元凶、宇○見○子』とタイトルが打たれており、続くコメントに『この服、東深見高校の生徒だよね? この前、学校で情報系の講座を受けていた』『東深見の女子生徒か。俺も基本情報講座の教室に東深見の女が出入りするのを見たな』『たぶん、ソイツだな。身体つきが似てる』『けど、転落事件が起きたのは講座の前だろ? なんでコイツが元凶なんだよ』『そーだよ。デタラメすぎんだろ』『あ、そういえば、俺この名前、聞いたことあるぞ。中学からの知り合いで東深見高校の同級生から聞いたんだけど、確かコイツ、有名なオカルトマニアで、自分でオカルト的な事件をでっち上げたり、フェイク画像を作ってるらしい』『ってことは怪談話を再現するために行動したとか?』『マジかよ。キモwwwww』『目元は隠れているけど、美人じゃなさそうだよな』『きっと、眼鏡の地味な女だ』『そう聞くと、陰キャそう』『こういうのは決まってブサイクなんだわ』『ちょ、ウケる!!』『絶対、彼氏できないよねー』『ギャハハハハ!!』など、見るに堪えない罵詈雑言で溢れていた。
今まで、煽り煽られるレスバトルを繰り広げてきた熟練者の菫子も個人がほぼ丸わかりの画像を出されて、叩かれたことはなく、初めての経験に童顔を赤鬼のように真っ赤に染めている。
事情を理解した刑事は。
「だから、学校を休んでまでここに来た訳ですか。デタラメな情報を拡散した者を捕まえるために」
「そうです! こんな情報を流すなんて、きっと今回の犯人に違いない!! それを――」
「捕まえて警察に突き出して憂さを晴らそう。というところですか?」
「そ、そんなとこです……」
菫子は目を逸らしながら言うが、ホームズにはお見通しだった。
「本当は警察より先に見つけてギタギタにしてやるつもりだったのでは?」
ギクッ。一瞬、肩を震わせた彼女が恐る恐る目を戻すと、眼鏡の仏頂面が待っていた。誤魔化しは不可能である。
「ほんの少しくらい痛い目に……。くらいは思ってました」
「その痛い目に遭わせる方法とは、もしかして〝超能力〟ですか?」
「えっと……」
口をごもごもさせるオカルト少女。右京は二重の意味でため息を吐いた。
「菫子さん。君が表の世界でどの程度、能力を使えるのか知りませんが、例え侮辱されたとはいえ、超能力を使って報復などしてはいけません」
「だ、だって」
反論する彼女を右京が遮る。
「ダメなものはダメです。それでは筋が通りませんよ。不当なやり方に対抗するためならどんなことでもしてもいい、などという自己中心的な考えを僕は認める訳にはいきません」
「う、うぅ……。だって、だってぇ……」
余ほど、悔しかったのだろう。彼女は両瞼に若干の涙を溜めながら訴える。
頭ではわかっているが、自らのプライドが許せなかった。いくら頭がよかろうが精神は子供。ここは大人の出番である。
「君は、僕が誰だか、忘れているようですねえ~」
「え?」
「警察官ですよ? 僕」
「そ、そりゃあ、知ってますけど……」
「これも立派な名誉棄損ですよ?」
そう言って、彼女のスマホを指差した。右京の言わんとしていることを理解した菫子は目を見張った。
「へ……? 警察ってこんな簡単に動くの!?」
一般目線で語れば、警察は恐いイメージがある。さらにフットワークが重く、所轄の警官などはピンキリで場所によっては仕事しないなんて話も聞く。おまけに組織内にも小遣い稼ぎのために違法な行為に手を染める輩まで存在し、探れば探るほど、巨大な闇が広がっている。強い権力を持つが故の弊害だろう。
そこらの女子高生よりも遥かにネットを使いこなす菫子はそれを理解していて、基本的に警察を信用していない。
「普通は被害届を出してからです。しかしながら、僕は時間が余っているので。この件について調査しましょう。ですから、報復なんて真似はおよしなさい」
和製ホームズが微笑んだ。
「ま、マジっすか……」
変わり者の刑事だと思ったが、まさかここまでとは。喜びと驚きが同居した何とも言えない表情を浮かべると共に、彼女の思考が停止する。
そこへあの男の声が届く。
――右京さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!
名を呼ばれた本人が振り向くと冠城亘が嬉しそうに手を振りながら向かってくる姿が目に入った。
「おやおや――グッドタイミングですねえ~」
風邪が治ったのだな。右京もまた嬉しくなって手を振り返した。
二人のところへやってきた亘がまずは一言。
「もう探しましたよー。一課の二人に聞いてもどこにいるか、わからないって言うし、メールしても返事すらない!」
「あぁ、すみません。色々と考えごとをしていましたので」
「なんすかそれ! 俺のメールよりも重要なんですか!?」
不服そうに詰め寄る彼をホームズは涼しげに躱す。
「同じくらいですかねえ~」
「それはないでしょ!?」
「ふふっ、申し訳ない」
いつもの軽快なトークを繰り広げる大人二人。菫子の円らな瞳が両者の顔を行ったり来たりする。
「あの、刑事さんその人は……?」
その問いを待ってましたと言わんばかりに右京が告げた。
「彼は冠城亘。僕の――
こうして欠けていた相棒が舞い戻り、特命係の捜査体制が整うのであった。