相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第15話 杉下右京の聞き込み捜査

 里で人が殺されたという噂はあっという間に広がっていた。そのせいか住民達は警戒して自宅を出ない者が多かった。

 おかげで、十時近くになっても自宅に人がおり、聞き取りがスムーズに進んだ。

 

 敦宅から見て左隣に住んでいた老夫婦宅を訪ねたところ、白髪の妻が対応した。彼女の名前は小鳥遊恵理子。夫の小鳥遊幸之助は狩人である。

 今日はたまたま休みだったらしく夫は自宅に居た。妻同様、スーツを着たよそ者を怪しむように見やり、腕を組んでいた。

 緊張を解すべく、右京が得意の笑顔を添える。

 

「僕は杉下右京と言います。少しお話のほうよろしいでしょうか?」

 

 軽い自己紹介と共に訊ねるも、恵理子の警戒は解けず夫のほうをチラチラ見ているだけだった。埒が明かないと判断した慧音が間に入り、何とか会話ができる段階まで漕ぎつける。

 気を取り直し、刑事が質問する。

 

 「昨夜、何か不審な音はしませんでしたか?」

 

 その問いに恵理子は「夜に何度か外で物音がした気がするわね。人の足音や扉が開く音みたいな」と答えるもすぐに寝てしまったので正確には覚えていないと話した。

 

「何度かと言いますと?」

 

 数刻ほど考えてから恵理子が言った。

 

「二回……かしらね」

 

「何故、二回だと?」

 

「物音で二回、目が覚めたからよ」

 

  続けて右京は「聞こえた方向は?」と質問。恵理子は「そうねぇ……正面通りだったような気がするわ。よく覚えてないけど」自宅正面通りで音が鳴ったと説明した。

 隣にいた半袖短パン姿の幸之助にも訊ねてみたが「熟睡していたからわからん」とぶっきら棒な返事を返される。恵理子も幸之助が隣で寝ていたと語った。

 その際、何気なく恵理子が「この人、どんなところでも寝れるのよ」と笑いながら旦那の肩をポンポンと叩いた。

 そんな彼女を横目で見る幸之助は「だからお前と付き合えるんだよ」と小言を漏らした。

 先程から彼の組まれる腕の中、チラチラと見え隠れする無数の傷。

 右京の興味はそこへ移った。

 

「やはり、狩人をしてらっしゃると指先などの怪我が増えますか?」

 

「ああ、しょっちゅうだよ。昨日の早朝、狩りの最中に木の枝に引っ掛けてちまったんだよ」

 

 そう言いながら右腕と指の傷を見せてくれた。左腕にも切り傷、左人差し指にも怪我、左中指にも大きなタコができていた。

 刑事は「なるほど……」と頷いてからお礼を言って小鳥遊宅を離れる。

 

 二件目は右隣りの家である。そこに住んでいた小田原信介は仕事を辞めて小説家を目指す熱心な青年だった。

 毎日執筆活動をしているせいか衣服や本が散乱している。特に恋愛系の本が多く、恋愛小説を執筆しているのが何となく理解できる。

 寝巻姿で出てきた信介は寝不足なのか目に大きな隈を作っていた。右京は先程同様、軽い自己紹介の後「昨夜、何か不審な物音をお聞きになりませんでしたか?」と訊ねた。

 

 信介は寝巻の左裾で両眼を擦りながら右京の質問に「え!? 寝てたんで知りませんよ!」と語気を荒くして答えた。右京が「何かお気に障る事でも?」と訊き返すも本人は「あ……すみません、最近スランプで……」と気まずそうに謝罪する。

 

 次に右京は「おや、指先に血が付いてますねえ」と指摘する。確かにそこには日焼けしていない白っぽくて荒れた手の甲とそのせいなのか血が付着している指先があった。

 信介は「ほ、放っておいて下さいよ! 俺、元々こういう肌荒れ体質なんですから!」と不機嫌そうな態度を見せる。

 右京が謝罪すると、信介は「これでいいですか? 俺、眠いんで!」と言って話を早々と切り上げた。

 青年の非協力的な態度に霊夢が眉間にシワを寄せていた。

 彼は寺子屋出身者だったらしく慧音が言うには、元々神経質な子で寺子屋時代もよく馬鹿にされていたらしい。一旦、納得した右京は次の家へと向かう。

 

 三軒目は敦宅の裏側にある家で、身綺麗で容姿の良い二十代半ばの女性が住んでいた。名前は七瀬春儚。春儚は右京達から事情を聞いて協力的な姿勢を見せる。

 彼女は現在無職で次の仕事を探しているらしい。少し前まで里にある小さな劇団で女優を務めていたのだが、自分には向いてないと思って辞めたそうだ。

 扉越しから見えた室内は綺麗に片付けられており、チリ一つ残っていない。テーブルの上にも本が一冊ほど置かれているだけだ。

 三軒目も同様に挨拶を済ませた右京が「昨夜、あなたはどこにいましたか?」と問うも「自宅に居ました。でも、寝ていたので覚えていません」と答える。

 

 次に右京はテーブルを指差した。

 

「読書がお好きなんですか?」

 

「人並みには」

 

「ちなみにその本は?」

 

「落語の本です」

 

「おやおや――タイトルは?」

 

「〝鹿野武左衛門口伝咄〟ですよ」

 

「それは、それは! 鹿野武左衛門の代表作ではありませんか!」

 

 鹿野武左衛門とは江戸落語の基礎を作った人物と言われる存在で、今の身振り手振りによる仕方噺は彼によって編み出された。

 落語好きなら知っている者も多いだろう。右京も大の落語好きなので、その方面には明るい。

 ちなみに春儚が読んでいる鹿野武左衛門口伝咄は本の表紙から明治時代の技術で作られた物だと想像できる。

 幻想郷の誰かによって再編されたかあるいは明治に出版された物なのかは不明だが、非常に状態がよい。右京は「さすがは幻想郷ですね」と内心思った。

 

 目を輝かせる右京の表情を見ながら春儚は微笑む。

 

「表の紳士さんも落語がお好きで?」

 

「ええ、もちろん。僕も結構な落語好きですからねえ」

 

「あら、そうでしたか」

 

 それから少しの間、右京と春儚は落語の話題をする。

 彼女も落語が好きなようで刑事が振る話題について行けるだけの知識量を誇っており、いつの間にか上級者同士の会話になっていた。

 付添の二人は「表から来た人間なのによく落語をこんなに語れるな」と苦笑いしていた。

 それに気が付いた右京は振り返って「申し訳ない」と謝る。その際、彼女との話が途切れたので他の質問に移る。

 

「もし、よろしければ、両腕の裾を捲って見せて貰えないでしょうか? 少し気になった物で」

 

 彼女は一瞬、間をおいてから、このように回答する。

 

「会ったばかりの男性に肌を見せるのはちょっと……。私、肌荒れが気になるから」

 

 霊夢と慧音は右京が何故、そんなことを言うのかイマイチとピンとこなかったが、きっと事件解明に必要なのだと思い、代わりに自分たちが春儚の肌を見ると提案した。

 女性は霊夢が肌を触ろうとすると「あなたみたいな若くて可愛い娘にジロジロ見られるなんてなんだか嫉妬を覚えちゃうわね~」と冗談交じりに目を細くしながら手を引いてみせた。

 少女は思わず「可愛いだなんてそんなー」と照れていた。呆れた慧音が咳払いをしてから霊夢を脇に避けて、春儚の手を調べる。

 数十秒後、慧音は右京に「指が少し荒れて赤くなっているだけで特に何もありませんでした」と伝える。刑事はほうほう、と唸って協力への感謝を述べる。

 これ以上、訊ねる話もないのでその場を後にしようとするが、右京は何かを思い出したように人差し指を立てた。

 

「後、一つだけ、よろしいでしょうか?」

 

 春儚は笑顔で応じる。

 

「ええ、いいですよ」

 

「その本はどこで購入されたのですか?」

 

「この本は鈴奈庵という貸本屋さんでお借りしました」

 

「なるほど! その店はどちらに?」

 

「大通りにあります。目立つ店構えなのですぐにわかるかと」

 

「そうですか。後で伺わせて頂きます」

 

 そう言って右京たちは春儚の家を出た。

 三人は一旦、敦の自宅正面に戻り、それからすぐ右京が三人別々での聞き込みを提案。

 霊夢や慧音も承諾した。

 右京は一人で聞き込みをする傍ら、綺麗だと思った物、面白いと思った物、〝奇妙なモノ〟など、気になった物をスマホで撮影していた。周りからは気味悪がられたが、本人は楽しんでいた。

 別れてから三時間程度、聞き込みを続けたが、物音がしたという証言くらいで犯人に繋がる証言は得られなかった。また、敦の交友関係も探ったが、特にこれといったものはなかった。

 三人は作戦室に戻って話し合う。

 

「狩人のおじさんと小説家のおにいさん――怪しくない?」

 

「うむ……」

 

 霊夢と慧音が聞いた話を元に色々なケースを考える。霊夢は敦宅の両隣に住む幸之助と信介が怪しいと睨んでいる。

 彼女は慧音にも意見を求める。

 

「あなたは誰が怪しいと思う?」

 

「正直、わからんな……」と本人は首を振った。

 

 幻想郷の人々は夜更かし自体少ない。何故なら現代日本と違い、娯楽もないネットもない、真っ暗の三点セットなので、起きているメリットがない。

 当然だが、活動開始時間が現代人よりも早いので朝型の人間が大半である。その中で起きた真夜中の殺人事件だ。証言が集めるのは難しい。

 おまけに証言者のアリバイを証明できる人物も少ないのだ。

 右京は思う。

 

「(明治時代レベルの生活環境で科学捜査も行えず、おまけに文明の利器も殆ど活用不可能。これは厄介ですね。しかし――)」

 

 同時に右京はほんの少しだけ――

 

「(事件解決はそう遠くないかも知れませんが)」

 

 口元を緩めた。


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