相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第159話 三つ目の足跡

 喫茶店に菫子を連れて戻った右京は菫子を四人掛け用のテーブルに着かせ、彼女と向かい合うように座った。続くように上司の隣に亘が着席する。大人二人に見つめられる形になった女子高生は気まずさからか、視線をテーブルの端に追いやる。

 何も知らない亘は右京を横目で見やり、彼の耳元に顔を近づけ「一体、彼女とどういう関係なんですか?」と質問する。

 どこから話したらよいものか。臆病者かつオカルトへの理解のない部下へ幻想郷での出来事を伝えていなかった。彼女を安心させるためにカッコつけて紹介したが、そこから先を考えていない。

 ここで説明を行えば、時間が足りなくなる。そう感じた右京は「僕のオカルト仲間です」と軽く返し、元気のない少女の顔を覗く。

 

「菫子さん、先ほどの西高見高校裏サイトをもう一度、見せて頂けませんか?」

 

 コクンと頷かれてから差し出されたスマホを亘の目に入るようにして、簡単な説明を入れる。

 

「僕は何日か前から甲斐さんの指示で西高見高校で調査を行っていました。きっかけは裕福な家庭の女子生徒が階段から足を滑らせて骨折したことから始まるのですが、そこでは数週間前から謎の呻き声が頻発しており、オカルト騒動に発展しかけていました。保護者会でも問題となり、困った校長が甲斐さんに零して今に至ります」

 

「甲斐さんの頼みなら断れませんね。そうじゃなくても首を突っ込みそうですが」

 

「それは何とも言えませんが。その調査の最中、こちらの宇佐美菫子さんと出会いました。彼女は西高見高校の姉妹校である東深見高校の生徒さんで、とてもオカルトに精通しています」

 

「オカルトに……なるほど」

 

 視線を上げ、菫子の顔をチラっとだけ見る。

 眼鏡をかけるくせ毛っけの強い女子高生。確かにイケているグループではないな、と亘は納得し、スマホに集中する。その視線から察したのか、本人は「それっぽそうで悪かったな」と腹を立てた。

 一方、粗方のコメントを読み終えたホームズはその内容に心を痛める。

 

「かなり攻撃的な内容ですねえ」

 

 数分の内にコメントが何件か増えていた。

 

『私も友人から聞いたんだけどコイツ、中学の頃からイキがっていたそうだよ。自分のことを天才とか言っちゃっててさ「ただの人間に興味ない」とか「自分は特別だ」とか、本当にありえないよね』『マジかよ、キッツ。それで見た目が微妙とかマジワロス!』『ネタを通り越して痛いやっちゃでそれ』『干物女まっしぐらだな! ガハハ!』

 

 コメントは相変わらず、菫子を攻撃するもので配慮などの欠片は微塵もない。

 一緒になって画面を見つめる亘さえも「これは酷いな」と苦言を呈するほどだ。

 不安になった本人も身を乗り出して追加されたコメントを確認し、歯ぎしりする。

 

「私、こんなこと言ってないし!! 誰だよ、その友達ってのは!? 悪意あり過ぎでしょ!!」

 

 中学の頃は今よりも大人しくしており、当たり障りなく他者と接していたはずだ。

 クラスの端にいる成績のよい普通の生徒だったと、菫子は信じている。

 怒りで声のトーンが上がった彼女を宥め、右京が念を押したように問いかける。

 

「本当に言っていないのですね?」

 

「い、言ってませんってば。大体、上のほうにあったコメントもなんなんだよ。私は中学時代にオカルト事件なんてでっち上げてないし、今までフェイク画像も作ったことない。嘘ばっかりだよ」

 

 腕を組んで不快感を上まで表す彼女の態度に嘘は見られない。

 この時、右京のレーダーが何かを感知した。

 

「ということはこの二つのコメント内容は嘘でよろしいですか?」

 

「間違いなく!」

 

「わかりました。冠城君、青木君にこれらのコメントの発信先を突き止めるように手配してください。何かわかるはずです」

 

「了解です」

 

 指示を受けるや否や、すぐさま自身のスマホを取り出して、打ち込む亘に菫子が意外そうな目を向けていた。その様子を右京が気にかける。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、本当に警察って動くんだな、と思いまして……」

 

「嫌なことでもありましたか?」

 

「いえ、そんなんじゃないけど、警察ってその……ネットであまりよく言われてないから、上から目線の組織なのかな~って」

 

「ネットは言いたい放題ですからねえ。この件のように」

 

「そーですね」

 

 ネットの情報が玉石混淆なのは知っていたが、自身が味わって初めてその性質を理解した。ネガティブにしてもポジティブにしても極端な情報が先行しがちな世界である。

 警察内部がクリーンな組織だとは言い難いが、右京のような誠意を持った警官がいるのもまた事実なのだ。

 

「メールの送信、終わりました。アイツのことです。文句言いながらもすぐ調べるはずです」

 

「彼なら問題なくやるでしょうね。ところで菫子さん?」

 

「ん……なんですか?」

 

 急に改まる刑事を不気味に思い、叱られるのかと身構える女子高生。一拍おいてから彼は笑顔で「お腹は空いていませんか?」と問う。菫子は一瞬、考える素振りを見せ「あ、食べ忘れてた」と答えた。

 怒りのまま自宅を出てきたのだろう。予測が的中した。全く、仕方のない子供である。ホームズは呆れることもなく、さも当然のようにメニューを開き見せた。

 

「お好きな物を注文して下さい。勘定は僕たちが持ちますから」

 

「ふえっ、本当ですか!? でも……」

 

 数日前にも奢って貰ったので、さすがに申し訳なさそうにする。

 

「遠慮なさらずに、どうぞ」

 

「だったら……また、お言葉に甘えちゃいます」

 

 年中金欠気味の女子高生に断る理由はなく、すんなり申し出を受けて、メニューから美味しそうなトロトロのオムライスとオレンジジュースを注文する。

 運ばれてきた、それらを美味しそうに頬張る彼女を眺め、警察官二人は顔を合わせて笑った。

 

 

 同じ頃、角田は捕まえた半グレ組織スマイルの構成員の一人を聴取していた。

 

「お前さんの名前は高橋マオト。歳は二十六。スマイルのメンバーだな?」

 

「は、はい……」

 

 男は角田をメガネザルと呼んだ張本人で、真っ先に関節技を決められ一番、最初に捕まった。護送中、悪態を吐いていたが、罪が重くなるぞと脅されてすっかりおとなしくなった。

 

「ここなら誰も邪魔しに来ない。じっくり尋問してやるから、覚悟しろよ?」

 

 悪口を根に持っているのか、不気味に微笑む角田の目は鋭いままだ。

 蛇に睨まれた蛙が受ける威圧に晒され、勘弁してくれと泣きを入れるがもう遅い。

 

「まずはスマイルの商売内容からだ。薬物の仕入れ先や販売場所、顧客。全部、吐いて貰うよ」

 

 こうして角田係長の粘り強い取り調べが始まった。

 

 

 伊丹たちもまた右京と別れた後、マンションと学校周辺を所轄の警察官たちと共に探索するも目ぼしい成果は出ず、学校へ戻ってきた。

 

「凶器どころか林の足取りすら出てこないとはなぁ……」

 

 ベンチに腰をかける伊丹は嘆息し、隣の芹沢も連れられたように愚痴を零す。

 

「この辺りって監視カメラ、少ないんですね。驚きましたよ、都内だっていうのに」

 

「東京の全てが監視カメラの中にある訳じゃねえからな。仕方ないっつえばそうなるよな」

 

 二人は近くの自販機で買ったホット缶コーヒーの蓋を開け、口に含むと冬の風に当てられた自らの身体が温められる。これから警視庁に戻って、林の件で怒られるというのに凶器の一つも見つけられないとなれば更なる説教が待っている。

 内村刑事部長の説教は無駄が多いことで有名だ。その腰巾着、中園も同様である。

 

「もう少し聞き込みしてから退散するか」

 

 コーヒーを飲み干した伊丹がおもむろにスマホに手をやると、画面が光っていることに気がつく。益子からの着信だった。

 

「ん? 益子か……何かあったのか?」

 

 慌てて着信に出ると、益子の低い声が耳に届いた。

 

 ――よぉ、ずいぶん出るのが遅かったな。

 

「すまねえ。サイレントモードになってた。たまにあるんだよな。押し間違えてさ」

 

 ――どこまでも昭和のデカだな、お前さんは。

 

「んなことはいい。なんかわかったのか?」

 

 意味のない連絡を寄越すような男ではない。付き合いの長い伊丹はそれを知っている。電話ごしで呆れ笑った益子は鑑識結果の一部を報告する。

 

 ――犯行現場のゲソ痕なんだが、事件に関係ありそうなゲソ痕は全部で三つだ。一つは五味さんの物で、彼は音楽室のピアノの付近で撲殺された。あまり抵抗した様子が見られないところを見ると、油断したところで殴られたんだろうな。犯人と思わしきゲソ痕は林がいつも学校で使用するスニーカーと一致した」

 

「じゃ、林で決まりだな」

 

 必要以上に怒られずに済むな。腹の中で計算を終わらせた般若は笑みを浮かべる。

 しかし、この話には続きがあった。

 

 ――これだけだったら、よかったんだが、ちょっと不自然なんだよ。

 

「不自然?」

 

 ――三つ目のゲソ痕だよ。こっちは二万円前後の靴だが、死体の近くまで近寄って確認したような跡があるんだ。

 

「ん? 校長の中井さんじゃねえのか?」

 

 ――校長先生のゲソ痕も探ったが、一致しなかった。で、色々、調べたんだよ。そしたらさ、()()()()()()()()()()()()と一致した。

 

「はぁ? どういうことだよ、それ!?」

 

 ――わからんよ。ただ、林の使っていた二足の靴のゲソ痕が犯行現場から出てきた。今わかるのはそれだけだ。

 

「なんじゃそりゃあ……」

 

 考えるのがあまり得意ではない昭和のデカは電話越しにフリーズした。

 

 

 時刻は十七時。

 満腹の菫子を駅まで送り、互いの愛車で警視庁へ帰って来た特命係の両名は無人のはずの特命部屋に戻る。

 入口左隅の来客用ソファーに先ほどの陰キャがポツンと座っていた。

 二人を見るや、無表情だった彼の表情が嫌らしく光る。

 

「お二人とも、お帰りなさい。杉下さん、これ、頼まれた情報です」

 

 青木はメールではなく、紙媒体の資料を右京へ手渡した。

 

「さすが青木君ですねえ。もう調べ終わるとは」

 

「本当はもっと早くできましたけど、こちらも仕事が立て込んでいましてね。監視カメラの解析と平行しながら、この履歴を集めるのは些か、骨が折れましたよ。ハハッ」

 

 自らの手柄を誇りながらドヤ顔で褒めろ、讃えろと催促する青木にカチンときた亘が。

 

「さすがは警視庁一のサイバーポリスメン。褒美に頭を撫でてやる」

 

「ちょ、ちょ、人の頭を撫でるな、冠城亘!!」

 

 セットした髪型が崩れるくらい激しく頭を撫でられ、オモチャにされる。武闘派の亘にモヤシでは歯が立たないのはいつものことだ。

 見慣れた光景なので上司も止める様子はなく、青木の寄越した資料に目を通す。

 菫子を貶めるスレッド内のコメントの書き込み場所を細かくチェックする。

 

「場所は自宅が多いですね、その次の飲食店、そして複数のネットカフェ――」

 

 事件発覚後、すぐ生徒に連絡が行きわたり、学校は休校となっていた。

 自宅や帰りに友人たちとたむろできる飲食店が多いのは理解できる。その流れでいけばネットカフェを利用しているのも説明がつくが、右京は書き込み場所のネットカフェが比較的、近場であったことを疑問に思う。

 

「ネットカフェからコメントされていますが、いずれもそう遠くに離れていない。おまけに」

 

 ネットカフェのコメントはいずれも『知り合いから聞いた』『友人から聞いた』などの偏ったコメントで、菫子が嘘だと断じていた。右京の脳内でとある疑惑が浮かび上がる。

 やっとの想いで亘の拘束から抜け出た青木が息を切らしながらも口頭で反撃する。

 

「そ、そんな態度でいいのか? せっかく、仕入れたばかりの貴重な情報もついでに教えてきやろうと思ったのに!」

 

「仕入れたばかりの情報だと?」

 

 資料を手渡した時に一緒に言えよ。そう思うも、この陰キャには通じない。

 一呼吸おいた彼は亘に追加情報を語る。

 

「被害者が殺された音楽室のゲソ痕。事件に関連のある物が三つあったそうなんですよ」

 

「三つ……? 目撃者か、それとも犯人が複数だったとか?」

 

「さあ、どうなんだろうねえ~~~~」

 

 再び、ドヤ顔で武闘派親父を威嚇する青木に痺れを切らした右京が「青木君、話す気があるなら早く話してください」と強めの口調で催促する。

 杉下右京に一定の敬意を払う青木はたじろいでから、

 

「わ、わかりましたよ」

 

 渋々、情報を伝える。

 

「鑑識が言うには、発見されたゲソ痕は五味さんの物と林の所持する()()()()だったそうですよ。つまり、林は二人いたって訳です!」

 

「おやおや!」

 

「これが何を意味するのか、僕には何とな~〜く想像できますけど、あえて言いません。詰まらなくなりますからねぇ〜。以上です。後は鑑識に聞いてくださいね。ではでは、僕は、これで!!」

 

 足早に去っていく青木の後ろ姿を入口付近まで追いかけた亘は「アイツ、逃げ足だけは早い」と舌打った。

 手に持った資料をテーブルに置いた右京が部屋を出る準備を始める。

 

「益子さんのところへ行きましょう」

 

「簡単に教えてくれますかねぇ?」

 

「そこは君の手腕にかかっています」

 

 言わんとしていることがわかった部下は白けつつも頷き、自らの引き出しを漁って、()()()を取り出し、カバンにしまった。

 相棒の準備が終わったのを確認し、右京は彼を連れて鑑識へと赴く。

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