相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第162話 隠された趣味

 時刻は十七時三十五分。

 警視庁に戻った右京と亘は青木たちに連絡を入れ、その途中、鑑識課に立ち寄って益子に採取した証拠の鑑定を依頼し、特命部屋にてサイバー警察官たちの到着を待つ。

 数分後、PCと資料が入っていると思われる茶封筒を両腕に抱えた陰キャとオタクが競い合うように組対五課の左端ルートを通って右京らの前に現れる。

 

「なんでお前までついてきたんだ、土師太」

 

「お前こそ邪魔だぞ、出戻り」

 

「はぁ? 調子に乗るなよ、投げ銭野郎。VTberに金、払って遊んで貰ってろ!」

 

「うるせー、プリキュア野郎。ママと一緒に映画館でも行ってな!」

 

 案の定、言い合いが止まらない青木と土師に痺れを切らした亘が怒鳴った。

 

「いいからとっとと説明しろ! ほらっ、まずは青木から!」

 

「くっ、命令されるのは不本意だが……いいだろう」

 

 来客用の机を室内中央まで引きずり出し、青木がA社ノートパソコンの画面を広げる。

 映し出されるのは『青木レポート』という名前の調査書だ。画面を見つめ、タッチパッドを器用に動かしながら、サイバー警察官が周囲を囲む人物たちへ向けて調査結果を報告する。

 

「まずは村木茂雄の件ですが、ご要望通り、予備校以前の経歴を調べました。都内生まれ、都内育ちのちょっと内気な少年だったようですよ。彼は教育系の大学を出て、予備校に入るまでの間、様々な高校で非常勤講師のアルバイトをしてようです。その数は五〜七件に上ります。うち、四件は都内、他は他県。いずれも偏差値の高い高校が多いようです。この辺りは曖昧な部分が多かったので、集めるのにチョイと苦労しましたよ。しかし、その甲斐あって、面白い情報が見つかりました。ふふっ、なんだと思います?」

 

 勿体ぶる青木に亘が「とっとと話せ」と言い放ち、両手を彼の両肩に叩きつけるように置いた。陰キャは不服そうな態度で「お前に聞かせてる訳じゃない!」と吠えるもすぐに「《西高見高校》の名前が入っていたんだよ」と語った。

 

「おやおや、それは」右京が意外な共通点が目を見張る。

 

「そうです、村木は西高見高校の非常勤講師をやっていた時期があるんです。予備校講師になる五年前、一ヶ月程度のごく短い間だったようですがね」

 

「あんまり長くないな」と亘が零す。

 

「非常勤講師だからね、そんなもんだろう。でもって予備高時代に移っていくわけだが、そこで今回の事件に〝関係する人物〟と出会う」

 

「……林先生ですか?」

 

 右京の言葉に青木が笑顔を作った。

 

「ええ、杉下さんの読み通りでした。林は村木の授業を受けていた生徒だったんです。それがきっかけで林は悪魔崇拝者への道を進んだ。僕はそう解釈しました、ははっ」

 

「何、喜んでだよ。気持ち悪いな」至極まっとうな亘の感想に青木が目を鋭くして「うるさい、貴様に人間の闇の深さなどわかるまい!」と自らを正当化した。

 

 続いて青木は林について報告する。

 

「本名、林肇(はやしはじめ)。身長168センチの小太りな男。彼も都内生まれですが、こちらは子供の頃からイジメに遭っていたようです。おとなしかったようで、目立った反撃などはせず、ひたすら耐えていたのでしょうね。これでは社会生活も苦労するわけだ。ご愁傷さまです」

 

「お前、性格悪すぎ」亘が睨むも本人はまったく意に介さない。

 

「褒め言葉として受け取っておこう。さて、林と村木の関係性だが――――」

 

「だが?」やけに間を開ける青木に亘が催促する。サイバー警官はバツが悪そうに「……これといって見つからなかった。こればかりは林の知り合いにでも聞いてみるしかないだろうな。以上です、どうですか、ボクの情報は。役に立ちそうですか、杉下さん?」

 

「ええ、とても」右京がお礼を述べた。

 

「そうですか、そうですか! いやいや、光栄です。さて、次は投げ銭野郎、お前のターンだ」

 

「誰が投げ銭野郎だ! 僕はお布施なんてしない。タダであることがいいんだ。ま、それはさておき」

 

 土師が青木を追い払ってから席へ座り、愛用のパソコンを立ち上げた。

 

「さてさて、ご要望どおり、五味さんについてお調べしました。千葉県出身、大学進学に合わせて上京。それからずっと東京住みです。西高見高校で十五年近く働いていました。評判はあまりよろしくないようで、生徒からはよく思われていないそうです。SNS上に生徒が書いたとされる悪口が何件か残っていました。本名は伏せてありましたけど。捜査のため、自宅から借りてきた私物からは多数のパソコン、自作パソコン用のパーツ、カメラ、アニメグッズなど機械やサブカル関係の私物が多数を占め、情報系の専門書もあることから、そっち系の趣味をした人物だと推察できますね」

 

 クリックと共に流れていく画像には土師の言う通り、マザーボード、グラボ、裸のハードディスク、PCケース、ビデオカメラ、三脚、高性能マイク、フルサイズセンサー搭載型一眼レフに複数のレンズ、魔法少女系のフィギュア、タオル、さらには女性用のコスプレ衣装まで存在した。

 

「フィギュアなどのアニメグッズはわかりますが、コスプレグッズは何に使うのでしょうかねえ?」

 

 派手な制服のようなコスプレ衣装で、装飾も凝っている。相応の価格に違いない。右京が指摘すると亘が「普通に考えて彼女に着せるとか、じゃ?」と答える。すると青木がぶっ、と声を漏らした。

 

「こんなアニオタのおっさんに、コスプレしてくれる彼女なんているわけないだろ。甘いぞ、冠城亘」

 

「だったら、どうしてこんな物が部屋の中にあるんだよ?」

 

「さぁね。風俗嬢にでも着せて、ヤッて貰うんじゃないの?」

 

 意味を理解した亘が眉間にしわを寄せた。

 

「それが事実なら闇が深いな……」

 

「ははっ、確かに。余ほど、飢えているんでしょうねー」

 

 他人事だと思ってバカにする青木だったが、この男もかつてはハニートラップに引っかかり、相手と情事寸前までいったところを右京らに目撃されている。人のことなど言えない。

 そこに笑い声を聞きつけた休憩中の角田がやってくる。

 

「なんだい、大の男たちが集まってコソコソと――ん? なんだ、このグッズ……お前らの趣味か?」

 

 サイバーの二人を指して放たれた角田の言葉が彼らの心を容赦なく抉る。

 

「「そんなわけないでしょ!」」

 

 シンクロする台詞。互いに舌打ちしながら、にらみ合うも亘のプレッシャーからすぐに矛を収める。咳払いした土師が「皆さん、ここからが本番ですよ?」と画面に注目するように促す。

 

「ここからは五味さんの隠された趣味ですが、これが……かなりヤバいんですよ。僕自身、ドン引きするくらいに」

 

 華麗に指を鳴らし、PC画面の動画プレイヤーを再生させる。映し出されたのは調布市内の公園と思わしき場所でカップルたちが身体を絡め合うシーンを隠し撮りしたブツだった。それも一つや二つではなく、数十――いや、百以上にも及ぶ大量の動画が記録されていた。土師はそれらをピックアップして自身のPCにコピーしてきたのだ。

 次から次へと出てくる盗撮映像に、特命部屋のメンバーが顔をしかめた。

 引き気味のメンバーに土師が胸を張りながら笑顔を作る。

 

「これ全部、被害者のハードディスクに保管されていたんですよ。明らかな盗撮映像です。これ、大手柄ですよね?」

 

「間違いなく」

 

 右京が頷いた。同時に土師が青木を挑発する。

 

「はは、うれしいですねー! 青木なんかより、僕のほうがよっぽど優秀だ」

 

「黙れ、偶然、当たりが出ただけで調子に乗るな! 大体、盗撮映像だけじゃ、事件解決に繋がらないだろ!」

 

「はんっ、それだけじゃないんだよ――」

 

 別のフォルダを開くと、動画ファイルが再生される。今度はコスプレした女性とのいかがわしいシーンが映し出される。場所は五味の自宅で、撮影者も五味だと思われる。

 相手の女性の年齢は不明だが、比較的若く、声音も声優が演技しているような可愛い声だった。化粧と衣装、ウィッグによって雰囲気が出ていた。

 動画は五味が質問者のように振る舞い、女性が質問に答えながら、ことが進行されていく。

 

「おいおいおいおい、今度はそういう動画か……!? ――冗談キツイぞ、これ」

 

 角田が悲鳴を上げるように声を発した。動画の内容はグレーゾーンを越えていた。

 シーンが進むごとに女性は無理しているのか、ところどころ素の声で、本音のような言葉が混じっていた。無理やり、弱みを握られ、撮影を強要された可能性もある。

 亘は不愉快そうに窓の側まで歩いていき「男の風上にもおけない野郎がッ」とカッとなった。

 右京も口を尖らせながら「強要されたのだとすれば、立派な犯罪――調べる必要がありそうですね」と語って席を立ち、ポーカーフェイスの内側に怒りの炎を見え隠れさせる。

 正義の番人は犯罪者を許さない。それが殺害された被害者であったとしても。

 静まり返る室内で唯一、手柄を上げられた悔しさから押し黙っている青木を土師が舌を出して挑発する。

 青木は負けじとケチをつけた。

 

「じ、事件に直接、繋がりそうな証拠はないだろ! 偉そうにすんな!」

 

「探せば、あるかもしれないだろ!」

 

 指摘された土師は再生中のファイルを閉じてから盗撮映像のフォルダに戻り、適当なサムネをクリックする。

 白昼堂々、男女が腕を回す光景だ。喧嘩する二人に代わって角田が動画に目を通す。

 ベンチ裏の大木の影でことが行われており、男は優男風で、女性は真っ赤な革ジャンを着た、モデルのようなスタイルの女性だった。

 昼間から盛っているな。パンダ刑事が呆れたように動画をチェックする。時折、男がカメラの視点と重なる。どこか軽薄そうでまともな職についているかも怪しい雰囲気。

 何度か男を見ている内に角田はその顔に見覚えがあるような気がしてきた。土師に断りを入れ、自分で動画を巻き戻す。シークバーが動くたびにコマ送りのように動き、ちょうどよいところで手を止める。画面をジッと見つめ、数秒後、角田が驚いたように亘を手招きした。

 

「冠城! ちょっと、こっち来い!」

 

「何かありましたか?」

 

「いいから、これを見ろ!」

 

 言われた通り、動画を視聴した亘は写っていた人物に目を点にしてから、ある男の名前を口にした。

 

「これって、高橋マオトじゃ!?」

 

「だよな!?」

 

 動画の人物は現在取り調べ中の半グレ集団スマイルの構成員だった。

 昨日、その名前を耳にした右京も興味から画面を覗く。すると、彼のレーダーが反応し、瞳が大きく見開かれた。

 

「これは……」

 

「ん? 右京さん、高橋の顔、知っているんですか?」亘が訊ねるも右京は「いえ、そうではありません――」言葉を切ってから、女性のほうを指差して「この女性は西高見高校の英語教師、宮下先生です」と告げた。

 周囲から驚きの声が漏れる。

 半グレと教師が昼間から公園で情事を、しかも五味に盗撮されている。そうなれば、誰もが考えるだろう。五味に脅された宮下が彼を殺害したのでないか、と。

 いきなりのことで思考が追いつかない中、右京だけはいつものように皆へ指示を飛ばす。

 

「冠城くん、至急、この事実を伊丹さんと芹沢さんに伝えてください」

 

「了解!」

 

「角田課長、半グレの男と彼女の関係を洗ったほうがよろしいかと思います。自白させる、突破口になるかもしれない」

 

「おう、わかった!」

 

「土師くん、この情報を事件担当者全員へ回してください。当然、鑑識にも」

 

「わ、わかりました――」

 

「青木くんは公園の特定と付近の監視カメラ映像を取り寄せて解析を行ってほしい。事件解決の手がかりになる。凄腕の君なら時間はかからないはず。頼みましたよ」

 

「ふふっ、了解です。ボクの実力、見せて差し上げますよ!」

 

「頼もしい限りです」

 

 和製ホームズの指令を皮切りに四人が一斉に特命部屋を飛び出していった。

 一人になった右京は、ふとため息を吐いてから天井を見上げて、目を瞑った。

 

 

 同じ頃、日が落ちて、暗くなった警視庁の屋上で黒い夜が蠢いたかと思えば、そこには一人の人間が立っていた。

 金色の長髪を靡かせ、同色に彩られた双眸で外界を一望する人外の美少女。その遥か向こうに殺人事件の舞台となった高校がある。

 

 ――どんな事件に首を突っ込んでいるのかと思って探ってみれば……結構、面白いことになってるじゃない。これからの展開が楽しみだわ。

 

 彼女は嗤いながら夜の中へ吸い込まれるように姿を消した。

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