次の日、朝八時に登庁した右京が進捗状況を確認すべく、青木らのいる部署を訪ねる。
作業が徹夜だったこともあって、青木はラベルに『杉下さんへ』と書かれたUSBメモリーを握りしめたまま、机に突っ伏して仮眠を取っていた。
隣の土師も、今に寝落ちしそうな状況だが、パソコン画面とにらめっこしている。右京が感心しながら後方からそっと近づくと、映像が自分の目にも入った。それはコスプレ衣装のような服を着てゲームを行う、実況動画だった。
「今、休憩中ですか?」
「へ? あ、杉下警部――」
自身の右側からにゅっと顔を出す右京に土師がヘッドフォンを外して挨拶する。同時にヘッドフォンユニットから音が漏れ出す。
――はい、皆さんこんこんこんこんこーーーーーん♪ 音無シャロンのゲーム実況チャンネル、始まるよー!
流れたのは一週間前に投稿されたVTberの実況動画だった。青木にバカにされたのにも関わらず、視聴を続けているらしい。
日常生活では滅多に聞かない声に右京が反応する。
「綺麗な声の女性ですね」
「そ、そうなんですよ! 明るいし、ゲームの腕も悪くないし、コメントで教えればすぐに上達して攻略する。指示するのも楽しいんですよ」
「ほうほう、それはそれは」
「この前もホラーゲームやってて、アイテムの調合とか相手の弱点とか書き込んであげたんですよ、そしたら『ありがとうございます、ハッチさん(土師のアカウント名)』ってコメント返ししてくれて、いやホント、テンション上がっちゃって! 青木のヤツにはわからんでしょうけど、僕はVのこういうところがよくて、ですね――」
土師のトークを半分以上、聞き流した和製ホームズは音無シャロンの声に耳を傾けていた。
☆
午前十時。
土師から盗撮動画を借り、特命部屋に入室した右京はパソコンと格闘を続けていた。
相棒の亘は鑑識で鑑定結果を受け取りに行っており、席を外している。
盗撮動画は公園での撮影が多く、場所も青木が調布の公園だと特定した。それ以外にも調布市内の路地など、人目につかないところで撮影されたモノが多数発見された。
付近の監視カメラの映像も解析したそうだが、五味の姿は映っていなかった。カメラの死角を熟知していたのだろう。
映像を早回しでチェックし、次から次へと動画を切り替えていく。四十本目に突入するか、しないかのところで右京の目がギラリと光った。右京自身、アタリを引いた、と直感する。
動画データをスマホに移し、電源を落とした右京はコートを羽織るべく、立ち上がろうとした。その時だ。背中に悪寒が走った。黒い電流とはまた違う、身体全体を締めつけるような不気味なオーラだ。しかもこちらへ歩いてくるように接近する。右京が扉に意識を向けた数秒後、金髪紫眼の美女が現れた。
「お邪魔だったかしら?」
マイリベリー・ハーンである。
数ヶ月ぶりであるにも関わらず、まるでこちらの動きを知っているかのような態度。間違いなく、覗かれていた。和製ホームズは気を引き締めながら、立ち上がり、彼女の正面に立つ。
「お久しぶりですね、
「あら、いやですわね。こっちではメリーで通しているのに」
「申し訳ない、隠すつもりがないようでしたので」
メリーの周囲に空間を歪ませるようなモヤが出ていた。まるで異質な存在であることを証明するかのように。視線でそれをなぞってみせると、メリーが笑みと共にパチパチと拍手する。
「だいぶ、霊感が上がったようね。幽々子に感謝するべきだわ、アナタは」
「いつか、お土産を持って白玉楼を訪れようと考えてます。そのうち、神戸くんと一緒に連れて行ってくれませんか?」
「それはダメね。アナタはこちら側ではないから。どうしてもというなら、ご自分で幻想入りする方法を考えることです」
「残念です」
どうせ入れてもコソコソ嗅ぎ回られるのがオチだ。メリーからしたら迷惑なだけ。許可など出すはずもない。右京もそれは承知している。ダメ元で尋ねただけだ。
ホームズへの牽制を終えた彼女が本題へ入る。
「逃げた犯人の正体――何かわかりました?」
「……依然として不明です」
「……本当かしら? 実はもうわかっているけど、私に先回りされたくないから、知らないフリをしているんじゃなくて?」
「それが本当にわからないのですよ」
犯人は南井十だと予想をつけているが、言ってしまえば彼への制裁が待っている。口が裂けても口外できない。右京は持ち前の胆力で平常心を貫く。
「(いつも通りの顔つき。表情だけじゃ、わからないわ。面倒な相手よねー)」
腹の探り合いには自信がある彼女も、杉下右京の腹の底までは読みきれずにいる。数瞬の間で行われた駆け引きであったが、無駄だと悟ったメリーが引き下がった。
「ま、頑張ってくださいね。よい報せを待っていますので」
部屋を出ようとするメリーに右京が疑問を覚える。
「おや、用事はこれだけですか?」
「そうですけど?」
「てっきり、お叱りを受けるかと思っていたのですが」
私ってそんな酷い女に見えるの? そう言いたげにメリーが苦笑する。
「そこまでしないわよ。今、忙しいのでしょ?」
「こちらの事情をご存知でしたか」
「雰囲気でわかるって話ですわ」
言い切ってみせるマイリベリー・ハーン。相変わらず、ガードが硬い。
「じゃ、そういうことですので」
そのままメリーは特命部屋を後にした。目的はなんだったのか、首を傾げる右京だったが、ふと机をみやると、そこにはメールアドレスとコメントが書かれたメモが置かれていた。
――何かありましたら、こちらまで。
「なるほど」
納得したように頷いて、右京は彼女のアドレスを電話帳に登録してから、それを引き出しに閉まった。
☆
十二時。
亘を引き連れて、高校を訪れた右京は先生たちへの聞き込みを開始する。授業自体は木曜日から開始だが、事務手続きに追われている教師たちの顔には余裕がない。
右京たちは「同じことを昨日、刑事に話した」と愚痴を言われながらも「部署が違うから」とお得意の方便で情報を引き出していく。しかしながら、事件に関係ある証言は得られず、ベンチで一休みすることに。
自販機で買ったホット缶コーヒーで冷たくなった両手を温める。
「事件に繋がりそうな手がかりは得られないですね」
「ですねえ」
アリバイのある人物ばかりではないが、殺人に至るまでの強い動機が見当たらない。
「凶器も見つからないし、林のスニーカーも行方不明。おまけに周辺の監視カメラにも映ってないし、犯行後の足取りも掴めない」
「まるで幽霊のような人物ですねえ〜」
本物の幽霊を思い出しながら右京はクスっと微笑む。そこに幽霊否定派の亘が文句をたれた。
「ゆ、幽霊なんているわけないじゃないですか、バカバカしい!」
「そのわりには、ずいぶん怖がっているように見えますがね」
「気のせいですって……」
顔を強張らせながら、明後日のほうを向く。幽霊関係の事件では大して役に立たないとわかっているとはいえ、少しは克服して活躍して欲しいところだ。
嘆く右京だったが、そこへ女性が通りかかった。教師の小島だ。
軽い挨拶を経て、右京から話しかけた。
「小島先生。少々、お疲れ気味ですね」
「まぁ、疲れてますね……刑事さんたちに色々、聞かれていたので。それで、その……仕事が溜まっちゃって」
手に持たれた書類の厚さが彼女の仕事量を物語っている。教師の労働環境はブラックで有名だ。小島はテキパキ、作業をこなせる人材ではない。常にギリギリの中で仕事をしてきたのだろう。どこか精神的に余裕が見られない。
「どのようなことを聞かれましたか?」
「えーと、事件当夜、どこにいましたか? とかですかね」
「その日はどちらに?」
「自宅にいました。一人暮らしですから、証明できませんけど……」
「そうですか――せっかくなので、僕からも一つ」
右京が立ち上がって、彼女と向き合う。
「犯人は五味先生を背後から、硬い鈍器で何度も殴りつけて撲殺しました。このような感じで」
ジェスチャーと共に右京が右腕を何度も振り下ろす。
「そして、帰らぬ人となった。遺体の頭部には無数の打撲痕があり、中には頭蓋骨が割れて、脳まで達する深い傷があったほどです。鈍器も相当、硬かったのでしょうねえ〜」
彼の熱演に小島は引き気味になりながらも「金属で殴られたらそうなりますよね……」とコメントした。
「強い殺意があった証拠です。そのような人物に心当たりは?」
「ありませんね」
「そうですか」
がっかりする素振りを見せる右京。が、仕事に迫られている小島には二人に付き合っている余裕はない。
「あ、すみません、これから仕事なので」
「お話、ありがとうございました」
彼女は足早に去っていった。その後ろ、姿を眺めながら会話中、黙っていた亘が「色々、大変そうですね、彼女」と口を開きながら立ち上がる。「そのようですね」取り出したスマホを確認した右京が続けざまに「君に頼みたいことがあります。お願いできますか?」と依頼する。部下は「もちろん」と了承。別行動をとった。
一旦、警視庁に戻って鑑識やサイバーセキュリティー対策本部へと足を運び、依頼していた鑑定、解析結果を入手する右京。
調布に残って複数のスーパーやコンビニ、ホームセンターなどの店舗で聞き込みを行い、ついでに付近の監視カメラの映像をチェックしていく亘。
深夜の警視庁、特命部屋で合流した二人は集めた情報を持ち寄って精査した結果、すべての点と線が繋がる。そして、右京が最終結論を出した。
「犯人はあの人物で間違いない」
きっと犯人は知るだろう、和製ホームズの慧眼からは決して逃れられないと。
それは死刑宣告にも等しい。相棒の亘は犯人の顔を脳裏に思い浮かべて同情した。