相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第165話 漆黒の殺意 証明

 次の日の正午過ぎ。作業を中断した小島は持参したお弁当を屋上のベンチで食べていた。食欲がないのか、あまり箸が進んでいないようだ。時折、吐かれるため息が彼女の疲労感を物語っている。そこに例の二人組が現れた。

 

「ランチ中でしたか?」

 

 オシャレなスーツを着こなす知的なオールバックデカと茶色い紙袋を携えた精悍なワイルドデカ――そう、特命係である。

 

「はい、そうですけど……」

 

 昨日に引き続き、同じ刑事が自分を訪ねてくる。そんな経験をしたことがない小島はほんの少しだけ身構えた。

 

「事件の全容が判明しましたので、そのご報告に参りました」

 

「全容――って犯人、見つかったんですか!?」

 

「それはまだですが、じきに警察が逮捕するでしょう」

 

「そ、それで、犯人は誰だったんですか――」

 

 小島の話を遮るように右京が彼女の正面に立った。瞬間、彼女は視線を逸し「なんですか」と不満を漏らすが、今の和製ホームズに昨日までの優しい紳士の姿はない。

 

「日曜日の夜、犯人は音楽室内で五味さんを殺害しました。ゲソ痕のつき具合から判断するに、四階の音楽室にあるピアノの椅子に座って待っていた五味さんが四階側入り口から入ってきた犯人と会って何かをした。そして五味さんは犯人から後ろを向いて立っていたところ、後頭部を思いっきり殴打された。

 遺体の状況から察するにあまり抵抗した跡がみられない。初撃が決定打となった可能性が高いと思われますが、それにしても不用心過ぎます。まるで相手が自分よりも弱い人物だと、高を括っていたかのようです」

 

「弱い人物……余裕……。どういうこと? ちょっと、何を言っているか、わからないのですが」

 

 最初から大量の情報を話す右京に小島は困惑の色を隠せない。明らかな動揺があった。

 右京が推理を続ける。

 

「採取された事件に関係あるゲソ痕は三つ。五味さんの革靴、林先生のスニーカー、そして林先生のスエード靴です」

 

「えっ、林先生の靴が、二足……?」小島の目が点になる。

 

「はい、二足ありました。意外そうですね?」

 

「いや、そんな、別に……」

 

 途切れ、途切れになりながら、なんとか言葉を返した小島だったが、右京の雄弁が止まることはない。

 

「犯人と思わしき人物のゲソ痕は林先生の履いていたスニーカーで間違いない。しかしながら、靴のサイズが合っていないのか、ゲソ痕のつき方が不安定でした」

 

 右京の合図と共に、亘が補足を行う。

 

「職員室についていた靴跡とその歩幅を音楽室のモノと比較してみました。靴跡のつき方も異なり、歩幅も短い。それはなぜか……林先生よりも小柄な人物が彼の靴を履いて犯行に及んだからです。記録によると、林先生の身長は168センチ。つまり、犯人はそれ以下の身長の人物となる」

 

 主導権が右京に戻る。

 

「恐らく、犯人は五味さんが林先生に暴力を振るっているのを知っていて、殺人の罪を林先生に擦りつけようとした。そうして、五味さんを殺害に成功した犯人は逃亡――警察が学校周辺の監視カメラを確認しましたが、どこにも映ってない。まるで幽霊のような存在ですねえ」

 

「あ、案外……本当に、幽霊の仕業だったりして……」

 

 冗談を語る小島だったが、場の空気が変わることはない。

 

「確かに、この学校には以前から怪談話が存在します。池に映る顔、トイレの影、謎の呻き声、これらは生徒の間では有名な話です。校長先生ですら耳に入れている。オカルトめいた存在が何らかの事情で五味さんを殺害した、とも考えられますが――残念ながら、今回は人間が起こした殺人事件なのです」

 

「けど……姿が映ってないんですよね?」

 

「元々、調布は監視カメラの数が多くありません。ですので、カメラの死角が存在します。犯人はそれを上手く利用して行方をくらました。土地勘のある人物だと思われます」

 

「へえ……それで、その犯人というのは……誰なんですか?」

 

 何気なく発せられた小島の問いに右京が右人差し指を立てて、ゆっくりと正面の人物の顔を差した。

 

「犯人はあなたです、小島由羽(こじまゆう)さん」

 

「はぁ!? 何を言って――」

 

 取り乱す小島を他所にホームズは推理を続行する。

 

「あなたは五味先生が林先生に対して行うパワハラをご存知でしたよね? 身長も林先生よりも小柄です。そして、女性なら五味先生を油断させやすい。上手く誘導して撲殺することも比較的、容易なはずです。……どうか、お認めになっては下さいませんか?」

 

「じょ、冗談じゃない! わ、私が、そ、そんなことするわけないじゃないですか!? いくら刑事さんだからって酷すぎます!! どうして、そんなことおっしゃるんですか!!」

 

 犯人だと名指しされて喜ぶ人間などいない。温厚そうな小島でさえ、目に涙を溜めて無罪を訴えている。男なら多少は同情心を見せる場面だが、杉下右京相手には大した効果は見込めない。

 

「ここでお認めになったほうが――あなたのためだと思いましたので」

 

「はぁ、意味がわかりません! もういいです、私はここで失礼します!」

 

 蓋をした弁当を無造作に手提げ袋へ詰め込み、席を立とうとする小島に一瞬、瞳を閉じた右京がその心を鬼にしてから再び、瞳を開ける。

 

「話はまだ終わってませんよ、小島由羽さん――いや、音無シャロンさん」

 

「……どうして、その名前をッ」

 

 驚きのあまり小島の動きがピタリと止まってしまう。

 すかさず、亘がスマホを取り出して彼女に見せた。

 

「これは音無シャロンさんのゲーム実況動画です。これと昨日、録音させて頂いたあなたの声を声紋鑑定にかけたところ、見事一致しました」

 

 そう言って、亘が鑑定結果を出す。そこには99.9%一致という事実が表示されていた。

 

「きっかけは偶然でした。知り合いの警察官が音無シャロンさんのファンでしてね。寝る間も惜しんで、生配信やアーカイブを見ていたのです。それを僕が偶然、見つけてしまい、鑑定させて頂きました。驚きましたよ、動画から聞こえてくる声があなたそっくりだったので」

 

 土師が見ていた動画のシャロンの声と小島の声はよく似ていたのだ。それを知った右京は小島の音を録音するべく学校へと赴いた。色々な教師たちに聞いて回ったのも小島に勘づかれないようにするための芝居であった。おかげで今の今まで無警戒のままだった。

 身バレした上で罠にかけられたのだと悟った彼女はその童顔を真っ青にする。しかし、それだけでは逮捕できない。小島が食い下がる。

 

「た、確かに、私は音無シャロン本人です。だけど……それが五味先生殺害に関係あるんですか?」

 

「あります。あなたはそれをネタに五味先生に強請られていたのでしょうから」

 

「ッ――!?」

 

 強請られていた。その言葉に小島の身体がグラっと揺れる。まるでそれが事実であるかのように。

 

「殺された五味先生の私物を調べていたところ、彼のハードディスクから大量の盗撮映像が出てきました。いずれもここからさほど離れていない公園で撮られたモノです。

 当然、被害者だからといって罪がなくなることはありません。我々は公園や五味さん宅周辺の監視カメラをチェックしました。ですが、五味さんが盗撮する姿はおろか、カメラを持っている姿さえも映ることがありませんでした」

 

 亘が話を代わる。

 

「うちのサイバーポリスが五味さんの履歴を調べた結果、ダークウェブ(検索エンジンに引っかからないサイトで非合法な商品や情報が取引されている、いわば闇サイト)へのアクセス記録が残っていました。内容は《調布の監視カメラの設置場所についての資料》です。彼は予め、カメラの位置を把握した上で、盗撮に及んでいました。そして……」

 

 ここから先の言葉を女性に告げるのは酷だ。亘は目で上司に訴える。右京は了承したように頷いてから。

 

「そして、あなたに強要した〝いかがわしい行為〟もまた、監視カメラの死角を縫って行われた」

 

「みっ、見たんですか、あれを――見たんですか!!」

 

「はい」右京が首肯する。亘も同様だ。

 

「そ、そんなぁぁぁ……」

 

 絶望感を漂わせながら彼女が肩を落とす。

 

「きっかけは些細なことで、あなたがVTberとして配信を行っていたところを五味先生が偶然、視聴してしまった。学校は副業禁止ですから、収益化していれば問題となります。音無シャロンのチャンネルも当然、収益化を行っており、再生数に応じたお金があなたの口座へ振り込まれるようになっていた。

 校長やあなたが担当する生徒にこの動画を流すぞ、とでも脅されれば、あなたは教師でいられなくなるかもしれない。そこで、五味さんの趣味に嫌々、つき合った。彼の趣味は女性にコスプレをしてもらっての、いかがわしい行為、それとお外での行為。あなたは何度もそれを強要された」

 

 土師から貰ったデータを念入りに調べた末、右京はコスプレなしの小島が映っている動画を数本、発見した。撮影者は五味本人で内容は限りなくアウトで、とても口に出せない。

 悔しさのあまり、小島は肩を震わせて、目に涙を浮かべ始めた。

 だが、肝心の自白がまだである。それを聞くまで右京の追求の手が休まることはない。

 

「激務続きの教師の仕事と五味さんの強要に、あなたの精神はついに限界を迎え、日曜日の夜、彼を殺害した」

 

「ひっぐっ、うぅっ……わ、私……がぁ、やったって……証拠、あるん、ですかぁぁぁ……」

 

 小島は頑なに犯行を認めようとせず、涙を流しながらも必死に食い下がる。亘は心が痛むような想いで彼女の姿を眺めていた。五味は最低最悪のクズ野郎だ。同情などないが、小島に対しては別だ。

 自分なら情けから追求をやめてしまうだろう。そう思った。

 反対に右京は真実を暴くことも警察官の職務だと考えている。誰かに恨まれることも致し方ない。それが嫌なら警察を辞めるべきだとも。

 そんな暴走する正義の執行人にストップをかけられたのは、今日まで神戸尊ただ一人。冠城亘はその域に達しておらず、静観するのが精一杯だ。

 その純粋な正義の意思こそ、亘がもっとも尊敬できるところでもあり、同時に一番理解しがたいところでもある。敵味方とも、複雑な状況の中、右京が小島の質問に答える。

 

「凶器となったモノはおろか、林さんのスニーカーすら見つかりませんでした。あなたの住む地域周辺の監視カメラを冠城くんに片っ端から調べて貰ったのですが、ここ数日間、あなたの姿は一切映っていなかった。五味さんと行動を共にするうちにカメラの死角を把握しましたね? 証拠は、どこかに捨てましたか? それとも、まだ手元にお持ちで?」

 

「し、知らない!! 私は……犯人、じゃない!!!!」

 

「では、昨日、お話した際、どうして凶器が〝金属〟だと、おっしゃったのですか? ニュースでも取り上げていない情報なのに」

 

「そ、それ、は……」

 

 小島は右京との会話で「金属で殴られればそうなりますよね」とコメントしている。犯人しか知らないであろう情報をあたかも見てきたかのように語ったのだ。

 

「だぁって……鈍器って、言ったら、普通に考えて……〝金属〟でしょ!! だから、そう言って、しまっただけ、です!!」

 

「なるほど、そうですか」

 

 勘違いしていたと言われれば、追求しようがない。

 自白に追い込みたい右京たちからすれば、早急に折れて貰いたいところだが、小島は予想外の粘りをみせる。こんなところで終わりたくない。そんな気持ちの表れなのだろう。

 しかしながら、そこは天下の杉下右京。とっておきの切り札を用意していた。

 目配せを受けた亘が紙袋から男性用のスニーカーを取り出して、そっと小島の前に置く。

 小島は「え?」と驚いたように口元を押さえた。

 

「これは自殺した林さんが学校で履いているスニーカーとまったく同じモノです。大きさもメーカーも。ゲソ痕というのは指紋と同じで犯罪を立証する有力な証拠になります。たとえ、靴のサイズが合っていないにしても足の裏に体重が乗れば、その部分がゲソ痕に強く反映される。

 もし音楽室で採取された犯人のゲソ痕とあなたが履いて歩いた靴のゲソ痕が一致すれば、凶器が見つからなくともあなたを逮捕できます。ですから、これに履き替えてこの辺りを歩いてみて下さい。持参した足跡採取シートで転写した後、鑑識で鑑定して貰います。これですべてがはっきりするでしょう。さぁ、ご自身の無実を証明すると思って、是非」

 

「……………………」

 

 小島はスニーカーを凝視しながら硬直していた。言葉すら出せないほどに。もはや、勝負はついた。右京が動かない彼女に顔を近づけて「小島さん!!」と脅し文句を放った。ビクッと身体を震わせた彼女は右京のほうを向いた。

 

「ここを切り抜けたとしても、あなたには五味さんへ殺意を持つだけの動機がある。令状を取るのは容易です。家宅捜索から周辺捜査まで徹底的に行われます。逃げ果せるなど不可能ですよ。もう……これ以上、ご無理をなさらずとも、よろしいではありませんか」

 

「う……ぅぅ……」

 

 徐々に小島の身体が地面へと吸い寄せられていくように下がっていった。そして――。

 

「アイツが、アイツがぁぁ……悪いん、ですぅ――」

 

 地べたにペタンと四肢をついてから自白した。

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