相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第166話 漆黒の殺意 真相

 私、小島由羽はあまり目立たない学生生活を送っていた。勉強は普通、運動はまったくダメ。容姿も童顔だけど、よくて中の中。クラスメイトから地味子なんて言われたりもした。だけど、一つだけ、人とは違ったモノを持っていた。

 それが声だ。小さい頃からアニメキャラクターみたいな声だと周囲から言われて、密かに声優への憧れを持った。だけど、両親が許してくれなかった。安定とは程遠い職業だからだ。

 

 二人を説得できなかった私は大学へ進学。教師の免許を取って、西高見高校の教師となった。色々な生徒たちがいたけど、それなりに楽しくやってこれたと思う。

 裏で悪口を言われたりもするけど、慕ってくれる子もいた。激務だけどそんなに悪くない生活だった。だけど、物足りなさを感じていた。自分のいるべきはここじゃない気がしてならなかった。

 休日の空いた時間に録画したアニメの視聴や攻略中のゲームをプレイするのだが、そこには必ずといっていいくらいプロの声優が声を当てている。私はそれが羨ましかった。あの時、親を説得できていれば、私もあちら側の世界にいけたかもしれないという淡い期待を捨てきれずにいた。

 

 そんな時だ。動画サイトが爆発的に流行りだし、あっという間にテレビを追い抜く一大コンテツとなったのは。商品レビュー、企画モノ、ゲーム実況、色々あったが、それだけでは心は動かなかった。しかし、ついこの間、私の心を動かすモノが現れた。

 進歩した3D技術によってリアルタイムで動かせるアバターが開発されたのだ。それを利用してアニメ調のキャラクターが作られた。TVberの誕生である。

 人間の声に合わせて表情を変えるアバターは私が欲していたモノだった。これに声を当てれば、声優のマネごとができて、しかも稼げる。上手く行けば、このブラック環境から脱出も夢ではない。

 

 再び、期待を抱いた私はネットでコンタクトを取った絵師やプログラマーに報酬を払ってキャラクターを作って貰った。それが音無シャロン、私の初めての分身だった。

 プリキュアのコスチュームやアイドルグループの制服をミックスして作られた衣装は実に私好みで、まるでアニメの主役声優の立場を勝ち取ったかのような感覚に陥った。

 機材を揃えるのも決して容易じゃなかったが、節約生活をしていたおかげで無理なく捻出できた。パソコンはBTOを買って自作する手間を省いた。

 ツールの使い方で苦戦したが、根気よくネットで調べていくうちに理解できるようになり、三ヶ月後には配信可能なところまで進んだ。

 最初はブラウザゲームの実況をやって、人を集めていたが、メジャーなタイトルをやったほうがいい、とリスナーさんにアドバイスを受け、PSD4やエンテンドウスイッチの人気ゲームの実況を始めた。

 動画編集も大変で、時間がない時は技術のあるリスナーさんに報酬を支払って編集してもらいながら、何とか配信速度を維持できた。

 おかげで登録者数が10万人を突破し、動画収入だけで生活が成り立つかもしれないというところまできていた。生活可能なラインで稼げるなら本業を辞めようと思っていたので、私は非常に迷っていた。

 そんな中、アイツが気持ち悪い顔を引っさげて私の肩を叩いてきた。五味だ。

 

 ――君、音無シャロンちゃんの中の人だよね? これって立派な副業だよね? 皆にバレたら学校クビになるよね? 俺は言っても言わなくても、どっちでもいいけど……タダで黙っているのもアレだしさ。どうだろう、俺と少し遊んでくれないかな?

 

 気持ちだけが先走って、身バレするというリスクを考えていなかった、私の落ち度だった。この時点で、断るという選択肢はなかった。バラされたら社会的な死が待っているのだから。

 私がどうすればいいのか訊ねると、五味はさり気なく私の胸を揉んで「意外と着痩せするタイプだねぇ。コスプレしながらヤッて貰いたいな」とほざいた。ここから私と五味の秘密の関係が始まった。

 

 一週間後、私は五味の自宅に呼ばれ、用意されたコスチュームに着替えさせられ、そのキャラクターの声真似をするように指示された後、弄ばれた。

 最初の数回は自宅だったが、五味は外で遊ぶようになった。五味は周囲の監視カメラの事情を把握していて、カメラの死角を通っては、ことに及んだ。私は耐え難い屈辱を味合わされた。

 しかし、悪いことだけではなかった。監視カメラの死角ばかりに連れて行かれるものだから私自身、その場所を記憶できた。仮にコイツを殺しても逃げ果せられるかもしれないという考えが芽生えていた。それだけが私の救いだった。

 

 そうして季節は冬になり、三年生の生徒が階段から転落した件で刑事、杉下右京が学校へ調査にやってきた。物腰の柔らかそうな人だったけど、同時にオカルトに興味を示す変人にも見えた。だけど、今まで接してきたどの男性よりも誠実な人にも思えた。

 こんなことになるなら、五味の話題が出た時、思い切っていやらしいことを強要されていると打ち明ければよかった。知らない高校生がやってきたから萎縮してしまったのだ。

 いや、たぶん、理由をつけて逃げていたかな。

 その後、すぐにアイツから電話がきた。

 

 ――明日の夜、学校で遊ぼう。

 

 正気を疑った。今まで学校は避けていたはずなのに。理由を訊ねると。刑事がやってきたことでテンションが上がった。背徳感がすごい。普段着のままでいいからヤッてみたいとのこと。下着は派手な柄でワイシャツの下にはインナーは着るなとのこと。心の底からクズなんだなと嫌悪した。

 ついに限界を迎えた私は予め用意しておいたスパナをバッグの中に隠し持って、あの日の夜、五味が教えた監視カメラの死角を通って学校へ向かった。

 その途中、林先生が自宅へ帰る姿を目撃した。きっと仕事が終わらなかったんだろう可哀想に、と哀れんだ瞬間、私はそれ以上に惨めな人間だと理解した。弱みを握られ、強要されているのだから。彼は五味先生を憎んでいるに違いない。

 以前、四階の音楽室側の踊り場で『五味が憎い』と独り言を呟いていた。私も同じだ。なら、靴を貸して貰おう。そんな自己中心的な発想から自分が履いてきた靴をバッグにしまい、彼のスニーカーを拝借――音楽室へ向かった。

 音楽室に入ると五味が待っていた。

 

 ――おぉ、きたね、小島ちゃん♪

 

 鼻の下伸ばして気持ち悪い。顔に出せば、罰としてカメラで録画される。だから、いつも表情には出さないようにしていた。高まる殺意を抑えながら、私は五味に近づいた。ワイシャツのボタンを全開にして派手な下着が見えるように誘惑した。

 

 ――今日は一段とやる気だね! 何があったの!?

 

 尋ねられた私はこう答えた。

 

 ――私だって……たまには、自分から……したくなる時があります。

 

 ――おぉ、ついにわかってくれたか! いやー、うれいしねぇ!

 

 ――だから、後ろを向いていて下さい。試したいことがあるので……。

 

 ――うんうん、いいよー!!

 

 テンションが上がり、頭の中まで桃色になった五味は私の殺意に気づかず、後ろを向いた。スパナを取り出し、こっそり近づいた私はヤツをマッサージしながら徐々に体勢が低くなるように調整した。気持ちよさそうにする五味の頭部に私の腕が届くようになった瞬間、右手に持っていたスパナを思いっきり振り上げ――。

 

 ――死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!

 

 怒り込めて叩きつけた。

 初撃を受けて倒れた五味を追いかけ、馬乗りになってからさらに追撃をかける。

 

 ――死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!

 

 怒気と共に何度も殴った。気がついたら五味は死んでいた。

 私は怖くなって、そのままスパナをハンカチで包んで、ビニール袋に入れてバッグに押し込み、逃げ出した。

 翌日、五味の遺体が発見された。監視カメラには映ってないから大丈夫と言い聞かせて何食わぬ顔で学校へ出勤すると、林先生がいないと話題になった。警察が林先生の自宅を訪ねると、彼は飛び降り自殺した。

 私にはその理由がわからなかったが、この話を聞いた杉下さん曰く「忘れ物を取りに戻り、靴がないことに気がついた彼が探し回っていたところ、四階から物音がした。急ぎ、音楽室へ向かうと五味先生の遺体が横たわっていた。それを自分が呪い殺したのだと思い込んだのかもしれませんね」と考察していた。

 私には意味不明だけど、これで林先生が疑われると思って、ホッとした。瞬間、私もクズなんだな、と自分が嫌いになった。でも、捕まりたくない。だから、最後まで粘った。

 しかし、現職の刑事相手に騙しきれるわけもなく、刑事ドラマのような推理ショーを披露され、私は自白するに至った。

 鈍器を金属と言っただけで疑われるなんて、やっぱり警察ってすごいね。これなら、最初から相談すればよかったのかな。もう遅すぎるんだけどね……。

 

 

「これが、五味を……殺害した理由です――」

 

「お辛かったのですね……」と右京が同情する。

 

「だけど、どうして警察に相談しなかったんですか? この人の場合、ふいに高校生がやってきて気まずかったのはわかりますが、性被害の相談なら所轄でも受けつけています。 その気になれば、相談できたのでは?」

 

 亘の疑問に小島が首を横に振った。

 

「警察の人って怖いイメージが、あって。尋問みたいにされるんじゃないかって思って怖くて……。それに男性ばかりですよね? 男性から被害に遭っているのにそれを男性に相談しなきゃならないのかなって考えたら、嫌になりました。

 たとえ、女性が相談役だったとしても冴えないおじさんに副業がバレて、いかがわしい行為を強要されているなんて言ったら、恥ずかしくて死にそうになる。仮に裁判になったとしても、男女含めて大勢の人の前で自分がされた行為を赤裸々に公表しなきゃならないんですよね? もちろん両親にだって……。私の人生、終わりじゃない。だから、殺すしかなかったんです……」

 

 小島も何度か法的な手段を取って対抗しようとした。しかし、調べれば調べるほど、女性側は不利でしかない。性被害を大勢の前で告白する、場合によっては証拠のビデオが流れる。それは彼女にとって精神的死刑に等しかった。すべてを失う恐怖に駆られ、彼女は犯行に至った。動機を理解した杉下右京は片膝をついて、小島の顔に目線を合わせる。

 

「小島さん、あなたの怒りと憎しみは理解できます。だとしても殺人は殺人です。いかなる理由があろうとも、僕たちはそれを肯定することはできません。罪を償って、一からやり直しましょう……人生は一度切りですが、生きている限り何度でも再スタートできます」

 

「でも……」

 

 うつむく小島に右京が身の上話を聞かせる。

 

「僕の元部下も今、刑務所に服役しています。〝ダークナイト〟と称され、世間を騒がせた男です」

 

「えぇ!? あのダークナイト!?」

 

「そう、あのダークナイトです」

 

 前相棒、甲斐享は法の裁きを逃れた犯罪者たちに拳で制裁を加える私刑執行人(ダークナイト)だった。彼の友人の妹が惨めな目にあったのがきっかけだったのだが、それがエスカレートしていき、最後は上司、杉下右京の手によって逮捕された。

 父親である甲斐峯秋は息子は杉下右京への対抗心からその行動を過激化させたのでは、と見ていた。いずれにせよ、相棒の凶行に気がつけなかった右京の失態であることに変わりなく、無期限の停職処分を課せられた。

 

「彼は今、拘置所で罪を償っている最中です。キャリア官僚の父親を持った彼は、受刑者から自分たちを逮捕してきた忌々しい存在として憎しみの目を向けられていることでしょう。それは、それは辛い日々を過ごしているに違いありません。

 ですが、彼には生まれたばかりの子供がいます。奥さんやその子と共に生活するために精一杯、努力しています。無鉄砲だった彼が家族のために、です。だからこそ、僕は思うのです。人はいつでもやり直せる、と。小島さん、あなたにもできます。頑張りましょう」

 

「……は……い」

 

 小島は涙を流しながら頷いた。

 そこに伊丹ら捜査一課の面々がやってきた。

 

「小島由羽さん。五味三郎さん殺害の件でお話があります。署までご同行を」

 

「……はい」

 

 芹沢に肩を支えられながら立ち上がった小島が右京に頭を下げて、連行されていく。

 

「後はこちらにお任せを」

 

 同行する伊丹が背中越しで特命係の二人に挨拶して、この場を去った。

 やるせない気持ちで亘が無情の空を仰ぐ。

 

「性的被害に遭っても相談できないなんて……」

 

 警察も男が中心の組織だ。司法も含めて性犯罪への対応が遅れているという指摘が出ている。解決すべき問題ではあるが、他のことで手一杯で、後回しになっているのが実情である。

 極力、女性が対応する等の努力はみられるが、やはり事務的なところがあり、被害者の心情を救えているかというと疑問が残る。

 

「我々、警察の課題ですね。早く被害者が安心して相談できるような環境を整えなくてはならない。今回の一件で実感させられました。……僕も、気がついてあげれたらよかった――」

 

 土曜日の夕方、彼女の態度がややおかしかったのは右京も気がついていた。しかしながら、初対面からオドオドしていたため、気がつくのが遅れてしまった。菫子が右京を訪ねてこなければ、小島も被害を告白できたかもしれないが、今更である。

 落ち込む上司に部下がフォローするかのようにそっと近寄った。

 

「タイミングが悪かったんですよ」

 

「……そう思うしかないですかね」

 

 いくらホームズでも初見ですべてを見抜けるわけではない。すべて完璧とはいかないのだ。相棒の言葉に右京も納得する他なかった。

 重い空気に耐えかねた亘が無理やり話題を変える。

 

「ですが、これで無事に事件解決しました。警視庁へ戻りましょう」

 

 ところが右京はそれを否定する。

 

「まだ終わってませんよ? 《呻き声》の正体が明らかになっていません」

 

「ええ!? まだ調査を続けるつもりなんですか!?」

 

「いえ、もう終わっています」

 

「は?」

 

 ついていけない亘に対して右京が一言。

 

「行きますよ、オカルトの真相を暴きに」

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