相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第16話 情報共有

 協力者たちに向かって右京が訊ねる。

 

「皆さん、情報を整理しましょう。何か気になる証言はありましたか?」

 

 テーブルに座る慧音が自身の書いたメモを開きながら話す。

 

「これと言って、特に何かあった訳ではありません。事件現場側の入り口周辺に住む住民が『夜中に物音がした気がする』と言っていたくらいです」

 

「その方は他に何か仰っていましたか?」

 

「いえ、すぐに寝たとのことです。あ、そういえば……」

 

「なんでしょう?」

 

「月が綺麗だったと言っていました」

 

「昨夜は月がはっきり見えましたからねえ」

 

 昨夜は雲一つない綺麗な月夜だった。つまり、足元を照らす物が必要なかった。犯人が里の人間なら火を使わない分、目立たずに済む。これも証言が少ない理由の一つだろう。

 次に右京は霊夢に視線を送る。

 

「霊夢さん、何か変わった証言はありましたか?」

 

「私の方も特にはないですね。ただ、ほんの少しだけ気になる証言が」

 

「それは?」

 

 巫女は数瞬黙ってから。

 

「その……豆腐屋さんで働く淳也さんは舞花さんが好きだったみたいって里の女の子たちが言ってました」

 

「ほう……ですが、何故、女の子たちは淳也さんの想いを知っているのでしょうね?」

 

 その疑問に霊夢は少し気の毒そうに回答する。

 

「何でも、前に告白して振られたところを目撃したそうです。それ以降、淳也さんは酒場には行ってないみたいで」

 

「おやおや……」

 

 三十歳の淳也が十九歳の女性に告白して轟沈。三人は彼の心境を察してこれ以上の追求を避けた。

 

「妖怪の気配などは感じませんでしたか?」

 

「……感じませんでした」

 

「となると妖怪の線は薄くなりそうですね」

 

「うーん……。外に逃げた可能性も……」

 

 霊夢は腕を組みながら唸った。彼女もまた、里の人間が人を殺したのだと考えたくないのだろう。眉間に皺を寄せながら両目を瞑っていた。

 機会を見計らったかのように、外へ送り出した魔理沙が戻ってきた。

 魔女は扉を開けて「何か見つかったか?」と三人に近づく。

 霊夢は首を横に振って答えた。魔理沙はため息を吐きながら、テーブルに着いた。

 

「こっちも収穫なしだ。怪しそうな連中を片っ端から漁ったが、どいつもこいつも昨夜は里に行ってないって言う奴ばかりだ」

 

 魔理沙の話に霊夢が疑問を抱く。

 

「嘘を吐いているんじゃないの? アイツら基本的に嘘つきだし」

 

「いや、それはないと思うな。『嘘を吐いたら博麗の巫女がお前らをシバキに来るぜ?』って脅しながら答えさせたからな。皆、ビビッてたぜ?」

 

「そう……」

 

 右京は「それではまるで尋問ですね」と思ったが、妖怪の価値観は人間とは違うのでそれもアリなのだろうと考えて口を噤んだ。

 霊夢も魔理沙が自分の名前を出して妖怪を問いただしたと言うと納得した。妖怪に対して最も脅威になっているのが自分だと認識しているからだろう。

 刑事が魔理沙を労う。

 

「魔理沙さん、ご苦労様でした」

 

「おう」

 

 魔理沙は軽く返事をし、右京が続ける。

 

「さて、これで皆さんが集めた情報が出そろいました。ですので、次は僕が集めた情報ですが……」

 

 三人は息を飲んだ。

 

「里の中では有益な情報は得られませんでした」

 

「おい!?」

 

「「……」」

 

 魔理沙はコメディーのように机をバンと叩き、霊夢はジト目で右京の顔を覗き、慧音は咳払いをした。

 当の本人は何事もなかったように飄々としている。

 

「なので、里の外に出てもう一度、殺害現場を調べてきました」

 

 そう言って右京はスマホを取り出す。「なんでまた殺害現場を調べに行ったんだ?」と疑問を呈する魔女。スマホを弄りながら刑事が語る。

 

「僕は何故、敦君が殺されなければならなかったのか。その理由が知りたいと思ったからです。おかげで〝あること〟がわかりました」

「〝あること〟? なんだそれ」

 

 三人の前にとある画像が提示される。

 

「これは敦君の血痕を辿った先で見つけた、人が二人立てる程度の広さがあるスペースです」

 

 映し出されたのは草木が生い茂る茂みの中にポツンと空いている天然のスペースだった。

 霊夢が質問する。

 

「それが店員さんの事件と関係あるんですか?」

 

 「あると思います」

 

 断言する右京。

 

「ここから数メートル戻ると周囲の雑草に微量ですが、血痕が付着していました。しかも、空きスペース付近にもわずかですが揉み合った痕跡と敦君の物と思われるスニーカーの跡が残っていました」

 

「ってことはそのスペースに誰かいたってことか?」と魔理沙。

 

「そうだと思います。そして、僕は空きスペースにいた人物が犯人なのではと考えています」

 

「どうしてですか?」

 

 空きスペースに誰かいたのかまでは理解できるが、それが何故犯人だと言えるのか腑に落ちない様子の巫女。右京が考察を述べる。

 

「僕たちが聞き込みによって得た情報の中には敦君を殺す強い動機を持った人物が見当たりませんでした。ですが、敦君は殺された。しかも、里から離れた茂みの中です。これは敦君が何者かに里の外へ連れて行かれたのか、または誰かの後をつけて行ったのかのどちらかです。初めは敦君が誰かに誘われて里の外に出た可能性も考えましたが、彼が夜中に里の外――それも茂みに入って行くでしょうか? 僕はいかにノリが軽くて少量の酒が入っていたとしても断ると思います」

 

 右京の意見に魔理沙が反論した。

 

「無理やり連れて行かれた可能性もあるぜ?」

 

「だとしたら敦君は声を上げると思います」

 

「口を塞がれたとか?」

 

「その際、暴れるのではないでしょうか? もう少し証言があってもおかしくはありません」

 

「里に潜伏する妖怪の可能性はないのか?」

 

「ない訳ではありませんが、妖怪に化けていそうな里人が今のところ該当しません。霊夢さんも里で妖怪の気配を感じないと言っていますからねえ」

 

 右京はそう言って霊夢をチラッと見る。

 真っ赤なリボンを動物の耳のように反応させた霊夢がボソッと。

 

「まぁ〝悪そうな妖怪の気配〟は、ですが……」

 

「なるほど」

 

 右京は側にいる慧音もまた、妖怪の血を引いていることを思い出して頷き、話を戻す。

 

「妖怪でもない限り、敦君を音もなく里から連れ去るのは不可能でしょう。となると、犯行は里の人間によるもの可能性が高まりました。この場合、敦君は里の人間に誘われて外へ出たことになりますが――さすがにそれはないと考えます。舞花さんからもキツく言われていたでしょうねえ」

 

 舞花の性格上、敦に「夜中に里の外へ出るな」と何度も忠告したのは安易に想像がつく。

 

「確かに、この里に住んでいれば嫌でも妖怪の恐怖を理解するしな」

 

「私も何度も彼に『夜中に里から絶対出るな』と教えましたから……。自分からは出ないと思います」

 

「そうよね……」

 

 敦が夜中に里の外へと出るのは考えにくい。三人の考えが一致した。

 

「そこから僕は敦君が何者かの後をつけて行った末、犯人に殺されたのだと推測しています」

 

「だとしても何でついて行ったんだ? 危険だとわかってんのにさ」

 

 魔理沙の意見はもっともである。夜中に他人の後を追って外に出るなど危険極まりない行為である。危険を犯す必要性を感じない。

 右京が人差し指を立てた。

 

「そこなんですよ! 敦君は何故、後をつけたのか。僕も最初はわかりませんでした。しかし、彼が大事にしているものを思い出し、納得できました」

 

「「「大事にしているもの?」」」

 

「そうです。皆さん、彼が大事にしているものを挙げて下さい。まずは魔理沙さんから」

 

「私かよ!?」

 

 魔理沙は急な質問に戸惑うが、陽気な青年を思い浮かべて該当するものを挙げた。

 

「まずは酒場の店主だよな」

 

「ええ、間違いないでしょう。次は霊夢さん」

 

「お姉さん以外ですよねぇ……。お店?」

 

「それも正解です。慧音さんもお願いします」

 

「そうですね……。うーん、里でしょうか?」

 

「僕もそう思います。ですが、他にもあります」

 

「まだあるのか?」

 

 店主、店、里など敦の大事なものが大体、出尽くしたはずだと難しい顔をする魔理沙。そこに閃いたように霊夢が手を挙げた。

 

「あ、わかった。お客さんですね」

 

「そうです。さらに言えば里の人間そのものです」

 

「「「里の人間?」」」

 

 狐につままれたような顔の三人を余所に右京が得意の推理を披露する。

 

「彼は里の人々を非常に好いていました。それは彼の里への感謝の表れでしょう。そんな彼が何故、外に出て行ったのか――答えは里の人間が外に出て行くのを目撃して止めようとしたからではありませんかね」

 

「うむ……あの店員はお人よしそうだが、そこまでするか?」

 

「それがもし、店の常連客、知人、ご近所さんだとしたら? 僕が彼なら止めに行くと思います。なんせ彼は優しい青年だったのですから」

 

 三人はそれぞれに敦の性格を思い浮かべる。その脳裏には舞花一筋で軽いノリだが典型的なお人よしの敦の姿が浮かんだ。

 あり得なくもないと思ったのか、三人は右京の推理を否定しなかった。

 

「以上のことから僕は彼に近しい人物が里の外へ出て行き、それを止めようとして事件に巻き込まれてしまったと想像しています」

 

 その言葉に反論はなかった。

 そうなると新たな疑問が浮かんでくる。霊夢が右京に問う。

 

「仮にそうだとしても、犯人はどうして外にいたんですか?」

 

 敦が外に出た理由はわかった。次の疑問は犯人が何故、外に出たかである。

 

「犯人が何かやましいことをした、またはしようとしていたのではと考えています」

 

「…………やましいこと?」

 

 霊夢は彼の言っている意味がよくわからないのか、眉を顰めた。

 魔理沙は瞬間的に思いついたことを喋った。

 

「人の物を盗んだとかか?」

 

 右京が反応する。

 

「最初はそう考えましたが、空きスペースとその周辺に穴が掘られた形跡が見当たりませんでした」

 

「隠す前に見つかったからか? それで犯行に及んだってのもアリだよな」

 

「その可能性もありますね。では、魔理沙さんに質問です。泥棒が夜中に里を抜け出して、さほど離れていない場所――それも目立つ空きスペースに盗んだ物を隠す理由はなんでしょうか?」

 

「う~む……。私なら隠さないな。――泥棒なんてしたことはないが」

 

「「……」」

 

 魔理沙は腕を組みながら堂々した態度でウンウン頷く。その様子に霊夢と慧音は呆れて物も言えない。

 

「僕も泥棒ではないと思っていますよ。泥棒だとしたら間抜けすぎるからです」

 

「幻想郷に間抜けがいないとも言い切れんがな」

 

「確かに。ですが、僕はそうは思っていません」

 

「どうしてだ?」

 

 その時、右京がふっと笑った。

 

「犯人が里に入る際に痕跡を消しているからですよ」

 

「なんだと? なんでそんなことがわかるんだ?」

 

 今までの情報から犯人が痕跡を消したという情報は見当たらない。魔理沙はそう思った。だが、右京は違う。

 

「簡単ですよ。里に血痕が落ちてないんです。あなたが言う間抜けな犯人なら里の中に血痕の一つや二つ落としても不思議ではありません。それが見当たりません。痕跡も茂みの中で途切れています。これは犯人が茂みの中で血痕を拭き取り、里へと戻った証拠だと考えられます」

 

「うむ……」

 

「となれば、犯人は機転の効く人物です」

 

 その発言に今度は霊夢が首を傾げた。

 

「それなら、どうして殺人なんかを……」

 

 今回の殺人が頭の回る人物の行う行為かと疑問を吐露する。

 右京はキラリと目を光らせた。

 

「そうです。犯人は頭が回るにも関わらず、敦君を殺害したのです。その場に遺体を残してこそいますが、血痕を里の中に一滴も残していません。これは咄嗟の犯行で気が動転していたけれど、途中で正気に戻って最低限の証拠隠滅を図り、姿を眩ましたことを意味しているのではないでしょうか。つまり――」

 

「コソコソ隠れて何かやましいことをしようとした所を店員のにーちゃんに見られたから殺害したって事か?」

 

「僕はそう考えています」

 

 魔女が刑事の出した答えを言い当てた。

 魔理沙は霊夢の顔を見ながら「当たったぜ」と呟く。相方は「みたいね」と軽く返した。

 

 推理を聞いた慧音は額から一筋の汗を垂らしながら右京に訊ねた。

 

「杉下さん……その……〝何かやましいこと〟というのは、どのような内容なのでしょうか?」

 

「それはまだ、わかりません。これから調べます」

 

「そう、ですか……」

 

 慧音は深くため息を吐いた。

 

「泥棒以外だよなぁ。なんだろうな」と魔理沙が言うと霊夢が「さあねぇ……」と真顔で相槌を打つ。

 

 右京は慧音にも振る。

 

「慧音さん、何か思い当たる節はありますか? 例えば、里で発覚したら()()()()()()()()()()()()()()などですが……あれば教えて下さい」

 

 慧音は顎に手を当てながら長考するが「私にもわかりません……」と話した。

 彼にはそんな慧音がどこか辛そうに見え、色々と負担が大きいのだろうと解釈して同情した。

 少女たちも話をしているようだが、特にヒントになりそうなものはなかった。

 時刻はいつの間にか夕暮れに差し掛かっており、夜間の聞き込みは里では難しい。

 このまま話していても進展しない。右京が判断を下す。

 

「皆さん、もう夕暮れです。今日の捜査はここまでにしましょう」

 

「いいのか? まだ、犯人捜しは終わってないんだぜ?」

 

「ええ、皆さんにも都合があるでしょう。残りは僕がやっておきますので」

 

「いいのですか?」と慧音。

 

「はい、僕は警察官ですから。いつものことです」

 

 刑事の発言を皮切りに三人が帰る準備を始める。

 

 その際、右京は明日の朝七時にここに集合して下さいと告げた。三人は一様に頷いてこの場を後にする。

 別れ際、慧音が彼に、この部屋の鍵を渡して「何かあったら私のところまで連絡を」と自宅の場所を示したメモを残していった。

 皆が居なくなったことを確認した右京は一人〝とある場所〟へと向かった。


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