相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第171話 東方からの使者 その1

 ふたりは、徒歩十五分程度の場所にある中華料理屋へ入店した。尊が慣れた手つきで女性店員に挨拶し、個室に案内するように頼み、美人店員が笑顔を作ってから要望通り、ふたりを二階の個室に連れていく。

 四人用の個室に入った尊が、先に右京を椅子に座らせてから自身も席につき、店員に手渡されたメニューを手渡す。

 ページを捲った右京は、ランチセットのホタテとエビの海鮮炒めご飯、尊はあんかけチャーハンセットを注文。店員を下がらせた。

 

「ここ、美味しいって評判の中華飯店なんですよ。ぼくも最近知ったばかりですけど、二回ほど使わせてもらってます」

 

「なるほど。だから色々と慣れているのですね」

 

 綺麗な女性店員が、尊に対して柔らかい笑顔を振りまいていたところをみるに、仲良くしているのだろう。ホームズはそのように解釈して微笑んだ。そんな元上司の考えを読めたものの、尊はほんの少し目をそらしただけで、言葉には出さない。

 ぎこちなく咳払いをした尊が右京をジッと見据えた。

 

「一応、確認ですけど。……この前、頂いたメールの件ですが。南井十が幻想郷でテロを起こした黒幕で、彼の転落が確認されて、すぐにスキマ妖怪から黒幕の捜査中止するように言われた。これって本当ですか?」

 

「本当です」

 

 メリーから捜査中止を告げられた右京は、その内容を協力者である尊にも伝えていた。まさか世間を恐怖に陥れた南井が、幻想郷テロの首謀者だったとは。メールを読んだ尊は驚くほかなかった。同時にそれを知っていた杉下右京にも、ある疑問が浮かんだ。

 

「いつから、南井が黒幕だと気づいていたんですか?」

 

「幻想郷の人里で稗田さんと宇佐見さんから、偽名とハンドルネームを聞いたときでしょうか」

 

「だったら、ぼくに教えてくれてもよかったのでは?」

 

「本当は教えたかったのですがね。八雲さんに追放され、復帰してすぐに彼女の仮の姿であるメリーさんが表の日本へやってきた。監視の目がある以上、君にも伝えられなかったのです」

 

 八雲紫の能力は人間の力を遥かに凌駕している。空間をすり抜けて監視カメラを突破でき、もしも自身が、映像に映っても境界を操ってなかったことにできる。デタラメもいいところだ。これほどの存在に南井の情報が渡れば、すぐに黒幕と断定されて制裁を受ける。勝手に私刑にされるわけにもいかない右京は、味方すら欺いて捜査していた。

 

 杉下右京がスタンドプレイヤーである事実は、元相棒も嫌というほど理解している。しかしながら、幻想郷での一件は尊にとっても屈辱的なものだった。幻想郷勢と連携が取れなかったという点もあるが、警備局所属の自分が大した避難誘導ができず、さらに若い狩人の凶行を未然に防げなかった。これが現代社会なら処分されても不思議ではない。

 

 せめて黒幕だけは捕まえる。その意気込みも虚しく、黒幕は行方不明のまま、事件は自分の知らないところで終わってしまった。仮に逮捕できていたとしても記憶障害で聞き出せなかったと予想できるが、それでも無念であった。

 

「それはわかりますけど……。なんか、複雑だな」

 

 犯人が残した手がかりを誰かに話せば、それ以外の誰かに盗み聞かれるリスクが生じる。右京の理屈は納得のいくものだったが、本心では納得できていない。

 彼の目つきでそれを察した元上司は「申し訳ない」と謝り、出されたお冷を口に含んだ。

 中華飯店の個室に気まずい空気が充満しつつある。さすがに誘った側が場を重くするのも如何なものか、と考えた尊は息を吐いてから。

 

「仕方なかった。――そう思うことにします」

 

「ええ」

 

 不満はあるが、どうすることもできないのなら、うまい飯でも食って忘れよう。八年前よりも大人になった尊に成長を感じた右京がそっと笑みをこぼした。

 場の空気が元に戻ると、さっきの女性店員が料理を持ってきた。あんかけチャーハンセットが尊に、海鮮炒めセットが右京の目の前に置かれる。

 

「ありがとう」尊がスマイルをくれると、女性店員は彼のほうを向いて「どういたしまして」と照れ顔を作ってから、下がっていった。

 やっぱり、仲が良いんじゃないですか。右京は無言で口角を釣り上げてから海鮮炒めに視線を移す。

 立ち上る湯気から香辛料やオイスターソースの香りと共に食欲をそそる匂いが鼻孔に流れ込んでくる。エビやイカの海鮮以外にもキクラゲや白菜などが入っており、ボリュームも都心の割に多く、それでいて値段もリーズナブルだった。右京の口から言葉が漏れる。

 

「美味しそうですねえ」

 

「ですね。冷めないうちに頂きましょう」

 

 腹が空いていたのか、尊は食べるように促してからレンゲで餡を纏ったチャーハンを掬って、口に運ぶ。ちょうどよい粘度の餡かけがご飯ひとつひとつに絡まり、舌の上で滑るように喉へ流れ込む。日本人好みの柔らかい塩の効いた味つけに尊は「やっぱり、うまいな」と、一口目に手をつける。

 つられるように右京もレンゲにエビとご飯を掬って食べた。

 こちらも日本人好みの味つけで、甘辛いタレが歯ごたえのよいエビと絡まり、噛むたびに海の幸独特の旨味が、口の中いっぱいにあふれる。

 

「ほう」

 

 そう唸ってから、ホタテとご飯を味わえば、また違った深みのある味が開放される。感心したように右京が頷いていると尊が言った。

 

「どうです。お味の方は?」

 

「本場というより、我々の好む味に寄せたお料理ですね。僕は好きですねえ〜。こういう味つけ」

 

「ハハッ。それはよかった」

 

 食事を皮切りにふたりの会話が弾む。仕事や趣味などの話題を中心に出し合った。その最中、尊が花の里の看板が変わったことを話題にあげると、右京は月本幸子に代わる三代目女将、小出茉莉が店名を《こてまり》に変更したのだと答える。

 小出と聞いた尊が「あれ? 上司が贔屓にしていた芸者にそんな名前のひとがいたような……」と呟けば、右京が「たぶん、そのひとですよ」と言いながら彼女の写真を見せる。

 

 スマホの画面に収まった、和服がよく似合う美人女将の姿を気に入った尊は「今度、ぼくも連れて行って下さいね」と調子良く頼み、右京が面倒そうに「はいはい」と、適当に返事して受け流す。気がつけば、いつもの特命ワールドが形成されていた。

 注文した料理は残りわずか。後はお口直しの甘味と飲みもので口をリフレッシュさせるだけだった。

 そこに足音が響く。襖を開いたのは尊が贔屓する店員だった。お口直しを運んできたのか、とも思ったが、彼女の手には料理を乗せるお盆が握られていない。

 

「どうかしたの?」

 

 尊が問うと店員が気まずそうに「実は、おふたりに会いたいおっしゃる方がいらしてまして……」と言った。首をかしげる尊の横から右京が「その方の特徴は?」と問う。

 

「大学生くらいの女性のお客さまです。上が茶色いコートで、下が緑色のロングスカートをはいていられました」

 

「髪型は?」

 

「茶髪のロングヘアーですね」

 

「茶髪のロングヘアーくらいの大学生……」

 

 右京の知り合いにそんな人物はいない。事件関係者なのかと勘ぐったが、自分を訪ねてくるような理由があるとは思えない。ただ、頭の中になにか引っかかる感覚があった。

 

「君の知り合いにそういったひとは?」

 

「いませんね。親戚にも大学生の女の子なんていないし。誰でしょうか?」

 

 尊にも心当たりはないらしい。一体、その大学生とは何者なのか? 右京の中で興味が膨らんだ。

 

「せっかくです。会ってみませんか? 人違いであれば、それで済みますし」

 

「えっ。……まぁ。杉下さんが言うなら」

 

 正直、気乗りしないが、謎の大学生の正体に尊も興味がないわけではない。それに自分が忘れているだけで、もしも知り合いだったら後々、関係がこじれるかもしれない。

 雇われた暗殺者という可能性もあるが、真っ昼間かつ人の多い中華飯店で、凶行に及ぶとは考えにくい。尊は不安を覚えつつも、右京の提案に乗っかった。

 頼まれた店員が襖を閉めてから一分もしないうちにノックされる。

 

「お連れしました」

 

「どうぞ」

 

 尊が許可すると、襖がゆっくり開かれる。店員の隣にいる人物にふたりの視線が注がれた。今風の大人びた茶色いコートを着込み、深緑色のスカートと同色のマフラーを首に巻く。茶髪のロングヘアーにぱっちりとした目を覆う丸メガネ。そして、極めつけはーー。

 

「久しぶり()()()。杉下どの、神戸どの」

 

 明るい声色にやや古風な言葉遣い。ふたりは東の秘境で出会った彼女を思い出した。

 

「「マミさん!」」

 

「おぉ、覚えていてくれたか! よかった、よかった」

 

 かつて幻想郷で行動を共にした女性マミ。その正体は狸の大妖怪、二ッ岩マミゾウである。元々、彼女は佐渡から幻想入りした妖怪で、幻想郷の結界をすり抜けて移動できる能力を有している。こうして都会のど真ん中にやってこられるのも、その力のおかげだ。

 

 まさか、八雲紫以外にも表の世界で活動できる妖怪がいるとは。本人から表にいたと聞かされていた尊も驚きで言葉がでない様子だった。

 店員に礼を言って下がらせたマミは「邪魔だったかの?」と訊ねる。右京が反射的に「いいえ」と言葉を発し、尊の隣にマミを座るように誘導する。

 椅子に座ったマミはふと尊の顔を見やってから茶化すように「取って食ったりはせぬぞ?」と告げる。強張った顔をいつものスマイルに作り直した彼が「わかってます」と返すと、マミは、ふふっと笑ってから和製ホームズの顔に焦点を合わせた。

 

「人里で『地霊殿の主を連れてくる』。そう言って別れてから、それっきりになってしまったからのぉ。何をしているのかと思って、様子を見にきた。元気じゃったか?」

 

「お陰さまで、元気にやっております」

 

「ぼくも同じく」

 

「ほう。そうか、そうか」

 

 まるで自分のことのように喜ぶマミの態度に、ふたりもどこか懐かしくなった。

 しかし、右京は事件以降の人里を気にしており、挨拶を手短に切り上げてマミに尋ねる。

 

「あれから、人里はどうなりましたか?」

 

「……スキマ妖怪や宇佐見某から聞かされておらんのか?」

 

「ええ」

 

「ふむ……。気になるか?」

 

 すぐに答えないあたり、なにかとんでもないことが起きたのか。右京の顔つきが刑事のそれに変化した。

 

「もちろん。僕たちが関わった事件ですから」和製ホームズがそう発言して、相棒を見やる。和製ワトソンも静かに「同じく」と頷いた。正義を宿した瞳で見つめられたら、答える以外にない。狸の頭領は決心を固める。

 

「そういうところも変わらんな。わかった。話そうーーお主らが去った後、里でなにが起こったのかを、な」

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