相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第174話 特命係、東へ その2

「決まりね。優曇華、準備をお願いね」

 

 永琳の指示を受け、もらった包丁たちを抱えた優曇華が急いで台所に向かっていった。

 会話が途切れて、少しの間、居間が静かになる。輝夜は、なにを話そうか頭の中で考えているようだった。このまま、彼女と話すのもよいだろう。しかし、右京にはまだ話さなければならないことがあった。

 

「皆さんに、お伝えしなければならないことがあります」

 

 唐突な発言に、永琳と輝夜が顔を合わせてから首を傾げるも、右京は言葉を並べ続ける。

 

「幻想郷のテロの首謀者と思わしき男を発見。別件で逮捕しましたが、その後、消息不明になってしまい、捜査を打ち切りにせざるを得なくなりました」

 

 いきなりのことでポカンとする女性ふたりに、右京はマミに聞かせた内容と同じものを伝え聞かせた。

 初めこそ動揺していたものの、聡明な永琳は刑事の話をすんなり理解して「わかりました。報告ありがとう」と述べから、右手でそっと口元を抑えた。その仕草をチラ見した輝夜が「また、考えごとしてる」と勘繰る。

 彼女の考えごとは、やはり突然の失踪からの行方不明だろう。右京はマミには言わなかった憶測を八雲紫と浅からぬ因縁を持つとされる彼女に伝えることにした。

 

「この話には、まだ続きがありましてね。実は、捜査が打ち切られてから数日経ったのち、メリーと名乗る女性が僕のところを訪ねてきました。十代後半くらいの整った容姿、プラチナブロンドの長い髪、瞳の色は紫、年齢に似つかわしくない余裕を感じさせる態度」

 

「ん? その女性って、まさか……」

 

 永琳が眉根を寄せたところで右京が首肯してみせた。

 

「そう。八雲氏が表で活動する際の偽名です。本人に『八雲さん』と訊ねたとき『その名で呼ばないで』と言われたので、ほぼ間違いでしょう」

 

「……やっぱり。で、彼女はなにを?」

 

「黒幕の捜査中止を告げられました。カッカしすぎたとのことらしいです」

 

「えぇっ、あいつが!? 嘘でしょ……」と、輝夜が声をあげた。

 

 八雲紫は、幻想郷を危機に晒す者を決して許さず、どんな方法を用いてでも排除、報復する。永遠亭の住民もそれは承知ししている。この段階で、テロリストの捜索を中止するなど、本来ならありえない行動である。

 今後の対策を含め、きちんとした調査を行うと予想していた永琳は、紫の発言に裏があると踏んで、黒幕の最期と結びつけるも、まずは右京の考えを聞くべく、このような質問をした。

 

「杉下さんは、彼女の発言をどう思う?」

 

 問いを投げかけられた右京は、月の賢者相手に自らの憶測を語る。

 

「正直に申し上げますと、僕は彼女が南井を病院から連れ出し、その能力で欠落した記憶をこじ開けて情報を入手ーーその後、用済みとなった彼を始末したのではないか。そのように疑っております」

 

「普通に考えれば、そうよね」

 

 すんなりと納得する八意永琳。事件の流れと紫の容赦の無さを考えれば、妥当な推測であった。刑事と月の賢者の話に彼の元部下も月の姫も、特に異議を唱えることなく、黙っていたことから、彼らにも納得できる仮説だったのだろう。

 それほど、八雲紫という妖怪は、敵に対して容赦ない性格なのだ。

 

「しかし。それを問うても、彼女は決して答えない」

 

「でしょうね」

 

「ですので、捜査はここまでと判断し、協力者の皆さまにお伝えして回ろうと思って、再びこの地へ戻ってきました。一応、霊夢さんや慧音さんにも南井の画像をお見せして、確認を行うつもりですが、入管記録を辿ったかぎり、彼が黒幕で間違いでしょう」

 

「それが、こっちに戻った理由だったのね……。ほんと、あなたって律儀よね」

 

「筋は通さねばならない。それだけのことですよ」

 

「そうですか。おかげで犯人と事件の結末がわかりました。お勤め、ご苦労さまです。警察官のおふたりさん」

 

「「ありがとうございます」」

 

 警察官たちが揃って頭を下げ、無事、黒幕の件も伝え終わった。難しい話はもうお終いである。

 

「さっ。お料理ができるまで、雑談でもしましょうか」

 

 重い流れを断ち切るように両手をぱんっと叩いた永琳に合わせるように、輝夜が手をあげた。

 

「そうそう。重い話が長かったから、違う話題に移りましょうよ。早速で悪いけど、質問。今の表の日本って、どんな感じになってるの?」

 

「平安時代と比べて、ですか?」と、訊き返す右京に輝夜は「ここ十数年辺りの話でいいかな。たまに流れ着いた資料とか読んでいるから、表について、そこそこ知っているの」と言ってみせる。

 

「そうでしたか。わかりました、その辺りを中心にお話ししましょう」

 

 かつて特命係幻想郷支部を訪れた東風谷早苗に教えたように、身振り手振りを交えて現代日本の話を輝夜に聞かせた。スマホ、パソコン、ネットなどIT関係はもちろん、世代別の生活スタイル、流行のファッション、政治、社会、国際情勢など、詳しい説明をおもしろおかしくやってみせる。

 時折、輝夜から飛んでくる疑問にも涼しい顔で答えてしまう、その博識っぷりに隣で聴いていた永琳は愉快げに「まるで先生みたいね」と評した。

 

 そこに尊が「やっぱり、そう思いますよね」と乗っかり、輝夜もうんうん頷いた。満場一致の先生認定を受けた和製ホームズは「そんなつもりでやっている訳ではないのですがねえ」と苦笑いするも、満更でもない様子で、料理ができるまでの間、かぐや姫の質問に答え続ける。

 

 少しして優曇華が料理を運んできた。目玉焼きがトッピングされた《月見うどん》を中心に、鳥の串焼き、山菜の胡麻和えなど、ほか数品のおかずが座卓に置かれ、夕飯の準備が整う。

 

「「頂きます」」

 

 人里解放作戦時、食事として配られたのは、おにぎり等の手頃な食事ばかりだったので、永遠亭での本格的な食事はこれが初となる。さて、気になる《月見うどん》のお味は如何に。

 右京がうどんを箸でつまむと、もちっとした弾力が箸を通って指に伝わった。麺の太さは均一ではなくところどころバラけている。優曇華が丹精込めて作ったのだろう。前方斜めにちょこんと座る優曇華に感謝しつつ、右京は麺をズルズルと啜った。

 きつね色の汁が絡んだ麺が、口の中に入った途端、優しい風味が広がって、鼻から抜けていく。とてもバランスのよい味だった。頷いてから右京が優曇華を見やった。

 

「とても美味しいですねえ。ダシは何をお使いで?」

 

「えーと。鮎から取ったダシです」

 

「ほう、鮎ですか。いいですねえ。僕もよく鮎で作られた魚醤を料理に使うのですが、深みが増して全体の味がまとまり、丁度いい具合になるのです」

 

 その話を聞いた優曇華は戸惑った顔をした。

 

「魚醤が、ですか? あれって結構、しょっぱいですよ。魚の匂いも強いですし」

 

 古くから魚を原料にする魚醤は存在しているが、その癖の強さから醤油に取って代わられてしまった。同様に幻想郷でも魚醤の使用頻度は少ない。普段から料理をする優曇華にとって、魚醤を隠し味にするという概念はなく、不思議に思ったのだ。

 

「確かに。ですが、僕の愛用品は、ゆっくり時間をかけて作るので、魚特有の臭みが少なく、風味豊かなでまろやかな後味が広がるんですよ。あっ、実は未開封のものを持ってきているんでした。ちょっとだけ、味を確認してみますか?」

 

「えっ。あぁ。そうですね。興味は、あるかな……?」

 

 珍しく人間の話に興味を示す助手に師匠は「もらった包丁の切れ味がよかったから、機嫌をよくしたのね」と予想して、様子を眺めていた。

 大容量バックパックの中身を漁り、未開封の瓶を手に取る。100ml程度の小さい瓶だったが、それが逆に特別感を演出していた。テーブルに置いたそれの封を開け、予備の小皿に数滴垂らしてから優曇華の前に差し出す。

 

「味見をどうぞ」

 

 ほのかに香る魚の匂いには、鼻をつくような刺激臭はなく、むしろ、和風ダシだと言われたほうが納得がいく。優曇華は小皿を口元まで移動させ、魚醤を口に含んだ。

 最初こそ魚醤特有のしょっぱさを感じるが、次第にまろやかな後味が舌を満たす。確かにこれなら隠し味になる。彼女にとって、この味は目からうろこだった。

 

「これって本当に魚醤ですか? ダシ醤油とかじゃなくて?」

 

「ええ。そうですよ」

 

「これは、ちょっと驚きかも……」

 

 優曇華が感心したように零すと、姫が身を乗り出してきた。

 

「へぇ。面白そう。私も飲んでもいいかしら?」

 

「どうぞ。ですが、味が濃いので、試飲はごく少量で」

 

「わかったわ」

 

 輝夜は別の小皿に垂らした魚醤を口に運んだ。目を瞑って、味と香り、そして余韻を確かめているようだった。少し間をあけ、目を開けた彼女が評価を下す。

 

「魚醤の嫌な部分が削られていて、魚の持つ旨味だけが抽出されている。こんな美味しい魚醤は初めてだわ。良いものをお使いになっているのね」

 

 月の幻想郷に住まう高貴な一族の姫であり、地上でも貴賎を問わず、様々な男性から数々の高級品を貢がれた輝夜が言うのだ。杉下右京の舌は、本物であると証明されたに等しい。

 

「輝夜さんにそう言って頂けるとは、光栄ですねえ」

 

「大げさよ。私なんて、見た目はただの小娘だからね?」

 

「僕たち日本人にとっては伝説上のお方です。お目にかかれただけで、一生の思い出になりますよ」

 

「あら、そう? ……なんだか、照れるわね!」

 

 桃色の袖で口元を可愛く覆い隠す姿は、可憐な美少女そのもので、表の男子が見たら瞬く間に胸を貫かれるに違いない。完成された容姿と纏った雰囲気は、日本の美少女が束になってかかっても足元にすら及ばない。さすがは幻想郷三大美人の一角だ。

 平安時代、これほどの容姿の人物が実在したとなれば、命がけで貢物を手に入れにいく理由も頷ける。隣で見ていたモテ男の尊に「中学の同級生にこんな娘がいたら、玉砕覚悟でアプローチしてたな」と考えさせ、その美貌に幽々子にも匹敵する評価を与えさせる。

 気を良くした輝夜の姿を視界に収めた右京は、手元にある魚醤の入った瓶をゆっくりと彼女の手前に移す。

 

「せっかくです。こちらも差し上げましょう。普段のお料理に忍ばせて楽しんで下さい」

 

「いいの? ありがとう。ご厚意に甘えさせて頂くわ」

 

 二度に渡って、男性からの贈りものを素直に受け取るかぐや姫。永琳は「もう、この娘ったら。ごめんなさいね、杉下さん」と困ったように言ってみせるも、柔和な笑みを浮かべていた。それは輝夜が、月の姫でも、伝説のかぐや姫でもなく、幻想郷の地上人《蓬莱山輝夜》になっていた、と改めて認識したからだった。

 

 食事に戻った右京はうどんを半分食べてから、おひたしに箸を伸ばす。素朴な味つけだが、都会に染まった心を解きほぐすような暖かさがこもっていた。尊も心の中で「田舎のばあちゃん家に泊まりきたみたいだ。元気にしてるかな」と、思いを馳せる。

 子供のころはカブトムシを探し回り、大人になって訪れてみれば、緑の風景に癒やされる。田舎というのはなんとも不思議なものである。

 

 食事を満喫した特命係のふたりは、食前と同じように雑談を楽しみ、深夜を回ったところで寝支度を整え、用意された部屋で床に就いた。

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