相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第176話 料理人、杉下右京

 浜辺でひとりの少女が眼前に広がる海を眺めていた。動物たちの鳴き声は聞こえず、波紋ひとつ立たない水面がどこまでも続いている。

 頭上に浮く雲さえも無機質な作りものに思え、地平線の遥か先には巨大で青く丸い物体がまるで浮いているかのように鎮座する。異質な光景だが、彼女にとっては代わり映えのない光景だった。

 

「ここにいたのね」

 

 聞き覚えのある声に少女は、ややつり上がった目尻を緩めてから後ろを振り向く。

 

「姉さま。どうかなさいましたか?」

 

 姉と呼ばれた人物も年の近い少女で、彼女とは対照的に明るい笑顔を振りまいている。

 

「仕事が予定よりも早く終わったの。だから、明日の朝まで自由の身! これを喜ばずにはいられないわ! あなたも、今日の訓練は午前中までよね?」

 

「ええ。そうですが」

 

「じゃあ、今日は飲むわよ。古酒を開けましょう!」

 

 そう続けた姉。妹は白い目で見つつ、乾いた笑い声をあげる。

 

「まさか、昼間からお飲みになるつもりですか?」

 

「それは、あなた次第だけど?」

 

 右目のウィンクが飛んでくる。表情を無に切り替えた妹がそれをサッと避けた。

 

「上に怒られます。飲むのは夜にしましょう」

 

「そっかぁ〜。それも、そうよね。でも、夜までどうやって時間を潰そうかしら? 散歩は飽きたし、都めぐりも面白みに欠けるしねぇ。なにか、いいアイデアはない?」

 

「と、言われましても……」

 

 暇なときは部屋の掃除を行い、所有している名刀たちを手入れする。それが終われば、書物を読み漁り、ひとり囲碁を打ち、かわいい盆栽を愛でる。姉に誘われない限り、休日のルーティンが変わることはない。

 反対に姉は時間を見つけては、ふらっと外に出ていく。同じ場所にとどまれない性格なのだろう。

 そんな姉に意見を求められても、答えを出せるわけがなかった。困った妹が視線をそらす。視界の端に映るのはまん丸い球体だ。

 

「(あの方は元気にしていらっしゃるのだろうか)」

 

 幼いころ、座学や剣術の稽古をつけてもらった記憶が蘇る。あまり感情を表に出さず、厳しいところがあったが、とても聡明で心根の優しい人物だった。

 突然の別れだったが、数年前に会う機会に恵まれ、対面した妹は物腰の柔らかくなった恩師に大層、驚いたものだった。

 その理由は未だに不明であり、彼女の中で疑問が解消されることはなかった。時折、球体を眺めている理由もそこにある。お前があの方を変えたのか、そう問いかけ続けているのだ。

 もちろん、答えが返ってくることなど、まったく期待していない。自問自答の類だ。それでも問わずにはいられない。この少女の性だった。

 自身との会話の最中にも関わらず、球体に目を奪われた妹を見た姉は顎に手をやってから「なるほど、なるほど」と唸った。

 

「あの方のところへ行こうって言うのね」

 

「いえ、決して、そういうことでは……」慌てて訂正する妹の言葉を姉が遮る。

 

「いいじゃないの。私は賛成」

 

「ですが、今は薬屋を営んでいるとおっしゃっていました。人間たちの治療で忙しいかもしれません。それに、あの連中も我々を快く思わないでしょう。もしも、あの方に迷惑がかかってしまったら……」

 

 恩師の手を煩わせることなどできない。義理堅い妹は迷惑がかかるような行為は慎もうと考えて、ここ最近、高まる気持ちを抑えていた。そんな淡い想いは苦楽を共にする姉には筒抜けだった。

 

「確かにね。だけど、そんなこと行ってみなきゃわからないわ」

 

「しかし……」

 

「様子を見てくるだけでもいいじゃない。準備しましょ?」

 

「……」

 

 にこっと笑みを浮かべる天真爛漫な姉。この姿にどれほど困らせられてきたかわからないが、おかげで寂しさを感じずに済んでいる。

 本来、孤独なはずの自分を気にかけてくれる数少ない肉親だ。恩ある姉の提案を無視できるほど、この妹は薄情ではない。

 

「…………様子を見てくるだけなら」

 

「ふふっ。ありがとう」

 

 折れた妹に礼を言った姉は身支度を整えるために、一足先にこの場を離れた。

 ひとり残った妹は海に背を向けて、こっそりと微笑んでから、姉の後を追うように静かに立ち去った。

 

 

「さあ、十二時半までに間に合わせますよ」

 

 エプロンに着替えた右京が尊に言った。

 

「今、九時半ですよね。そんなにかかります?」

 

 エプロンに袖を通しながら尊が質問する。

 

「少々、手を加えますので、煮込む時間を考えれば、最低三時間は欲しいですね」

 

「結構、本格的ですね。市販のルーを使うんですよね?」

 

「もちろん。スパイスから作るのは時間がかかりますし、大量には作れませんから」

 

「なるほど。で、ぼくはなにをすれば?」

 

「玉ねぎはみじん切りに。人参はすりおろしてください。それが終わったらお米を炊いて欲しい」

 

 調理台の端っこには右京が持参した調味料と香辛料以外に、優曇華が用意した玉ねぎ三個と人参ふたつ、にんにく、生姜、長ネギが置かれている。

 相変わらず、隙がない。いつものように呆れてしまうも、文句を言わずに尊は下処理に取りかかる。サボって仲間はずれにされるのはごめんだった。それに右京の料理は美味しいので、密かな楽しみだったりする。

 元部下が野菜を切っている間、右京は比較的小さな鍋を用意して猪肉を入れる。その中に、潰したにんにくと生姜をスライスしたものを入れてから水を入れる。水に肉が隠れたところで手を止め、潰した長ネギを加え、アクを取りながら弱火で煮込む。食感をやわらかくし、臭みを取るための行為だ。これなら癖のある猪肉も問題なく食べられるはずだ。

 尊が指示通り、下処理と米炊きの作業を終えると、右京は持参した24センチのフライパンにエキストラバージンオリーブオイル(酸度0.2%以下)を引き、パウダー状のクミンを振りかけた。

 

「冷たい状態からゆっくり火を通していきます」

 

 側で見ている者にその意味を教えるように語ってから、薪に火をつける。クミンは弱火で火を通すことでより香りが引き立つ。数分もすれば台所にスパイスの匂いが充満する。

 

「インドカレー店みたいな感じになってきましたね」

 

 昔、通ったインドのカレー屋の匂いを思い出した尊が懐かしんだ。

 

「まだまだ、これからですよ」

 

 そう言って、クミンの匂いが移ったオイルにみじん切りにした玉ねぎを投入する。弱火とはいえ、数分も熱されていれば中の温度はそれなりに上昇する。ジューという音と共に玉ねぎが踊り狂う。

 脱水を促すべく塩を降り、それをヘラで混ぜてから平にならす。火力を強火に上げる。焼ける音がパチパチ、という音に変化したところで水を差す。この工程を十分ほど繰り返すと、玉ねぎにうっすらとした茶色に変わる。

 

「なにを作っているんですか?」

 

 様子を見にきた優曇華が変色した玉ねぎを見て訊ねる。作業に集中する右京に代わって尊が答えた。

 

「飴色玉ねぎだよ」

 

「飴色、玉ねぎ?」

 

「玉ねぎは火を通すと甘くなるよね。ああ、やって茶色になるまで炒めると甘さが引き出て、料理の旨味が増すんだ」

 

「へー」

 

 十五分も経つころにはすっかり狸色になり、ペースト一歩手前の段階まで進む。インドカレーなら玉ねぎが黒っぽくなるまで炒めるが、日本式カレーならこのあたりで止めても問題ない。

 続いて、摩りおろした人参を加え、にんにくと生姜も小さじ一ほど、摩りおろして入れる。軽く混ぜ合わせたら、ガラムマサラ、コリアンダー、カルダモン、チリパウダーを振りかけ、再加熱。

 水と沈殿物を取り除いた猪肉の煮汁、持参した赤ワイン、予め裏ごしされたダッテリーニトマト(甘味の強いイタリアのトマト)で鍋を満たし、ローリエを浮かべる。沸騰後、借りた蓋をして弱火で煮込む。

 

 猪肉は一時間近く、ごく弱火で煮込んでいたのもあって、かなり柔らかくなっていた。それを取り出し、一口大にカットしてから鍋の中に落とす。ここから三十分ほど煮込む。

 待っている間、右京はルーを箱から取り出して、割り入れられるように四個に割った。見慣れない色の材料に首を傾げる優曇華に尊が「あれはルーといって、調理工程を簡略化できるように作られた固形物なんだ」と語った。他の形状も存在するが、ここで使われる市販ルーは固形物なので間違いではない。

 

 さらに三十分が経過する。鍋を火から離し、粗熱が取れるまで冷ましてからルーを入れて、とろみがつくまでゆっくりかき混ぜる。ダマになっていないかしっかり確かめ、鍋を火元に戻す。弱火で加熱して、仕上げ用の隠し味であるチャツネ、鶏ガラスープのもと、インスタントコーヒーのもと、ケチャップ、オイスターソース、鮎の魚醤、砂糖などを加えて、じっくり煮込むまたは一日、寝かせて完成だ。

 右京の腕時計の時針が後少しで午後一時を回ろうとしていた。

 

「おっと。約束の時間を少し、オーバーしてしまいましたねえ」

 

「大丈夫よ。皆、雑談しているようだから」

 

 さっきまでいた優曇華のところに永琳が立っていた。

 

「皆、というと。霊夢さんたちもですか?」

 

「新聞天狗はすぐに去ったけど、残りの四人は輝夜と一緒に話してるわ。黒幕はなぜ、失踪したのか、おふたりが所持する葉っぱの正体とは、とかね。でも、一番の理由は」

 

 彼女の視線の先にあったものは料理が入った鍋だった。

 

「食べてみたいそうよ」

 

「そうでしたか。輝夜さんはなんと?」

 

「最初は嫌そうだったけど、優曇華が鍋いっぱいにあると言ったら、OKを出していたわ」

 

「寛大なお方ですねえ」

 

「自分たちだけじゃ、食べきれないと思ったからじゃない? あの娘の考えそうなことね」

 

「いや、分量的に八人〜十人前はあるので、ちょうどよかったかもしれませんよ」

 

 尊が告げると永琳は「えっ、そんなにあるの?」と驚いた様子だった。

 

「手軽に大人数分を作れるのが、この国民食の特徴ですから」

 

 グツグツと小さな音を立てる煮込み料理に永琳の興味が向いた。近づいた彼女が匂いを確かめてから、鍋を覗いた。

 

「複数の香辛料の匂いがするわね。それに、この色合い……。天竺(てんじく)の薬膳料理かしら?」

 

「その通りです。ですが、表の日本では本場とは少し異なり、独自のアレンジが施されております。現在では、世界に逆輸入されるほどの人気を誇っているのです。かぐや姫にはそれを味わって頂こうかと思っていますが、大丈夫でしょうか?」

 

「問題ないと思うわよ。あの娘、あまり好き嫌いしないし。だけど、ちょっと味見したほうがいいかもね」

 

 永琳は笑いながら自身を指差した。右京が液体を移した小皿を彼女に手渡す。小皿を傾けて、液体を飲み込めば、口の中へ今まで味わったことのない、五つの津波が押し寄せる。

 一瞬、戸惑いをみせた彼女だったが、口内の味がサッと引くころには、料理のコンセプトを理解したようだった。月の賢者は目を見開きながら紳士に「こんなの、よく作れたわね……」と、驚きにも似た称賛を与えた。

 

「輝夜さんは喜んでくれるでしょうか?」和製ホームズの問いかけに姫の保護者が「たぶん、喜ぶと思うわ」と即答する。

 お墨つきをもらった右京は尊が用意したご飯を幅広の器に盛りつけ、余ったスペースに液体を流し込む。それをお盆に乗せて居間へと運ぶと、文を除いた少女たち六人が待っていた。

 

「きたわね」

 

 待ってました、と輝夜が嬉しそうに手を叩いた。他の面々が注目する中、右京は料理が盛られた皿とスプーンを輝夜の正面に置いた。

 やや紅みを帯びてはいるものの、元々の茶色さを残す液体と白いごはんのコントラストが見る者の目を釘づけにする。

 

「これは……?」

 

 輝夜に訊ねられた右京が料理名を告げた。

 

「天竺発祥の料理、カレーライスです」

 

 天竺、つまりインドで生まれたそれはカレーライスだった。元々は名前のない料理だったが、イギリスに渡ったのち、カリーと名づけられる。日本に輸入されてからはカレーライスと呼ばれ、日本全国で親しまれるようになった。

 世界的にも有名な料理だろう。インドカレーと日本式カレーは別物とされているが、右京の料理は市販のルーにインド風の調理工程と大量の隠し味の加えた、本格寄りな日本カレーとなっている。

 トマトとチリパウダーを使ったことで、茶色のカレーからやや赤みがかったカレーに変化している。

 色合いで避けられるリスクを減らす目的があった。初見だと〝アレ〟を連想する人間もいるためだ。辛さを比較的、抑えるべく辛口のルーに甘味を多めに入れており、子供でも十分、食べられる辛さになっている。香辛料の匂いが居間にいる全員の鼻孔をくすぐった。

 

「わ、私らの分はあるよな!?」

 

 真っ先に訊ねてくる魔理沙に右京は「もちろん」と答え、続くように尊が皆の分の料理を持ってくる。永琳と特命係のふたりの分を含め、座卓に九人分の皿が並ぶ。出された料理をまじまじと観察する少女たち。

 

「カレーライス。存在は知っていたが、初めて見るぜ……」

 

 知識欲の強い魔理沙はカレーの存在を認知していた。しかし、幻想郷という閉鎖空間では食べる機会はない。外来人に材料を持参して作ってもらうという特殊な状況を除いて。今回がそのときだ。魔理沙は生唾を呑んだ。

 

「美味しそうだけど、食べられるのよ、ね……?」

 

 やや茶色の残ったルーは腹を下したときの〝アレ〟に見えなくもない。目の前の紳士はそんなマネをしないとわかっていつつも、実は罠だったという可能性を考えてしまう博麗の巫女。

 

「玉ねぎが完全に溶け込んでる……。肉以外の具材が見当たらない」

 

 非常に香ばしい匂いがするのだが、未知の香辛料が大量に使われているので、味の想像がつかない。使用人の優曇華は、外来人が作った料理に不安と好奇心の両方を抱えながら、白米の島と赤茶色の海、そこに浮かぶ肉の岩礁が織りなす世界を見下ろしていた。

 

「いい匂いじゃのう。これはかなり期待できそうじゃな」

 

 外来妖怪のマミはカレーを食べていたのか、見た目への抵抗は皆無だった。

 

「旦那が言うなら、大丈夫なんだろう……」

 

 目を細めながらカレーを観察する妹紅。彼女も霊夢同様に〝アレ〟を連想しているようだった。信頼を置いているマミがいなければ、食べるのを渋ったかもしれない。

 

「改めて見ると、インドカレーっぽいよな。作り方は日本カレーなのに」

 

 色が変われば、印象も変わる。香辛料を足したこともあってか、家庭料理よりも店の匂いに近くなっている。尊の中でも杉下カレーへの期待感が高まっていた。

 右京が順番にスプーンを置いていくが、足りなくなり、右京と尊、永琳は代わりに箸を使う。湯呑に用意されたお冷も全員に行き渡る。さて、実食の時間である。

 右京が輝夜のほうを向いて言った。

 

「お召し上がり下さい」

 

 まずは輝夜から食べてほしい。彼の瞳に宿る意思を感じ取り、輝夜は「わかったわ」と頷いて、ルーとご飯を掬った。

 スプーンの上、半分が白米。もう半分がルー。一対一の割合で綺麗によそわれている。皿の縮小版と言ってもよい。後は、これを口に含むだけだ。

 

「(こんな香り。初めてだわ)」

 

 平安時代の日本では、お目にかかれなかった料理にかぐや姫も多少の緊張を覚える。霊夢や妹紅のような発想はないが、目の前の料理の味が想像できなかった。未知の料理がこれほど、自分を悩ませるとは。かつてのかぐや姫なら、特に気にせずに食べたのだろうか。どのようなコメントするのだろうか。嫌味に聞こえてしまわないだろうか。

 そんな考えが頭をよぎる。だとしても今の自分は蓬莱山輝夜だ。地上人として食事を楽しもう。そして、思ったことを言おう。意を決して、輝夜はカレーを口に入れた。

 

「……」

 

 さっきまではしゃいでいた輝夜が嘘のように静かになった。料理を咀嚼して飲み込んでから数秒が経過する。彼女は口に右手をやって、なにかを考える素振りを見せた。

 口合わなかったのか。周囲に緊張が走った。しかし、その小ぶりな口から放たれたのはーー。

 

「――美味しいわ」

 

 お褒めの言葉だった。直後、周囲の緊張が解かれ、誰もがホッと胸をなでおろす。輝夜の感想が続けられた。

 

「複雑な味なのだけれど、バランスがいい。最初は甘味がやってきて、次々に塩味、酸味、苦味が押し寄せ、最後に辛味が口の中を満たす。そして、後味がよくて尾を引かない。だから、くどさもない。残るのは深みのある余韻とほどよい辛さ。当然、ご飯との相性も抜群で、お供としてこれ以上ないほどの組み合わせ。……さすが、国民食と呼ばれるだけのことはあるわ」

 

 かぐや姫としての威厳を見せながらも、子供のような笑みを浮かべる。輝夜のカリスマ性が発揮された瞬間だった。右京はコクンと頷いてから「気に入ってもらえたようですね。お作りした甲斐がありました」と嬉しそうに言った。

 こんな感想を聞かされて、少女たちがおとなしくしていられるわけもなく。一斉にスプーンでカレーを掬い上げる。そして、口に押し込めばーー。

 

「「「「「「うまっ!!」」」」」」

 

 皆、声を上げた。その味は幻想郷の住民にとって例えようのない味だった。津波のように味覚に押し寄せる旨味の塊たち。それらひとつひとつの濃さがバランスよく整えられており、最後の余韻は水中に飲み込まれるような錯覚すら感じさせる。

 大量の隠し味が独特の深みを作り、料理を複雑化させる代わりにオリジナリティが付与される。これは日本カレーの特徴といえる。

 表でカレーを食べていたはずのマミも「うむ。このカレーは一般家庭で出されるものとは比較にならんぞ。なにを入れたら、こうなるんじゃ?」と唸りながら首を傾げている。

 彼女の言う通り、一般家庭で振る舞われるカレーはここまでの味わいにはならない。隠し味に合うとされる様々な香辛料や調味料を味の調和が取れるように丁寧に加えたことが短時間で旨味を引き出せた大きな理由となっている。

 少女たちに遅れる形で尊がカレーを頂いた。

 

「専門店の味に近いですね。でも、市販のルーの味も残っている。家で出てくるカレーライスの最上位版って感じがします。猪肉も香味野菜で下茹でしたからか、ホロホロでジビエ特有の臭みもない。美味しいです」

 

 味に小うるさい男にも素直に美味しいと言わせた。右京は、ほくそ笑んでから自身の作ったカレーを口に含む。

 

「我ながらよいできです。カレーに猪肉が合うかどうか不安でしたが、問題なかったようです。ただ、バターを入れてコクをつけられなかったのが心残りですねえ」

 

「バターは常温保存が難しくて持ってこれなかったんでしたよね。だったら、仕方ないですよ」と尊が言った。右京の隣でカレーを食べる永琳も「十分、美味しいわ。これに文句をつけるのは、口の肥えた美食家くらいよ」と褒める。凝り性な彼も皆が納得しているならそれでよい、と自身の料理に満足して優雅なランチを楽しんだ。

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