今年もよろしくお願いします!
右京の作ったカレーは好評で、少女たちは舌鼓を打ちながらスプーンを動かし続けた。
ある者は味について、ある者はカレーに合う酒の話、ある者は作り方について。それぞれが会話を楽しむ。
作った甲斐があった。右京はひとりほくそ笑んで、彼女らの様子を眺めていた。
四十分経つころには出されたカレーがなくなり、皆から礼を言われる。
「それはよかった。機会があったらまたお作りしましょう」
右京は食器をお盆の上に重ね始めた。自分で料理を作ったら片づけも自身で行う。彼なりのマナーだ。そんな客人の姿を見た優曇華が「自分も手伝いましょうか?」と申し出る。
「ええ、お願いできるのなら」
食器を運ぼうとするふたりに気まずくなった尊も片づけに参加。三人はそのまま台所に向かった。
居間の残ったメンバーは温まった身体を冷やすために手をパタパタと動かす。
「はー、食った食った」
魔理沙は生まれて初めて食べたカレーに大変、満足していた。
「これが国民食なんてねぇ。表ってすごいのね」
癖の強い味だが、ご飯との相性が抜群でいくらでも食べられる。
霊夢は大層、驚いていた。こんなのばかり食べられるなんてズルいわ、と。話を聞いたマミがいやいや、とかぶりを振った。
「これは特別じゃよ。一般家庭で出るカレーはもっと味が薄くて、水っぽい。もしくはドロドロしておる」
「そうなの?」
「そうじゃよ。一回の料理で大量に作れるから重宝されておる。栄養もあるしの」
「じゃあ、どうしておっさんの作ったカレーは美味いんだ?」と魔理沙が訊ねる。
マミは唸ってから天井に目をやった。
「わからん。カレー自体は何回か食べたことはあるが、さっきのようなカレーは初めてじゃ。塩味、甘味、辛さ、酸味、苦味、すべてのバランスがよかった。神戸どのが専門店の味と言っておったから、本格的なカレーだったのじゃろうな。あの者が料理の腕も立つとは。……まこと不思議な男じゃわい」
和製シャーロック・ホームズは本家同様、頭が切れて手先が器用。話術も優れており、真実を見抜ける洞察力と直感力を兼ね揃えている。
幽霊が見えないという欠点も亡霊の女王によって克服し、一般的な外来人よりも高い霊感まで身につけた。短期間でここまでの成長を見せる杉下右京という男をマミは測りかねていた。
残った湯呑の水をぐいっと飲み干した魔理沙が言う。
「さすがに空は飛べないだろうがな」
早苗や菫子といった例外を除けば、外からやってきた人間は飛行能力を持たない。仮に飛行できたとしても遠距離攻撃を使えない以上、大した驚異にはならない。
頭脳だけではやっていけないのが幻想郷だ。魔理沙の発言にはそんな意味が含まれていた。
「じゃな」
マミは頷くにとどめた。
☆
同時刻。永遠亭の居間で行われている様子を物陰から覗き見るふたつの人影があった。
「楽しそうね」
「ですね」
通気をよくするために窓が開かれていたこともあって居間は外から丸見えだった。生い茂る竹林の中に身を隠せば、誰でも気づかれずに観察できるだろう。
このふたりも同じように考えて物音を立てないように小声で会話している。
「食事が終わったようだけど、挨拶しにいく?」
「姉さま。それはまずいですよ。知らない妖怪もいますし、よくわからない男ふたりもいます」
「そうね。片方は眼鏡をつけた紳士。もう片方は温室育ちそうな男性。うーん、どっちも悪くないわね」
「なんのお話ですか?」と妹が疑問符を浮かべる。
「私の好みの話よ。紳士もいいけど、あの細目のイケメンもいいわ。都にはいないタイプだもの」
「はい……?」
何を語っているかと思えば、男の好みか。姉の奔放さに真面目な妹は開いた口が塞がらなかった。白けた視線を肌で感じた姉は言い含めるように語り聞かせる。
「男性の扱いを覚えなきゃ、いずれ苦労するわ。私たちだって、いつかは結婚するわけだし。今のうちに慣れておかないとね」
「ご身分をお考え下さい。結婚前にそこらの男と親しくしていたなどと悪評を立てられてしまえば、例えよき縁談が舞い込んできたとしても破談になるかもしれません」
「あー、それはあるかもね。でも、そうなったらそうなったでいいかも」
独り身は気楽だし。ニヤリとする姉に妹はガクっと肩を落とさざるを得なかった。
「……ともかく、軽率な態度と発言はお控え願います」
「はいはい、承知いたしましたわ。我が自慢の妹さま」
「さまは、つけなくてもいいです」
「自慢のほうは?」
「そ、それは……」
恥ずかしさから妹は視線を明後日の方向に投げた。何年経ってもこの娘はかわいいわ。姉は心の中でこっそりと微笑む。
そんなときだった。一瞬だけ草木が不自然に揺れ、妹の目が見開かれた。直後、その後方で少女の声が響いた。
「あの〜。なにをして――」
いち早く異変を察知した妹は反射的に腰に据えた刀を抜刀しながら身を翻し、その刀の切っ先を向けた。驚いた姉が刃に先端を見ると、そこには両手を挙げて困惑する射命丸文がいた。
「ちょ、ちょっと。いきなり何をするんですか!?」
永遠亭の見張りを任せていた鴉から見知らぬ女ふたり組がいると聞かされ、インタビューを試みただけったのだが、疾風の如き瞬速を生かして背後を取ったことが不興を買ったようだ。
「貴様、何者だ?」
鋭い目をさらに尖らせ、文を睨む姿は武器を構える修羅を連想させる。文は自身がとんでもない相手に話しかけたのだと悟った。だが、このふたりは上司でも妖怪の山を仕切る鬼でもない。頭を下げるのも癪な彼女はジャーナリストとしてスタンスを変えることなく、応戦に出た。
「この辺りで新聞屋をやっている者です。危害を加えるつもりで近づいたわけではありません。ですからそれ、下ろしてくれませんか」
「簡単には下ろせない」
「下ろして頂ければ、お話できることもありますが」
「何を話すと?」
「そうですね。例えば……永遠亭の話。とか?」
永遠亭の様子を隠れて窺っていたところから、そのように告げてみたが、妹の態度に変化はない。
「貴様に尋ねることなど何もない。それよりどうやって音もなく忍び寄った?」
「どうやってと言われても、普通にとしか」
「ほう。この私、相手に普通とはな」
妹は一層、目力を強めた。殺意とは異なるプレッシャーが文を襲う。息苦しいが厳かで、それでいて以前にも味わったことがあると、ジャーナリストは静かに分析した。
「こう見えて、しがない天狗でしてね」
圧力に押されて思わず言葉を零す。妹は合点がいったようだった。
「天狗だったか。鼻が伸びていないから気がつかなかった」
「皆が鼻を伸ばしているわけではありませんから」
「いっそ、伸ばしているほうがよいのではないか。そうすればこのような事態にはならないぞ」
「お面でもつけてまわれと?」
「ついでに地味な白装束と竹馬のように長いゲタもだ」
「言ってくれますね……」
幻想郷における天狗は上位の妖怪だ。舐めた態度を取れる存在は限られている。天狗と知ってなお、態度を変えない女剣士を文は訝しんだ。
「あなた、見ない顔ですね。妖怪ではなさそうだ。人間ですか?」
「この期に及んで質問とは。呆れたものだ」
「記者の性ですかね。悪気はありません」
刃を向けられてなお質問する天狗に妹は強い口調で言い放った。
「貴様のような者に話すことはない。おとなしく立ち去るなら見逃してやる」
高圧的な物言いに文の反骨心が刺激された。
「腕に自信がおありなのですね。私も一応、天狗なのですけど」
「天狗如きにやられたりせん。無駄な時間を取らせるな。どうしてもと言うなら、相手をしてやってもいいが」
「それはダメよ。あなたが穢れてしまうわ」
割って入ってきた姉が熱くなっている妹を静止した。文の頭に穢れるというワードがひっかかる。
「穢れる? そのワード、どこかで聞いた気が……」と文が顔を上に向けてからつぶやく。
「ッ。余計なことを考えるな」
仏頂面にわずかな歪みが走った。新聞天狗は僅かな反応も見逃さずに捉えていた。
「もしかして、何か関係がおありで?」
「もう喋るな。不愉快だ」
片手を突き出して構えた剣を両手で握り直し、正眼の構えを取った。妹の逆鱗に触れたのだ。
「みねうちにしておいてやる。抵抗すると痛くなるだけだぞ」
万事休すと思われた。しかし新聞天狗は不気味な笑みを見せた。
「簡単にはやられませんよ」
文は右踵で地面を踏んで音を出した。それを合図に三人の頭上にいた数匹の鴉たちが一斉に大声で鳴き始めた。
「なんだ、鴉が鳴いているぞ」
居間で雑談していた紅妹が様子を見に縁側に出てきた。人気を察知した妹が集中力を乱した途端、文が後方に跳ぶようにして剣の間合いから逃れる。
すぐさま妹が文を目で追うも、そこに映ったのはカバンから天狗の団扇を取り出す文の姿だった。
「これでもくらえ!」
天狗の団扇を薙ぐように振るうと、突風が吹き出るようにふたりを襲った。突風は人を軽く吹き飛ばす威力を持っており、華奢な少女ならいとも簡単に身体を浮かせられる。
咄嗟に剣を振り下ろして風を切り裂いた妹はその場に踏みとどまれたが、姉のほうは踏ん張れずに「きゃあッ」と声を上げて飛ばされてしまう。
「お姉さま!」
竹林から庭に放り出され、尻もちをついた姉の安全を確認するために妹も天狗そっちのけで竹林から飛び出した。
目の前で起こった出来事に唖然とする妹紅。異変に気づいた他のメンバーも続々と縁側に集まる。
居間にいた魔理沙が紅妹の隣に並び、庭にいたふたり組の姿を見た。
「おいおい、なんでこんなところにいるんだよ!?」
彼女はえらく驚いたような表情を浮かべ、続いてやってきた霊夢も「どうしてここにいるのよ」と声を上げた。不審に思った輝夜も縁側から庭に出て、不審者を目撃するや否や、呆れたように目を細めながら彼女たちの名前を呼んだ。
「何やっているのよ