相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第178話 月の姫君

 新聞天狗の奇策で庭へと放り出され、地上人たちの目に晒されるふたりの姫君。姉のほうは恥ずかしさから顔を引きつらせているが、妹は微かに頬を赤くしただけで、辛うじて仏頂面を保っていた。

 

「……着地に失敗しただけだ」

 

 そう強がって、先に動いた妹が、姉の衣服についた砂埃を手で払ってから一緒に立ち上がる。

 

「師匠……いや、先生は元気か?」

 

 余計な詮索はするな。そう言わんばかりに無理やり質問をねじ込む彼女に、輝夜は乾いた笑いを漏らしながらも応じた。

 

「――ええ。元気よ。そっちも相変わらずそうで」

 

「ま、まぁ……月の民ですからね。おほほほっ」

 

 取り繕って見せる姉に輝夜のみならず、その周囲からも冷たい視線が突き刺さる。彼女らはそれらを無視するように咳払いをしてみせた。そうしている間に、文が合流する。

 

「皆さん、竹やぶから屋敷を覗いていた不審者を発見したのですが――う、うぉ!?」

 

 妹の放つ殺気に当てられた文は言葉を失い、思わず後ずさった。すぐにおおよその事情を察した地上の姫が「このふたりは怪しいけど、怪しくないから。そうよね? ふたりとも」と両者の間に割って入り、不要ないざこざを未然に防ごうとする。

 彼女が来訪者――主に妹をうまくたしなめる中、台所で物音を聞いた右京と尊も駆けつけ、廊下から姫君たちの姿をその視界に収めた。

 

「どちらさまでしょうかねえ」

 

「さあ……」

 

 彼らが疑問符を浮かべていると、ふらっとやってきた永遠亭の主が右京の隣に並び立った。

 

「あら、あの娘たちが遊びにきたのね」

 

「お知り合いですか?」

 

 尊の問いに、永琳はこくんと頷く。

 

「私の元教え子。髪の長いほうが姉の豊姫で、結っているのが妹の依姫。どっちも優秀な月のお姫さまよ」

 

 来訪者の正体は綿月豊姫と綿月依姫。月世界に存在する幻想郷の姫君である。姉はクリーム色の毛髪に透き通ったサファイアブルーの瞳を持った柔らかい雰囲気の少女で、妹は紫髪紫眼で鋭く研ぎ澄まされた気配を全身にまとった少女だ。どちらも整った顔立ちをしており、表の感覚で言うところの美少女だろう。

 ふたりは姫の肩書き以外にも月の実行部隊の参謀と隊長の名を背負っており、吸血鬼の宇宙旅行の際、地上人たちの企みを阻止。首謀者だった八雲紫を謝罪にまで追い込んだ。浮世離れした世界で生活しているためか、いささか抜けているところがあるが、名実ともに月の実力者である。

 

「というと、輝夜さんと同じ地域のご出身ですか。なるほど、なるほど――」

 

 地上の民と談笑する姉と、無表情な妹。実に対照的な姉妹だ。雰囲気と所持品からして姉のほうは外交、妹は戦闘に長けているのだろうか。などと妄想を膨らませながら観察に徹する和製ホームズ。元部下と月の賢者は、彼を挟みつつも互いに顔を合わせて苦笑うほかなかった。

 場が和んできたところで、今まで沈黙を貫いてきた妹紅が口を開く。

 

「ふーん。つまり、アンタらは月からこっちへ遊びにきたってわけか」

 

「別に遊びにきたわけではない。様子を窺いにきただけだ」

 

「同じように思えるのじゃが……」

 

「断じて違う」

 

「そうよ。仕事できてるの」

 

 頑なに否定を続ける妹とそれに続く姉。狸の総大将は呆れ顔を作りつつも、これ以上の追求を無意味と判断し、肩をすくめた。しかし、妹紅にとってそんなことはどうでもよかった。

 

「なぁ、アンタ。腕に自信あるんだろ?」

 

 直後、挑発的な視線を送りつける妹紅。依姫は無言ながらも目つきを尖らせて応戦する。

 

(この緊張感。本物だな)

 

 雰囲気だけで相手の並々ならぬ強さを感じ取った竹林の警備隊長は、愉快げに鼻を鳴らした。

 

「私もそれなりに自信があるんだが――どうだろうか?」

 

 腕を組んだまま、彼女は武人たる姫御子に挑戦状を叩きつけた。霊夢や魔理沙が慌てて言葉を差し込もうとするが、無言の圧力をかけてきた依姫によって牽制される。

 

「……構わん。こちらも体を動かしたかったところだ。ところで、貴様の言う勝負とは例の弾遊びか?」

 

 弾幕バトルを揶揄してそう呼び捨てる。子供の遊びに付き合うのは好きではない。彼女の表情からそれがありありと見て取れる。妹紅は首を横に振った。

 

「それだけが戦いの形式じゃない。正直なところ、本気の殺し合いじゃなきゃ、何でもいいんだよ」

 

 スペルカードと弾幕を使った戦いが主流となる地上の幻想郷だが、不殺というルールさえ遵守すれば、多少暴力的でも黙認される傾向にある。もっと端的に言うと()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だが、心配はいらん」

 

 妹紅は自身の右腕を依姫たちに見せつけるようにしたのち、妖術で一気に右腕そのものを燃やし始めた。恐ろしい速度で紅蓮の炎が立ち上り、高熱によって肉と骨が溶けていく。豊姫は両手で口元を覆いながら銀髪の少女の行動に正気を疑った。反対に依姫は微動だにせず、彼女の奇行をじっと見つめている。数秒で妹紅の右腕が消失し、そこには白い煙だけが残っている。さらに数秒が経過すると、煙が腕の輪郭を形成し、瞬時に綺麗な右腕が復元された。

 

「私はな。この通り、特殊な体質なんだ」

 

「えぇ!? まさか、これって……」

 

 驚いた豊姫は慌てて輝夜に顔を向ける。少女は「そうよ」と一言だけで口にした。

 

「そうだ。首を吹っ飛ばされても死なない。理由は――説明不要だろ?」

 

「……」

 

 合点がいった依姫の霊気が一層、力強さを増す。当然だ。敬愛する恩師が作った「不老不死の薬」を飲んだ地上人が目の前にいるのだから。本来、それは世に存在してはいけない秘薬。師匠の才能を担保する代物ではあるが、同時に不幸たらしめた劇薬だ。依姫はこの薬自体、あまりよく思っていない。むしろ師匠と自分を遠ざけた元凶そのものと嫌悪している節さえある。

 当時、今よりずっと子供であった輝夜の行動を恨むこともできず、やりきれない日々を過ごしたが、この女に対してはそのような感情はない。先の一件と合わせて、思う存分八つ当たりが出来るだろう。彼女は口を閉じたまま、妹紅から目を外さずにいた。

 

(どうやら興味を持ってくれたようだな)

 

 狙い通りに事が運んだことを喜ぶ反面、相手の気迫に不安を拭えない。輝夜以外の月の姫、それも武闘派とくれば戦闘スタイル的に相性がよく、望み通りの戦いを繰り広げられるに違いない。すこぶる気分が高揚するはずだったが、実際はそうもいかなかった。相手が()()()()()()()であると理解してしまったからだ。

 が、喧嘩を売ってしまった以上、もはやどうにもならない。妹紅は自分の性質に自嘲しながらも、頭の中でまとめた試合形式を伝える。

 

「ルールはスペルカードと弾幕に加えて、格闘戦が可能。勝負はどちらかが動けなくなる、または降参するまで続ける。これでどうだい?」

 

「特に異論はない」

 

 妹紅の申し出に即答する依姫。これにて合意はなった。

 あまりに急な流れにさすがの放任主義者の輝夜も「アンタ、それはちょっと……」と制止に入る。豊姫も同じように妹を説得しようと試みたが、両者とも首を縦に振ることはなく、

 

「んじゃ、やろうか」

 

 妹紅が人差し指で空を差したことを皮切りに。ふたりは一斉に竹林上空へ向かって飛翔していった。

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