自身が読んだ本を片付けて鈴奈庵を後にした右京は部屋へと戻る。
今日の聞き込みと鈴奈庵で得た情報を頭の中で整理してある仮説を立ててから眠りに就いた。
☆
朝七時。一番早く訪ねて来たのは慧音だった。
「おはようございます。昨日はよく眠られましたか?」
「はい。ぐっすりと。やはり、表と違って静かですねえ」
人里の夜は非常に静かで、乗り物による騒音もない。時々、正体不明の尼さんバイカーが走っているという噂もあるらしいが。
二人が話しているとそこに魔理沙と霊夢がやって来て挨拶する。
「よ!」
「おはようございます」
右京も「おはようございます」と軽く挨拶をしてから今日の方針を伝える。
「今日も細かな聞き込みと犯人の痕跡探しを行いましょう」
「痕跡探し?」
「ええ。犯人のものと思われる足跡や私物など事件に繋がるものがないか捜査します」
「なるほどな」
魔理沙は納得して頷いて皆、別れて調査を始める。
朝七時になると人々が動き出し、里は賑やかになる。ある者は商売の陳列、ある者は定食屋で仕込み作業、ある者は豆腐の切り分け、ある者は朝から賭博。
里はいつも通りの日常に戻りつつあった。それでも道行く人の暗い表情までは変わらない。
右京は捜査を続けながらその表情を眺め、早期解決を誓う。
捜査は昼ごろまで続いた。途中、鈴奈庵で合流した彼らは共に近くのうどん屋で食事を取りながら軽く会話を楽しんだ。四人で雑談をする中、右京だけは悟られぬように店内の会話に耳を傾ける。
仕事の愚痴、恋愛相談、妖怪談義、根拠のない噂話――様々な話題が跋扈する。そんな小うるさい状況であっても右京は事件解決のために思考を巡らせ続けた。
昼食を終えた一行は部屋へと戻る。
拠点の正面に着いた右京はそこによく知る人物が立っていることに気付く。
「淳也さんですか?」
「杉下さん……」
そこにいたのは佐藤淳也。舞花に振られた三十歳の表の人間である。
彼は深刻そうな顔をしながら、右京を待っていた。
何かあったのだろうと直感した刑事が外来人に問う。
「何かありましたか?」
「その……ちょっとお話がありまして……。今、大丈夫ですか?」
右京は「問題ありません」と言って彼を部屋へと招き入れた。
その後、続いて魔理沙たちが部屋に上がる。
テーブルに淳也を座らせた刑事は何があったのかを訊ねる。
他の三名も淳也の表情から何かがあると察し、ジッとその様子を観察していた。
「僕にどのようなご用件でしょうか?」
淳也は正座で俯きながらも呼吸を整えながら話す。
「寝室に〝血で汚れた刃物〟が落ちていました……」
「おやおや!」
「「「なんだって!?」」」
四人は一斉に声を荒げた。
同時に右京を除く三人は淳也を疑うような目で見た。
それを察した彼は懇願する。
「俺は何もしてません! 杉下さん、助けて下さい!」
淳也は土下座しながら右京に頼み込んだ。
彼の身体を優しく起してから刑事は「詳しくお話をお聞かせ下さい」と静かに言った。
淳也は自分の知っている事を必死で語る。
彼は朝起きると寝室の窓の側に血の付いたナイフが落ちていたと述べた。窓は鍵を掛けていなかったらしく、熟睡していたので目を覚ますまで気が付かなかったようだ。
右京が「ナイフを発見した時、あなたはどのような対応を取りましたか?」と問う。その際、敦は「寝ぼけていたので赤い何かがあるとしか認識してませんでした。それが刃物だとわかったのは昼休みに部屋に戻った時です」と答えた。
「なるほど」と右京が呟く。
魔理沙と霊夢は淳也の発言を怪しみ、慧音はどうしたらよいのかわからないといった表情で淳也と右京の顔を交互にみやる。
淳也は三人に向かって「お願いします。信じて下さい!」と目を赤くしながら何度も土下座した。歳が離れている魔理沙や霊夢にも必死に頭を下げ、その都度、床に頭を打ち付ける。
さすがに居たたまれなくなった慧音が「わかったからもう、頭を上げてくれ」と土下座しようとする彼の身体をそっと抑えた。
魔理沙たちもそれを不憫に思ったのか同情の目を向けた。
右京が優しく語りかける。
「淳也さん――よく正直にお話ししてくれましたね。後は僕に任せて下さい」
「本当ですか!? あ、ありがとうございますぅ!」
淳也は右京の両手を掴んで礼を言った。その目からは大量の涙が零れ落ちていた。
右京が訊ねる。
「今、血の付いた刃物はどこにありますか?」
「寝室に置きっぱなしです……」
「わかりました。それは僕が回収します。案内して下さい」
「はい」
四人は淳也に自宅まで案内され、そこで床に置かれた服の上にある血の付いた刃物を発見する。刃渡り十五センチ程のどこにでもあるナイフだ。里の中ならいつでも購入可能である。
右京はハンカチで指紋が付かないようにそっとナイフを持ち上げて丁寧に観察する。
「刃こぼれしてますね。敦君を殺した凶器で間違いないでしょう」
固い物に刀身を打ち付けたせいか元々脆かったのか不明だが、確かに欠けていた。
右京はそれを綺麗な布で包んでビニール袋に入れてカバンの中にしまうと、淳也の部屋を出た。
後ろから付いて来た魔理沙が問う。
「あのにーさん、犯人じゃないのか?」
「僕はそう思っています」
「理由は?」
右京を疑う訳ではないが、根拠なしで淳也を犯人から外すのはどうかと考えた魔理沙は刑事にその理由を訊ねたのだ。
霊夢と慧音も右京のほうを向いて、彼が何を話すのか注目していた。
口元を緩めながら彼が三人を視界に収める。
「今からそれを確かめに行きます。皆さん、僕に付いて来て下さい」
「あん?」
魔理沙が訳が分からず目を細め、霊夢と慧音も顔を合わせながら戸惑う。
右京はニヤリと笑って足を早める。三人は男の不気味さに顔を歪めるも黙って後を追った。