相棒~杉下右京の幻想怪奇録~   作:初代シロネコアイルー

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第1話 杉下右京の幻想訪問

 神社を一通り見て回った右京は近隣住民への聞き込みを開始する。

 とは言え、田舎故か人通りは少なく、出会うのは老人ばかりだ。

 

 老人たちはスーツ姿の右京を見て「都会の方がやって来た」と珍しそうにしていた。おかげで人が集まり、情報を得られる可能性がグッと高まった。

 右京は老人たちに訊ねる。

 

「あそこの神社で幽霊や妖怪の目撃情報はありませんでしたか?」

 

 彼らは冗談だと思ったのか「そんなのある訳ない」と笑い飛ばした。

 次に駐在所を訪ね、駐在と面会する。

 事情を話して何か情報を聞き出そうとするも「そんな事言われても……」と困惑され、まるで相手にされなかった。

 

 駐在所を出た右京は一人呟く。

 

「困りましたねえ。一切の手掛かりもないとは」

 

 仕方ないので再び、神社に向かい、何か見落としがないかを調べる。

 小さい神社なので調べるのも容易だ。

 鳥居、境内、賽銭箱を隅々まで探すも変わった物は見当たらない。

 

「何もありませんね」

 

 やはり悪戯の類なのか。そう考えていた右京がふと神社の裏側に目をやった。

 そこは林になっており、木々の隙間から覘くと、どこまで続いているように見えた。

 

「行ってみますか」

 

 手に持ったカバンを木で擦りつけないよう慎重に林の中を進んで行く。

 彼の動きは年齢の割に機敏。むしろ、どこかパワフルだった。伸びた枝も何のその。ひたすら掻き分けていく。

 その速度で十分以上歩いた右京は次第に違和感を覚え、来た道を引き返す。

 しかし、いつまで経っても神社へ戻れない。

 

「おかしいですねえ。そろそろ着いても良いと思うのですか……」

 

 右京は決して、方向音痴ではない。それに真っ直ぐ歩いて来た道をそのまま戻っているのだから道に迷うなんてあり得ない。

 彼は首を傾げつつも歩き続けた。

 すると開けた場所に出る――が、そこは神社ではなかった。

 

「ここはどこですかねえ」

 

 眼前に広がるのは見覚えのない空間だった。

 無造作に置かれた石と散乱する骨のような物体にどこか肌寒い空気。

 右京はその異様な光景に身構える。

 

「これはひょっとすると」

 

 長年に渡り事件を解決してきた刑事は手紙の女性が幽霊、さらには妖怪に遭遇した場所ではないかと直感した。

 周囲を警戒しながら骨が埋まっている場所まで静かに歩き、骨を手に取ってその形から骨の主を想像する。

 

「……動物の骨でしょうか?」

 

 骨を片手に推察を始める。

 無数に落ちている白骨を拾っては置いて、拾っては置いてを繰り返す。

 動物の骨もあれば人骨に近い骨も確認出来た。

 現役の刑事である彼はすぐさまスマートフォンを取り出して警察に連絡を入れようとするのだが、圏外だったので電話が繋がらない。

 仕方ないので現場の写真を撮り、急いでその場を立ち去ろうと踵を返す。

 ――その時だった。

 冷たい何かが頬に触れた。

 慌てて振り返るも、何もない。さらに後方から弾力のある物体が接触する。

 そちらに視線を移すも、その先に物体はない。

 また、地面を見ると群れなすネズミ、周辺の木々にはゴキブリやムカデを中心とした無数の虫たちが張り付いており、右京の行く手を完全に塞ぐ。

 

「囲まれましたか」

 

 和製ホームズはようやく自分が包囲されている事を理解する。

 見えない物体、ネズミ、虫。まるでホラー映画のワンシーンである。

 さらにどこからともなく聴き覚えない歌まで響いてくる始末。

 怖い物知らずのこの男も身の危険を感じた。

 

「おやおや、これは……非常にマズイ状況ですね」

 

 ジリジリと詰め寄る謎の怪奇。通常の人間ならここでパニックに陥るだろう。

 ところがどっこい天下の杉下右京は踏んできた場数が違う。彼は突如、ひらめいたかのようにスマートフォンを取り出して、アラームの音量を全開に設定。周囲に響かせた。

 

 突然の警報音に戸惑ったのか、冷たい空気が散って行き、ネズミたちが一斉に驚き、虫たちが行動を停止――歌まで止まった。

 右京はこの隙に林と反対の方向へ全力疾走――その場からの脱出を図る。

 ネズミや虫に怯えることなく、綺麗なフォームでその小さな頭上を飛び越える。地を這う者どもはその姿に恐怖したのか、道を開けるように散らばって行った。

 そのまま、右京は現役短距離走の選手にも匹敵しうる速度でその場を離脱する。遠ざかる人影を追う者は誰も現れなかった。

 

 

 怪異を撒いた紳士は息を切らしつつ街道らしき場所を歩いていた。

 

「ふう、心臓に悪い」

 

 謎の現象に見舞われて心身共に疲れているようだった。

 ハンカチで顔を拭きながら休める場所を探す。

 そこから数分後、一風変わった家を見つける。

 

「あそこは何の家でしょうかねえ?」

 

 昔の日本を思い起こさせるような作りだが、どこか中華風の印象も受ける。

 変な家だが、匠のこだわりを感じさせる。

 そんな建物が人気のない場所にひっそりと佇んでいた。

 

「綺麗な建物ですね。掃除も行き届いているようですし……。博物館でしょうかね?」

 

 右京はその建物を田舎の博物館だと認識し、折角なので入ってみる事にした。

 

 ――カランカラン!

 

「どなたかいらっしゃいますか?」

 

 来客の声を聞きつけた店主らしき人物が奥からやって来る。

 その人物はある意味、田舎らしくない服装した人物だった。

 

「いらっしゃいませ。ようこそ香霖堂(こうりんどう)へ――ん?」

 

「おやおや――」

 

 和製ホームズと店主は互いの見慣れない服装に戸惑い、言葉を詰まらせた。


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